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はじめに
「中山隧道」は、山古志村(現:新潟県長岡市山古志)小松倉集落の住民が手掘りのみで開通させた、全長875mのトンネルである。現在は隣に2車線の「中山トンネル」が開通しているが、中山トンネルに バトンタッチするまでの約50年間、冬になると雪深くなる周辺地域住民の生活に貢献し続けた。 中山トンネルを国道291号が通過し、長岡市と魚沼市を結んでいる。 昭和8年(1933年)から掘削し始め、昭和24年(1949年)に貫通。拡幅工事や落盤補修、照明設置工事 を経て現在の姿となる。中山トンネルの開通は平成10年(1998年)。 国道291号の指定が昭和57年(1982年)であることから、16年間は手掘り隧道を国道が通過していた ことになる。そういえば、ここを車で走るのをテレビ番組で見た記憶があるのは私だけ? 「中山隧道(国道291号)」の位置
■所在地:新潟県長岡市〜魚沼市![]() 訪問レポート
■訪問日:2008年4月27日/2009年6月20日(メイン)〔お読み頂く前に〕------------------------------------------------------------------------ ★印の付いたリンクについては、別ウインドウでより多くの画像をご覧頂けます。 お楽しみ頂ければ幸いです。 --------------------------------------------------------------------------------------- |
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![]() 山古志側の中山隧道入口。左は中山トンネル |
■2004年10月23日 17時56分、新潟・中越の地に激震が襲った。規模はマグニチュード(以下「M」)6.8で、最大震度は阪神大震災以来の「7」に達した。 いわゆる「中越地震」である。 震度6強を記録した山古志村(現:長岡市山古志)では、大規模な地滑りが発生。芋川を塞ぎ国道291号を破壊した。その状況は、同地に設置されている国土交通省北陸地方整備局の案内板で改めて知ることが出来る・・・ ★芋川の河道閉塞(別ウインドウ) 18時11分にM6.0の余震が起こった後に、中越地震の余震で最大規模となるM6.5の揺れが襲った。その余震の震源地すぐそばにあるもの、それが今回紹介する「中山隧道」である。隧道の経緯は、「はじめに」を参照して欲しい。地震にも耐えた“日本最長の手掘り隧道”、駆け足の紹介となるがご覧戴きたい。 ■中山隧道、山古志側にて 先の河道閉塞案内板を背にして、国道291号を魚沼市方面へ進む。センターラインのなかった国道に、そのラインが復活した少し先。1998年に開通した「中山トンネル」が待っている。その右横に、ちょこんと開いているのが「中山隧道」の山古志側入口である。 山古志側入口には駐車場も完備されており、すっかり観光地化されている。駐車場脇には中山隧道の背景・歴史や周辺マップの載った案内板も設置されており、隧道に入る前の「お勉強」にも良いであろう。 ★山古志側入口周辺(別ウインドウ) 隧道の入口に一歩足を踏み込むと、コンクリート製の壁面に新聞のスクラップ記事や土木遺産認定書、隧道開通時と思われる有志の皆様の写真などが展示されている。冬は深い雪で閉ざされた集落の人々の、執念で掘り抜いた熱意や喜びが、特に写真から強く伝わってくるような気がする。 ★山古志側入口展示物など(別ウインドウ) そこから先の隧道内は真っ暗だ。入口には内部照明のスイッチがあるので、迷わずスイッチオンする。隧道内が明るく・・・なると思いきや遠くに明かりがポツン。暗所強者でなければ、懐中電灯は必要だ。 ■隧道内突入 持ち込んだLEDライトをオン。2008年度もLEDライトだったが、安物で光が弱く正直心細かった。今回のライトは1W。個人的に、この程度の光は欲しい。 隧道内はひんやりとしている。6月だったので夏の服装で来たのだが、隧道入口の温度計は12度を示していた。風が通っていることもあり、体感温度はもっと低く感じる。ということは、真夏には良い訪問場所だと言えるかもしれない。 入口こそコンクリート壁面であるが、すぐに手掘りを感じられる岩の壁面に変わる。補強の鉄骨や落石防止のネットなどが所々あるものの、手掘りの生々しさを伝えてくれる壁面が続く。隧道の幅は約2m、高さは3mぐらいだろうか。