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はじめに
日本全国を張り巡らす「国道ネットワーク」。その中には厳しい地形のために、ある道は車の通行が不能となり、ある道は近年になり長大トンネル等により難所を克服した。そういう難所を進む国道達 を当サイト管理人(筆者)がセレクトし、訪問の上で紹介するのがこの「国道難所」である。 本当の難所越え国道は道自体が廃道になっている所が多いが、ここでは車での到達が容易な場所 に絞っている。バイパスの工事などでレポートしている状況に大きな変化が生じると思われるが、 「国道難所」をお楽しみいただきたい。 今回は日本海側の「天下の剣」と言われる、国道8号「親不知」を紹介する。 なお、あわせて〔全体〕〔スポット2〕もご覧頂ければ幸いである。 「国道8号(親不知)」の位置
■所在地:新潟県糸魚川市(旧青海町)![]() 訪問レポート
■訪問日:2008年11月 3日![]() |
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![]() 天険親不知へようこそ |
〔全体〕では、国道8号を親不知駅中心に探索した。 親不知駅近辺は山が海に迫る狭い平地帯に、北陸道・国道8号・旧国道・JR北陸線の4道路・線路が通るという交通難所であるが、「天下の剣・親不知」が一番厳しかったという地点はここではない。 親不知駅から富山寄りに国道を進むと、途中に「天険トンネル」がある。この辺りが真の意味での「天下の剣」になるのだという。 天険トンネル新潟側口すぐ近く、道路沿いに駐車場とホテルがある。 「天険親不知」という大きな立看板があるのが目印だ。 その駐車場に車を停め、ホテルの前を散策する。 ホテルの前を通過すると、海沿いに幅4〜5m程度の舗装された遊歩道(親不知コミュニティロード)が続いている。海沿いといっても、海は遊歩道の足元100m下にある。程なく、道路海側に建っている東屋に到着する。 東屋が、恐ろしいぐらい断崖絶壁の上に建っているか、左の画像をご覧頂ければ一目瞭然だろう。画像左上に小さく見えているのが、今立ち寄っている東屋である。画像にマウスポインタを乗せると、遊歩道から見た海岸の画像に切り替わると思う。落ちたらひとたまりも無い高低差だ。 東屋には天険親不知の地形を示すための模型や、親不知を通る歴代の道を紹介したパネルが設置されている。そう、今歩いている遊歩道が、現国道が開通する前に使用された道である。パネルには要約すると 第一世代の道 : 波打ち際を、日本海の荒波を縫って歩く。 第二世代の道 : 明治天皇北陸御巡幸を契機に作られた道。 第三世代の道 : 天険トンネルで断崖絶壁を避けた現国道。 第四世代の道 : 親不知をトンネルと橋で抜ける北陸道。 とあり、旧国道である遊歩道は「第二世代の道」なのだそうだ。 更にパネルには、第二世代の道の当時の写真まで載せてある(左画像)。崖を縫って人々が歩いている画像は驚きだ。下なんて覗いたら、恐怖で次の一歩が出せないかもしれない。 遊歩道には、路面のうち海側三分の一は石畳で、残りがアスファルト舗装になっている。最初は何も気にしていなかったが、東屋を出た後にある地点で変化があった。石畳が「Uターン」している! う〜ん、文字では説明が難しいので、左下の画像をご覧頂きたい。ご丁寧に矢印までついている。Uターン内周にある「棒」には特に看板などはなく、想像するに“遊歩道はここまで”ということだと思われる。 ということは、この先にはどんな道が? 更に歩を進めると、道路の山側に巨大な一枚岩が出現する。更にその一枚岩には、「如砥如矢」をはじめ様々な文字が彫られている。近くに設置された観光用パネルには #如砥如矢(とのごとく、やのごとし) #明治16年、絶壁を削って、今立っているこの道ができた。 #その喜びを一枚岩に刻んで表したのが「如砥如矢」である。 #砥石のように滑らかで、矢のように速く通れるという意味で・・・ (以下省略) と書かれている。 波打ち際を走る第一世代の道に比べたら、第二世代の道は「滑らかに早く通れる」画期的な素晴らしい道だったわけだ。 崖の上をはって進むような道が・・・ 第一世代の道って、本当に厳しい道だったのね。 そりゃ「親不知、子不知」だもの。 第一世代の道は、先にも書いたとおり波打ち際を進む道である。前出のパネルでも #旅人はこの地を通る前に必ず「無事に渡れますように」と波除観音 #にお祈りしてから出発した。 #波除観音の下方にある岩は、旅人が波にさらわれないようにと #しがみついたが、だんだん下へずり落ち、ほほの髯が擦り切れた #ことから髯剃岩という。 #大懐・小懐や大穴・小穴という天然の避難所がある。大懐から大穴 #までは、親不知最も危険なところであり、走り抜けないと波にさらわ #れることから、長走りといわれる。 #親不知の難所を越えたら、まるで極楽浄土を旅するようだということ #で、そのあたりは浄土と呼ばれている。 (一部文章表現を修正) と記されており、決死の覚悟でなければ通れない厳しい道だったことが改めてわかる。それに比べれば、確かに第二世代の道は「如砥如矢」である。 波打ち際を走るよりも速く第二世代の道を進むと、やがてドンネルを抜けた第三世代の道(=現国道)に合流する。 合流地点の富山側は、「浄土」という地名(左画像参照)である。 そう、先のパネルに記されていた“親不知の難所を越えた”先の場所である。出発地点であるホテルから、この地点までが親不知の一番の難所であったことがわかった。確かにここは「天下の剣」である。 ただ、「第一世代の道」はパネルの説明や、第二世代の道から下を覗き込む程度でしか触れられなかった。実際の波打ち際はどんな感じなのだろうか? 第二世代の道を逆行し、車を停めていた駐車場に戻った。 実はこの駐車場から、海岸に下りていける遊歩道がある。 第一世代の道に関する、何か手がかりがあるかも。 せっかく来たのだから、海岸まで降りてみよう。 帰りの上りは大変だろうなぁ・・・ →「R8親不知〔全体〕」へ →「R8親不知〔スポット2〕」へ |
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![]() 海まで垂直に近い崖が続く親不知 (ポインタon)上から覗き込んだら・・・ |
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![]() 第二世代の親不知道(観光案内板より) (ポインタon)簡単な説明 |
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![]() 整備された第二世代の親不知道を進む (ポインタon)東屋には銅像と観光用パネル |
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![]() 道路端の石畳がUターンを指示? (ポインタon)その先に親不知道の見所が | |||
![]() 道路脇の一枚岩に「如砥如矢」の文字 (ポインタon)文字部分拡大 |
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![]() やがて道は国道と合流。右は天険トンネル |
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![]() この辺りが「浄土」という地名 (ポインタon)地名看板拡大 |
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![]() せっかくだから海岸へ |
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