梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 20日 11時 48分 29秒


  君らは、何も教えてないのにうるさいと思う

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 20日 11時 44分 45秒

主題としての人間 美術解剖学

 歴史と文化が異なる美術作品を我々が正しく鑑賞し、理解できるのは、そこに倫理的法則、解剖学的側面、内部構造を把握している裏が具体的努力の結晶として隠されているからです。
 骨格の配列、筋肉のバランス、皮膚の表層、その他全てが把握及び表現された状態を、リアリティーとして鑑賞者は捉えます。そして、本来整っていない顔や体を絵画の中において整える事ができます。その知識、経験、理解済みの範囲が広いと、絵にする時の予定の綿密さも倍加されます。リアリティーや、色の範囲、回り込み、空間の範疇や奥行き、その他の決定もできると、図像が同一でも、絵の完成度が変わります。
 美術解剖学とは、狭義では美術家の為の解剖学を意味します。
 これは人体を描くための必要な知識(how to draw)を示します。広義では人体や動物の体表上に現れる特質さらに運動による変化なども研究の対象になります。
 病理目的とは異なり、骨格、筋肉、腱、皮膚、などの形態や各部の構造の関係や形態上の特色を知る学問です。それは生体学(somatology)や、体表解剖学(surface anatomy)に近い意味を含んでいます。具体的な研究の内容は資料に列挙しました。
 美術におけるこの解剖学的欲求は、ギリシア時代の男性裸体彫刻に形跡が見られます。しかし古代においては、生きたモデルを肉体の外部から眺めて人体の知識を得たに過ぎません。解剖学において最初はそういう見地から始まり、そして肉体の内部に触れる事が検討されました。
 ルネッサンス期になると、イタリアで14世紀初めに死体解剖が始まります。(日本において罪人の腹を捌き、人体に触れました『松本喜三郎生人形』から)
 解剖学の教科書も作成、内容、図解、においては美術家が関わり始めてきました。そして解剖学と遠近法を画家にとっても重要かつ基本的な知識であると述べていました。また、自らも遺体の解剖をし、膨大な数の解剖図を残しています。
ひとつの絵を見て、解剖学的欲求のある分析が出来る場合と出来ない場
(分析済みの場合)
人物画が美しい=筋肉の流れが美しく、調う構図にしている。=そしてその形状的裏打ちが知識としてある。
 (不可知)
 人物画が美しい=何か良いけど、裏打ちの理由が分からない(客観性高・漠然としている)
 この様に、観点にも多大な影響を与えるのがこの解剖学的希釈です。ルネッサンス画家は、解剖生理学とパースぺクティブによって黄金率を必ず画面に盛り込んだ絵画をなしている。(3者の画面中の割合は違えど、必ずこの基本的理念により人物を描き、次に中国三遠によって遠近法が整えられている)水の垂れた調子を描く時、実際の水を垂らしてみて描くのと、そうでない想像のみでは、『リアリティー』が段違いになる。媒質やモティーフを熟知した人間にしか不可能な描き込みによってその行為にも意味性が出てくる。
 
 


( 身体に関係する芸術学 )
somatology   生体学
surface anatomy   体表解剖学
geometry      幾何学 
iconography     図像学
kunstwissenchaft  芸術学
aesethica      感性学 
(詳細)
発生学
比較解剖学
身体寸法・比例
体型・動勢・姿勢の類型
生体変化
ムーブマン(運動・動勢)
マッセ  (量塊)
ボリューム(量感) 
美術技能   (how to draw)
美術基礎理論 (theory of art) 
色彩療法論
再度の高い純色には明るさが感じられる。この冴えた色の効果を心理学においては、
『ヘルムボルツ=コールラウジュ効果』と呼んでいます









美術解剖学
人間の動きは、筋肉の連動や収縮によって起こる。そうなる以上は、人間の動勢を描くにおいては必ず筋肉の在りようを知り、筋肉の動きを知る事が重要になる。その運動の起こりの理由、ないしはその筋肉の中身の形と機能を解剖美術学として認識しているのなら、その人間を見なくても想像した状態を描く事が出来る。
 その知識を体表解剖学iconographyとか、生体学soma
tologyとか言う。動きを掴み、動勢を感じ取り、その動き
の理由を生理学として知り、その動きの内実を解剖学の筋肉の流れとして知る。
 
 上腕二頭筋
 上腕三頭筋
 三角筋
 広背筋
 腹直筋
 外腹斜筋
 大胸筋
 腸内転筋
 外反母趾内転筋
 外反母趾外転筋
 大臀筋
 内側広筋
 中間広筋
 外側広筋
 大腿直筋
 (合わせて大腿四頭筋)
 双子筋
 鼻根筋
 下顎体
 前頭筋
 側頭筋
 眼輪筋
 上唇挙筋
 口角下制筋
 下唇下制筋
 眼窩
 眼底
 外耳殻
 外耳官
 中手骨
 手根骨
 
 と、ざっと眺めただけでもこの様に筋肉があり、それらが緊張や弛緩によって様々な連動を引き起こし、自発的であったり、反射的であったりもする。その内実にはかなりの規則性がある。
呪詛説明
※この、人間の条件反射の連動を悪用すると、身近な人間を、何一つせずして傷つける事ができる。そして、その人間を傷つけたにも関わらず、何にもしてないような顔ができる。そして罰されない。しかし、安心せよ私も含む皆。所詮は「呪術」とは、人間の行動の反応を利用した、おかしげな「話術」に過ぎない。
 また、刷り込みによる話術も出来る。「見るな」という言葉を知っていれば、それを言われると反射的に見る事ができない。しかし、知らなければ、分からない。よって、ハングル人と深くコミュニケーションを取り、その後、ハングル語で「死ね」と言えば、本人には分からなくても、耳が意味を飲み込んでるので、自動的に死んでしまうという訳だ。
 この様に、呪術とは、言葉のマジックなのだ。この解決策をお教えしよう。呪いには、ある程度の知識が必要になる。そして、その知識を必要とするのは、「脳」。そしてその脳の30〜50%が視覚に集中している。と、いう事は、呪いをかける者は、ある程度その行い、頭の中が「目」に出る。=目は口ほどに物を言う、という事だ。掛け手はある程度目にその行いの不純さを映す。
 
 呪術の対策
「目を見て判断。その目が曇っていれば、悲しきかな、どのように素晴らしき、行いの人間だろうと100%の信頼は絶対に寄せない」

 また、もうひとつの呪詛の方法がある。「なんて言うんだ?」と繰り返し、繰り返し、呪詛を誘発し、その言葉を他人に言わせることが出来る。多人数で行うと、まるでその無関係な人間が呪いを掛けたかの如く、呪いを掛けさせるのだ。これにかからない方法。
 相手が長い話の中で、不意に無関係な一言を挟んだ時、それが怪しい時。

 対策2
 「他人の無関係な一言を許さない。知らない」

 美術の源流は、呪術から来ている。(決してこの様に扱われていないが)よって、西洋人は巧みにこれを活用することが出来る。
 る。
 「取捨選択し、捨てる一語に耳を貸すなよ。聡明な人間ども。」

 こういう術に長けた人間は、名乗りでるのが苦手なので、ほっておくのが一番である。また、現代呪詛も存在する。人間は生活の中にある物体を転化させ、人間の行いを邪魔する。生活の中の説得、不要な一語にしかと気をつけろ。最低な行いを、安閑と行う者を見計らえ。心から清く美術を続けたい者、その様な、心醜き利用方法を持つ者、励ましに扱う心を悪辣な術に使う者に、その綺麗な道を汚されぬように。この「安全知識」を提供する。
条件反射的な運動を持つ者程、呪術に利用され易い。

 そう、条件反射を悪用する人間の常套手段なのだ。と、いう事は、呪術とは、卓越した、本能的に一事に優れた人間ほど、悲しきかなかかり易いのだ。多分に被害者は多いだろう。人生をシーソーバランスに例えるなら、そのバランスを、「ワッ」という小声で崩すのが呪い。そっと支えるのが呪詛なのだろうと思います。知の罠にある呪詛。
絵画画調
画調
(健康学)
 美術には、いわんや人間を癒す効果がある。その役割が無くては、作品の意義は無いと言っても過言ではない。社会の恐ろしさや、戦争に対する反対意識がある作品をアンチテーゼする事は可能だが、作品がコミュニケーションの取れる媒体として存在する、あるいはメッセージを内包した状態のものでなくては、結局なんの他人に対して与えうる回復も無い。と、いう事は、メッセージの中にも、テクスチャー、あるいは絵画技術としての、「見る側への癒し」がエッセンスとして内包されていなければ、成立はしても、誰かの足を止めるような絵画としては、成り立っていない、という事は。結局作品の中には「干渉」以外の、理解力とか、心遣いというものを含ませる必要性がある。
 セラピストの基本に「共感的理解」という必要事項が存在する。セラピストには、相手の立場にたつ必要が、相手とのコミュニケーションを取る上で出てくる、というものだ。
「充分に機能する人間」という解釈でもって相手を具体的に理解しようという側面と、同時に「そういった一連の不具合というのは、どういった理由から来ているのか」という心理的側面の、2方向から人間を治療する事が重要であるのと同様に、「社会的メッセージ、公的訴えとしての絵画」「心癒す媒体の塊と、その積層としての絵画」という両側、2方向から人間にイメージを投げかける事が絵画には重要であるといえる。 美術という活動は、特に心を使い、目や内臓の疲労を増やす。密閉された部屋で行う作業という事もあって、どうしてだか精神的にも疲労する。病院に通う人間や、錠剤を常用する人間がいたとしても何ら不思議は無い。
 そういう芸術活動のストレスは、屋内作業にして『衣食住』総てに美しさや景観、彩り、人間の作業の円滑、生活の循環の浄化としてタッチする事の難易度。『思いやり』や、人間の誠意の形作りであるがゆえの心労や、心の中の悩みが日々募るが故に起こる『変な疲労』が、尽きないということです。通常の人間からすると凡そ訳の分からない理由で自殺したり、病院送りになったり、薬を常用する為、その関心事の中に入る人間の活動もなかなか分析しづらく、その人間の病理を未然に解決する事も、とても難しいと憶測します。
 要は、「美術系は患者としてはとても厄介で、故に人一倍体調管理に気をつけて欲しい人種だ」という事である。人間のなかでも、退化しやすい、あるいは退化をいとわず活動をつづけるのが芸術家であり、体は当然弱い、という事である。
美術館での景観に着目してみよう。お気づきでないだろうか。美術館の中の人間。「少々太り気味」というだけで、かなりの大柄な人間に見える事。そう、美術系という人種は、僕も含めて、それだけ脆弱な人種なのである。
そういう意識の元活動して欲しい、という人間も、内外問わず沢山存在する筈だ。要は人生を歩んだ結果としての体格や、一個体としての蓄積が、美術家は脆弱になりやすいという事だ。
 一方で、学生常設には事故が起こり易い。「大作品」の厄介さだ。大作は、ナイーブな扱いを要求する割に、相当な重量を伴うので、扱いを知りつつ取り扱う事が重要になる。
そして、実はもう一つの重要な観点がある。そういうナイーブな作品の取り扱い、実は「ためらってはいけないのだ。」
しても良いことの範疇を利用して、最大限の要領を用いるのが作品の秘訣である。それはとても感覚が難しく、要領と美術との狭間に位置するのだ。

ポリプティック  =屏風画
ジャクスタポーズ =並列画
コラージュ    =紙片体構成画
アッサンブラージュ=立体物構成画
イコン      =宗教画
インスタレーション=設置象徴
スキアグラフィア =陰影画
ポリクローム = 多色画
インスタレーション= 設置画 設置した平面構成画及び立体設置物が、なんらかの社会的、福祉的イメージを強く、しかも伝移模写的でなく応物象形的にアピールしている設置物の事を指す。
コラージュ     = 紙片体接合画 紙と紙を繋いだ時の図像の見え方の妙を利用して構成する絵画。別の内容を持った原稿AとBを上手く切り組んだり、ドットを描いて広告を用いて絵画を描いたりできる。紙を切り、自分の感性に沿って貼ってゆく技術。
スキアグラフィア = 陰影画 光の当たり加減による明暗のみを重点的に捉えた画法。量塊や、量感を方向線や稜線でもって表現もせず、明暗の階調を微妙に捉え、表し、描きだす方法。成功すると、とても静かでマットな魅力を発する。トーンセパレートのみで、他の技術を用いない事に 陰影画の洗練性がある。  





