サイゴンで女性国会議員から「ここで日本語を教えてくれませんか」と頼まれたことがある。条件と待遇が滅茶苦茶なので手を振ると、いきなり彼女の対応が変化した。
「どうしてもダメなの?」
 と口をすぼめてイヤイヤと可愛く拗ねて見せたのである。年のころは40代前半ぐらいの人だ。日本なら予想もしない出来事にびっくりして、さらに自分にびっくりした。
 コロっと「教えるー」と言いそうになったのだ。それぐらいチャーミングだった。

 ベトナム女性というと、とかく『アオザイ美人』が取り上げられるが、中年女性もまた美しく、色っぽい。なにしろ細身でスタイルのいい人が多いから、ジーンズ姿が決まるのだ。それでサングラスをかけて、長い黒髪をなびかせながらホンダのカブをぶっ飛ばしていると、むちゃくちゃ格好いい。

 しかも彼女らは、日本の女性のように20代後半から『おばさん』と自嘲して「オンナ」から自ら降りるようなことはしない。30代でも40代でも、冒頭の国会議員のように「使えるものなら」とオンナの武器を繰り出してくる(こちらが望んでなくても)。恋に性にもアグレッシブで、『サイゴンから来た妻と娘』の近藤紘一も指摘するとおり、猥談も好きだ。『青いパパイヤの香り』で鮮烈なデビューをしたトラン・アン・ユン監督が、最新作『夏至』で三姉妹の長女の不倫を描いているのも、恐らくそうした背景と無縁ではあるまい。

 もちろんベトナムにも、「アジアのおばちゃん」とステロタイプで語られるたくましい女性もいる。夫婦喧嘩で亭主の額をドンブリでかち割ったり(1回見た)、道ばたで揉めて相手にドロップキックかましたり(二回見た)、けっこう武闘派だ。しかし一方で、熱帯の果実のようにむせるような「大人の女」の匂いを放つ女性も存在する。それは残念ながら(というか、ざまあみろ)、旅行で訪れる「日本の若い女の子」のセンサーではなかなか捉えられないだろう。「オンナの匂い」を放ってもしょうがない相手だからである。

 フランスを訪れたときも、パリの中年女性の美しさにみとれた。しかし彼の地の女性のそれは、着こなしやセンスという外から磨かれたものだ。ベトナムの中年女性の魅力は、反対に内側から来ている。なぜだろうか。
 ベトナム女性が働き者であることはよく知られている。長く続いた戦争と混乱のなかで、社会の中堅を担ってきたのは女性だ。家庭でも亭主が「主夫」で、奥さんが働いて一家を支えているということは珍しくない。推量するにそんな大黒柱の責任感と自負が、彼女らの人生に前向きにさせ、笑顔を南国のデカい太陽で輝かせたのではないだろうか。これは私の今後の研究課題である。

 しかし確実に言えるのは、ロリコン的な美点感覚の日本より、中年女性が元気で美しいベトナムの方が、男にも女にとっても素敵だということである。

(月刊誌に発表)

ベトナムの中年女性の魅力

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