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   <title>いけだエコジャーナル 表紙の言葉</title>
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<center>
<br>&nbsp;

<table BORDER=0  CELLPADDING=10   width=700>
<tr>
<td BGCOLOR="#88FF88" width="50%">
<img src="img1/ecojtitle-s.jpg" WIDTH="133" HEIGHT="64" ALT="いけだエコジャーナル">
</td>
<td>
<b>
市民の市民による環境情報誌<br>
池田市環境問題市民会議 エコスタッフ<br>
</b>
</td>
</tr>
<tr>
<td colspan=2>
<font size="+3">表紙の言葉</font>
<p>
</td></tr>

</table>
 <br>
 <br>
<p>
</center>

<center>

<a name="VOL1"> </a>
<table BORDER=0 CELLPADDING=4 width=700 >

<tr>
<td colspan=2 BGCOLOR="#c0c0c0">
<font size="+1"><b>創刊号(夏号) VOL.1　2001.7</B></font><br>

</td>
</tr>

<tr><td valign="TOP">
<img src="img1/ecoj1.jpg" WIDTH="198" HEIGHT="276" alt="VOL.1 表紙">
<br>
<a href="ecoj0.html#VOL1">ＶＯＬ１　目次</a>
</td>

<td valign="TOP">
表紙の言葉<br>
<p>
<br>
　何の変哲もない写真です。市役所から国道１７６号線に出たあたり、駅前公園付近の風景です。ところが、これは、実際の風景ではありません。よく見ると判りますが、あるはずの電柱と電線がありません。エコスタッフの仲間がコンピューター画像処理で画面から電柱と電線を消してしまいました。いかにもスッキリとした風景になりました。環境を良くするために、まず景観を良くするという外見、形を整えるところから始めるのもひとつの方法だと考えています。最近では公園など公共の場所からゴミ箱を撤去する動きがあります。ゴミ箱は周囲の美観を保持するために置かれています。「護美箱」などと当て字でその役割を表現することもあります。ところが、ゴミ箱は目につくゴミを隠すことは出来ても、ゴミそのものを滅らすことは出来ません。逆に公園などにゴミ箱があることで、ペットの糞を棄てたり、家庭ゴミをわざわざ棄てに来るケースもあるほどです。それならいっそのこと、ゴミ箱を撤去して、ゴミは持ち帰ってもらおうというのが、その発想です。ゴミ箱があるからゴミを棄てる。その当たり前の行為からはゴミを減らそうという意識が芽生えません。ゴミを持ち帰るという、面倒くさい行為からゴミを滅らそうという気持が出てくれば、ゴミ箱を撤去した意味があるでしょう。景観を良くすることが環境を良くしようとする気持ちを育むことにも通じる考え方だと思います。
<p align="right">
(写真ＣＧ　Ｍ．Ａ．，文　Ｔ．Ｍ．)
</p>
</td>
</tr>
</table>
　<p>
 <br>
</center>

<center>

<a name="VOL2"> </a>
<table BORDER=0 CELLPADDING=4 width=700  >

<tr>
<td colspan=2 BGCOLOR="#c0c0c0">
<font size="+1"><b>第２号(秋号) VOL.2　2001.10</B></font><br>

</td>
</tr>

<tr><td valign="TOP">
<img src="img1/ecoj2.jpg" WIDTH="200" HEIGHT="284" alt="VOL.2 表紙" valign="TOP">
<br>
<a href="ecoj0.html#VOL2">ＶＯＬ２　目次</a>

</td>

<td valign="TOP">
・表紙の言葉<br>
<p>
　紅葉といえば、箕面の滝が有名ですが、池田・五月山の紅葉も決してひけを取りません。この写真は、五月山の南麓、杉が谷寸近で撮ったものですが、五月山にはこのほかいくつか谷あいがあって、それぞれに紅葉の趣（おもむき）が異なり、散策の眼を楽しませてくれます。また、紅葉は微妙な気象や見る時の光線の違いで色合いが変わり、訪れるたぴに新たな発見もあります。この写真はその中で最高の一瞬を見事にとらえた一枚といえるでしょう。このあたりでは最近、ニホンジカの活動の跡（食痕、糞など）も観察されていて、市街地とそれほど離れていないこんな場所によく豊かな自然が残っているものだと今更ながらに驚かされます。しかし、付近をよく見れば、行楽の人が捨てたらしい空き缶が散乱していたり、不法投棄のゴミも結構あります。夏にクワガタを求めてか、そこら中の木の株を掘りくり返してボロポロにしたり、中にはキノコを根こそぎ持ち去る心ない人もいるようです。<p>
　自然を守るということはどういうことでしょうか。開発により動植物の育成環境を奪うことは論外ですが、何も手を出さないで放置することが自然を守ることではありません。いまの五月山は、原生の森林環境ではありません。何百年もの間、人が山に入り、薪を取り、柴を刈ってきた結果がいまの五月山の自然なのです。五月山がいつの間にか生活との関わりを乏しくし、人が入らなくなって笹や竹林がはぴこり、かえって多くの動物にとって住みにくくなってしまった場所も増えてきています。自然を守るためには適度の人の手を加えることが必要です。開発を抑え、動植物に自然のままに保全することも必要ですが、薪や柴を刈り、竹を切り出し、タケノコを掘ることも自然を守るための活動となる場合もあります。ゴミを捨て、自然を荒らす人がいるのは事実ですが、やみくもに立ち入りを禁止するだけでは自然を本当に愛し守ることが出来る世の中にはならないでしょう。白然に触れ、親しむ中で、本当に自然と共生する知恵が生まれてくることを期待しています。「五月山はいいですよ。みんなで五月山に行きましょう」と心から呼び掛けることが出来るように。
<p align="right">
(写真　Ｈ．Ｔ．，文　Ｍ．Ａ．)
</p>