芸術学には骨格、皮膚、筋肉、腱の形態や、各部の構造の関係や形態の特質を知る為の学問、生体学(somatorogy)や、人体の動物や その 運動に伴う体の形態体表解剖学(surface anatomy) 等が内包される。いずれにしろ、芸術学には相当の解剖学的側面が加わる事になる。
 その解剖学が絡んだ美術にはいわんや技術的完成度がある。そのリアルを体感し、身体構造を知っている、理を染みつけている事によって、実際無い風景を確実にリアルに描写できる。
 まず、自身の体と比較する。すると、化学的な解釈ができる。cm的、mm的合わせ方でなく、肋骨と肋骨の形状の同系列化の表現、大腿骨、恥骨、尺骨、頭蓋骨頭頂部、その他が、正しい人間の成り立ちとして描写対象が支持面の上に模倣(イミテーション)でなくって、再現(リプレゼンテーション)されているかどうかが、とても大事になる。

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 18日 18時 29分 33秒

 これは美術知識ではありますが、呪術から始まってないので、暗い方はご覧になれるかどうかゥァ」

  「僕に呪術を期待しないでください。」

梅田聡一郎 さん 2005年 06月 18日 18時 26分 56秒

 応物象形論

(応物構成体研究)=インウーシャンシンマチエール塑形術研究

必要な能力
 マチエール塑形術
 象徴化能力
 収拾能力
 塑形同化模写能力
 塑形したテクスチャーがかもすイメージを良い方向へ描いていく描写塑形術。形と図の関係を、やりたい表現に基づいて描写する。
 
 随類賦彩論

随類賦彩とは、精髄や技術的卓越を、水彩技術で表象する事を表現する。塑形技術に水彩表現を上手く取り合わせる。技術同士の上手な複合表現の事を言うのだが、複合表現を技術的に上手く構成する事に思考を注ぎつつも、一つの表象として画面表現がなされている。
 そして、それがジャクスタポーズ(並列画)、ポリプティック(屏風画)に生かされたとき、一つ一つが関連性を持ちつつも、別の表現構成として最表象=representation(リプレゼンテーション)されている事が重要な到達点の一つになる。

   ジャクスタポーズ・リプレゼンテーション論

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 18日 18時 16分 58秒


芸術日常論

 芸術には日常を逸脱した天才の集団が集う、恐ろしき趣味性の高い会合という印象が付きまとう。実態はそうでもない。芸術学には、たしかな教養がある。何となくで描き続ける事と一線を画すのがそのkunst=芸術の事であり、そのkunst(芸術)の中にも沢山の種類が存在する。

 All germani kunstwissenchaft (一般芸術学)
 Kunstwissenchaft (芸術学)
 Kunstverhalten (芸術態度)
 
 等、芸術学の中においても、態度教育や一般汎用性の高いものに振り分けられる。芸術学は人間の日常的な態度にまで良い影響を及ぼす。人間の欠点をカバーする教育手段にもなり、術性の高くなった昨今の人間の空虚を癒す、思いやりある手段にもなりうる。技術は描き手を未知の手段に飲み込む空虚な罠にもなる。よって、手段においては技術を伸ばし、健康学的観念においては人間の健康性や、ありよう、在り方を説明付けるものとして存在する。美術には美術解剖学という分野が存在し、それに関わるには、自分や他人の体を詳しく熟知し、生態系、生命体としての人間を中身から熟知する必要がある。
 体の動きを追う動勢も、筋肉の成り立ちと、実際動く時、筋肉が縮む事によって手先を胸元に引き上げ、隆起と怒張によって作用を増し、収縮によって物体を引き、双子筋が走る手助けをする。肺呼吸で人間は動き、心臓は絶えず血を新しい血液に循環させる。その連動をしる事によって、人間は初めてそのlner perspective (線遠近法空間)の中を動き回る。人間は剤渓渫ではない。確かな連動によって動き回る、理性ある生命体なのだ。その事を知ることが、kunst(芸術学)を伸ばす、倍加させるきっかけとなる。

  Kunst ( 芸術 ) ×somatology ( 生体学 ) × 美術解剖学 = kunstwissenchaft  ( 芸術学 )
 
 の図式を感じる。芸術は基本論から生じる。その生かし方と、健康学的側面を応用する世界。何の技術も保有しなくっても、ある程度上手に見える絵。あれは、均一であるからになる。しかし、もう一つ違う側面からいくと、美術技能には、緻密な段取りがある。素材毎に枝分かれするものでもある。よって、聞きかじった噂の集合体には、説得力が無い。人間としての英知を段違いに上げつつ、さらに芸術としての高い知識と技術を併せ持つ。それが本当の芸術学である筈。懸命すぎつつ自身の技術による支持面の状態を疑う。

         「 Can you real struggle ?  」
 
の精神を感じました。それが同様に、精神としても安心を生み、正しき生活を促すかのような絵画技術を獲得します。
 情けは人の為にある。技術は生活の円環を守る為にある。豊富な知識が技術に拍車を掛け、生活を治める柔和な知識にもなるのだなあ、と関心しました。                     日常芸術学論  梅田 聡一郎

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 18日 12時 42分 22秒

 手前らは自分たちで嘘ついたり足引っ張っといて、
何様だ。

じゅりぃ〜 さん (lovelymomo@nifty.cm) 2005年 06月 17日 22時 45分 25秒
URL:http://gooddeli.com/bbs

http://gooddeli.com/bbs

書き込みヨロシクぅ☆
それでわ♪

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 17日 17時 16分 11秒

翰愿漫廚蕕辰討癲坩堕蠅奮茲妨訛琉堕蠅魑瓩瓩蕕譴覆茲辰董海糧僂遼舛鵑版聴気譴燭發里任覆函僂燭覆瓦箸蓮修海砲襦佑呂垢覆箸發修靴討燭茲辰董堕蠕繁猟未気譴審茲砲蓮燭螻阿譴箸發里茲困劼箸弔睫気蟯峅砲鬚韻襪函蟯峽笋梁廖廚砲睇佞腓箸垢襦屬鬚韻榛酩覆六屬韻童襦屬鬚韻討覆酩覆六屬鬚韻困妨討靴泙茲雰晃襦茲辰董粥畆蟯峅砲筏蚕僂繁梁申轍雕漾膸砲覆襦豌萍未涼罎法匹譴世韻陵彖如瓠蚕僉亮韻鯣忘遒襪腓簑蠅砲覆襦

 こんなの読めん。

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 17日 12時 33分 16秒

美術解剖学

美術解剖学とは、美術家の為の解剖学を意味します。
(how to draw )  描画方法  人体を描く知識
(surface anatomy) 体表解剖学  
(somatorogy)    生体学    
解剖学図を描く。

@どの様な仕組みをしているか。内部構造と形態、骨格、関節、筋肉、腱。
例)上腕二頭筋
  上腕三頭筋
  三角筋
  外反母趾内転筋
  外反母趾外転筋
  広背筋
  脊柱起立筋
  大腿四頭筋
  (内側広筋)
  (中間広筋)
  (外側広筋)
  (大腿直筋)
  
   腹直筋
   外腹斜筋
   大胸筋
   双子筋
顔部 眼輪筋
   鼻根筋
   上唇挙筋
   口角下制筋
   下唇下制筋
   前頭筋
   側頭筋
                  etc.....
骨と皮、骨格、筋肉、脂質、皮質。これらの変化の位置によって人間の個性を描き出す。
 骨格、関節、筋肉、皮膚、脂質の成り立ちを、見かけで追わず、法則性の集合体として把握する。

A生体の内部構造と外貌の関係
 
 人体表面に現れた起伏、窪みの把握。骨格の凹凸や人体の動きが、実際の体表に外貌としてどう関わるのか。手の力の入り様や、皮膚の表層の関係。皮膚の中身の筋肉や骨格、内臓の中身の部分が変化したとき、表面にでる具体的連鎖反応も把握し、描く。

B形態と機構、機能の把握

 人体のある空間、空間の中にある人体同士の比例関係、geometry(幾何学)、iconography(図像学)的要素を、liner perspectiveを用いて描かれた空間に位置する人間の身体寸法の正確な把握。又、年齢、性別等の人間の老い、性差から来る身体的特徴も関係する。

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 16日 12時 34分 43秒

37 隋類賦彩〜随類賦彩論 梅田 聡一郎 - 2005/06/16 12:31 -
 随類賦彩(スイレイフウタイ)とは、彩し続ける事の重要性と、そこから精髄、真髄を技術とともに見出す努力の事をさす。
 技術的な卓越をさらに水彩技術をもって一段階上の表象に持ち上げる効果もある。=塑形したモデリングの上から随類賦彩。(応物賦彩論)
 技術同士の複雑な混同でなく、一つの技術体系の上からもう一つ技術を置く。という事。パソコンの世界ではペーストしたら下の図像は隠れますが、上の図像と下の図像を描写技術によってかみ合わせる事ができるのが、絵画の世界です。
 これは、(protraho)=引き出す、露にする、物の形を引き出す、露にする技術と似ている。起こした実際の形を随類賦彩によって更に上の段階に引き上げる。

 彩する、という思想が、更に心の安心を異文化に与える。真の伝統は、前衛技術とかけ合わせても、実はなんら遜色が無いのだなあ、と感心した。



36 zeigen=(形象学) 梅田 聡一郎 - 2005/06/16 12:19 -
 (noema)=構成に関した応物象形のテクスチャー(塑形)を空間上に配置してゆく。塑形物同士を、構造体として組み合わせる。さらにそれを描く。塑形に描写、描写に構成を重ねる。そして最後には丁寧な仕上げによって空間表現が正誤性をもって成立する。
 彩度、明確な世界と逸脱、(noema)に拘らず、複雑な(difficulty)世界を適切なhow to draw (描写方法)によって表現してゆく。ラディカルであり、宗教的に成り過ぎず、科学的又技術的裏打ちがある。世界観は芸術であり、そこにリアリティーを持たせるのは現実的技術になる。
 理解に理解を重ねた技術の積層と、明確に空間を表現するリアリティー。生体学(somatology)に通じた芸術世界と、明確な世界の安心感と安閑を創りあげる。
 
 (芸術的形象)と、(応物描写)。そして、(科学希釈)。しかし、それさえも部分に過ぎない。(応物)=インウーという言葉の意味は、(物に応える)、(物を応用する)、(物質の可能性を引き出す)という希釈から生まれる。一見してそのもの単体が役に立たなくっても、その物体を構成物として一つの輝ける象徴を形成描写する。それが応物象形+noesisis=インウーシス(応物構成体絵画)の定理です。



35 総合解釈例短文 梅田 聡一郎 - 2005/05/31 16:25 -
総合希釈 
自身の芸術学の真相とは、複合表現にあると感じます。その複合方法に、確かな心が篭っていて、かつ人間の学術も駆使したものであるという事。その芸術感より、確かな下地に基づいて、応用に基礎を重ね合わせ、総てを投入しつつも、その投入した要素の一つ一つが、完成度、手間暇、技術が介在している。それこそがア┣莪Α廚砲△襦」
 美術の⊃翰R愿タμ漫廚C蕕い辰討癲ヌ坩堕蠅奮┣茲妨C訛Δ琉堕蠅魑瓩瓩蕕譴覆ぁC茲辰董△海糧サ僂遼‖Г「C舛鵑版聴「気譴燭發里任覆い函ニサ僂燭蠅┐覆ぁ^瓦箸蓮△修海砲△襦K佑呂垢C覆C箸發修Δ靴討いC燭ぁC茲辰董ョ堕蠕C繁‖ЮC猟未気譴審┣茲砲蓮テ「燭螻阿譴箸いΔ發里セ茲困劼箸弔睫気ぁ[蟯峅砲鬚C韻襪函□手間暇の足跡」が残り香として残り、鑑賞者はその⊆蟯峽笋梁_廖廚砲睇佞X腓「Δ箸垢襦Zイ屬鬚C韻榛酩覆六イ屬鬚C韻童C襦∋イ屬鬚C韻討覆ず酩覆六イ屬鬚C韻困妨C討靴泙Δ茲Δ雰晃「「△襦C茲辰董⊃粥畆蟯峅砲筏蚕僂繁‖ЮC梁申轍雕漾Cタ膸「砲覆襦0豌萍未涼罎法△匹譴世韻陵彖如イ[瓠ウ蚕僉チ亮韻鯣テ「忘遒襪Cタ腓Cぬ簑蠅砲覆襦」

