![]() 515918 〔「道あれば」トップページへ戻る〕 ▼他のページへ▼ |
はじめに
「北陸トンネル」をご存知だろうか。福井県敦賀市と南越前町今庄を結ぶJR北陸線のトンネルで、総延長は13.9キロと在来線では日本一の長さ(地下鉄を除く)を誇る。このトンネルが開通した のは1962年であり、まもなく半世紀を迎える。 北陸トンネル開通から遡ること5年前、1957年に北陸線「深坂トンネル」(5.2キロ)が開通して いる。こちらは敦賀市と滋賀県西浅井町の間に建設されたトンネルだが、前出の北陸トンネルと ともに北陸線のスピードアップに貢献している。 このトンネル開通により、明治時代より活躍していた「旧線」が廃止となった。今回当サイトで取り 扱う理由は、その「旧線跡」が道路として通行可能であり、旧線の「隧道」がそこにあるからである。 ここでは旧線跡道路を訪れ、それら「隧道」を含めた旧線の「遺品」を紹介したい。 〔1〕では「深坂トンネル」により廃された、滋賀県余呉町〜福井県敦賀市までの区間を紹介する。 「北陸線廃線跡(余呉〜疋田)」の位置
■所在地:滋賀県余呉町〜福井県敦賀市
訪問レポート
■訪問日:2008年6月16日/2009年4月19日〔お読み頂く前に〕------------------------------------------------------------------------ ★印の付いたリンクについては、別ウインドウでより多くの画像をご覧頂けます。 お楽しみ頂ければ幸いです。 --------------------------------------------------------------------------------------- |
||
![]() 現北陸線は左へ、旧線は直進していた |
■10年ぶりの再取材 ちょうど10年前、1999年4月に私は今回紹介するルートを走行し、隧道画像を含め当サイトでレポートしていた。当時はまだ「自分がお気に入り道路紹介」意味合いであったため深入りしなかったが、その後の情報により興味が更に深まり、今回再取材しレポートするに至った。 そういうわけで、気持ち「わくわく」で滋賀県は余呉町をスタート。余呉町は滋賀県の北東に位置し、特に山間部では冬雪深くなる所でもある。同町を南北に貫く国道365号を北に向かって走る。すぐ横には北陸道とJR北陸線も併走する。 ■旧線跡を引き継ぐ国道を走る 「併走組」のうち、最初に脱落するのがJR北陸線である。「彼」は直進する国道を横目に、左へカーブし離れていく。実はここが現行線と旧線との分岐点で、旧線はなおも北上していた。国道と併走・・・というより、国道自体が旧線の成れでもある。「その証拠」が、分岐跡しばらく進んだ先にある。 ★中之郷駅跡(別ウインドウ)である。余呉町中心を走ると、国道に面する形で、右側に「駅名票」が道路面より一段高い場所に立っている。旧北陸線で木之本駅(現行線に残る)の次にあった駅の跡であり、今の道路が元は線路であった証拠でもある。 更に、谷あいを一直線に伸びる国道を北陸道と共に北上する。中之郷駅の次には柳ヶ瀬駅があったと聞いているが、北陸道建設の「巻き添え」を喰らい、今は跡も残っていないとの事。残念ではあるが、この先には「お楽しみ」が待っている。それは「柳ヶ瀬隧道」である。 ここで旧線跡の道路は国道から分かれ、県道敦賀柳ヶ瀬線となる。 ■1000mを超える柳ヶ瀬隧道 ★柳ヶ瀬隧道(別ウインドウ)は明治17年完成の、1352mの長さを誇るトンネルである。明治17年に、1000mを超えるトンネルが掘られたことに驚きを隠せない。ただ内部の勾配がきつく、蒸気機関車(SL)が主役であった当時、隧道内で悲惨な事故が発生している。隧道内を走る貨物列車が勾配を上りきれず立ち往生し、SLの煙が隧道内に充満したため、3名もの尊い命が失われたという。 