そんなに広くないことと、基本的に暗く全体的に距離があるため、暗所に弱い方にはかなりストレスが溜まるかもしれない。 途中に「大量出水遭遇場所」がある。トンネルを掘ると大なり小なり出水はあると聞くが、なにせシールドなどの機械を使わない手掘りでの工事である。出水による落盤の恐れもあっただろう。改めて、隧道掘りが命がけだったことを認識させられる場所である。 「待避所」もある。それまでは最大で2m弱であった隧道幅が広がる。だがそれでも目測3mぐらいで、車がすれ違える幅ではない。そう、現行トンネルが開通する1998年までは、現役隧道としてここを車が走っていた。900mの長さを、すれ違える場所もない隧道内を・・・ 中間地点より魚沼市・広神側にある「貫通点」を過ぎると、目の前に外の明かりが見えてくる。広神側入口への到着である。本来は広神口より先まっすぐに道が伸びていたが、中山トンネルの工事で土地が掘り下げられてしまったようだ。広神口を出た道はすぐに左折し、中山トンネルの上を跨ぎ現国道に合流する。そのあたりは、別ウインドウでご確認戴きたい。 ★広神側入口周辺(別ウインドウ) ■中山トンネルを使って山古志側に戻るが・・・ 車が山古志側にあるので、Uターンをする必要がある。せっかくなので、中山トンネルのほうを歩いてみよう。幅8.5mで高さ4.7mの、近代的なトンネルである。もちろん暗さや狭さからのストレスもなく、快適に歩ける。ただ、気温は外気温と同じである。ほどほど歩くと汗も出てくる。 山古志側にたどり着き、愛車と再会。でも汗がひかない。 車に乗ってエアコンをかける手もあるが、ここには天然の「冷蔵庫」があるじゃないか。そう、12度の「中山隧道」である。早速、隧道に再突入した。 ああ、涼しい・・・ 十分涼んで、駐車場傍にある公衆トイレへ。何やらそこには張り紙が・・・ そのネタは「スナップ写真館」でお楽しみ頂きたい。 中山隧道の延長は875mとのこと。歩くと結構な距離を感じる。それをツルハシなどを使い人力で掘り抜いた、先人の偉業を称えたい。後人にもその偉業を伝えるためにも、地震などの天災にも負けず今のまま隧道には残ってほしい。そう思いながら、同地を後にしたのだった。 ■そして国道291号が向かう先には 中山トンネルを抜ける、国道291号。冒頭に記した中越地震では、地滑りの直撃を受けるなどの被害を受けている。中越地震の震源地近辺を通りながら、国道291号が向かう先には・・・ 2007年7月16日午前10時13分、柏崎市を中心に激震が襲った。M6.8、最大震度6強を記録した「中越沖地震」。 そう、国道291号の終点は新潟県柏崎市(※)。これは単なる偶然なのだろうか。これ以上、震災による悲劇が起こらないことを祈りたい・・・ ※:途中から国道252号と重複します。 |
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![]() 隧道内は6月朝でも12度。歩けば温まる? |
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![]() 手掘りの雰囲気ばっちりの隧道内部 |
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![]() ここで大量の出水があったという |
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![]() 「待避所」とあるが幅は3mもない |
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![]() 隧道中間点より広神側に貫通点 |
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![]() 無事(?)広神側入口に到着 |
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![]() 帰りは中山トンネルを通ります |
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![]() さすが近代のトンネルは息苦しさがない |
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![]() 山古志側に到着。正面の公衆トイレには・・・ |
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