</td>
</tr>
</table>

　<p>
 <br>

</center>

<center>
<a name="VOL3"> </a>
<table BORDER=0 CELLPADDING=4 width=700  >

<tr>
<td colspan=2 BGCOLOR="#c0c0c0">
<font size="+1"><b>第３号(新春号) VOL.3　2002.1</B></font><br>

</td>
</tr>

<tr><td  valign="TOP">
<img src="img1/ecoj3.jpg" WIDTH="200" HEIGHT="273" alt="VOL.3 表紙">
<br>
<a href="ecoj0.html#VOL3">ＶＯＬ３　目次</a>

</td>

<td valign="TOP">
・表紙の言葉<br>
<p>
<br>
　自分でも子供っぼいとは思うのですが、雪が積もり始めると何か心が落ち着きません。時々外を見ては積もり具合を確かめてみたり、夜の間降っていた雪の朝は、窓からいそいそと外を見たりします。<br>
<p>
　いくたびも雪の深さを尋ねけり　子規
<p>
　病床にあって、自分で外を見に行けなかった正岡子規が何度も何度も家族に雪のことを尋ねたというこの句の気持ちもよくわかるような気がします。雪が積もると地上の汚れを覆い隠し、音も静かになり、普段とは違った世界のようになります。<br>
　とはいうものの、近年は雪の降る日が減っていて、これは地球温暖化といった全地球的な気候変動の現われなのか、それとも都市近郊の地域的な熱の増加によるものか、いずれかは判じかねるのですが、気にかかる現象です。<br>
　また、冬は大陸からの季節風が吹くため、中国大陸からの汚染物質が日本に流れてきています。特に日本海側では、酸性物質の降下量が冬に多く、いわゆる酸性雨、酸性雪が降ることになります。表紙写真は平成９年１月に撮影した水月公園の雪景色ですが、池田のこの雪も酸性を示していたのだろうかと、関連データを探してみたところ、この日の雪が、ＰＨ８のアルカリ性を示したという意外な情報を目にしました（大阪府教育センターの屋上の雪の測定）。都心部の降り始めの雪には、空気中の粉塵、油分など多くの不純物質が含まれ、アルカリ性の粉塵などが多いと、こういう結果もありうるのだそうで、２回目、３回目と後の方の降雪になると酸性度が高まるのだと言います。<br>
　こんな話を書いてしまって、せっかく美しく積もった雪をけなすようで申し訳ないのですが、私達が何気なく見ている雪も、地球規模の酸性降下物問題と、地域の大気汚染間題の両方の影響をしっかり受けた存在であり、私達はそれから逃れられないのだということでしょう。知らなければ気楽ではあるものの、まだ私達の五感ではそれと感じられない今の段階で、やるべきことはないのか。誰の目にも影響がわかるようになってからでは手遅れになる、そう思います。<br>
<br>

</p>
<p align="right">
(写真　Ｈ．Ｔ．，文　Ｍ．Ａ．)
</p>

</td>
</tr>
</table>

</center>


<center>
<a name="VOL4"> </a>
<table BORDER=0 CELLPADDING=4 width=700  >

<tr>
<td colspan=2 BGCOLOR="#c0c0c0">
<font size="+1"><b>第４号（春号）VOL.４　2002.4</B></font><br>

</td>
</tr>

<tr><td  valign="TOP">
<img src="img1/ecoj4.jpg" WIDTH="200" HEIGHT="288" alt="VOL.4 表紙">

