怪物・松坂大輔はいかにしてできたか  

 松坂大輔について印象深い光景がある。昨夏の甲子園、優勝を決めた横浜ナインは試合後に宿舎の大広間で報道陣の取材を受けていた。

 そこで松坂は野球部の後輩たちに周りを囲われていた。
 横浜のユニフォームは着ているが背番号がもらえない彼らは、練習補助員つまり道具係として大会に「参加」していたのだ。「松坂さん、松坂さん」と笑いながらサインをねだり、松坂もふざけて叩くフリをしながら応じていた。普通の野球校は先輩・後輩、レギュラー・補欠のヒエラルヒーは厳しく、ましてプロも注目の大エースと一般の補欠部員は口もきけない。

 だがらその光景は私には珍しく、以前に会った、プロに多くの選手を送り込んだPL学園元監督中村順司氏との会話を思い出させた。
「プロで成功する秘訣は、技術はもちろん、性格が重要です。先輩に可愛がられ、後輩に慕われないと大成しません」


 松坂の「怪物ぶり」について身体の長所を挙げる人が多い。しかし私はそれを彼の性格に求めたい。あれだけ世間に騒がれながら天狗にならず、誰からも慕われる素直な性格を保持しているのは、よほどご両親と監督・コーチの「しつけ」が良かったからではないだろうか。プロ入り後の松坂にそのあたりをぶつけると
「渡辺監督(横浜高校)は怖かったですよォ。取材の人にちょっとでも失礼があると『大輔、ちょっと来い』って監督室に呼ばれて説教されましたから」
 と笑いながら述懐していた。さらに
「逆に小倉コーチ(同)はざっくばらんで、何でも気安く質問できたのがよかった。東尾監督とちょっと似ているかも知れません」
 類い希な才能と硬軟両面の良き指導者に恵まれて、いまの松坂はある。


 しかし彼が単に目上の言うことに盲従するだけの若者かというと、そうではない。高校時代、インタビューのために野球部の控え室に現れた彼は部屋が畳敷きなのを見て
「あぐらは腰に負担をかけるので勘弁して下さい。椅子に座っても良いですか」
 と私に尋ねてきた。一時間程度のあぐらにもこだわるほど自分の肉体を大切にし、取材者にも迷わず注文を付ける。裏返せば、自分の身体がどれだけ貴重で、プロで何年も使わなければならないか自覚していたのである。

 しかも松坂は現状維持に満足せず、更に上のレベルに挑戦している。これはあまり報道されていないが、松坂の現在の投球フォームは高校時代のそれと若干違う。やや専門的になるが、高校時代はボールを離す位置が今より少し低かった。長所はストレートが低めに行き、短所はカーブが小さい。

 それを今はカーブの曲がりを大きくするため、高いところから離すようにしている。松坂自身はスポーツ紙の取材に「フォームは修正していますが、どこかは秘密」と語っている。それがボールを離す位置であることは、私が取材した高校時代からの友人に相談していることからも明らかだ。ところが今のフォームではボールを高く離すためにストレートがうわずってしまう。初登板の東京ドームで好投できてその後二つの球場で今ひとつだったのは、ドームのマウンドの傾斜がきつく、投球姿勢を低くして短所を補えたからである。

 だが私は、松坂が取り組んでいるフォームを完璧にモノにし、どこの球場でも今よりすばらしいピッチングを披露すると確信する。高二の夏、県大会で自らの暴投で敗れてから、彼は小倉コーチのもと本塁にボールを置いて、それをマウンドから投げたボールで当てる練習を何日も繰り返してコントロールを身につけた。今も東尾監督の直接の指導で秘密練習をしている。怪物は周囲のちやほやした賛美に惑わされず、素直な耳でアドバイスを聞き入れて日々成長している。それが完成したときこそ「本当の怪物」の誕生であり、我々は偉大な歴史の目撃者になるはずだ。

(少年マンガ雑誌に掲載)

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