陽がわだかまって、気だるい、
柔らかな緑の匂いが、鼻をくすぐる、
そんな午後。
少しだけ長くなった影が、ゆらゆらと動いた。




影遊び




「瑠璃、遅いな…果物取りにいくように頼んだだけなんだけど」
生い茂る草を踏み分けて、果樹園の奥へと進む。
と。
「……あらま。呆れた…」
探し人は大きな樹の正面に座り込んで、心地良さそうに眠っていた。
「珠魅の騎士サマが、こんなトコロでお休みですか〜」
小声で呼びかけても、目覚める気配は全く無い。
しゃがんで、彼の顔を覗き込む。
閉じた瞼から伸びる、長い睫毛。風に揺れる、細い緑色の髪。
少し薄めの、唇。
今更妙にどぎまぎして、そのまま彼の正面に座る。
(ホント、瑠璃は綺麗。思わず見惚れるほど、…綺麗)
でも。
余りの綺麗さに、彼が此処に存在していることを忘れそうになる。
胸の宝石を見る度に、想う。
それさえなければ、と。
距離を、感じずには居られない。
私は、瑠璃に触れることが、出来ない。
軽く息を吐く。
それでも、胃の底に溜まる様な気分までは吐き出せなかった。
そのまま所在無く視線を泳がせていって。
それが、一点でピタリと止まる。
「…あ」
向かい合った私と彼との影。息を呑むほど、僅かな距離。
思わず。
『私』が、『彼』に、
顔を寄せる。

あと10センチ。
あと8センチ。
あと5センチ、4センチ、3センチ…
あと1センチ――


「…ファルス?」
びくり。
突然発せられた声に、思わず全身を震わせた。
「…おはよう」
寝呆けた蒼い瞳と視線が合い、作り笑いをする。
きっと、余りに不自然だっただろうけど。
不思議そうな表情の瑠璃が、少し辺りを見回して言った。
「…寝てたのか…」
緩く振る頭の、その細い髪が、さらさらと流れて。
それは私の目に、光を差し込ませて。
急速に、私を現実に引き戻して。
影なら、触れられると。そう思った自分が、妙に可笑しかった。

「…悪い。用事をサボるつもりじゃあなかったんだが」
「別に急ぎじゃないし、イイよ。…後で余計に働いてもらうし」
「…げ」
「さ、戻ろうか」
私は腰を浮かせ、付いた草を雑把に払う。
彼も立ち上がろうと、地面に軽く手を付く。
何とは無しに目をやると
其処には、重なった影が
ひとつ。



「ファルス?どうしたんだ、そんな格好で止まって…
 顔、真っ赤だぞ?」



不意打ち、でしょ。




私は果物の入った籠を引っつかみ、早足で茂る草を掻き分けた。
「あ、おい!待てよ!…ったく」
少し後ろから、慌てて草を踏みしめる音が近づいてきた。

彼に、触れた。


陽がわだかまって、気だるい、
柔らかな緑の匂いが、鼻をくすぐる、
そんな午後。
少しだけ長くなった影が、ゆらゆらと動いた。
それは、ある晴れた日の、ほんの些細な 出来事。





2004.4.18up


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