思えば
君と私の繋がりなんて 随分希薄なもので
些細な原因で
たちまちに消えてしまう

例えば、この罪の裁きが訪れたり、とか

でも、まだ
どうか、まだ

このままで






君の隣







暖かな太陽の光が振り注ぐ、荘厳な森へと向かう道。
誰も寄り付くことのないこの一帯は、きっといつもは穏やかな静けさに満たされていて。

――でも今は、生と死の狭間の音と言う音が、辺りに響き渡っていた。

ぞぐっ。
もはや何匹目かわからない魔物に槍を付きたて、上へと突き上げる。
再び自由になった愛器を片手に、体制を整えて。
――私の体力は、もはや限界に来ていた。
こんな雑魚の群れ相手に、いつもはてこずる訳がなかったのに。
竜殺しの旅の中、魔物との戦闘は激しさを増していくばかりで。
連続で百はあろう数の魔物を相手にしていれば、さすがに疲労もたまる。
くらり。
(やっば…)
突然の眩暈に襲われて、いよいよ自分が追い込まれていることを知る。
それでも、目の前の方々が私の倒れるのを黙って見ているわけもない。
「…く…っ!!」
思った通り、前方から再び殺気が迫ってきた。
滴る汗を拭い、左足を軸に身体を反転させる。
同時に、右手に携えた槍を遠心力に任せて振り切る。
ずびゅっ。
肉を引き裂く鈍い音と、そして断末魔。
血が顔に飛び散ったが、もはやそれを気にする余裕はない。
先ほど仕留めた魔物の奥にいたモノに走り寄り、槍を横に薙ぐ。
それが音もなく地に崩れるのを確認し、やっと一息をついた。
が。
背後に、冷たい感覚が走る。
急いで振り向くと、間近にゴブリンが迫っていた。
「ち…っ!!まだ残ってたのかっ!!」
もう間に合わない。
そう悟った瞬間、重い衝撃がお腹の辺りに走った。
そのままの勢いで吹き飛ばされ、近くにあった木に叩きつけられる。
「げほ…っ!」
空気が一気に押し出され、視界がぐらりと歪んだ。
目の前には、今しがた私を突き飛ばした敵の姿。
ゆっくりと、その腕が振りかぶられた。
避けようとしても、体が言うことを聞かない。
(――いつも死とは向かい合わせで)
ふとよぎる、思い。
まるで、走馬灯のような。
(それは間違いなく、竜殺しへの罰)
自分の息遣いが、耳元でやたら大きく響いていて。
(もう、半分死んでるようなもんだけど。一回奈落に堕ちてるし)
目の前に振りかざされた斧が、キラリと光を反射した。
(…どうなっちゃうのかな。消滅…するのかな)
ぎゅっと目をつぶる。
(あっけない。こんなにも)
瞼の裏で、何かが動く気配。
(まだ彼の隣に)
空気の流れが、変わって。

(――居たいのに)

ざしゅっ。
鋭利な刃物で肉が切り裂かれる時の、鋭く、嫌な音がした。
生暖かい血が、今度は体中に降りかかる。
…痛みがない。
あまりの感覚に神経が麻痺したのかとも思ったが、そうではないらしい。
目を開くと、敵が声もなく真っ二つに切り裂かれている様が見えた。
ゆっくりと左右に倒れていく肉片の隙間から、朱色の鎧が覗いた。
「ファルス…無事か?」
ラルク。
彼の姿を認識した瞬間、
私は意識を失った。




「う…」
僅かに身じろぎをして、瞼を開ける。
ぼんやりとした視界が段々と色味を増していき。
「…気が付いたか?」
すぐ真上に、金色の瞳。
誰のものでもない、ラルクの瞳だった。
しかし、いつもは強い光を放っているそれが、今は不安に曇っている。
「ラルク…。ごめん、気ぃ失っちゃったみたいで…」
「いや、気にするな。それよりも、どこか外傷はないか?」
「ん、大丈夫。さっきお腹に一撃くらったけど、ちょっと痛いだけだし」
「そうか…」
目の前にあった金色の瞳が、すっと細められて。
彼の瞳にあった不安の色が、緩んだ気がした。
…心配、してくれたんだ。
その気持ちが何だか嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
「――敵は?」
はっと気付いて、僅かに身構える。
「あのゴブリンで最後だった。もう辺りに魔物の気配はない」
その答えに、ほっと息をついて力を抜いて。
緩慢な動作で起き上がり、腕を伸ばして背伸びをする。
疲労感はもう残っていなかった。
どうやら、思ったより長い時間眠っていたようだった。
そういえば、私の身体はきちんと毛布の上に横たえられていたし、窮屈なグローブも脱がされていたし。
その上、身体中に付いていた筈の血の跡さえ綺麗さっぱり消えていた。
(ラルクがやってくれたのかな)
他に誰がいるのかという話ではあるが。
彼がこういうことを丁寧にやってくれたということが有り難いのと同時に、何だか照れくさかった。
「あの…ラルク…これ…」
「…すまなかった」
言いかけた言葉をさえぎったのは、謝罪の言葉。
「――は?」
予想外の台詞に、思わず間の抜けた声が出る。
「…俺がしっかりお前をサポートしなかったから、お前に無理をさせた。
 俺が背中を守っていれば、お前はもっと楽に戦えただろう」
ぎゅっと眉根を寄せて、苦々しい表情。
そして、頭をぐっと下げて。
「すまん」
もう一度、謝罪の言葉。
律儀で真面目な彼らしいと言えば彼らしい。
(これが、ラルク)
いつも、隣に居る人。
隣に、居たい人。
いつもと変わらない彼の振る舞いに、
何故だか、泣きたくなって。
「…助けてくれたじゃない」
無理に笑みの形を作った口元から、言葉を紡ぐ。
ラルクが、ゆっくりと頭を上げて。
再び、金色の瞳と目が合った。
「ピンチの時に、ちゃんと助けてくれた。十分だよ」
「だが…」
「それに」
言葉を続けようとした彼を手で制し、彼の瞳を覗いた。
「私が気を失っている間、ずっと傍にいてくれたんでしょ?」
「…ファルス」
「何となく、君の気配がずっと隣にあったような気がしたから」
「当たり前だ。気絶している奴の傍を離れる訳が…」
続く言葉を待たずに。
彼の手を、そっと握る。
すると、すぐに彼の緊張した気配が伝わった。
「それだけで、十分なんだよ」
君が傍にいるだけで。
君と一緒に、歩いていけるだけで。
例えどんな道でも。
「ラルク」
まだ私は生かされている。
まだ刑は執行されていない。
だからまだ。
君と、このままで。

握った手を、額に擦り付けた。
柔らかな毛が肌をくすぐって。
ぷんと、血の匂いがして。
それでも構わなかった。

「ありがとう」

にっこりと笑って、そのまま手にキスをした。
事態が飲み込めずに呆けている彼の顔が、たまらなく愉快だった。
「ん?ラルク、顔が赤いけど?」
「…ファルス!からかっているのか!?」
「あはは、わかる?」
「…!!!」
猛然と抗議をしようとする彼を抑えて、握った手は離さないまま。

「ねぇ、ラルク」


ずっとずっと、
君の隣に居られたらいい

終わりなんて来なければいい

だからまだ
私を裁かないで



「もう少しだけ」




このままで  いさせて







2004.10.6up


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