モデリング総合希釈展開論
 
マチエール塑形術の展開に関して言うと、その塑形には、大事な成功の秘訣がある。
1)応物象形  象徴的塑形
2)形合わせ  モチーフに合った媒質選択
3)全体意識  画面全体の雰囲気を統一感ある状態にする為の技術
4)丁寧さ   塑形時の凹凸が目立つマチエールは、塑形の生む表現の質感や、大胆さをスポイルしない、且つ雑に見えないような、特殊な丁寧さを大事にする。
5)塑形が関係する描写 せっかくのマチエールも、全然関係ない描写をしてしまうと意味が無くなる。マチエールと噛み合う描写方法が最上の方法(theory of art)。




34 美術賛美歌 梅田 聡一郎 - 2005/05/31 16:19 -
 ムーブマン(動勢・運動・連動)
一場面しかピックアップできない事に対し、表現したい動きはとても難解。という場合、方向線、ストロークの方向等がとても印象や、動きの説明に一役買う。正中線とそのブレ、ルートを描きつける事によって、自動的に人間の想像力を喚起したり、知覚してもらえる事もできます。
 回旋運動、伸縮緊張、弛緩、筋肉、骨格、体表解剖学の体表、等の知識があれば、骨や肉の方向線の位置が理解できます。
マッス=塊、量塊。       
 マス・コミュニケーション=大衆。(コミュニケーションを取る集団という塊)多量の纏まった物体の集まりを示すのがこの語「マッス」です。マッスとは、画面の中の相当量の光・色・影の集まりを意味します。群衆や森の集合、総体をマッスとも言います。「集まり」の感覚を総体的に指すのがマッスです。
 よく用いられるのが、「群衆」という一人一人の集合を、一つの塊として描くのが「マッスとして捉える」という事だと思います。木を一つ一つ描くのでなく、その集合体が、直方体を描いていた時、それを直方体として解釈し、描くのが「マッス」という概念です。集まりを集まりとして要領良く捉え、集合として整理して描く、事がマッスのポイントだと感じます。
 彫刻においては、素材がもう、「色んなモチーフを、一種の媒質、粘土、石膏で再現する」というマッス行為がなされています。
 もう一つ、光の束、陰影、同色のまとまりにもマッスという括りが使われます。
「描き手が上手に行う画面の量塊整理・ないしは総体視整理」という広い意味でもマッスは用いられています。今日画面にマッスを形成しようとする作品は、様々な所で見られます。
 パスカル(パンセ)
 原物は誰も感心しないのに、絵になるとなかなか似ているといって皆が感心する。絵とは中々空しいものである。
 一方は原物との正確な類似に喜びを覚える事を肯定し、、他方はまさにその事故の空しさを強調しています。全く対立するように見える二様の言葉は、しかし見方を変えれば絵画を原物の模写による所産と考える点では共通していると言われます。つまり、それを喜びととるか、空しさとして取るかは分かれる所ではあるにしても、そこには類似性の原理に支えられて原像_模象の二元論という、伝統的模倣論の基本的な図式が共通しています。
 ちなみに、この図式が共通に存在する訳です。
 ここで言っているのは伝移模写の影響。気持ち悪い物でも、模写という行為「懸命さの足跡」をワンフィルター挟む事によって、気持ち悪い媒質よりも、模写されているという行為の方に目がいく。そして、見る側の人間性が高度である程、感動の方が先立つ。個人の感情の天秤にかけても感動の方が一メモリ上を行く。
 そのもう一つの理由が伝移模写。伝えたい思いを写す為の模写にまで発展したメッセージ性の強いものならば、そのモチーフの気持ち悪さにもかえって意味性を持たせる事が出来る。

 「一筆一筆に思いを込めて模写するならば、その画面は只の模写にはとどまらない。たとえそのモチーフが気持ち悪い媒体であろうと。」
                                          「パンセ+伝移模写」論  




32 梅田 聡一郎 梅田 聡一郎 - 2005/05/17 06:44 -
学術

somatology =生体学
surface anatomy =体表解剖学
kunstwisenchaft =芸術学
geometry =幾何学
aesthetica =感性学
theory of art =芸術理論
how to draw =描画技術
色彩種

ペール
ダーク
ライト
グレイッシュ
マット
ディープ



技術体系

スクラッチ     =ナイフで削る
モデリング     =マチエールをキャンバスの上で塑型する。
ブラッシュストローク=筆跡を大きく残す。
ドライブラッシュ  =筆跡を残すかすれた筆跡を残す。水分0の絵の具を筆に置き、絵の具を落として筆に残った絵の具のみで筆跡を作る。
デカルコマニー=絵の具の粘着力と(引き)を利用したマチエール塑型術。支持面ともうひとつの面の間の絵の具を挟み、開く行為。心理テストにもある。



美術解剖学内容

発生学
比較解剖学
身体寸法・比例
体型・姿勢類型
生態変化
ムーブマン  (運動・動勢)
マッセ    (量魂)
ボリューム  (量感)
色彩療法   (color healing)
リアリティー (存在感)
フォーム   (形)



下地剤

ジェッソ        = 下地剤
カラージェッソ     = 混色済下地剤
モデリングペースト   = モデリング(マチエール塑型用下地剤)
ライトモデリングペースト= モデリング(マチエール塑型用下地剤)軽質版
マットバーニッシュ   = 下地剤(マット質)
レジンサンド      = 下地剤(砂質)
ホワイトオペークフレーク= 下地剤(フレーク殻状)
メディウム       = 下地剤
マットメディウム    = マット質
グロスポリマーメディウム= 光沢質重合下地剤
画調
ポリプティック  =屏風画
ジャクスタポーズ =並列画
コラージュ    =紙片体構成画
アッサンブラージュ=立体物構成画
イコン      =宗教画
インスタレーション=設置象徴
スキアグラフィア =陰影画

学術

kunstwisenchaft = 芸術学
somatology = 生体学
aesthetica = 感性学
surface anatomy = 体表解剖学
theory of art = 芸術理論

筆種

フィルバート(平尖)
フラット  (平) 
ラウンド  (丸) 
ファン   (扇) 
面相

アクリルガッシュの内容物

アクリル酸+メタリクル酸+メチルメタアクリレート=アクリルガッシュ
単量体=monomer(モノマー)
重合体=porymer(ポリマー)
P V A =ポリビニールアセテート
acrylic rezins = アクリル樹脂
synthetic rezins = 合成樹脂
vinyl rezins = ビニル樹脂






31 解剖美術学 梅田 聡一郎 - 2005/05/17 06:40 -
解剖学においての美術希釈を、体表解剖学、生体学、図像学、幾何学に分割すると、詳しい希釈ができる。それに合わせて、人間が行動する整理現象、そして、その学問の統合能力に対しても希釈するクセが存在したりもする。形質に合わせたマチエール租形術も存在し、その技術体系には中身も存在する。人間のそのおのおののクセ、動き、動勢にも確かな個性が存在し、分析学的にもその見地が多く伺われる。
 描きたい人物の背景を知っている、またはその人物の足跡、行動パターン等を知っていると、また全然違う。
 観察力、洞察力、知識の三点が大事になる。

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 16日 12時 34分 18秒

隋類賦彩〜随類賦彩論  随類賦彩(スイレイフウタイ)とは、彩し続ける事の重要性と、そこから精髄、真髄を技術とともに見出す努力の事をさす。
 技術的な卓越をさらに水彩技術をもって一段階上の表象に持ち上げる効果もある。=塑形したモデリングの上から随類賦彩。(応物賦彩論)
 技術同士の複雑な混同でなく、一つの技術体系の上からもう一つ技術を置く。という事。パソコンの世界ではペーストしたら下の図像は隠れますが、上の図像と下の図像を描写技術によってかみ合わせる事ができるのが、絵画の世界です。
 これは、(protraho)=引き出す、露にする、物の形を引き出す、露にする技術と似ている。起こした実際の形を随類賦彩によって更に上の段階に引き上げる。

 彩する、という思想が、更に心の安心を異文化に与える。真の伝統は、前衛技術とかけ合わせても、実はなんら遜色が無いのだなあ、と感心した。



zeigen=(形象学) 梅田 聡一郎
 (noema)=構成に関した応物象形のテクスチャー(塑形)を空間上に配置してゆく。塑形物同士を、構造体として組み合わせる。さらにそれを描く。塑形に描写、描写に構成を重ねる。そして最後には丁寧な仕上げによって空間表現が正誤性をもって成立する。
 彩度、明確な世界と逸脱、(noema)に拘らず、複雑な(difficulty)世界を適切なhow to draw (描写方法)によって表現してゆく。ラディカルであり、宗教的に成り過ぎず、科学的又技術的裏打ちがある。世界観は芸術であり、そこにリアリティーを持たせるのは現実的技術になる。
 理解に理解を重ねた技術の積層と、明確に空間を表現するリアリティー。生体学(somatology)に通じた芸術世界と、明確な世界の安心感と安閑を創りあげる。
 
 (芸術的形象)と、(応物描写)。そして、(科学希釈)。しかし、それさえも部分に過ぎない。(応物)=インウーという言葉の意味は、(物に応える)、(物を応用する)、(物質の可能性を引き出す)という希釈から生まれる。一見してそのもの単体が役に立たなくっても、その物体を構成物として一つの輝ける象徴を形成描写する。それが応物象形+noesisis=インウーシス(応物構成体絵画)の定理です。



総合解釈例短文 梅田 聡一郎
総合希釈 
自身の芸術学の真相とは、複合表現にあると感じます。その複合方法に、確かな心が篭っていて、かつ人間の学術も駆使したものであるという事。その芸術感より、確かな下地に基づいて、応用に基礎を重ね合わせ、総てを投入しつつも、その投入した要素の一つ一つが、完成度、手間暇、技術が介在している。それこそがア┣莪Α廚砲△襦」
 美術の⊃翰R愿タμ漫廚C蕕い辰討癲ヌ坩堕蠅奮┣茲妨C訛Δ琉堕蠅魑瓩瓩蕕譴覆ぁC茲辰董△海糧サ僂遼‖Г「C舛鵑版聴「気譴燭發里任覆い函ニサ僂燭蠅┐覆ぁ^瓦箸蓮△修海砲△襦K佑呂垢C覆C箸發修Δ靴討いC燭ぁC茲辰董ョ堕蠕C繁‖ЮC猟未気譴審┣茲砲蓮テ「燭螻阿譴箸いΔ發里セ茲困劼箸弔睫気ぁ[蟯峅砲鬚C韻襪函□手間暇の足跡」が残り香として残り、鑑賞者はその⊆蟯峽笋梁_廖廚砲睇佞X腓「Δ箸垢襦Zイ屬鬚C韻榛酩覆六イ屬鬚C韻童C襦∋イ屬鬚C韻討覆ず酩覆六イ屬鬚C韻困妨C討靴泙Δ茲Δ雰晃「「△襦C茲辰董⊃粥畆蟯峅砲筏蚕僂繁‖ЮC梁申轍雕漾Cタ膸「砲覆襦0豌萍未涼罎法△匹譴世韻陵彖如イ[瓠ウ蚕僉チ亮韻鯣テ「忘遒襪Cタ腓Cぬ簑蠅砲覆襦」

モデリング総合希釈展開論
 
マチエール塑形術の展開に関して言うと、その塑形には、大事な成功の秘訣がある。
1)応物象形  象徴的塑形
2)形合わせ  モチーフに合った媒質選択
3)全体意識  画面全体の雰囲気を統一感ある状態にする為の技術
4)丁寧さ   塑形時の凹凸が目立つマチエールは、塑形の生む表現の質感や、大胆さをスポイルしない、且つ雑に見えないような、特殊な丁寧さを大事にする。
5)塑形が関係する描写 せっかくのマチエールも、全然関係ない描写をしてしまうと意味が無くなる。マチエールと噛み合う描写方法が最上の方法(theory of art)。




