夕日に照らされた君の顔
酷く紅く耀いて
風に揺れる銀色の髪さえも
紅く、紅く




夕陽が堕ちるとき





「…どうした?」
視線に気付いたのか、彼が振り向く。
その瞳に映る、紅い紅い陽。
「別に、何でもない」
ゆるりと首を振ると、私の髪が紅く流れた。
その答えが癪に触ったのか、彼は不機嫌そうな表情で云う。
「何でもないなら、じろじろ見るな」
舌打ちと一緒に、また前を見据える。
珍しく、彼は深く追求しなかった。いつもなら、二言三言の言い合いはざらなのに。
訊いた。
「エスカデこそ、どうしたの?珍しくあっさり引き下がって」
暫くの沈黙。
それから彼は、ゆっくりとこちらを振り返った。
そして、また沈黙。
私は戸惑って、少し考えてから、彼の瞳を見詰めた。

紅の空の下。
瞬く睫毛すら、夕陽の色に耀いて。
彼の瞳も、頬も、髪も、肩も、腕も、
全てが、紅く、紅く――

「何か」
唐突に甦った音に、落ちそうだった意識が引き戻された。
彼の言葉の続きを静かに待つ。
エスカデは、少し息を吐くと、ゆっくりと繋いだ。
「気味が悪い」
私は、眉を潜めて言葉の意味を探った。
「いや…何でもない」
目を伏せて、それ以上の詮索を沈ませる。
薄く開いた瞳で、遠くの空を見詰める彼は

血に濡れているように見えた。

冷たい風が、顔を浚っていって。
それとは関係なく、指先が段々と熱を失っていった。
夕陽がちりちりと肌を刺す。
「ねぇ」
掛けた言葉に、彼は目だけで此方を向いた。
「本当に、気味が悪いね。まるで」
私は、薄く笑って、彼を指差した。
「血塗れ」
彼は少し驚いたように私を見て、そして、微笑った。
「…あぁ」

まるで、死に顔。

「絶対」
「何?」
「絶対、此処に帰ってこようね。…この夕陽を見に」
思わず流れ出した言葉を、彼は鼻で笑い飛ばして。
はっきりと云った。
「当たり前だ」
君は、嘘吐きだ
私は、冷たくなった指を拳で握り締めた。

紅く耀くのは、誰の血だろう。
ぬらぬらと陽に照らされて。
紅く、紅く
私か、君か、彼か
紅く染まるのは、誰だろう。


ふいに、頭の上に荒っぽい重さを感じた。
彼の手。
「さぁ、いつまでもこんな所に居る場合じゃない。…行くぞ」
見上げると、不機嫌そうないつもの顔。
夕陽の紅がさっきより大分薄れていた。
視線を泳がすと、血の色のような夕陽は、地平線の向こうに消えようとしていて。
そして訪れる藍色の闇が少しずつ、空に広がっていった。
蝕むように。
「うん、行こう」
それでも、いつまでも、紅く耀く君の映像が
頭に焼き付いていて


そして、ゆっくりと
夕陽が 
堕ちていった。






2004.6.1up


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