<br>
<a href="ecoj0.html#VOL4">ＶＯＬ４　目次</a>

</td>

<td valign="TOP">
・表紙の言葉<br>
<p>
　お花見というのは、ひとりで行くものではないと思う。
春、万物が精気をとりもどし柔らかい緑が萌え出す頃いっせいに開く花。
静かにひとりで眺めるのも悪くはないが、何かものさびしく、またもの狂おしくなることもありそうだ。やはり、お花見は家族や気のおけない仲間と一緒に、春の暖かい日差しの中でするのが正統派だろう。
<br>
　今、一番ポピュラーな桜はソメイヨシノだが、これができたのは江戸の末期だという。ということは、和歌や俳句などで、古人の称える花の多くは、ソメイヨシノを見てのものではない。おそらくは、ヤマザクラやヒガンザクラなどの、もうすこし控えめな花を見ていたのだろう。ソメイヨシノは冬の間に蓄えていたエネルギーを一気に吐き出して、葉をつける前にみごとな花を咲かすのだが、そのせいだろうか、その寿命は桜の中では短く、ほぼ人間の一生と同じだと言う。植えて20年ほどで見頃となり、50年もすれば弱ってくる。100年を超える古木はまず見られないのだそうである。
<br>
　ちょうど今が見頃の桜は、かつて誰かが植えてくれたものである。そして、今いっしょにお花見を楽しむ子供達の世代になったときには、これらの木は盛りを過ぎてしまっていることになる。子供達が将来も美しい桜を楽しむためには、今の世代がまた木を植えねばならないのは確かだろう。
<br>
　環境問題の中で、子供達の世代での心配と言うことを口にすることがある。そうはいっても、自分の世代ではないと思うと今ひとつ切迫したものとも思えないというのが本当のところだろう。だが、その一世代というのは、自分が小さい時に見た桜を今自分の子供が見るという程度の時間差かも知れない。将来の花見を思って、今桜を植えておこうというのは、決して夢物語の取り組みをしているわけではない。環境の話も同じではないだろうか。

</p>
<p align="right">
(文　Ｍ．Ａ．)
</p>

</td>
</tr>
</table>

</center>

<center>
<a name="VOL5"> </a>
<table BORDER=0 CELLPADDING=4 width=700  >

<tr>
<td colspan=2 BGCOLOR="#c0c0c0">
<font size="+1"><b>第５号（夏号）VOL.５　2002.8</B></font><br>

</td>
</tr>

<tr><td  valign="TOP">
<img src="img1/ecoj5.jpg" WIDTH="200" HEIGHT="283" alt="VOL.5 表紙">

<br>
<a href="ecoj0.html#VOL5">ＶＯＬ５　目次</a>

</td>

<td valign="TOP">
・表紙の言葉<br>
<p>
　広く空が開けた場所で悠然と動く雲を眺めている、そういう空間と時間の広がりを享受するのは、考えてみればぜいたくな楽しみである。日照権や眺望権などというぎすぎすした言葉を忘れ、時間のたつのも忘れていられるとすればそれは幸せな時であろう。
<p>
　「雪は空からの手紙」と言った人がいる。雪のさまざまな形には、上空の気象に関する多くの情報が含まれているのだそうだ。そのまねをしていうと「雲は空の掲示板」と言えるだろうか。雲ができるのは、大気の流れのさまざまな変化が反映した結果であり、上空の気象などの多くの情報が含まれているのだろうが、私達にはそれを十分に読み取ることができないだけである。
<p>
　とは言え、夏の入道雲は強い日差しに熱せられた大気が上空を目指して昇っていく姿であり、やがて夕立や雷になることもあるのは、よく知られたことであろう。ところが、最近の夏はそうすっきりした気象になるよりも、ぐずぐずと夜までも暑く、また気まぐれな通り雨に会う機会も増えたような気もする。実際に都会の夏は昔より暑く、気象にも影響が出ているのだと言う。その主な原因としては、都市におけるエネルギー消費による熱の放出と、緑地の減少などがあげられている。池田市の試算では、池田市での１年間のエネルギー使用量は１７０万Ｇｃａｌということである。これは計算してみると池田市の地表面が太陽から受け取るエネルギー量の７％ほどに相当するのである。小さい面積のスケールでこういう評価をしても意味がないだろうが、少なくない数字である。
<p>
　エネルギー問題と言っても市民にとってそう身近な話ではないようだが、実は夏の夜の暑さもエネルギー問題のひとつのあらわれだし、その時エアコンを使えば使うほど街が暑くなっていくのは確かなようだ。ではどうしたら良いのか。個人でそれぞれ工夫をするのも大切だが、もう一度広い空と雲を眺めて、広い視点から考えてみる必要もあるだろう。

</p>
<p align="right">
(写真Ｈ．Ｔ．，文　Ｍ．Ａ．)
</p>

</td>
</tr>
</table>

</center>

<br>&nbsp;
(写真，文の著作権はそれぞれの著作者に属します）

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