 ムーブマン(動勢・運動・連動)
一場面しかピックアップできない事に対し、表現したい動きはとても難解。という場合、方向線、ストロークの方向等がとても印象や、動きの説明に一役買う。正中線とそのブレ、ルートを描きつける事によって、自動的に人間の想像力を喚起したり、知覚してもらえる事もできます。
 回旋運動、伸縮緊張、弛緩、筋肉、骨格、体表解剖学の体表、等の知識があれば、骨や肉の方向線の位置が理解できます。
マッス=塊、量塊。       
 マス・コミュニケーション=大衆。(コミュニケーションを取る集団という塊)多量の纏まった物体の集まりを示すのがこの語「マッス」です。マッスとは、画面の中の相当量の光・色・影の集まりを意味します。群衆や森の集合、総体をマッスとも言います。「集まり」の感覚を総体的に指すのがマッスです。
 よく用いられるのが、「群衆」という一人一人の集合を、一つの塊として描くのが「マッスとして捉える」という事だと思います。木を一つ一つ描くのでなく、その集合体が、直方体を描いていた時、それを直方体として解釈し、描くのが「マッス」という概念です。集まりを集まりとして要領良く捉え、集合として整理して描く、事がマッスのポイントだと感じます。
 彫刻においては、素材がもう、「色んなモチーフを、一種の媒質、粘土、石膏で再現する」というマッス行為がなされています。
 もう一つ、光の束、陰影、同色のまとまりにもマッスという括りが使われます。
「描き手が上手に行う画面の量塊整理・ないしは総体視整理」という広い意味でもマッスは用いられています。今日画面にマッスを形成しようとする作品は、様々な所で見られます。
 パスカル(パンセ)
 原物は誰も感心しないのに、絵になるとなかなか似ているといって皆が感心する。絵とは中々空しいものである。
 一方は原物との正確な類似に喜びを覚える事を肯定し、、他方はまさにその事故の空しさを強調しています。全く対立するように見える二様の言葉は、しかし見方を変えれば絵画を原物の模写による所産と考える点では共通していると言われます。つまり、それを喜びととるか、空しさとして取るかは分かれる所ではあるにしても、そこには類似性の原理に支えられて原像_模象の二元論という、伝統的模倣論の基本的な図式が共通しています。
 ちなみに、この図式が共通に存在する訳です。
 ここで言っているのは伝移模写の影響。気持ち悪い物でも、模写という行為「懸命さの足跡」をワンフィルター挟む事によって、気持ち悪い媒質よりも、模写されているという行為の方に目がいく。そして、見る側の人間性が高度である程、感動の方が先立つ。個人の感情の天秤にかけても感動の方が一メモリ上を行く。
 そのもう一つの理由が伝移模写。伝えたい思いを写す為の模写にまで発展したメッセージ性の強いものならば、そのモチーフの気持ち悪さにもかえって意味性を持たせる事が出来る。

 「一筆一筆に思いを込めて模写するならば、その画面は只の模写にはとどまらない。たとえそのモチーフが気持ち悪い媒体であろうと。」
                                          「パンセ+伝移模写」論  





梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 15日 18時 11分 24秒

 アクリル酸+メタリクル酸=アクリルガッシュ
単量体=モノマー
重合体=ポリマー
PVA=ポリビニールアセテート
メチルメタリアクリレートの沸点=100.3℃

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 12日 18時 12分 25秒

絵画のイズム

写実主義=リアリズム
理想主義=イデアリズム
超現実主義=シュールリアリズム
優美主義= マニエリスム
抽象画=キュビズム
象徴主義=サンボリズム
唯美主義=アエスティクズム
半消費主義=シチュエーショニズム
光線主義=レイヨニズム


梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 12日 17時 48分 41秒

 美術において、一見下手な絵、いわゆる「分かり易い絵」を描く人たちは、分かり易さを重視した。自我を捨てて、感動視野に価値を置いて他人に伝わる事を重視した。芸術にはかくも優しさが流れれうる。

 魅せたいのは技術でなく、実行したい、美しき心の行いであるという証明と感じました。
 自分たちの自己肯定ばかりしあわず、周囲に与える感動を重視し、検討したのだと感じました。

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 11日 16時 00分 45秒

 私、誰もやめさせようとした債ないっすよ。逆は沢山ありますけど。


     何かの間違いじゃないっすか?

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 11日 15時 54分 22秒


芸術日常論

 芸術には日常を逸脱した天才の集団が集う、恐ろしき趣味性の高い会合という印象が付きまとう。実態はそうでもない。芸術学には、たしかな教養がある。何となくで描き続ける事と一線を画すのがそのkunst=芸術の事であり、そのkunst(芸術)の中にも沢山の種類が存在する。

 All germani kunstwissenchaft (一般芸術学)
 Kunstwissenchaft (芸術学)
 Kunstverhalten (芸術態度)
 
 等、芸術学の中においても、態度教育や一般汎用性の高いものに振り分けられる。芸術学は人間の日常的な態度にまで良い影響を及ぼす。人間の欠点をカバーする教育手段にもなり、術性の高くなった昨今の人間の空虚を癒す、思いやりある手段にもなりうる。技術は描き手を未知の手段に飲み込む空虚な罠にもなる。よって、手段においては技術を伸ばし、健康学的観念においては人間の健康性や、ありよう、在り方を説明付けるものとして存在する。美術には美術解剖学という分野が存在し、それに関わるには、自分や他人の体を詳しく熟知し、生態系、生命体としての人間を中身から熟知する必要がある。
 体の動きを追う動勢も、筋肉の成り立ちと、実際動く時、筋肉が縮む事によって手先を胸元に引き上げ、隆起と怒張によって作用を増し、収縮によって物体を引き、双子筋が走る手助けをする。肺呼吸で人間は動き、心臓は絶えず血を新しい血液に循環させる。その連動をしる事によって、人間は初めてそのlner perspective (線遠近法空間)の中を動き回る。人間は剤渓渫ではない。確かな連動によって動き回る、理性ある生命体なのだ。その事を知ることが、kunst(芸術学)を伸ばす、倍加させるきっかけとなる。

  Kunst ( 芸術 ) ×somatology ( 生体学 ) × 美術解剖学 = kunstwissenchaft  ( 芸術学 )
 
 の図式を感じる。芸術は基本論から生じる。その生かし方と、健康学的側面を応用する世界。何の技術も保有しなくっても、ある程度上手に見える絵。あれは、均一であるからになる。しかし、もう一つ違う側面からいくと、美術技能には、緻密な段取りがある。素材毎に枝分かれするものでもある。よって、聞きかじった噂の集合体には、説得力が無い。人間としての英知を段違いに上げつつ、さらに芸術としての高い知識と技術を併せ持つ。それが本当の芸術学である筈。懸命すぎつつ自身の技術による支持面の状態を疑う。

         「 Can you real struggle ?  」
 
の精神を感じました。それが同様に、精神としても安心を生み、正しき生活を促すかのような絵画技術を獲得します。
 情けは人の為にある。技術は生活の円環を守る為にある。豊富な知識が技術に拍車を掛け、生活を治める柔和な知識にもなるのだなあ、と感心しました。            日常芸術学論  梅田 聡一郎 

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 11日 00時 03分 01秒

 マチエールも、モデリングも、酸化重合と蒸発固着も、油彩とアクリルガッシュの違いも。
 kunstがkunstwissennchaftとかkunstverhartenとか、allgermani kunstwissenchaftなのも、魅して

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 11日 00時 00分 06秒

 きもくないとこみしてよ。

梅田 聡一郎 さん 2005年 06月 10日 23時 59分 26秒

 へぼくないとこみしてよ。

梅田 聡一郎   さん 2005年 06月 10日 23時 58分 07秒

皆様。良い人がする美術にこそ自身の芸術的価値観を芽生えさそうと感じております。自分には人間価値の付加としてだけでなく、kunstverhalten=芸術態度の社会的付加価値とか、somatology=生体学の健康的付加価値を見出します。芸術学の可能性に、社会的価値を持たせてるのが西洋の正当な芸術のあり方なのだと感じて、ああ、すごいなあと感じました。

梅田 総一郎 さん 2005年 06月 10日 23時 02分 52秒

 美術学術の効用について、意識するのが当然の人間性になる。美術の真の効力には人間への癒しが働く絵画作用を促すのに最適な技術効果を用いた美術品を指す

トラキチ さん 2005年 06月 08日 10時 03分 27秒

キモ(´・ω・`)

まだらお さん 2005年 06月 08日 10時 02分 41秒

へぼ(・д・)

まんたちゃん さん (manta@pix.ocn.nr.jp) 2005年 06月 07日 17時 51分 28秒
URL:http://www.hamecolle.tv/?H

新しい形のBBSですよ☆
http://www.hamecolle.tv/?H
書き込みヨロシクぅ☆
moniちゃんでした♪

梅田聡一郎 さん 2005年 06月 07日 17時 06分 59秒

「芸術単語豆知識」

kunst = 芸術

kunstwissenchaft = 芸術学
kunstverhalten = 芸術態度
allgermani kunstwissenchaft = 一般芸術学

elmos = 美因子
noema = 象徴構成
noesis= 象徴構成体

geometry = 幾何学
iconography = 図像学
surface anatomy = 体表解剖学
somatology = 生体学
aesthetica = 感性学
kunstwissenchaft = 芸術学

theory of art = 芸術理論
how to draw = 描画技能

もにもに さん (monimoni@dio.ne.jo) 2005年 06月 05日 12時 03分 17秒
URL:http://plaza.rakuten.co.jp/sogosogo/

コッチも覗いて見たら良いかもヨ!
http://plaza.rakuten.co.jp/sogosogo/
moniちゃんでした♪

suuri さん 2005年 06月 02日 21時 20分 03秒

京都国立近代美術館
加守田章二展感想

   1950年代の油絵について
 若い加守田の数点の油絵が展示してあったが、どれも印象深い作品だった.19世紀末以降の様々な芸術からの影響に加えて、青年期特有の不安定さが、独特の味わいを与えていた.

   陶芸
 1950年代の陶器には、若さゆえの気負いが感じられる.作品として面白いものもあるが、あくまで発展途上にある.その後、いろいろの模索が重ねられ、60年代後半の作品には、土そのものの持つ力が感じられるようになる.この頃から作品に彼特有の芸術性が表れてくると思う.69年作品には少し重い印象を受けるが、70年の曲線彫の陶器以降、着実にその質を高めていく.
 71〜73年頃の彩色陶器は、その軽快さ、また独特の装飾に彼の世界観を思わせるものがあって楽しい.彼自身には少し求道的な厳しさが見られるが、この時期の作品には世界あるいは自然と戯れているような観がある.彩色することについて、彼は内面の暗さや重さを持ちながらも、軽快に飛翔させるためといっているが、この頃の作品にはまだ内面の暗さ重さは薄い.
 それらがあらわれてくるのはこの後の時期である.73年あたりから作品に東洋的もしくは日本的な要素が次第に濃くなり、それとともに内省的な面を強くしている.特に75年作品は陶芸の伝統を感じさせるとともに、深い精神性を有している.
 76年になると東洋的要素は薄れていき、より自由な表現になる.76〜78年にかけての作品が、芸術家としての加守田の頂点だと思う.それらには深い精神性、遊び心、またこれまでに彼が積み重ねてきたものが美しくとけ合っている.
 79年以降の彼の作品は芸術というよりはむしろ職人的な仕上がりを見せている.79年の作品にはクレーを思わせるようなものもあるが、それまでの作品に感じられた生命感はない.こうした傾向は80年になるとさらに進み、彼の死まで変わらない.それらの作品は唯美しいものとして静かに僕たちも目の前にある. 
 

奈菜 さん (n.a.n.a.chan@sainet.com) 2005年 06月 02日 17時 09分 54秒
URL:http://nttt.jp/html

見失った物です・・・
http://nttt.jp/html

http://nttt.jp/html お願いします

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 19時 23分 16秒

こういう技術総てを内包する絵画を、独自の遠近空間で作り出したいです。

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 13時 51分 18秒

私、何年も貴方達と関る為の技術を教わってきました。

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 13時 49分 43秒

どうしても言いたくなかった一言を言います。

こういう美しき活動をする分野で、容易に威嚇を使うって事は、

    『向いてない』ってことなんです。

        がんばって下さい。其れなりに、、、。

梅田聡一郎 さん 2005年 05月 31日 13時 42分 08秒



  看板の、誤使用。

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 13時 38分 40秒


 私は気違いではない。

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 12時 39分 15秒

  何で?

