| | このサイト開かれてから12年になるそうですね。 不明にして知りませんでした。 私は「神は存在するのか?」 「神が存在するのならなぜ、神は 悪の存在を許しておくのか?」 という問題を30年間考えました。
そんな時に芹沢先生の著書を友人から紹介され 三鷹(吉祥寺?)のご自宅に伺って お話を聞きました。(20年ぐらい前のことだと 思います)
その時にすぐに神の存在が分かったわけではありませんが 私にとっては大変ありがたい示唆を受けました。
その時のことを数年前に私のブログに書いていますので 以下にご紹介させていただきます。
「 私が神の存在の問題を考え始めたのは 15年前ぐらいのことです。 そのころ、東に神を見たという人がいれば 会いに行き、西に自らが神だという人がいれば 話を聞きに行っていました。 結論から言えば 自らが神だという新興宗教の教祖や霊能者は ほとんどが信用できません。
なぜか。簡単なことです。 神は普遍的で根源的なものですから、どんな人のどんな 問いにも答えられるはずです。 もちろん問う側の機根(まあ心構えと言い換えてもいいでしょうか) が熟していない時に沈黙をもって答えることもあるでしょう。 あるいは個別の細かいことに答えることは もちろん不可能でしょう。 しかしいずれにしても問う人間をはぐらかしたり、 ごまかしたりすることはないはずです。 そのことはイエスや釈迦やソクラテスなどの先哲の言行を 見れば簡単に分かることです。 彼らはどんな人にも一人一人真摯に対応しています。 そういう目で見れば私が実際にこの目で確かめ、 話を聞きに行ったほとんどの自称「神様」や「霊能者」は 中途半端か、欲が前面に出ている俗人かどちらかでした。 その中で「あっ、この人は本物だ」と思ったのは 芹沢光治郎さんでした。 芹沢さんは当時90歳、静岡の熱心な天理教の家に生まれ 若いころは経済人だったものの80過ぎた時に 神がかりとなり 「神を説け」という天啓のもとに小説「神々の微笑」など 神々シリーズ5部作を書いていました。 私は画家の乗田さんと伊万里のコスモス村の池田さんと 3人で芹沢さんのお宅に訪れたのですが 私の質問は2点でした。 ひとつは 「時間とは何か」 ということと もうひとつは 「神は存在するのか。もし存在するならそれはどうやって 証明できるのか」 ということです。 芹沢さんは一点目については 「私には分かりません」 と言われました。 二点目については当時もうだいぶ悪くなっておられた 白内障の目をいっぱいに見開かれ 「ああ、神はいますよ。それが分からなければね、あなたね。 朝にね、窓をいっぱいに開けてごらんなさい。 その露にぬれた木の葉やね、小鳥のさえずりの中にね 神はいますよ。」 と言われました。 もちろんその時にすぐに私が神を理解したわけでは ありません。 しかし、その時私は「この人の言うことにうそはない」 と直感できたのは事実です。」
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