いま僕は大きな危惧を抱いている。例の猿岩石ブームおかげで、
東南アジアでそれをまねたバックパッカーたち(略して「猿パク」
君と呼ぶことにする)が増加するんじゃないか、という危惧である。

昨年11月に訪れたカンボジアで、僕は多くの「猿パク」君たちを観
察する「僥倖」に恵まれたので、ここにその生態を紹介しよう。


 まず「猿パク」君たちは貧乏旅行しているくせに、女とマリファ
ナに目がない。安宿にはよく「旅の情報ノート」という、旅行者が
ビザの取り方やおいしい屋台などの話を自由に書き込んだり読むた
めのノートが置かれているが、そこにはたいてい売春宿の「情報」
も書かれている。本名を堂々と出して書いているから、きっと恥ず
かしくないんだろう。書き込むのも背中を丸めて必死にメモしてい
るのも、日本人である。

 僕が会った19歳の福岡から来た青年は、情報ノートと他の「猿パ
ク」君たちのおかげで、無事、プノンペンでベトナム人の娼婦を一
週間連れ出して旅行することができたそうだ。
「でも残念なのは、一週間中ずっと女の子が頭が痛いといって、一
回もやらせてもらえなかったんですよ」

 ちなみにベトナム人は遅刻したり仕事をさぼるとき、必ず判で押
したように「頭が痛い」という。

 彼はこの大名旅行で所持金を大幅に減らし、親に国際電話で送金
してくれるように頼んでいた。親の顔が見たいと思うのは僕だけで
はないだろう。


 マリファナもカンボジアでは手に入りやすいのでハマる「猿パク」
君が多い。僕がシェムリアップ(アンコール遺跡があるので有名な
街)で泊まった安宿では、昼間から一発キメてふらふらになってい
る奴がかなりいた。「猿パク」君が勝手に廃人になるのは自由だが、
キーキーと夜中まで騒ぐのには参った。それと、アンコールワット
が目の前にあるのに一日しかいったことのない奴とか(アンコール
遺跡はまじめに見れば一週間以上かかる)、10日間宿から出たこと
がないとか、ちょっと情けなくないか。現地の人や西欧人の旅行者
の視線で僕まで恥ずかしくなった。

 「猿パク」君の次の特徴は、自由旅行のようで実はみな同じルー
トを巡っていることである。

 「猿パク」君は「地球の歩き方」を「あんなの地球の迷い方だよ」
と軽蔑し、欧米人に人気の「ロンリープラネット」などの英語ガイ
ドブックを持っていたりする。でも英語は学校にまともに通ってな
いので、ハローとハウマッチしか話せなかったりする。

 で、英語にバンザイした「猿パク」君が頼るのは先にもあげた安
宿の「情報ノート」である。そこの先輩「猿パク」君たちが書きつ
づった次の旅先の安宿情報をメモして、同じところに泊まるのであ
る。とくにカンボジアは、次にベトナムに行く奴とベトナムからバ
ンコクに帰る奴の交差点みたいな国だから、「情報ノート」の充実
しているホテルはすぐ日本人で一杯になる。プノンペンにある「キ
ャピトール」ホテルはその筋では有名なホテルだが、あまりにも日
本人が集中するので、ついに強盗傷害事件が起きて日本人の若者が
ひとり重傷を負った。

 「情報ノート」頼りだから、ルートも宿泊先も同じ、飯食う屋台
まで一緒という「時間差パック」旅行みたいな珍妙な旅をしている。
これで何か「新しい発見」があるのだろか。

 ようは「猿パク」君たちは、旅の一番のモチベーションである
「何かを見たい」という感性がないのである。ただ国境をいくつ越
え、少ない金額で長く滞在するか、ということだけに血道をあげて
いるのだ。猿岩石は貧乏旅行のフリをしてギャラを稼いだが(彼ら
の旅が仕事だったことを忘れてはいけない)、「猿パク」君のそれ
はただの浪費である。読者のの息子さんで、猿岩石に憧れて旅行し
たいと言い出したら、はり倒してでも止めよう。

 これまで述べた「猿パク」君は男ばかりだったが、もちろん女の
子版もある。彼女らはどういうわけか必ず二人で行動し、二人とも
同じ格好をしているのですぐわかる。髪をアップに結わえ、ピチッ
としたTシャツを着てひざの抜けたジーンズをはいているのである。
僕は彼女らを「パフィーもどき」(「アジアの純真」を見つけに来
たわけね)と呼び、次の観察課題としている。

(98年月刊誌に発表)
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コラム「猿パク君に気をつけろ」