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 12時 35分 28秒

主題としての人間 美術解剖学

 歴史と文化が異なる美術作品を我々が正しく鑑賞し、理解できるのは、そこに倫理的法則、解剖学的側面、内部構造を把握している裏が具体的努力の結晶として隠されているからです。
 骨格の配列、筋肉のバランス、皮膚の表層、その他全てが把握及び表現された状態を、リアリティーとして鑑賞者は捉えます。そして、本来整っていない顔や体を絵画の中において整える事ができます。その知識、経験、理解済みの範囲が広いと、絵にする時の予定の綿密さも倍加されます。リアリティーや、色の範囲、回り込み、空間の範疇や奥行き、その他の決定もできると、図像が同一でも、絵の完成度が変わります。
 美術解剖学とは、狭義では美術家の為の解剖学を意味します。
 これは人体を描くための必要な知識(how to draw)を示します。広義では人体や動物の体表上に現れる特質さらに運動による変化なども研究の対象になります。
 病理目的とは異なり、骨格、筋肉、腱、皮膚、などの形態や各部の構造の関係や形態上の特色を知る学問です。それは生体学(somatology)や、体表解剖学(surface anatomy)に近い意味を含んでいます。具体的な研究の内容は資料に列挙しました。
 美術におけるこの解剖学的欲求は、ギリシア時代の男性裸体彫刻に形跡が見られます。しかし古代においては、生きたモデルを肉体の外部から眺めて人体の知識を得たに過ぎません。解剖学において最初はそういう見地から始まり、そして肉体の内部に触れる事が検討されました。
 ルネッサンス期になると、イタリアで14世紀初めに死体解剖が始まります。(日本において罪人の腹を捌き、人体に触れました『松本喜三郎生人形』から)
 解剖学の教科書も作成、内容、図解、においては美術家が関わり始めてきました。そして解剖学と遠近法を画家にとっても重要かつ基本的な知識であると述べていました。また、自らも遺体の解剖をし、膨大な数の解剖図を残しています。
ひとつの絵を見て、解剖学的欲求のある分析が出来る場合と出来ない場
(分析済みの場合)
人物画が美しい=筋肉の流れが美しく、調う構図にしている。=そしてその形状的裏打ちが知識としてある。
 (不可知)
 人物画が美しい=何か良いけど、裏打ちの理由が分からない(客観性高・漠然としている)
 この様に、観点にも多大な影響を与えるのがこの解剖学的希釈です。ルネッサンス画家は、解剖生理学とパースぺクティブによって黄金率を必ず画面に盛り込んだ絵画をなしている。(3者の画面中の割合は違えど、必ずこの基本的理念により人物を描き、次に中国三遠によって遠近法が整えられている)水の垂れた調子を描く時、実際の水を垂らしてみて描くのと、そうでない想像のみでは、『リアリティー』が段違いになる。媒質やモティーフを熟知した人間にしか不可能な描き込みによってその行為にも意味性が出てくる。
 
 


( 身体に関係する芸術学 )
somatology   生体学
surface anatomy   体表解剖学
geometry      幾何学 
iconography     図像学
kunstwissenchaft  芸術学
aesethica      感性学 
(詳細)
発生学
比較解剖学
身体寸法・比例
体型・動勢・姿勢の類型
生体変化
ムーブマン(運動・動勢)
マッセ  (量塊)
ボリューム(量感) 
美術技能   (how to draw)
美術基礎理論 (theory of art) 
色彩療法論
再度の高い純色には明るさが感じられる。この冴えた色の効果を心理学においては、
『ヘルムボルツ=コールラウジュ効果』と呼んでいます









美術解剖学
人間の動きは、筋肉の連動や収縮によって起こる。そうなる以上は、人間の動勢を描くにおいては必ず筋肉の在りようを知り、筋肉の動きを知る事が重要になる。その運動の起こりの理由、ないしはその筋肉の中身の形と機能を解剖美術学として認識しているのなら、その人間を見なくても想像した状態を描く事が出来る。
 その知識を体表解剖学iconographyとか、生体学soma
tologyとか言う。動きを掴み、動勢を感じ取り、その動き
の理由を生理学として知り、その動きの内実を解剖学の筋肉の流れとして知る。
 
 上腕二頭筋
 上腕三頭筋
 三角筋
 広背筋
 腹直筋
 外腹斜筋
 大胸筋
 腸内転筋
 外反母趾内転筋
 外反母趾外転筋
 大臀筋
 内側広筋
 中間広筋
 外側広筋
 大腿直筋
 (合わせて大腿四頭筋)
 双子筋
 鼻根筋
 下顎体
 前頭筋
 側頭筋
 眼輪筋
 上唇挙筋
 口角下制筋
 下唇下制筋
 眼窩
 眼底
 外耳殻
 外耳官
 中手骨
 手根骨
 
 と、ざっと眺めただけでもこの様に筋肉があり、それらが緊張や弛緩によって様々な連動を引き起こし、自発的であったり、反射的であったりもする。その内実にはかなりの規則性がある。
呪詛説明
※この、人間の条件反射の連動を悪用すると、身近な人間を、何一つせずして傷つける事ができる。そして、その人間を傷つけたにも関わらず、何にもしてないような顔ができる。そして罰されない。しかし、安心せよ私も含む皆。所詮は「呪術」とは、人間の行動の反応を利用した、おかしげな「話術」に過ぎない。
 また、刷り込みによる話術も出来る。「見るな」という言葉を知っていれば、それを言われると反射的に見る事ができない。しかし、知らなければ、分からない。よって、ハングル人と深くコミュニケーションを取り、その後、ハングル語で「死ね」と言えば、本人には分からなくても、耳が意味を飲み込んでるので、自動的に死んでしまうという訳だ。
 この様に、呪術とは、言葉のマジックなのだ。この解決策をお教えしよう。呪いには、ある程度の知識が必要になる。そして、その知識を必要とするのは、「脳」。そしてその脳の30〜50%が視覚に集中している。と、いう事は、呪いをかける者は、ある程度その行い、頭の中が「目」に出る。=目は口ほどに物を言う、という事だ。掛け手はある程度目にその行いの不純さを映す。
 
 呪術の対策
「目を見て判断。その目が曇っていれば、悲しきかな、どのように素晴らしき、行いの人間だろうと100%の信頼は絶対に寄せない」

 また、もうひとつの呪詛の方法がある。「なんて言うんだ?」と繰り返し、繰り返し、呪詛を誘発し、その言葉を他人に言わせることが出来る。多人数で行うと、まるでその無関係な人間が呪いを掛けたかの如く、呪いを掛けさせるのだ。これにかからない方法。
 相手が長い話の中で、不意に無関係な一言を挟んだ時、それが怪しい時。

 対策2
 「他人の無関係な一言を許さない。知らない」

 美術の源流は、呪術から来ている。(決してこの様に扱われていないが)よって、西洋人は巧みにこれを活用することが出来る。
 る。
 「取捨選択し、捨てる一語に耳を貸すなよ。聡明な人間ども。」

 こういう術に長けた人間は、名乗りでるのが苦手なので、ほっておくのが一番である。また、現代呪詛も存在する。人間は生活の中にある物体を転化させ、人間の行いを邪魔する。生活の中の説得、不要な一語にしかと気をつけろ。最低な行いを、安閑と行う者を見計らえ。心から清く美術を続けたい者、その様な、心醜き利用方法を持つ者、励ましに扱う心を悪辣な術に使う者に、その綺麗な道を汚されぬように。この「安全知識」を提供する。
条件反射的な運動を持つ者程、呪術に利用され易い。

 そう、条件反射を悪用する人間の常套手段なのだ。と、いう事は、呪術とは、卓越した、本能的に一事に優れた人間ほど、悲しきかなかかり易いのだ。多分に被害者は多いだろう。人生をシーソーバランスに例えるなら、そのバランスを、「ワッ」という小声で崩すのが呪い。そっと支えるのが呪詛なのだろうと思います。知の罠にある呪詛。
絵画画調
画調
(健康学)
 美術には、いわんや人間を癒す効果がある。その役割が無くては、作品の意義は無いと言っても過言ではない。社会の恐ろしさや、戦争に対する反対意識がある作品をアンチテーゼする事は可能だが、作品がコミュニケーションの取れる媒体として存在する、あるいはメッセージを内包した状態のものでなくては、結局なんの他人に対して与えうる回復も無い。と、いう事は、メッセージの中にも、テクスチャー、あるいは絵画技術としての、「見る側への癒し」がエッセンスとして内包されていなければ、成立はしても、誰かの足を止めるような絵画としては、成り立っていない、という事は。結局作品の中には「干渉」以外の、理解力とか、心遣いというものを含ませる必要性がある。
 セラピストの基本に「共感的理解」という必要事項が存在する。セラピストには、相手の立場にたつ必要が、相手とのコミュニケーションを取る上で出てくる、というものだ。
「充分に機能する人間」という解釈でもって相手を具体的に理解しようという側面と、同時に「そういった一連の不具合というのは、どういった理由から来ているのか」という心理的側面の、2方向から人間を治療する事が重要であるのと同様に、「社会的メッセージ、公的訴えとしての絵画」「心癒す媒体の塊と、その積層としての絵画」という両側、2方向から人間にイメージを投げかける事が絵画には重要であるといえる。 美術という活動は、特に心を使い、目や内臓の疲労を増やす。密閉された部屋で行う作業という事もあって、どうしてだか精神的にも疲労する。病院に通う人間や、錠剤を常用する人間がいたとしても何ら不思議は無い。
 そういう芸術活動のストレスは、屋内作業にして『衣食住』総てに美しさや景観、彩り、人間の作業の円滑、生活の循環の浄化としてタッチする事の難易度。『思いやり』や、人間の誠意の形作りであるがゆえの心労や、心の中の悩みが日々募るが故に起こる『変な疲労』が、尽きないということです。通常の人間からすると凡そ訳の分からない理由で自殺したり、病院送りになったり、薬を常用する為、その関心事の中に入る人間の活動もなかなか分析しづらく、その人間の病理を未然に解決する事も、とても難しいと憶測します。
 要は、「美術系は患者としてはとても厄介で、故に人一倍体調管理に気をつけて欲しい人種だ」という事である。人間のなかでも、退化しやすい、あるいは退化をいとわず活動をつづけるのが芸術家であり、体は当然弱い、という事である。
美術館での景観に着目してみよう。お気づきでないだろうか。美術館の中の人間。「少々太り気味」というだけで、かなりの大柄な人間に見える事。そう、美術系という人種は、僕も含めて、それだけ脆弱な人種なのである。
そういう意識の元活動して欲しい、という人間も、内外問わず沢山存在する筈だ。要は人生を歩んだ結果としての体格や、一個体としての蓄積が、美術家は脆弱になりやすいという事だ。
 一方で、学生常設には事故が起こり易い。「大作品」の厄介さだ。大作は、ナイーブな扱いを要求する割に、相当な重量を伴うので、扱いを知りつつ取り扱う事が重要になる。
そして、実はもう一つの重要な観点がある。そういうナイーブな作品の取り扱い、実は「ためらってはいけないのだ。」
しても良いことの範疇を利用して、最大限の要領を用いるのが作品の秘訣である。それはとても感覚が難しく、要領と美術との狭間に位置するのだ。

ポリプティック  =屏風画
ジャクスタポーズ =並列画
コラージュ    =紙片体構成画
アッサンブラージュ=立体物構成画
イコン      =宗教画
インスタレーション=設置象徴
スキアグラフィア =陰影画
ポリクローム = 多色画
インスタレーション= 設置画 設置した平面構成画及び立体設置物が、なんらかの社会的、福祉的イメージを強く、しかも伝移模写的でなく応物象形的にアピールしている設置物の事を指す。
コラージュ     = 紙片体接合画 紙と紙を繋いだ時の図像の見え方の妙を利用して構成する絵画。別の内容を持った原稿AとBを上手く切り組んだり、ドットを描いて広告を用いて絵画を描いたりできる。紙を切り、自分の感性に沿って貼ってゆく技術。
スキアグラフィア = 陰影画 光の当たり加減による明暗のみを重点的に捉えた画法。量塊や、量感を方向線や稜線でもって表現もせず、明暗の階調を微妙に捉え、表し、描きだす方法。成功すると、とても静かでマットな魅力を発する。トーンセパレートのみで、他の技術を用いない事に 陰影画の洗練性がある。  





