はじめに
冠着(かむりぎ)橋は、長野県千曲市(旧上山田町)にある、県道「内川姨捨停車場線」が千曲川を渡る
橋である。同県道は内川地区で国道18号と接する。“姨捨停車場”は、あのJR姨捨駅である。
全長は473m。竣工は橋の親柱によると“昭和44年6月”であるが、少々事情があり、それが本ページの
ネタになっている。詳しくは、本文をご覧頂きたい。
冠着橋は平成22年度を目標に架け替え工事が進められており、完成すると幅員9.75mの新・冠着橋が
千曲川を跨ぐこととなる。

「冠着(かむりき)橋」の位置
■所在地:長野県千曲市

訪問レポート
■訪問日:2002年5月4日/2009年8月23日

途中までが赤いトレス橋になっている冠着(かむりき)橋。他の橋と何が違うのか?
途中までが赤いトレス橋になっている冠着(かむりき)橋。他の橋と何が違うのか?
画像A:橋の北側から渡り始める
画像A:橋の北側から渡り始める
(マウスポインタonで橋の画像を表示)

■普通なようで普通ではない橋

冠着橋の外観は、上の画像を見ても分かるとおり、一見特に他の橋とあまり変わらないような気がする。が、もしそうなら当サイトでは取り上げない。
さて、何が他の橋と違うのか。
上記「はじめに」に記した、“事情”がもちろん関係してくる。

2002年・2009年の訪問とも、橋の北側(上の画像での向こう岸)から歩いた。
〔画像A マウスポインタを画像に乗せる〕
画像で目立つトラス状部分までは、ここからまだ数百mの距離がある。
路面は車道と歩道が別れており、車道はセンターライン付き2車線。
今回は徒歩なので、当然歩道を歩く。

■橋の幅員が・・・

渡り始めて100mほどで、橋の幅員が一段階狭まる。〔画像B〕
歩道とセンターラインの無くなった橋を、通行する車に気をつけつつ更に歩を進める。だが道幅はまだ6mあり、通行車両の圧迫を受けるまでは無い。
橋の欄干が、普通のガードレールになってチープな感じ・・・

上記地点から150mほどで、更に橋の幅員が狭まる。〔画像C〕
ここでは道幅が4mとなり、通行車両のすれ違いが不可となる。その為ここには交互通行信号が設置されている。信号横の看板には「必ず信号に従ってください」と大きく書かれているおり、意外と多い交通量と道幅の狭さを考慮すると、信号の順守は必須であろう。

そこから100m歩くと、ついにトラス状の部分に達する。ここで橋の幅員がなお一層狭まり、道幅は3mとなる。〔画像D〕
標識にも「幅員制限3.0m」が記されている。さすがにこの幅では、歩行者は車両通行で圧迫感を強く受ける。逆に言えば、通行車両にとって歩行者は邪魔に感じる道幅ということ。可能な限り、路肩に寄って歩くのだった。

トラス状部分を100mほど歩いて、ついに冠着橋の南端に達した。
橋の袂には一時停止の標識があり、道を横切る堤防の通行者(堤防は自転車・歩行者専用道)の安全を確保している。堤防と交差した後は道幅も2車線に戻り、交互通行信号を待つ対向車が停車して待っている。
〔画像E マウスポインタを画像に乗せる〕

実はこの橋の構造(幅員変化)については、橋の袂に建設事務所の説明標識が設置されている。〔画像F〕
本文に記した距離や道幅は、この標識を参照している。それにしても、なぜこんな構造となったのか。将来的にも、このような交互通行を続けるのか。

■改築に改築を重ね・・・

結論から言うと、道幅が異なる橋の各部分において、竣工年が異なる。
橋の流出などで部分改築を何度も繰り返した結果、こういう「継ぎはぎ橋」になったようだ。実際に川原に下りて橋桁に付けられたプレートを見ると、建設された年月の記載が橋の部分によって異なっている。

一番北側、二車線歩道付きの一番広い部分。
ここの橋桁には「1991年3月」と記されたプレートが付けられている。
センターラインが消えた、道幅6mの部分。
ここには「1984年7月」と記されたプレートがある。

その先は千曲川の水流部分となるため、橋桁の真下に向かうことが出来ない。仕方なくデジカメの望遠で橋桁を探るものの、プレートは見当たらなかった。見た感じでは道幅6mの所と4mの所で、橋桁の構造が同一にも見えるが・・・

トラスになっている、道幅3mの部分。ここは「はじめに」で紹介したとおり、橋の親柱に昭和44年6月(1969年6月)と記されている。トラス以外の部分に架かっていた旧橋が何度か大雨等で流出し、その度に部分改築を行った結果が「継ぎはぎ」になったと思われる。
Web上でも、そういう情報がいくつか提供されている。

■そして将来

これも「はじめに」で紹介したとおり、現橋の上流部分に新たな橋が建設されている。2009年訪問時はまだ橋脚のみであったが、計画の遅れが無ければ平成22年度(2010年度)には、継ぎはぎではない広い新冠着橋が完成するのであろう。その時、現“継ぎはぎ橋”は役目を終え、現実の世界からは姿を消すと思われる。

ただ、皆の記憶と記録には長く残るであろう。
画像B:幅員減少でセンターラインと歩道消滅
画像B:幅員減少でセンターラインと歩道消滅
(マウスポインタonで前後の幅員を表示)
画像C:更に幅員減少で交互通行信号設置
画像C:更に幅員減少で交互通行信号設置
(マウスポインタonで前後の幅員を表示)
画像D:トレス部分で幅員が一番狭まる
画像D:トレス部分で幅員が一番狭まる
(マウスポインタonで前後の幅員を表示)
画像E:トレス部分は車両通行で圧迫感受ける
画像E:トレス部分は車両通行で圧迫感受ける
(マウスポインタonで対向車停車の様子)
画像F:橋の幅員変化を示す説明標識
画像F:橋の幅員変化を示す説明標識
(マウスポインタonで一部拡大表示)

新しい冠着橋工事が進んでいる
(マウスポインタonで新橋架橋イメージ)