先週の日曜日、池袋のユニクロにパンツを買いに出かけた。あそ
こに買い物に行くのはこれで二度目である。
 初めて行ったのは平日の午後で、私の先入観は大きく裏切られた。

 私がよく知る秋葉原の世界では、「安い店」=「店員が無愛想な
店」である。価格だけで勝負するのだから、愛想笑いも「いらっし
ゃいませ」もなく、ただ店員はレジを打つだけで、ひどい店になる
と質問すら受け付けてくれない。客側も「価格のために社員教育の
コストを削っているのだから仕方がない」と暗黙の了解があって、
誰も文句はいわない。

 とはいえ自分よりひと回りも年下の若造に横柄な態度をされるの
はたまらない。だから私はユニクロもそんな店だろうと、敬遠して
いたのである。

 意外だった。店員が親切なのだ。20種類くらい並べられている
チノパンツの棚を前に呆然と立ちつくしていたオッサンの私に声を
かけ、腰回りの寸法を測り、脚立を持ち出して棚の上の方から、サ
イズに合いそうなパンツを色違いで出してきて試着を勧めてくれた。
パンツ一着2500円である。これひとつ売るのに、そんなに手間
をかけていて良いのだろうか。
 しかもパンツのサイズは腰回りだけでなく、足の長さも数種類設
定されていて、自分にぴったりのサイズを選べば面倒な裾上げの必
要ない。あらかじめ自分のサイズを知っておれば選んでから買って
店を出るまでに、5分もかからないだろう。

 店を出てユニクロの紙袋を振り回しながら、
「こりゃ、あのオヤジも苦労するわけやな」
 と思った。

 私がいつもパンツやシャツを買うのは、地元にある洋品
店である。そこの店のオヤジは腰の低い人物で、店に入ると上から
下まで付きっきりで面倒を見てくれる。洋服に関心がない私にはそ
れが便利だった。加えて私がそのオヤジのことを決定的に好きにな
ったのは、昨夏の私の師匠の告別式に参加するために、礼服を買
いに行ったときの体験があるからである。

 急に「喪服がほしい」と現れた私に、オヤジはまたいつもの如く
上下からネクタイまでいろいろ取りそろえてくれて、遠慮がちに
「どなたが亡くなったんですか」と尋ねてきた。

 私が師匠の名前と自分との関係をいうと、「あ、あの筑紫哲也
さんの番組に出ているあの方ですか」と大きくうなずいた。その前
日に会った講談社の編集者が、私より10歳は年上のくせに師匠の
名前も知らなかったことにちょっとがっくり来ていたので、
よけいオヤジの相づちは嬉しかった。

 でも困ったことに、礼服の上下はあっても中に着るカッターシャ
ツがなかった。私はデカイからそのへんの店では寸法にあうシャツ
が置いていないのだ。その店でもサイズがあったのは長袖だけだっ
た。
「なんとかしましょう」

 オヤジはそういうと、私が昼飯を食っている間に、長袖シャツの
袖の部分を半袖に切り落とし、落としたところをミシンできれいに
仕上げてしまった。これがプロの仕事であり、そのへんの洋服屋の
アルバイトには真似のできない芸当だろう。
 私はどんなプランド品のシャツを着ていくより、そんなオヤジの
手作りの半袖シャツを着ていく方が、市井を愛した師匠の告別
式に似つかわしいと思った。


 そのオヤジの店が移転するという。今まで同じ町内でオヤジがメ
ンズ、奥さんが婦人物と2店舗で洋品店をやっていたのを、婦人物
の店舗にメンズも統合するらしい。詳しくは聞かなかったが、売れ
行き不振から家賃の支払いを削減するための措置だろう。ユニクロ
の影響は明らかだ。いくら洋品店でもチノパン一本5000円はす
るのだから。

 日曜日、混んでいるだろうときを選んでわざわざユニクロに行っ
たのは、半分オヤジの肩を持ちたい判官贔屓の気持ちがあったから
である。混雑を体験して、「休みの日はやっぱりあの店だな」と自
分に納得させたい。もう半分は、どれくらい混んでいるのか見てみ
たい、火事場見物みたいなもんである。

 案の定、すごかった。レジにはパンツやシャツを入れたカゴを下
げて客が並び、店員はもう「いらっしゃいませ」とか、客に話しか
ける前に、自分が同時に2、3人の客に捕まっていた。
「やっぱりそうだよな」
 私は粛々とパンツの棚からかつて知ったる自分のサイズを取り出
し、粛々と試着室に入った。

 出ようと思って試着室のカーテンを開けたとき、大げさでなく衝
撃が走った。

 試着室に入るため脱ぎ散らかした私の靴を、店員の誰かが、履き
やすいように向きを逆にして揃えていてくれたのである。あの混雑
のなか、いったい店員のどこにそんな余裕があるのか。靴が揃えら
れていないぐらいで、サービスに不満を持つ客などいないだろう。

 それを「敢えて」揃える、このサービス精神、徹底した社員教育。
私はこのとき初めて、自分の心の中でオヤジが店がユニクロに敗北
したことを知った。ユニクロはたしかに安い。だが客に「安物」を
買いに来ているとは思わせない工夫があるのである。
 ユニクロは「怖い」。

(00年未発表)


ユニクロの恐怖

Column_List
TOP