ループな道♪

檜の里大橋(ひのきのさとおおはし)
−長野県上松町−
訪問:202 ⁄ 05 ⁄ 04
文書作成:2019 ⁄ 04 ⁄ 06


◆概要◆
木曽川の谷あいにある上松の街と、
国道19号旧道とを結ぶ跨線橋に
設けられたループ。昭和62年4月竣功。




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■ここは木曽路

『木曽路』は長野県の木曽川に沿った地域を指し、観光地として馬籠や南木曽、寝覚の床がある。有名な地名ではあるが、旧国名ではないとのこと。

その木曽路を通る国道19号、先に挙げた観光地“寝覚の床”(長野県上松町)の近隣にあるのが、今回紹介する「檜の里大橋」である。名古屋より上松町へ向かった筆者は、国道19号の旧道「十王橋」交差点を「檜の里大橋」へ向けて左折した。

「檜の里大橋」からは上松駅とともに、広い材木集積場が目に入った。置かれている材木は有名な「木曽ヒノキ」であり、ここ上松町は木曽ヒノキ出荷の中心地となっているとのこと。


橋に設置の銘板
印象的デザイン

橋から上松駅と
材木集積場を確認

廃止された
森林鉄道の跡残る


■ヒノキの里

木曽ヒノキには長い歴史があり、安土桃山時代より木曽谷の木材が利用し始めたという。詳細は上松町観光ガイド等のサイトに譲るが、1916年より森林鉄道利用し上松駅へヒノキを集積させたという。

ループのそばには十王沢を渡る森林鉄道の鉄橋跡が残っており、廃線跡散策までは時短的に無理なので写真だけ撮ることにした。とあるサイトの紹介によると、右側の鉄製橋桁が本線で左側が留置線だったとのこと。森林鉄道の貨車がこの鉄橋を渡り、先に見た駅そばの材木集積場へヒノキを運び込んだのだ。

檜の里大橋からヒノキ材の集積場が見え、ループ下にヒノキ材集積の森林鉄道跡が残る…『檜の里』の命名も納得できる。後継樹育成の課題もあるとのことだが、ヒノキの里を維持させてる関係者のご尽力に頭が下がる思いである。

なお、森林鉄道が廃されたのが1977年で、写真や関連資料が赤沢自然休養林園地内の「森林鉄道記念館」で見ることができるという。


ループ全景
橋は歩いてよかった?

ループを走行
檜の里との別れ
■ループ散策

橋の名前もあり、ヒノキの話がメインになってしまった(笑)。森林鉄道跡の撮影後、ループに徒歩で向かった。歩道は無いものの、特に歩行者通行禁止の規制もなさそうだ。そのままループ部分を歩む。

ループの銘板によると、竣功は昭和62年(1987年)4月。先に触れた森林鉄道の廃止後ちょうど10年後となる。跨線橋建設が踏切の混雑解消と聞いているが、木材運搬が鉄道からトラックへ移り、交通量増加での混雑となったのだろうか。

ただ訪問時は土曜の朝8時頃であったためか、跨線橋を通過する車も数分に1台走るかどうかという程度。曜日や時間帯により交通量が大きく増減するのかもしれない。

幸い通行する車の迷惑になることなく、風景撮影を完了。ループを再び走行し、次の目的地(またループなのだが…)へ向かうため当地を後にしたのだった。


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