恥ずかしながら、私は今はやりの「インターネット野郎」である。ある日インターネットであちこちのホームページをめぐっていたとき、アメリカの物好きが主催している「文通紹介」コーナーにぶち当たった。そこは世界中の男と女、ホモ、レズが恋人や文通相手、結婚相手を求めてメッセージとプロフィール、メールアドレスを残す電子空間の掲示板だ。
 参加者の人種、年齢、職業は千差万別で、僕はそこの「男性求む」のメッセージを残していた、イスラエルの女性兵士とノルウェーの「趣味はセックス」という20歳の女子大生にメールを出したがいずれも返事はなかった。


 作戦を変更して、僕は自分のプロフィールをそこに出すことにした。「希望する文通相手」として、「人種問わず、但し東欧、ロシア、アジア系の人がいい」と書いた。東南アジアは良く知っている国だから、東欧・ロシアは一度旅をして興味があったからだ。
 たいして反応も期待もせず一ヶ月ほど海外旅行に出かけて、帰ってきて自分のメールボックスをチェックすると、「Hi!」という一言だけの小さなメールが残っていた。記録を見ると、3日前に届いている。僕は慌てて
「君はだれ?もっといろんなこと教えて」
 とメールを打ち返した。その日のうちに彼女からさっそく返答が届いた。
「マイ・スイート・ハニー」
 と彼女はいきなりトバしてきた。彼女の名名前はロリアンナ。オハイオ州の大学に留学しているロシア女性だった。27歳で163aあってスリムで、ブロンドで茶色の大きな目をしている、とあった。
「あなたは私の夢の中から出てきたような理想の男よ。あたなの子供が生みたいわ」
 彼女は以前から日本人と結婚したかったといい(じゃなぜオハイオにいるんだ?)、
「私はセクシーだからいろんな男がメイクラブしたがる。でもベッドを共にするのは未来の夫だけ、そうあなたよ」


 メールのやり取りは英語だから、僕はパソコンの画面の前で辞書をいちいち引きながら、「おおっ」と喜んでいた。彼女は強引だった。「マイ・スイート・ハニー」と呼びかけて僕をめろめろにし、最初は僕がそっちに行くという話も、いつのまにか彼女を日本に招待する話になっていた。

 彼女にはなにか裏がありそうだと感じながら、それでも僕は彼女からのメールが東京のひとり生活のはりになっていっているのを感じた。なにしろ毎日送られてくるのである。毎日「ハニー」と呼びかけて、僕の身体の心配をしてくれるのだ。若者の間ではやっている「ベル友」みたいな、「いつも誰かが自分のことを気にしていてくれる」感覚だ。僕は文通のために英検2級の問題集を3冊もこなし、外務省にロシア人を招待する方法を問い合わせたりした。

 だが破局はあっけなくやってきた。僕が筆を滑らせてちよっとホントのこと、「君が期待するほど僕はリッチではない」と書いたからだった。それからプツンと糸が切れたようにロリアンナからのメールがこなくなった。

「それ本当の女かどうかわからないよ」
 友人はそう忠告してくれた。彼がインターネットで会話した自称ブロンド女性は12歳の小学生だったらしい。匿名性の強いインターネットではありえる話かもしれない。だがお金持ちじゃないと書いたことでメールがこなくなるあたりが、逆にリアリティがある。
 ロリアンナからメールがこなくなってから、僕はプレイボーイやCMでブロンド女性を見るたびに、「あんなのだったかもしれない」と大魚を逸した釣り師のようにため息をついて、インターネットのメールボックスをチェックする。なぜかって?ロサンゼルスのターニャちゃんとアツアツの会話をするためさ。彼女はドイツ系アメリカ人で、送ってくれた写真だとブロンドのかわい娘なのだ、本人のものならば。
(97年月刊小説誌に発表)


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