芸術学には骨格、皮膚、筋肉、腱の形態や、各部の構造の関係や形態の特質を知る為の学問、生体学(somatorogy)や、人体の動物や その 運動に伴う体の形態体表解剖学(surface anatomy) 等が内包される。いずれにしろ、芸術学には相当の解剖学的側面が加わる事になる。
 その解剖学が絡んだ美術にはいわんや技術的完成度がある。そのリアルを体感し、身体構造を知っている、理を染みつけている事によって、実際無い風景を確実にリアルに描写できる。
 まず、自身の体と比較する。すると、化学的な解釈ができる。cm的、mm的合わせ方でなく、肋骨と肋骨の形状の同系列化の表現、大腿骨、恥骨、尺骨、頭蓋骨頭頂部、その他が、正しい人間の成り立ちとして描写対象が支持面の上に模倣(イミテーション)でなくって、再現(リプレゼンテーション)されているかどうかが、とても大事になる。

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 31日 12時 33分 54秒

中国六画法
応物象形=インウーシャンシン        
応物象形 物質を応用し、形を象徴せよ。
惰類賦彩=随類賦彩=スイレイフータイ    
随類賦彩 彩する事を随一に高めよ。
骨法用筆=ウーファヨンビー         
骨法用筆 我が骨繰る法が如くして筆も用いよ。
気韻生動=チーユーシャンドン        
気韻生動 気品と生命感、動きを併せ持つ事。   
経営位置=チンギンウェイツー        
経営位置 絵画の位置即ち構図を導き出せ。
伝移模写=伝模移写=チャンイーモウシェ   
伝移模写 伝えたい事が正確に伝わるよう模写せよ。
これら総てで画龍点睛=ホアロンデンジュン
「中国三遠」=チュンゴアサンュエン
    高遠 = カウュエン  高く見上げる
    深遠 = サンデュエン 深く見通す
    平遠 = ピンデュエン 平たく見回す
応物新式
双曲線使用〜不使用選択
(双曲深遠=円空間として見通せ フランシスベーコン )
(画龍空間=交差線の中身のみ湾曲させよ 梅田聡一郎)  
竜眼面内部自在湾曲画法
三点パースペクティブの回転対称性でできた図の中の、菱形の内部の絵柄のみを、パースを用いなかったり用いたりして、自在に湾曲させる。これによって、新しい世界観を生む絵が仕上がる。
(梅田聡一郎 新式要素)
双曲深遠
湾曲深遠
双曲辺立方体
HYPER BOLA PERSPECTIVE + LINER PERSPECTIVE=空間
折衷希釈
気韻生動=動勢(ムーブマン)動き、韻律(リズム)
 惰類賦彩=色彩(カラーリング)
 伝移模写=描写(ドローイング)
 骨法用筆=筆技(ブラシテクニック)
 応物象形=形象(モデリング・マチエール)
 経営位置=構図(コンポジション)


中国三遠双曲線交差5点遠近法の秘密

 中国には三遠(高遠)空高く見上げよ
       (深遠)空間深く見透かせ
       (平遠)地平線の向こうまで見通せ
 という空間把握方法がある。
もうひとつ、MCエッシャーの回転対称性の法則と、
最後に3点パースペクティブ、そしてそこに
縦双曲線と横双曲線を十字に交差させた遠近法。
画六法は応物象形を、各パースぺクティブを統合する際に同化させた遠近法。
これぞfive point hyper bola cross liner perspective.
  (中国三遠双曲線交差五点遠近法)。
折衷と分別
気韻生動によって、描かれる線と、動勢によって描かれる線には生命と動きに質の違いが生じると感じます。how to draw と骨法用筆にも多少違いがあり、筆の用法や気構えに対して、描画方法がhow to draw…。片方はその方法を説き、もう片方はその用法と精神論を説きます。両者の違いの分別を知りつつ、両者の共通項を見出すのならば、それは才気以上の何かであると感じます。
 一つの線を最大限生かす背景は限られていて、中国希釈による描法と、西洋希釈による描法両方の線を生かせる案(エスキース)は、
  
 「写実的な部分と、抽象的な部分を併せ持ったタイプの、色味が同調の絵画」のような気がします。

画調

ポリプティック  =屏風画
ジャクスタポーズ =並列画
コラージュ    =紙片体構成画
アッサンブラージュ=立体物構成画
イコン      =宗教画
インスタレーション=設置象徴
スキアグラフィア =陰影画
ナチュールモルト =静物画
ポリクローム   =多色画
グリザイユ    =単色画
デックファーベンモレリー=風景画
ポートリアル  =写実肖像画
ポートレイト  =肖像画
カリカチュア  =風刺画


学術
技術体系

スクラッチ     =ナイフで削る
モデリング     =マチエールをキャンバスの上で塑型する。
ブラッシュストローク=筆跡を大きく残す。
ドライブラッシュ  =筆跡を残すかすれた筆跡を残す。水分0の絵の具を筆に置き、絵の具を落として筆に残った絵の具のみで筆跡を作る。
デカルコマニー   =絵の具の粘着力と(引き)を利用したマチエール塑型術。支持面ともうひとつの面の間の絵の具を挟み、開く行為。心理テストにある。

geometry =幾何学
kunstwisenchaft = 芸術学
somatology = 生体学
aesthetica = 感性学
surface anatomy = 体表解剖学
theory of art = 芸術理論
how to draw = 絵画技法

筆種

フィルバート(平尖)
フラット  (平) 
ラウンド  (丸) 
ファン   (扇) 
面相

アクリルガッシュの内容物

アクリル酸+メタリクル酸+メチルメタアクリレート=アクリルガッシュ
単量体=monomer(モノマー)
重合体=porymer(ポリマー)
P V A =ポリビニールアセテート
acrylic rezins = アクリル樹脂
synthetic rezins = 合成樹脂
vinyl rezins = ビニル樹脂

下地剤

ジェッソ        = 下地剤
カラージェッソ     = 混色済下地剤
モデリングペースト   = モデリング(マチエール塑型用下地剤)
ライトモデリングペースト= モデリング(マチエール塑型用下地剤)軽質版
マットバーニッシュ   = 下地剤(マット質)
レジンサンド      = 下地剤(砂質)
ホワイトオペークフレーク= 下地剤(フレーク殻状)
メディウム       = 下地剤
マットメディウム    = マット質
グロスポリマーメディウム= 光沢質重合下地剤





主題としての人間 美術解剖学

 歴史と文化が異なる美術作品を我々が正しく鑑賞し、理解できるのは、そこに倫理的法則、解剖学的側面、内部構造を把握している裏が具体的努力の結晶として隠されているからです。
 骨格の配列、筋肉のバランス、皮膚の表層、その他全てが把握及び表現された状態を、リアリティーとして鑑賞者は捉えます。そして、本来整っていない顔や体を絵画の中において整える事ができます。その知識、経験、理解済みの範囲が広いと、絵にする時の予定の綿密さも倍加されます。リアリティーや、色の範囲、回り込み、空間の範疇や奥行き、その他の決定もできると、図像が同一でも、絵の完成度が変わります。
 美術解剖学とは、狭義では美術家の為の解剖学を意味します。
 これは人体を描くための必要な知識(how to draw)を示します。広義では人体や動物の体表上に現れる特質さらに運動による変化なども研究の対象になります。
 病理目的とは異なり、骨格、筋肉、腱、皮膚、などの形態や各部の構造の関係や形態上の特色を知る学問です。それは生体学(somatology)や、体表解剖学(surface anatomy)に近い意味を含んでいます。具体的な研究の内容は資料に列挙しました。
 美術におけるこの解剖学的欲求は、ギリシア時代の男性裸体彫刻に形跡が見られます。しかし古代においては、生きたモデルを肉体の外部から眺めて人体の知識を得たに過ぎません。解剖学において最初はそういう見地から始まり、そして肉体の内部に触れる事が検討されました。
 ルネッサンス期になると、イタリアで14世紀初めに死体解剖が始まります。(日本において罪人の腹を捌き、人体に触れました『松本喜三郎生人形』から)
 解剖学の教科書も作成、内容、図解、においては美術家が関わり始めてきました。そして解剖学と遠近法を画家にとっても重要かつ基本的な知識であると述べていました。また、自らも遺体の解剖をし、膨大な数の解剖図を残しています。

 ひとつの絵を見て、解剖学的欲求のある分析が出来る場合と出来ない場

(分析済みの場合)

 人物画が美しい=筋肉の流れが美しく、調う構図にしている。=そしてその形状的裏打ちが知識としてある。

 (不可知)
 人物画が美しい=何か良いけど、裏打ちの理由が分からない(客観性高・漠然としている)
 この様に、観点にも多大な影響を与えるのがこの解剖学的希釈です。ルネッサンス画家は、解剖生理学とパースぺクティブによって黄金率を必ず画面に盛り込んだ絵画をなしている。(3者の画面中の割合は違えど、必ずこの基本的理念により人物を描き、次に中国三遠によって遠近法が整えられている)水の垂れた調子を描く時、実際の水を垂らしてみて描くのと、そうでない想像のみでは、『リアリティー』が段違いになる。媒質やモティーフを熟知した人間にしか不可能な描き込みによってその行為にも意味性が出てくる。
量と動き
ムーブマン(動勢・運動・連動)
一場面しかピックアップできない事に対し、表現したい動きはとても難解。という場合、方向線、ストロークの方向等がとても印象や、動きの説明に一役買う。正中線とそのブレ、ルートを描きつける事によって、自動的に人間の想像力を喚起したり、知覚してもらえる事もできます。
 回旋運動、伸縮緊張、弛緩、筋肉、骨格、体表解剖学の体表、等の知識があれば、骨や肉の方向線の位置が理解できます。
マッス=塊、量塊。       
 マス・コミュニケーション=大衆。(コミュニケーションを取る集団という塊)多量の纏まった物体の集まりを示すのがこの語「マッス」です。マッスとは、画面の中の相当量の光・色・影の集まりを意味します。群衆や森の集合、総体をマッスとも言います。「集まり」の感覚を総体的に指すのがマッスです。
 よく用いられるのが、「群衆」という一人一人の集合を、一つの塊として描くのが「マッスとして捉える」という事だと思います。木を一つ一つ描くのでなく、その集合体が、直方体を描いていた時、それを直方体として解釈し、描くのが「マッス」という概念です。集まりを集まりとして要領良く捉え、集合として整理して描く、事がマッスのポイントだと感じます。
 彫刻においては、素材がもう、「色んなモチーフを、一種の媒質、粘土、石膏で再現する」というマッス行為がなされています。
 もう一つ、光の束、陰影、同色のまとまりにもマッスという括りが使われます。
「描き手が上手に行う画面の量塊整理・ないしは総体視整理」という広い意味でもマッスは用いられています。今日画面にマッスを形成しようとする作品は、様々な所で見られます。
 パスカル(パンセ)
 原物は誰も感心しないのに、絵になるとなかなか似ているといって皆が感心する。絵とは中々空しいものである。
 一方は原物との正確な類似に喜びを覚える事を肯定し、、他方はまさにその事故の空しさを強調しています。全く対立するように見える二様の言葉は、しかし見方を変えれば絵画を原物の模写による所産と考える点では共通していると言われます。つまり、それを喜びととるか、空しさとして取るかは分かれる所ではあるにしても、そこには類似性の原理に支えられて原像_模象の二元論という、伝統的模倣論の基本的な図式が共通しています。
 ちなみに、この図式が共通に存在する訳です。
 ここで言っているのは伝移模写の影響。気持ち悪い物でも、模写という行為「懸命さの足跡」をワンフィルター挟む事によって、気持ち悪い媒質よりも、模写されているという行為の方に目がいく。そして、見る側の人間性が高度である程、感動の方が先立つ。個人の感情の天秤にかけても感動の方が一メモリ上を行く。
 そのもう一つの理由が伝移模写。伝えたい思いを写す為の模写にまで発展したメッセージ性の強いものならば、そのモチーフの気持ち悪さにもかえって意味性を持たせる事が出来る。

