カエリミチ





夕暮れ時の、紅く染まった世界の中。
すれ違う人たちは、楽しそうに笑い声を上げて。

 俺は、待っている。

たまに吹く弱い風が頬を撫でて。
何だか眠いような心地になりながら。

 俺は、待っている。

あの坂道を下る、あの人の姿を。
飛び切りの笑顔で手を振ってくれる、あの人の姿を。

 ――来た。

先輩!!」
俺の言葉に、彼女は伏せていた顔を上げて。

「渉くん!今帰り?」
いつもの笑顔で、俺を真っ直ぐに見つめる。

頼むから、そんな目で俺を見ないで。

緊張で上手く回らない舌をなんとか宥める。
さぁ、言わなきゃ。
今日も彼女の隣を勝ち取る為の
つまらない口実を。

「先ぱ…」
「今日も、待っててくれたの?」

彼女の言葉に、俺は少しだけ意識を手放して。
それから、すぐに顔が熱くなるのがわかった。

 あぁ。
 どうか、夕陽の色が誤魔化してくれますように。

首をかしげて、微笑みながら、彼女は俺の答えを待つ。
胸がじわりと、痛くなる。
苦しくて、息が詰まって。
何故だか、泣きたい気分になって。


「――はい!!」
何とかそれだけ紡ぎ出す。
それに、彼女は
嬉しそうに、笑った。

 あぁ。
 夕陽の色の所為かな。
 彼女の頬が、少しだけ紅いのは。


 ――期待して、いいんですか?


「先輩。
―― 一緒に、帰りませんか?」

出た言葉は、それだけ。
数時間前から考えていた『気の利いた誘い文句』。
それは、ついに口から出ることはなく。
紡いだのは、そんな、単純な言葉だけ。

そんな自分が、無性に情けなくなって。
俯いて、彼女の言葉を待った。

まるで、死刑宣告前の罪人の気持ち。

どうか。
どうか、今日も。


硬く目を閉じていると、
ふいに指先に柔らかいものが触れて。

――それが彼女の手のひらだと気付くのに、数秒がかかった。

「もちろん」

はにかんでそう言う彼女の頬。
夕陽のように、紅く、紅く。


 あぁ。
 きっと今の俺こそ。
 夕陽の色で誤魔化しきれない程

 ――真っ赤。


「さ、行こ」

彼女に手を引かれて。
もたつきながら、小走りする。

隣に並ぶ。

顔を見合わせて。

笑いあって。


俺は、ぎゅっと彼女の手を握った。




この紅く染まった坂道を、
ゆっくりと、下って。




明日も明後日もその次も

ずっとずっと



「先輩」

「…ん?」

「これからも――」



一緒に、帰りませんか?






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