意味の無いことだと云うのはわかっていた。
ただ砂粒ほどの『もしも』にすがっているんだと。
それでも。

俺はただ、彼女に触れたかった。








此処に居る理由









「ラルク!お前は、自分が何をしているのかわかっているのか!?」
そう叫ぶ姉の向こうで、彼女は静かに佇んでいた。
――俺の目にはその時、彼女しか映っていなかった。
荘厳な森に満ちる、噎せ返るような緑の匂い。
それと、彼女の瞳とが。
縛り付けるように、俺を捕らえて離さなかった。
空色の瞳は、揺れもせず瞬きもせず、ただ俺を視ていた。
俺だけを。
「わかっているさ」
「…お前…」
何かを言おうとするシエラを尻目に、俺は踵を返した。
もうすぐ。
このマナストーンさえ見つければ、全ては終わる。
「ラルク」
森の奥へ進もうとする俺を呼び止めたのは。
「…ファルス」
蜂蜜色の髪を揺らして、彼女は静かに歩み寄る。
「何でそこまでして、君は…」
それは。答えは、喉の奥につかえたまま、出てこなかった。
「…わからんさ。お前には」
「ラルク!」
顔を背けた俺の腕を彼女が掴む。
そこから伝わる暖かさに、泣きたくなった。
――この暖かさは。
「俺は…」
触れ合っている処は、一層に熱を増す。
でも、それはまやかしで。
現実じゃない。
「ティアマットが甦れば、ドラグーンの俺も、地上に戻れるんだ」
俺はファルスの腕を振り解いて、走った。



最初はただ、もう一度この世界で生きたいと、
それだけだった。
でも、最近少しだけ、変わった。
彼女に出逢ってから。
何故かは、わからない。
わからない、が。
彼女の笑顔を見るたび、
ただ純粋に、彼女に触れてみたいと思った。
でも、何度触れ合っても。
この身体が奈落にある限り、その感触は偽りで。
強く、戻りたいと思った。
ただ、彼女に触れたかった。
偽りではない、そこに確かに存在する
俺自身の腕で。

それが俺の、此処にいる理由。



森の奥深く。
焦がれていた其れは、ひっそりとその輝きを放っていた。
この森の全てを溶かし込んだような、美しい翡翠色。
最後のマナストーン。
やっと、見つけた。
「もうすぐ…終わる」
其処から逃げるように、俺は走った。
振り返りたくもない。
ただ、走った。
早くこの纏わり付く匂いから解放されたかった。



森の奥から出て、視界が開けて。
やはりそこには、姉と、ヴァディスと、
彼女が居た。
視線が絡む。
きっとこれが、最後の留め金。
「……お前には世話になった。
 礼を言う」
本当に言いたいことは、違う。
でも、今は。
「ラルク!!」
彼女の声を振り切って、俺は、噎せ返るほどの緑の匂いの中を、駆け抜けていった。


『生きる』為に。







2004.10.7up


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