初めてリナと会ったとき、僕はひと目で彼女に夢中になった。

サイゴンの高級ホテルのディスコの中で、彼女は僕の友人でもあるゲ
イの弟と一緒だった。年のころは23、4、中国系の母親の血を引く淡
い白い肌に、長い髪とよく動く黒い大きな瞳が映えていた。

もちろん僕はアプローチしたけれど、まったく相手にされなかった。なに
しろディスコ中の男どもが一分と間をおかず、リナの脇に来ては一
緒に踊らないかと誘うのだ。しかし彼女はどの誘いも乗らず、相手
が何を言おうがずっと煙草をくわえて、口を開くのはビールを飲む
ときだけだった。


 それから何週間か後、テト(旧正月)を迎える深夜に僕がひとり
で屋台でビールをあおっていると、白いアオザイのリナがやってき
た。月の光が照り輝いて、リナの姿は闇に浮いた隠花植物の花のよ
うに美しかった。だが彼女は疲れたようすで僕の隣に座った。

「60ドルでいいから抱いてくれない?」

 彼女は通りの角でシクロに乗って、こちらを観察しているベトナ
ム人の男を指さしながら話した。

「あの男からお金借りていて、今日中に40ドル返さなきゃいけない
のよ。でも他の友だちからは断られて……あたしのこと好きなんで
しう? 60ドルであたしの体に何してもいいのよ」

 いまさら売春を云々するほどウブではないが、この間まで真剣に
好きな女が相手だとすると抵抗感があった。
「母親が病気であたしと弟がこうして稼ぐしかないのよ。でも娼婦
じゃないのよ。誰でもいいわけじゃないの」
 アオザイの汚れた裾をいじりながら、彼女は一生懸命僕に弁解し
た。それが僕の心の留め金を外していった。

 結局僕はリナを自分のバイクに乗せて真夜中のサイゴンをぶっ飛
ばして帰り、テトで僕以外誰もいなくなったホームステイ先の家で、
彼女を存分に抱いた。
 それから次にリナと会ったとき、彼女は白人の男と一緒だった。

彼女はあのときと同じ白いアオザイを着て、昼間のサイゴンの日光
を避けて木陰を選びながら歩いていた。そして僕を見つけると、す
れ違いざま隣の男がわからないよう俯いて含み笑いを投げて行った。
その一瞬の笑顔に僕はあわてて振り向いたが、アオザイが街に流れ
る風にあおられてまるで手を振っているようにひめいていただけだ
った。今あのディスコはホテルごと閉鎖され、リナはドイツ人と結
婚して、子供を産んだと聞いている。


 ベトナム土産にアオザイを作って着る日本女性は多いが、僕が言
うのも僭越ながら、ベトナム女性の美しさにかなう人はいない。そ
の理由はスタイルや容姿より、もっと大切な秘密があることを僕は
リナから教えられて知っているつもりだ。


(月刊誌に発表)

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ベトナムの女(3)