Take my Hand , please






「…早く来いよ」
「いや、うん。わかってるけど…」
足元を見ながら歩いてるのに、早く行けるわけがない。
こんな根やら蔦やらが入り組んでいる森を、かよわい女子に歩かせるなんて以ての外である。
――まぁ、元は私が行こうと誘ったんですが。
例によって趣味の武器作りの材料集め、そして例によって連れは瑠璃。
そりゃあ毎度強制連行だから、不満もあるだろうし。
いい加減に飽きがきてたり、イライラが募っていたりするかもしれないのもわかるけれど。
(それでも、もっとゆっくり歩くとか。そういう気遣いはないのかしら、あの人は…)
そこまでこっそりと考えて。
そういうのを彼に期待するのがまず間違いだと、改めて思い直す。
…本人に知れたら、烈火のごとく怒るだろうなぁ。
などと色々ブチブチ考えてる間に、深緑の砂マントはずっと小さくなっていた。
これ以上遅れれば、更に機嫌が悪くなるのは目に見えている。
(仕方ないなぁ…怒られる前に追いつきますか)
と、小走りした瞬間。

「うわ…っ!!」
ドサッという、鈍い音。不覚にも、見事にコケてしまった。
すると、遠ざかっていた落ち葉を踏みしめる音が次第に近づいて。
ある一点から、それは途端に駆け足へと変わった。
「ファルス!」
顔を上げてみると、さっきまでの不機嫌な様子はどこへやら。
慌てた様子の瑠璃が目の前に到着したところだった。
「大丈夫か!?」
しゃがみこんで、こちらの瞳を覗いてくる。
「怪我は?足とかひねってないか?」
「あ…うん、何ともないみたい…」
その彼に足首などを動かして無事を伝えると、やっとその表情にほっとした色が浮かんだ。
「…全く、お前仮にも『英雄』だろ?鈍くさいな…」
「う、うるさいよ…」
立ち上がろうと半身を起こす。
すると、目の前に手が差し出された。
「ほら」
「あ、ありがと…」
握った彼の手は、少し冷たくて、心地がよかった。

――が。

「あの…瑠璃?」
返事はなし。
それでもって、手は繋がれたまんまである。
私が立ってからも、瑠璃は一向にその手を放そうとしない。
加えて、しばらくの沈黙。
なんかこういうのって、とても反応に困るんですけど。
妙にどぎまぎして、目を泳がせてしまう。
と。
「…またコケられると、困る、から…」
やっと口を開いたかと思ったら、ぼそぼそと歯切れの悪い言葉。
そして次には、目を逸らして俯いてしまい。
「…な、何?」
わけがわからず、問う。
「〜〜〜〜〜〜っ行くぞ!!!」
「あ、ちょっと、瑠璃っ」
瑠璃は、私の手を掴んだまま、強引に歩き出した。
抗議しようと口を開けたそのとき。
ずんずんと歩く、深緑のマントから覗く顔が、ちらりと見えた。

朱色。

(…ま、いっか)

繋がれた手の心地よさは、ずっと持続しているし。
彼が先導してくれていれば、転ぶ心配はないし。
それに。
(後ろにくっついてれば、私の顔が赤いのも…ばれないし)

熱い頬に空いてる手を当てながら、随分と早足の彼に歩調を合わせる。


こういうことがあるんなら、また瑠璃を誘って此処に来ちゃおうかなぁ
なんて思ったのは、秘密だ。





2004.6.1up


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