ベトナムの女 2

 ベトナムの女の子は、恋人になにかおねだりするとき、必ず鼻にかかった調子で、
「エム ムーン……(〜が欲しいわ)」
 と、そっと自分の欲望を舌に乗せる。

 とくにこの「ムーン(欲しいという動詞)」と口をすぼめた表情が愛らしくてせつなくて、男なら「おお、なんでもこうたろかい」という気にさせられる。

 だがごまかされてはいけない。

 私の少なくない体験によれば、白いアオザイ姿で小さな首をコクッとかしげ、大きな目を開いて、木の葉のような小さな手でこちらのTシャツの袖など引っ張りながら、きゃつらはこうささやくのだ。
「エム ムーン……ニャー(お家が欲しいわ)」
「はぁ?」
「お家買ってよ」

 そう、彼女らは喫茶店でアイスクリームをねだるように、「お家買ってよ」と気軽に言ってくれるのである。

 昨今の日本の女性は、やれ高級レストランでの食事だ、何十万円のネックレスだのを欲しがるらしいが、ベトナム人の女は、ああた、いきなり家でっせ、家。

 ベトナムでいい仲になった女性たちにそのつど家を買ってたら、私しゃ、サイゴンでホテルチェーンを経営しなくちゃいけない。

 でもその後の調査で(買う気になってたりして)、サイゴンの家の値段はピンキリであることがわかった。


 一番高いのはサイゴン市内中央、一区、三区あたりで庭付き一戸建てで三千万円ほど。坪数はわかららんが、3階建てで部屋数はキッチンのぞいて6、7ある。もちろんこんなのは私には手が届かないのでパス。

 中心からぐっと離れたタンビン区なら、ベトナム人の友人が2年前買った家が、7千ドルだった。水まわりは近くの井戸を利用し、電気はあるが電話線が引かれていない。付近の道路も雨期になると「泥田みたいになる」と友人は笑っていた。

 もっともっと安いところなら、サイゴンのスラム、4区がいい。別の友人は7年前の話だが、1軒900ドルで購入した。こうなると井戸もなくて朝・夕2回の水売りが頼り。電気もなくランプ生活になる。友人はここに電信柱を自費で立てて、いまはコンピュータを導入して市場調査の仕事に精を出している。

 安くていいなぁ、と思わず食指も動くが気をつけなくちゃいけないのは、ベトナムは外国人名義で土地は買えないこと。可愛い彼女に家を買って上げても、登記の名義が彼女になった途端、心変わりし、自分が中に入れてもらえない状況もありえる。

 だから私も家を買わないのだ……なあんて、本当はうまく騙してくれる女の子が、いまだに見つからないだけですけどね。


(月刊誌に発表)

Column_List
TOP