瞳に映る青空






今日も君は空を見る。




「…ファルス」
「――ん?」
ゆっくりと視線が逸れて。
俺を映す瞳に、うっすら青空の影。

(――何時までも、何処までも、付き纏うんだな)

目を細めると、彼女の不思議そうな顔が霞んだ。

「何?瑠璃」
柔らかな笑顔。
うっかり、騙されてしまいそうな。

「いや……」
思わず視線を逸らせた俺の顔を、ひんやりとした手が挟み込む。

無理矢理に合わされた視線の先には、透明な蒼。

俺の目を覗き込む其れは、心の奥底まで見通しそうな程澄んでいて。


其処に広がる、小さな青空。

青空の、影。


「もー、自分から呼んでおいて、『いや…』はないでしょ!?まったくー!」
はっと我に返ると、正に不満たらたらだ、というような彼女の顔に鉢合わせた。
こういう、いつもの彼女に対面すると、思わずほっとする。
「大体いっつも君はそうやって誤魔化すコトが……って、もしもし?瑠璃?」
きっと、余りに呆けていたんだろう。俺の顔をまじまじと見つめて、訝しげな表情。


何も変わってはいない。何も。

取り憑いたのは俺の頭にだけ。全て幻。


――それでも、影が…消えないんだ」


ちいさく呟いた言葉は、きっと彼女には届いていない。
なおも俺を見つめる彼女の表情は、何一つ変わらない。
「…悪かった。少し、立ち眩みがして…」
軽く頭を振る仕草をして、嘘を立てる。
「え?そうなの?!ちょっと、大丈夫?」
更に近づく蒼い瞳。それと、彼女の顔。頬に触れている長い指。
そこで、今の状況をようやく脳が飲み込んだ。

「――っ!!!」
急いでファルスの手を振り払い、距離を取る。
それに面食らったのか、彼女はきょとんとした表情で俺を見る。
「そ……そんなに近づく必要はないだろう?!」
少し火照っている頬を隠しながら、訴えて。
彼女は、にまにました笑みを浮かべて、「ふ〜ん」と言った。
「瑠璃ったら、もしかして照れてる?」
「ば……っ!バカなこと言ってないで、早く行くぞ!!」
「は〜〜い」
まだくすくすと笑っている彼女を尻目に、俺は早足で歩き出した。

(……こんなやりとりだって、いつも通りで。だから、あれは……)

「まぁまぁ、そんなに焦らないでよ。さっき立ち眩みしたって言ってたばっかりじゃない」
言いつつ、駆け足で俺の隣に追いついて。
あの蒼い瞳で、俺を見上げた。


ああ。

まただ。


青空の影。
流れる雲も、白んだ月も、全て映しこんだ、
青空の、幻。


瞳に映る青空に、

空高く浮かぶ、大きな樹の幻影が見える。


一度空を振り仰ぐ。そこには、入道雲と傾きかけた太陽の眩しい陽射し。
それと、普遍的に透き通った、青。それだけで。

(幻だ…。あれは、きっと、俺の見ている蜃気楼で)
しかし、ずっと消えない幻。

彼女の瞳には、いつも青空の影。
そこから覗く青空には、あの巨大な樹が青々と浮かんでいて。

――其れを見ると、何故だか無性に泣きたくなった。


「ファルス」
「…ん?」


「空、きれいだな」





今日も君は空を見る。


消えることの無い、

君の瞳に映る青空。






2004.4.19up



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