JR秋葉原駅に隣接するビルの地下一階で、マレーシア人のおっさんと激論を戦わせたことがある。コンピュータに関することではない。地下食堂のお好み焼きにソースは必要かどうか、意見が分かれたのである。

「ソースは必要ない。そのまま食べた方がおいしい」
 と無茶を言うおっさんに、私は関西人の存在理由を賭けて説得してなんとか納得してもらった。そのおっさんとはそのお好み焼き屋で知り合って別れたから、何をしている人物なのかまったく知らない。

 またある日は、色が黒くて、目と口がぱっちりした女の子と、スーツを着た男性のカップルを電化製品の販売店で何組も見かけたことがある。男性は店員に
「このラジカセはマニラでも使えるのか」
 などと一生懸命にたずねていた。おそらく女の子の里帰りに土産として持たせてあげるのだろう。

 マニラで使えるかどうか聞かれてわかるはずもない、と考えるアナタは秋葉原を知らない。店員は
「ええ、大丈夫ですよ」
 と即答した。マニラや台湾や韓国やその他諸々の国の電圧が頭に入っていなければ、なくても「ノープロブレム」と言い切る度胸がなければ、秋葉原の店員は務まらぬ。

 もっともこの街では客だけではなく、売っている人も相当ヘンだ。

 たとえば万世橋のたもとで、ときどきおばあちゃんがコンピュータの部品を広げて露天販売しているのだが、私はその商品がなんなのかさっぱり理解できない。
 古くて黄ばんだパソコンの空っぽの筐体(箱)、何と何をつなげるのかわからない接続コードらがごろんと板の上に放り出され、おばあちゃんは確信に満ちて微動だにしない。だが玄人くさいおっさんが顎に手を当てて考え込んでいることもあるので、こんなガラクタでも人の琴線に触れるモノがあるのだろう。
 かと思えば目抜き通りの「中央通り」から少し引っ込んだところで、ジャンパー姿の中年男が台車を転がして突然現れたこともある。
 男が段ボールの箱から数百個はあるだろう一a四方ぐらいの小さな黒い固まりを取り出すと、一斉に客が群がった。みんな我も我もと夢中になって買っている。
「あの、それ何ですか」
「富士通の純正の☆◎▽!!」
 意を決して訊ねたが中年男の態度があまりに堂々としているので、「☆◎▽」が何をするものか聞きそびれた。でも「☆◎▽」は一個五十円なのでお買い得だったと思う。


 私もなにか欲しくなり、知らない雑居ビルに入り込んで客が誰もいない寂しい店でメモリを買った。
 NEC製二メガバイト、百円也。NECのパソコンは持っていないが、自宅に帰って知り合いの女性イラストレーターに電話すると
「あら、羨ましいわ」
 と褒めてくれたので嬉しくなった。
 メモリは握りしめると意外とごつく、ハンダのあとが手に痛い。濃緑の基盤には黒いチップが芋虫のようにしっかりとしがみついている。万年床に寝転がって眺めていると、チップがビルで、銅色の配線が道路に見えてきた。どこかであの中年男が台車を転がしているかもしれないぞ。目を凝らすと通りの名前が書いてあった。
「MADE IN HONGKONG」
 ううむ、NEC製といっても香港で作られていたのかあ。秋葉原は人間だけでなく、モノまで世界のいろんなところからやってくるのだ。香港から秋葉原の「百円たたき売り」を経て、練馬の安アパートにようこそ。感慨深く、思わず鼻を近づけると香草の香りがした−−う・そ。
(98年PR誌に発表)

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