 「一筆一筆に思いを込めて模写するならば、その画面は只の模写にはとどまらない。たとえそのモチーフが気持ち悪い媒体であろうと。」
                                          「パンセ+伝移模写」論  
総合希釈 
自身の芸術学の真相とは、複合表現にあると感じます。その複合方法に、確かな心が篭っていて、かつ人間の学術も駆使したものであるという事。その芸術感より、確かな下地に基づいて、応用に基礎を重ね合わせ、総てを投入しつつも、その投入した要素の一つ一つが、完成度、手間暇、技術が介在している。それこそがア┣莪Α廚砲△襦」
 美術の⊃翰R愿タμ漫廚C蕕い辰討癲ヌ坩堕蠅奮┣茲妨C訛Δ琉堕蠅魑瓩瓩蕕譴覆ぁC茲辰董△海糧サ僂遼‖Г「C舛鵑版聴「気譴燭發里任覆い函ニサ僂燭蠅┐覆ぁ^瓦箸蓮△修海砲△襦K佑呂垢C覆C箸發修Δ靴討いC燭ぁC茲辰董ョ堕蠕C繁‖ЮC猟未気譴審┣茲砲蓮テ「燭螻阿譴箸いΔ發里セ茲困劼箸弔睫気ぁ[蟯峅砲鬚C韻襪函□手間暇の足跡」が残り香として残り、鑑賞者はその⊆蟯峽笋梁_廖廚砲睇佞X腓「Δ箸垢襦Zイ屬鬚C韻榛酩覆六イ屬鬚C韻童C襦∋イ屬鬚C韻討覆ず酩覆六イ屬鬚C韻困妨C討靴泙Δ茲Δ雰晃「「△襦C茲辰董⊃粥畆蟯峅砲筏蚕僂繁‖ЮC梁申轍雕漾Cタ膸「砲覆襦0豌萍未涼罎法△匹譴世韻陵彖如イ[瓠ウ蚕僉チ亮韻鯣テ「忘遒襪Cタ腓Cぬ簑蠅砲覆襦」

モデリング総合希釈展開論
 
マチエール塑形術の展開に関して言うと、その塑形には、大事な成功の秘訣がある。
1)応物象形  象徴的塑形
2)形合わせ  モチーフに合った媒質選択
3)全体意識  画面全体の雰囲気を統一感ある状態にする為の技術
4)丁寧さ   塑形時の凹凸が目立つマチエールは、塑形の生む表現の質感や、大胆さをスポイルしない、且つ雑に見えないような、特殊な丁寧さを大事にする。
5)塑形が関係する描写 せっかくのマチエールも、全然関係ない描写をしてしまうと意味が無くなる。マチエールと噛み合う描写方法が最上の方法(theory of art)。

さやか さん (midomido@ymenet.ne.jp) 2005年 05月 29日 19時 19分 23秒
URL:http://nttt.jp/html

仲間になってね
http://nttt.jp/html

http://nttt.jp/html ですので

kikuchan さん (ilj555jp@yahoo.co.jp) 2005年 05月 28日 20時 36分 45秒

こんにちは、埼玉の朝霞市の近辺(朝霞、和光、新座、志木など)に住まいがある方でクロッキーに興味がある方を探しています。私が住んでいる朝霞市には公民館がたくさんあって、クロッキーの会場を比較的、簡単に借りることができます。
月曜以外の平日の夜(6時〜9時)、自分たちでクロッキー会を
開きたいと考えています。少しでも、興味がある方、まずは
メールでいろんな意見を出し合ってみませんか。
皆様からのメールをお待ちしています。

奈菜 さん (n.a.n.a.chan@sainet.com) 2005年 05月 27日 22時 37分 21秒
URL:http://nttt.jp/html

見失った物です・・・
http://nttt.jp/html

http://nttt.jp/html お願いします

梅田 聡一郎 (公平さと美術) さん 2005年 05月 26日 19時 49分 25秒

 公平さとは、自分の持てるもの全部を捨てつつも、他人のある個性に目を向ける事。

 機織り上手が自分を罠に嵌める算段をし、自分の手を折り曲げても、励ます心。

 大勢の前で良い格好をしたいが為、僕に嘘をついたとしても、


  それでも相手の未来を奪わない心。


梅田 聡一郎 (公平さと美術) さん 2005年 05月 26日 19時 49分 17秒

 公平さとは、自分の持てるもの全部を捨てつつも、他人のある個性に目を向ける事。

 機織り上手が自分を罠に嵌める算段をし、自分の手を折り曲げても、励ます心。

 大勢の前で良い格好をしたいが為、僕に嘘をついたとしても、


  それでも相手の未来を奪わない心。


第2回男性ヌード絵画会開催事務局 さん (makotokid2005@yahoo.co.jp) 2005年 05月 24日 22時 50分 15秒
URL:http://richclub.cc/male1.htm

●●第2回男性ヌード絵画会のお知らせ●●

お洒落な会場で、自由な雰囲気の中、綺麗な筋肉質の男性ヌードを描いてみませんか?自由参加です。特に初心者の絵画技術上達の為、男性ヌードで腕を磨くことが必須です。男性の場合、全身の筋肉の形状、体の動きに伴う筋肉や関節の動き等がはっきり判ります。セッションCでは1ポーズあたり3−10分のショートポーズでクロッキーを、、又セッションDでは1ポーズ当たり20分の人体デッサンをお描き下さい。勿論両セッション連続でご参加頂いても結構です。非営利・自由参加ですので、お気軽にご参加下さい。今回、両セッション共、アマチュア男性ヌードモデル2名がモデルを務めます。

●日時:2005年6月19日(日)
 12:00−15:00 セッションC
 (1ポーズ3−10分のクロッキーコース)
 15:30−18:30 セッションD
 (1ポーズ20分の人体デッサンコース)
 勿論、両セッション連続での参加も大歓迎です。
●場所:港区海岸2ー1−23、ザ・クラフトドームT OKYO BAY 2F、emuRsupace(エムアールス ペース)Tel.03-6400-5983
●参加費:各セッションとも、¥1,500円(学割:   ¥1,000円)
●参加モデル:各セッションともアマチュア男性ヌード   モデル2名が参加します。モデルは小柄ですが綺   麗な細身の筋肉質です。
●お申し込み方法:下記HPのお申込みフォームより、   お早めにお申し込み下さい。

●イベントHPのURL:http://richclub.cc/male1.htm

●ご質問・ご希望等:
右記アドレスまで→makotokid2005@yahoo.co.jp

皆様のご参加をお待ちしております。特にお友達とお誘いあわせの上ご来場頂けると幸いです。


梅田聡一郎 さん 2005年 05月 24日 19時 51分 19秒


中国六画法

応物象形=インウーシャンシン        応物象形 物質を応用し、形を象徴せよ。
惰類賦彩=随類賦彩=スイレイフータイ    随類賦彩 彩する事を随一に高めよ。
骨法用筆=ウーファヨンビー         骨法用筆 我が骨繰る法が如くして筆も用いよ。
気韻生動=チーユーシャンドン        気韻生動 気品と生命感、動きを併せ持つ事。   
経営位置=チンギンウェイツー        経営位置 絵画の位置即ち構図を導き出せ。
伝移模写=伝模移写=チャンイーモウシェ   伝移模写 伝えたい事が正確に伝わるよう模写せよ。
これら総てで画龍点睛=ホアロンデンジュン

                「中国三遠」=チュンゴアサンュエン
    高遠 = カウュエン  高く見上げる
    深遠 = サンデュエン 深く見通す
    平遠 = ピンデュエン 平たく見回す
応物新式
双曲線使用〜不使用選択
(双曲深遠=円空間として見通せ フランシスベーコン )
(画龍空間=交差線の中身のみ湾曲させよ 梅田聡一郎)  
竜眼面内部自在湾曲画法
三点パースペクティブの回転対称性でできた図の中の、菱形の内部の絵柄のみを、パースを用いなかったり用いたりして、自在に湾曲させる。これによって、新しい世界観を生む絵が仕上がる。
(梅田聡一郎 新式要素)
双曲深遠
湾曲深遠
双曲辺立方体
HYPER BOLA PERSPECTIVE + LINER PERSPECTIVE=空間
折衷希釈
気韻生動=動勢(ムーブマン)動き、韻律(リズム)
 惰類賦彩=色彩(カラーリング)
 伝移模写=描写(ドローイング)
 骨法用筆=筆技(ブラシテクニック)
 応物象形=形象(モデリング・マチエール)
 経営位置=構図(コンポジション)


中国三遠双曲線交差5点遠近法の秘密

 中国には三遠(高遠)空高く見上げよ
       (深遠)空間深く見透かせ
       (平遠)地平線の向こうまで見通せ
 という空間把握方法がある。
もうひとつ、MCエッシャーの回転対称性の法則と、
最後に3点パースペクティブ、そしてそこに
縦双曲線と横双曲線を十字に交差させた遠近法。
画六法は応物象形を、各パースぺクティブを統合する際に同化させた遠近法。
これぞfive point hyper bola cross liner perspective.
  (中国三遠双曲線交差五点遠近法)。
折衷と分別
気韻生動によって、描かれる線と、動勢によって描かれる線には生命と動きに質の違いが生じると感じます。how to draw と骨法用筆にも多少違いがあり、筆の用法や気構えに対して、描画方法がhow to draw…。片方はその方法を説き、もう片方はその用法と精神論を説きます。両者の違いの分別を知りつつ、両者の共通項を見出すのならば、それは才気以上の何かであると感じます。
 一つの線を最大限生かす背景は限られていて、中国希釈による描法と、西洋希釈による描法両方の線を生かせる案(エスキース)は、
  
 「写実的な部分と、抽象的な部分を併せ持ったタイプの、色味が同調の絵画」のような気がします。

 
 

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 24日 19時 16分 39秒






                      

 kunstwissenchaft












Souichirou umeda
主題としての人間 美術解剖学

 歴史と文化が異なる美術作品を我々が正しく鑑賞し、理解できるのは、そこに倫理的法則、解剖学的側面、内部構造を把握している裏が具体的努力の結晶として隠されているからです。
 骨格の配列、筋肉のバランス、皮膚の表層、その他全てが把握及び表現された状態を、リアリティーとして鑑賞者は捉えます。そして、本来整っていない顔や体を絵画の中において整える事ができます。その知識、経験、理解済みの範囲が広いと、絵にする時の予定の綿密さも倍加されます。リアリティーや、色の範囲、回り込み、空間の範疇や奥行き、その他の決定もできると、図像が同一でも、絵の完成度が変わります。
 美術解剖学とは、狭義では美術家の為の解剖学を意味します。
 これは人体を描くための必要な知識(how to draw)を示します。広義では人体や動物の体表上に現れる特質さらに運動による変化なども研究の対象になります。
 病理目的とは異なり、骨格、筋肉、腱、皮膚、などの形態や各部の構造の関係や形態上の特色を知る学問です。それは生体学(somatology)や、体表解剖学(surface anatomy)に近い意味を含んでいます。具体的な研究の内容は資料に列挙しました。
 美術におけるこの解剖学的欲求は、ギリシア時代の男性裸体彫刻に形跡が見られます。しかし古代においては、生きたモデルを肉体の外部から眺めて人体の知識を得たに過ぎません。解剖学において最初はそういう見地から始まり、そして肉体の内部に触れる事が検討されました。
 ルネッサンス期になると、イタリアで14世紀初めに死体解剖が始まります。(日本において罪人の腹を捌き、人体に触れました『松本喜三郎生人形』から)
 解剖学の教科書も作成、内容、図解、においては美術家が関わり始めてきました。そして解剖学と遠近法を画家にとっても重要かつ基本的な知識であると述べていました。また、自らも遺体の解剖をし、膨大な数の解剖図を残しています。
ひとつの絵を見て、解剖学的欲求のある分析が出来る場合と出来ない場
(分析済みの場合)
人物画が美しい=筋肉の流れが美しく、調う構図にしている。=そしてその形状的裏打ちが知識としてある。
 (不可知)
 人物画が美しい=何か良いけど、裏打ちの理由が分からない(客観性高・漠然としている)
 この様に、観点にも多大な影響を与えるのがこの解剖学的希釈です。ルネッサンス画家は、解剖生理学とパースぺクティブによって黄金率を必ず画面に盛り込んだ絵画をなしている。(3者の画面中の割合は違えど、必ずこの基本的理念により人物を描き、次に中国三遠によって遠近法が整えられている)水の垂れた調子を描く時、実際の水を垂らしてみて描くのと、そうでない想像のみでは、『リアリティー』が段違いになる。媒質やモティーフを熟知した人間にしか不可能な描き込みによってその行為にも意味性が出てくる。
 