その為、柳ヶ瀬隧道には排煙装置が設置されていた。隧道内で標高が一番高い柳ヶ瀬駅側の入り口上部に煙突を設け、そこからSLの煙を排出するようにしてたそうだ。 柳ヶ瀬隧道は、信号機による交互通行となっている。待ち時間についての記載は無かったが、信号機には街中で見かける待ち時間表示機が設置されている。隧道内は単線線路規格であることもあり、狭く圧迫感を感じる。隧道を抜けるまでは、気を抜かず安全運転に勤めたい。 柳ヶ瀬隧道を抜けると、程なく刀根の集落に入る。集落より高い位置に、北陸道の刀根PAが見える。そこには旧北陸線の刀根駅があったそうだが、すっかり埋められてしまったのか、柳ヶ瀬駅同様、残念ながら跡形は残っていないそうだ。 ■残った小刀根と拡幅された刀根 さらに県道を進むと・・・柳ヶ瀬方面から来ると見逃してしまうであろう場所に、旧線の痕跡である★小刀根隧道(別ウインドウ)がある。「見逃してしまう」のは隧道が県道上ではなく、県道が右カーブに際に接する、左斜め手前に向かう小道の先にあるからだ。逆に敦賀方面から見ると、県道は左へカーブするが、曲がらずに直進する小道の先に隧道があるという見やすい配置となる。(説明難しいな・・・左上画像を参考に理解して^^;) ただ、現時点では小道へは車で入れないよう、入り口にガードレールが設置されている。脇がめちゃくちゃ甘いように感じられたが(^_^;) 小刀根隧道は敦賀市の指定文化財になっているとのこと。トンネル脇には市の説明看板が立っている。トンネルの長さは56mで、明治14年に日本人技術者のみの力で完成した2番目に古いトンネルだと記されている。同じ明治14年には刀根・曽々木の両隧道も掘られたことも記されているが、その2隧道の現状が気になる。 (おことわり)説明看板には「トンネル」と表記されているが、ここでは 「隧道」表記に変更している。 結論から言うと、両隧道とも、少なくとも建設当時の姿では残っていない。刀根“トンネル”は今も存在するが、隧道が道路用トンネルとして拡幅されてしまったものだ。そして曽々木隧道は・・・ ■曽々木隧道は影も形も無いのか? 県道を進むと、程なく国道8号へ合流する。敦賀へは右折。合流後、曽々木の集落が見える。そして、右手に釣具屋がある「切り通し」がある。切り通しがあることや隧道名と地名が一致することから、ここが曽々木隧道の想定地と考えた。そして周辺を散策すると・・・ 散策結果はこちら→★曽々木隧道(別ウインドウ) 上記リンク先にも出てくるが、国道合流から隧道想定地までの間に、国道左側に怪しい「廃道」らしきラインが見える。裏は取っていないが、これが旧線跡ではないかと想像する。途中で一箇所国道から「廃道」へアクセスする小道があるが、鎖で「通せんぼ」されていた。その先は雑草が多い、イメージ通りの「廃道」が続いていた。 旧線はその後、国道と併走する形で疋田の集落に至る。疋田にはJR北陸線の新疋田駅があるが、旧線に疋田駅があった。駅跡は、今は児童館になっているそうだ。今回は時間の関係もあり、疋田駅跡には立ち寄らなかった。急ぎ足で、敦賀市市街地へ車を走らせるのであった。 北陸線廃線跡〔2〕へつづく |
||
![]() 余呉町に残る中之郷駅跡 |
|||
![]() 谷あいを一直線に伸びる国道365号 |
|||
![]() 柳ヶ瀬隧道は信号機による交互通行 |
|||
![]() 小刀根隧道。県道から外れている |
|||
![]() 小刀根隧道から刀根トンネルを望む |
|||
![]() 刀根トンネル。車用に全面改修済み |
|||
![]() 刀根トンネル敦賀側は三つ目。両端は北陸道 |
|||
![]() 国道8号と合流し疋田方面へ向かう |
|||
![]() 曽々木隧道想定地。切り通しになっている |
|||