シンガーソングライター大江千里ロングインタビュー


一日千秋
 兵庫の会下山が、母の故郷。良き『神戸』の話をたくさん聞いて育った僕によって、神戸はずっとずっと特別な場所。『神戸Boy』に憧れて、だから関学に入りたかったんです。
 学校までは、自宅のある南河内の田んぼを抜けて南海高野線に乗って。御堂筋線から阪急線に乗り換え、一瞬神戸Boyになれた気がしても、また逆をたどって家路に就く頃は、魔法の解けたシンデレラな気分(笑)。
 先輩に連れて行ってもらった芦屋浜。ライブをしたチキンジョージ。ポートアイランド、ハンター坂ではデートをしましたね。学生はお金なんて持ってないから、ただ女の子と坂を登ったり降りたりでしたけど。
 でも、どんなに神戸が好きでも、決して純粋な『神戸人』にはなれない。常にオブザーバー的に、一歩離れたところから仰ぎ見る存在。それが僕にとっての『神戸』です。

Sensibility
 『六甲GIRL』『夙川パーキングナイト』『塩屋』『舞子VILLA Beach』…20代の頃の僕の曲には、固有名詞が溢れてました。そして40代の今作る曲には、ダイレクトな地名は出てこない。でも、たとえ六甲、塩屋を知らない他県の人が聞いても、モダンな神戸Girl、神戸Boyが思い浮かぶ作りになっていると思います。
 そう、40代になって、僕の曲作りは劇的に変わりました。ド派手な20代を捨てたわけじゃなく、僕の曲を聞き続けてきてくれた人たちに、あの頃とは違う元気を伝えられるんじゃないかと。結婚していても、恋してキラキラしていた頃にフッと戻れるような。会社で偉くなってても、つたなくて踏ん張ってたかつての自分を瞬間取り戻せるような。そんな、僕自身が一リスナーとして聞いてみたい曲。そしてそれを儘に表現出来るだけのこれまでの人生経験、中でも'04〜'05年にかけてのリアリティが、僕を2年半ぶりのアルバム『ゴーストライター』に向かわせました。

千載一遇
 『ゴーストライター』、ちょっとシニカルなタイトルです。大江千里はシンガーソングライターを名乗ってるけど、実はゴーストがいるみたいな(笑)。でも実はいるんです、僕自身の中に。しかも一人じゃない。聖子ちゃんに楽曲を提供する、憂いのあるライターA。美里ちゃんの曲を作る、明朗快活なライターB。そしてまだまだ何人もいるライターの一人で、僕仕様の曲に何回か出てきたことのある、まさに『幽霊』ライターC。その『幽霊』ライターが、初めて10曲全部書いたのがこのアルバムです。
 『伝えたい』気持ちが高まって、予定していた旅行までキャンセルして。で、一気に書き上げた曲達を見回せば、「アップテンポが1曲もないやん!」。そう、背伸びも見くびりもない、等身大の人生を語った曲に仕上がりました。
 もう一つ今までと決定的な違いは、シンガーソングライターの『シンガー』と『ライター』の癒着の断絶。一人何役の馴れ合い的曲作りを裁ち切り、作詞家大江千里が最後の1行まで、作曲家大江千里が最後の1小節まで、詞を曲を書き切る。それを歌手大江千里が歌い切れたと思ってます。

千差万別
 って言っても、全然堅苦しい作りじゃないですよ。むしろユーモア、『なんちゃって』精神旺盛というか。
 ところで『なんちゃって』の対極にあるのが『ホンマもん』ってことになるんだろうけど、神戸はその『ホンマもん』の精神が根付いていると思うんです。例えば、女性誌でよく見かける東京の女子大VS神戸の女子大みたいな記事。神戸の女の子の「おばあちゃまの代から受け継がれたボレロを、芦屋レーヌ風に着てみました」とか。物も人も大切にする心っていうんでしょうか。
 10年前の震災の時もそうでした。フロインドリーブのオーナーさんが、パンを一つ一つ透明な袋に入れる姿。「食べて元気になってもらわなあかんのに、砂のかかったパンは渡せない」っていう。

千里も一里
 10年。皆もそうだろうけど、この歳月の中で僕自身も大きく変わりました。舞台自体は無傷に近かったのに、ビル倒壊の危険から取り壊された国際会館。形あるものはなくなっても、「あそこでお客さんが笑ってたな。アンコールで泣きそうになったな」という思いは、ずっと僕の心に残っています。
 それと同じ。目には見えない、でも確実に人の心を支えるだけの力のある曲を、どれだけこの世に残せるか。人に必要とされる『何か』を、どれだけ社会に還元できるか。そんなことを考え続けて来ました。
 基本的に曲作りは楽じゃなく、むしろ苦しくて止めてしまいたくなることもあります。けど、お客さんに喜んでもらえば、そんなことは吹き飛んでしまう。『仕事』っていうのは、きっとそんなもんですよね(笑)。

Sentiment
 4年間続けたNHK「トップランナー」のMC、TBS系ドラマ「十年愛」での俳優etc…。どれも、正業の『歌』に直結させようとチャレンジしたわけではなく、「人が一回り大きくなれば」くらいのつもりでした。
 結果、人との出会いがいっぱいあって、言葉のキャッチボールをするうちに、『自分』をもっと出せるようになって、それまでは出来なかったことが出来るようになったりもして。
 表現することが好きな僕の、歌うこと以外の感情表出の場は、それでも結局音楽にフィードバックされているのかも。そう、月並みだけど、人生には遠回りも無駄なこともないんですよね。
 こんな風に思えるようになったのも、色々な経験をしてきたからこそです。

千山万水
 30代で僕は独立し、マネージャーと2人でレーベルを立ち上げました。より表現したいものに近い、新しい音楽を作り出すために。
 新しい酒は新しい革袋にじゃないけど、古い気持ちはゴソッと捨てないと新しい物が入って来ない。頭ではわかっていても、思うほど簡単なことじゃなかったですけど。
 まあそんな一つ一つがあったからこそ、それまでの「コンサート、3万人」って数字で測ったような所がなくなって、鵜飼いみたいに(笑)一人一人のお客さんを見つめられるようになれたんですけどね。

千里眼
 もしも僕が神戸に住むのなら、北野のマンション。マウンテンバイクでモザイク辺りまで坂をヒューと滑り降りて、帰りは自転車をかついで汗だくで坂を上りたいです。
 もしも僕が誰かと付き合うのなら、もう髪型がどうのとか、目が一重だとか二重だとかは言いません。じっくり付き合って、クロストークな会話が楽しめる、飽きのこない人がいいですね。喋るのが苦手なら、自分らしい強さを見失わない人であって欲しい。ついでに、紀伊国屋でも明治屋でもない、イカリスーパーの買い物袋の似合う人(笑)。
 神戸。ずっと追い続けているのに、僕がいまだ追いつけない街。外国にだって誇れるホスピタリティにソフィスティケートされた街自体が、もう最高級のアミューズメントですよ。そんな、クールなKobe Cityで働くOLさんは、毎日が戦いかも。だからその戦いに疲れた時、戦い抜いてイイ女になった時には、僕のライブに来てみて下さい。きっとその心に効きますから!


(神戸ワーキングガール情報誌 Recipe 2005年7月)
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