例の問題になっている商工ローンで、テレビで繰り返し流された
「金なかったら腎臓売れや、ウチの債務者、腎臓いっこしかない奴多いねんど」
 という文句には、債務者には悪いのだけれど、笑ってしまった。言い方があまりにもスムーズで、なんかもう「借りたら即自動的に腎臓がいっこになる」みたいな、街でお腹に傷のある人みたら「お宅も借りたの?」みたいな暗黙の了解ができそう。

 ここまでではないが、私の年下の友人はベトナムのサイゴン(ホーチミン市)で借金の取り立て屋をやっている。あ、ちなみに私は昔サイゴンに1年住んでいて、今も毎年通っているから現地で奇妙な商売やっている友人・知人は多いのだ。
 で、その友人は日本人で、取り立てる債権は日本人がベトナム人に貸した金である。最初は日本企業とベトナム人企業家を取り結ぶコーディネーターだった。ところがときどき、日本側が出資して仕事を依頼しても、金だけ取り込んでしらばっくれるベトナム人がいる。それで日本側から泣きつかれて相談に乗っているうちに「どうせなら資金の回収も」とお願いされるようになった。評判が評判を呼んで、今ではそっちが本業のようだ。


 回収方法は相手の事務所か自宅をぶらっと訪れてベトナム語でまくしたてるだけ。しかし相手にはすればいきなり知らない日本人が現れて、きったないけれど堪能なベトナム語でしゃべりまくられるのだから、かなり驚くらしい。ときには債務者の車庫からベンツを引っぱり出して、そのまま転がして帰るような強硬手段に訴えることもある。
「でもね神田さん、ときどきこっちの虚を突くような奴もいるんですよ」
 と、彼が話してくれたベトナム人の借金取り立てられ術は、
「頼むから金を払えるようにしてくれ」
 というものだった。つまり仕事がないから借金が返せない、だから仕事を紹介しろ、というわけ。居直りだがすごいのが、当の債務者が頻繁に自分から友人宅を訪問して
「ボクにできる仕事見つかったかな、ン?」
 と、やいのやいのと攻め立てることである。借金取りは追い込みには慣れているが、まさか逆に債務者に追いかけられるとは思わない。そこまでされると、もともと根は良い友人は、「なんとかしなきゃ」と債務者のために仕事探しに奔走するそうである。
「いまじゃ貸した方と借りた方の両方から頼りにされているんですよ」
 と、彼はけっこうヤリガイを感じてホクホク顔なのだが、どこかずれている感じがするのは私だけではないだろう。


 幸いにして私は取り立てられたことないが、たまに取り立てることがある。原稿料である。世の読者には信じられないかもしれないが、広い世間には「原稿も貰っても、お金はなるべく払いたくない」という出版社や編集プロダクションがときどきあるのである。むかーし、売れっ子作家さんの本の手伝いをしたときは、「銀行行く暇なくて」とかなんとか言われてなかなかお金が貰えなかった。仕方なくその作家が出版社にきたときに捕まえて、銀行に付いていったこともある。
 そこで私は昨年、スイスの有名銀行を取材したおりに一計を案じた。その銀行で口座を開いて、初めて仕事する出版社には
「まずこの口座に原稿料を振り込んでくれ。金が確認でき次第、仕事に取りかかる」
 とゴルゴ13みたいなシステムにしようと思ったのである。もちろん冗談だが、原稿料の支払い口座でスイスの銀行を指定されたら編集者は驚くだろう。ジョークでも面白い。

 だが私の相談を受けたそこの銀行員は、にやにや笑いながら、銀行のパンフレットの但し書きを指さした。こう書かれていた。
「なお、当口座の最低預入金額は10億円です」

(99年月刊誌に発表)

ベトナム式 「取り立てられ術」

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