 


( 身体に関係する芸術学 )
somatology   生体学
surface anatomy   体表解剖学
geometry      幾何学 
iconography     図像学
kunstwissenchaft  芸術学
aesethica      感性学 
(詳細)
発生学
比較解剖学
身体寸法・比例
体型・動勢・姿勢の類型
生体変化
ムーブマン(運動・動勢)
マッセ  (量塊)
ボリューム(量感) 
美術技能   (how to draw)
美術基礎理論 (theory of art) 
色彩療法論
再度の高い純色には明るさが感じられる。この冴えた色の効果を心理学においては、
『ヘルムボルツ=コールラウジュ効果』と呼んでいます









美術解剖学
人間の動きは、筋肉の連動や収縮によって起こる。そうなる以上は、人間の動勢を描くにおいては必ず筋肉の在りようを知り、筋肉の動きを知る事が重要になる。その運動の起こりの理由、ないしはその筋肉の中身の形と機能を解剖美術学として認識しているのなら、その人間を見なくても想像した状態を描く事が出来る。
 その知識を体表解剖学iconographyとか、生体学soma
tologyとか言う。動きを掴み、動勢を感じ取り、その動き
の理由を生理学として知り、その動きの内実を解剖学の筋肉の流れとして知る。
 
 上腕二頭筋
 上腕三頭筋
 三角筋
 広背筋
 腹直筋
 外腹斜筋
 大胸筋
 腸内転筋
 外反母趾内転筋
 外反母趾外転筋
 大臀筋
 内側広筋
 中間広筋
 外側広筋
 大腿直筋
 (合わせて大腿四頭筋)
 双子筋
 鼻根筋
 下顎体
 前頭筋
 側頭筋
 眼輪筋
 上唇挙筋
 口角下制筋
 下唇下制筋
 眼窩
 眼底
 外耳殻
 外耳官
 中手骨
 手根骨
 
 と、ざっと眺めただけでもこの様に筋肉があり、それらが緊張や弛緩によって様々な連動を引き起こし、自発的であったり、反射的であったりもする。その内実にはかなりの規則性がある。
呪詛説明
※この、人間の条件反射の連動を悪用すると、身近な人間を、何一つせずして傷つける事ができる。そして、その人間を傷つけたにも関わらず、何にもしてないような顔ができる。そして罰されない。しかし、安心せよ私も含む皆。所詮は「呪術」とは、人間の行動の反応を利用した、おかしげな「話術」に過ぎない。
 また、刷り込みによる話術も出来る。「見るな」という言葉を知っていれば、それを言われると反射的に見る事ができない。しかし、知らなければ、分からない。よって、ハングル人と深くコミュニケーションを取り、その後、ハングル語で「死ね」と言えば、本人には分からなくても、耳が意味を飲み込んでるので、自動的に死んでしまうという訳だ。
 この様に、呪術とは、言葉のマジックなのだ。この解決策をお教えしよう。呪いには、ある程度の知識が必要になる。そして、その知識を必要とするのは、「脳」。そしてその脳の30〜50%が視覚に集中している。と、いう事は、呪いをかける者は、ある程度その行い、頭の中が「目」に出る。=目は口ほどに物を言う、という事だ。掛け手はある程度目にその行いの不純さを映す。
 
 呪術の対策
「目を見て判断。その目が曇っていれば、悲しきかな、どのように素晴らしき、行いの人間だろうと100%の信頼は絶対に寄せない」

 また、もうひとつの呪詛の方法がある。「なんて言うんだ?」と繰り返し、繰り返し、呪詛を誘発し、その言葉を他人に言わせることが出来る。多人数で行うと、まるでその無関係な人間が呪いを掛けたかの如く、呪いを掛けさせるのだ。これにかからない方法。
 相手が長い話の中で、不意に無関係な一言を挟んだ時、それが怪しい時。

 対策2
 「他人の無関係な一言を許さない。知らない」

 美術の源流は、呪術から来ている。(決してこの様に扱われていないが)よって、西洋人は巧みにこれを活用することが出来る。
 る。
 「取捨選択し、捨てる一語に耳を貸すなよ。聡明な人間ども。」

 こういう術に長けた人間は、名乗りでるのが苦手なので、ほっておくのが一番である。また、現代呪詛も存在する。人間は生活の中にある物体を転化させ、人間の行いを邪魔する。生活の中の説得、不要な一語にしかと気をつけろ。最低な行いを、安閑と行う者を見計らえ。心から清く美術を続けたい者、その様な、心醜き利用方法を持つ者、励ましに扱う心を悪辣な術に使う者に、その綺麗な道を汚されぬように。この「安全知識」を提供する。
条件反射的な運動を持つ者程、呪術に利用され易い。

 そう、条件反射を悪用する人間の常套手段なのだ。と、いう事は、呪術とは、卓越した、本能的に一事に優れた人間ほど、悲しきかなかかり易いのだ。多分に被害者は多いだろう。人生をシーソーバランスに例えるなら、そのバランスを、「ワッ」という小声で崩すのが呪い。そっと支えるのが呪詛なのだろうと思います。知の罠にある呪詛。
絵画画調
画調
(健康学)
 美術には、いわんや人間を癒す効果がある。その役割が無くては、作品の意義は無いと言っても過言ではない。社会の恐ろしさや、戦争に対する反対意識がある作品をアンチテーゼする事は可能だが、作品がコミュニケーションの取れる媒体として存在する、あるいはメッセージを内包した状態のものでなくては、結局なんの他人に対して与えうる回復も無い。と、いう事は、メッセージの中にも、テクスチャー、あるいは絵画技術としての、「見る側への癒し」がエッセンスとして内包されていなければ、成立はしても、誰かの足を止めるような絵画としては、成り立っていない、という事は。結局作品の中には「干渉」以外の、理解力とか、心遣いというものを含ませる必要性がある。
 セラピストの基本に「共感的理解」という必要事項が存在する。セラピストには、相手の立場にたつ必要が、相手とのコミュニケーションを取る上で出てくる、というものだ。
「充分に機能する人間」という解釈でもって相手を具体的に理解しようという側面と、同時に「そういった一連の不具合というのは、どういった理由から来ているのか」という心理的側面の、2方向から人間を治療する事が重要であるのと同様に、「社会的メッセージ、公的訴えとしての絵画」「心癒す媒体の塊と、その積層としての絵画」という両側、2方向から人間にイメージを投げかける事が絵画には重要であるといえる。 美術という活動は、特に心を使い、目や内臓の疲労を増やす。密閉された部屋で行う作業という事もあって、どうしてだか精神的にも疲労する。病院に通う人間や、錠剤を常用する人間がいたとしても何ら不思議は無い。
 そういう芸術活動のストレスは、屋内作業にして『衣食住』総てに美しさや景観、彩り、人間の作業の円滑、生活の循環の浄化としてタッチする事の難易度。『思いやり』や、人間の誠意の形作りであるがゆえの心労や、心の中の悩みが日々募るが故に起こる『変な疲労』が、尽きないということです。通常の人間からすると凡そ訳の分からない理由で自殺したり、病院送りになったり、薬を常用する為、その関心事の中に入る人間の活動もなかなか分析しづらく、その人間の病理を未然に解決する事も、とても難しいと憶測します。
 要は、「美術系は患者としてはとても厄介で、故に人一倍体調管理に気をつけて欲しい人種だ」という事である。人間のなかでも、退化しやすい、あるいは退化をいとわず活動をつづけるのが芸術家であり、体は当然弱い、という事である。
美術館での景観に着目してみよう。お気づきでないだろうか。美術館の中の人間。「少々太り気味」というだけで、かなりの大柄な人間に見える事。そう、美術系という人種は、僕も含めて、それだけ脆弱な人種なのである。
そういう意識の元活動して欲しい、という人間も、内外問わず沢山存在する筈だ。要は人生を歩んだ結果としての体格や、一個体としての蓄積が、美術家は脆弱になりやすいという事だ。
 一方で、学生常設には事故が起こり易い。「大作品」の厄介さだ。大作は、ナイーブな扱いを要求する割に、相当な重量を伴うので、扱いを知りつつ取り扱う事が重要になる。
そして、実はもう一つの重要な観点がある。そういうナイーブな作品の取り扱い、実は「ためらってはいけないのだ。」
しても良いことの範疇を利用して、最大限の要領を用いるのが作品の秘訣である。それはとても感覚が難しく、要領と美術との狭間に位置するのだ。

ポリプティック  =屏風画
ジャクスタポーズ =並列画
コラージュ    =紙片体構成画
アッサンブラージュ=立体物構成画
イコン      =宗教画
インスタレーション=設置象徴
スキアグラフィア =陰影画
ポリクローム = 多色画
インスタレーション= 設置画 設置した平面構成画及び立体設置物が、なんらかの社会的、福祉的イメージを強く、しかも伝移模写的でなく応物象形的にアピールしている設置物の事を指す。
コラージュ     = 紙片体接合画 紙と紙を繋いだ時の図像の見え方の妙を利用して構成する絵画。別の内容を持った原稿AとBを上手く切り組んだり、ドットを描いて広告を用いて絵画を描いたりできる。紙を切り、自分の感性に沿って貼ってゆく技術。
スキアグラフィア = 陰影画 光の当たり加減による明暗のみを重点的に捉えた画法。量塊や、量感を方向線や稜線でもって表現もせず、明暗の階調を微妙に捉え、表し、描きだす方法。成功すると、とても静かでマットな魅力を発する。トーンセパレートのみで、他の技術を用いない事に 陰影画の洗練性がある。  







梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 24日 18時 57分 06秒




  今度は、私の番ですよ!!覚悟は良いですか!!皆様方!!
















梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 24日 18時 20分 37秒

 面妖な若者。君の為じゃない。伝言ガール。

絵里菜 さん (midori741@sannet.ne.jp) 2005年 05月 24日 16時 22分 26秒
URL:http://indies-gogo.tv/?Am

ココってどうなんでしょうか?
http://indies-gogo.tv/?Am

http://indies-gogo.tv/?Am だよ

梅田聡一郎 さん 2005年 05月 24日 11時 25分 34秒

 僕の手返せ。

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 20日 19時 35分 58秒

              
  「新式画8法」

応物象形=インウーシャンシン
惰類賦彩=随類模写=スイレイフータイ
伝移模写=伝模移写=チャンイーモウシェ
経営位置=チンギンウェイツー
骨法用筆=ウーファヨンビー
気韻生動=チーユーシャンドン

これら総てで画龍点睛=ホアロンデンジュン

      「中国三遠」=チュンゴアサンュエン

高遠 = カウュエン  高く見上げる
深遠 = サンデュエン 深く見通す
平遠 = ピンデュエン 平たく見回す

応物新式
(双曲深遠=円空間として見通せ フランシスベーコン )
(画龍空間=交差線の中身のみ湾曲させよ 梅田聡一郎)
竜眼湾曲面分割法  DRAGON EYES PERSPECTIVE

(梅田聡一郎 新式要素)

双曲深遠
湾曲深遠
双曲辺立方体
HYPER BOLA PERSPECTIVE + LINER PERSPECTIVE=空間

梅田 聡一郎 さん 2005年 05月 20日 19時 34分 25秒

               
  「新式画8法」

応物象形=インウーシャンシン
惰類賦彩=随類模写=スイレイフータイ
伝移模写=伝模移写=チャンイーモウシェ
経営位置=チンギンウェイツー
骨法用筆=ウーファヨンビー
気韻生動=チーユーシャンドン

これら総てで画龍点睛=ホアロンデンジュン

      「中国三遠」=チュンゴアサンュエン

高遠 = カウュエン  高く見上げる
深遠 = サンデュエン 深く見通す
平遠 = ピンデュエン 平たく見回す

応物新式
(双曲深遠=円空間として見通せ フランシスベーコン )
(画龍空間=交差線の中身のみ湾曲させよ 梅田聡一郎)
竜眼湾曲面分割法  DRAGON EYES PERSPECTIVE

(梅田聡一郎 新式要素)

双曲深遠
湾曲深遠
双曲辺立方体
HYPER BOLA PERSPECTIVE + LINER PERSPECTIVE=空間


















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