いろんな旅から現実眺める

 シンガー・ソングライターの大江千里が新作アルバム「first class(ファースト・クラス)」(ソニー)を九月五日、発表する。コンセプトは「旅」。「ぼく自身、複雑な現代社会の中で右往左往していて、たまにはファンタスティックな旅に出てみたくなった」という。

 忙しい中をやりくりして恋人と行く海外旅行、砂あらしの中をステーションワゴンで行く旅、かつての恋人同士が昔好きだったアーティストのコンサートで十年ぶりに再会するという「時間の旅」もある。
 「信号が青になっても動けないことがある。それが現実に生きているということ。でも、旅は違う。旅は、ある意味、現実の反転。そこから何か違う景色が見えてくるはず」
 そのため作詞に工夫を凝らした。「デビュー十八年目にして初めて、作品の中の主人公を俯瞰して詞を書いた」。
 ヒントは、大好きな映画「ベルリン・天使の詩」(ヴィム・ヴェンダース監督)。「映画に登場する二人の天使になったような気持ちで書いた。これまでの、詞の中に自身を投影する書き方に比べると、プロフェッショナルでクールな手法だが、書きたいテーマが明確になって、歌それぞれに生命を吹き込めたと思う」
 今年三月まで四年間、NHKのトーク番組「トップランナー」の司会を務め、一歩引いた立場でゲストの話を聞き出してきた。また今年、四本のドキュメンタリー番組で立て続けにナレーションを担当。そんな経験も、今回の作詞には影響していると語る。
 四十歳。若々しい雰囲気は変わらないが、「こう見えても、結構、老成しているんですよ。年齢と経験を着実に重ねてきたという実感がある。ただ、僕の中に土足で上がるな、という二十歳の若者みたいな部分もあるけれど」と笑いながら自己分析。
 「(老成と若さという)二通りのエネルギーを歌にして表現していきたい」と熱っぽく語る。
 インタビューの直前、実行委員の一人として開催に協力した「21世紀☆みらい体験博」(九月二日まで、神戸国際展示場)の会場を訪れたという。
 「コンピューターのビジュアルや操作には慣れているから、未来空間の中でも上手に遊べた」とにっこり。
 「会場で思ったんだが、歌詞の中の『未来』や『夢』という言葉の意味も、時代と自分自身の変化によって、大きく変わってくる。でも、夢見ることは絶対に捨てたくない」
 そう言い切るときの目の輝き、シンプルな言葉の力強さは、新作アルバムが感じさせるきらめきに通じる気がした。

 
(読売新聞 2001年8月14日)
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