〓ガラシャ祭(がらしゃまつり)〓
◆ガラシャ祭 輿入行列ルート◆

(注意)コースは年によって変わる場合があります
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毎年11月の第2日曜日には、『長岡京ガラシャ祭』が開催されます。
『輿入行列』が市内を練り歩く、長岡京市で一番大きな祭です。

「ガラシャ」とは『細川ガラシャ』という名の実在した女性のことで、
明智光秀の三女としてこの世に生を受けたと言われます。
本名は「玉」といい、「ガラシャ」はキリスト教の洗礼を受けた後の名前です。

玉(ガラシャ)は16歳の時に勝龍寺城の細川忠興の元に輿入れ(嫁入り)しました。
当初は幸せな生活を送っていた玉ですが、父である明智光秀が本能寺の変にて
織田信長を倒したことで、その幸せな生活が一変してしまいました。
天王山の合戦で明智光秀が倒された後、玉は味土野(現在の京都府弥栄町)へ
約2年間幽閉されました。幽閉後大阪に戻された玉でしたが、周りの人間関係の問題
などがあり、心の平安をキリスト教の教えに求めたといわれます。
その熱心な信仰から、後に洗礼を受けて「ガラシャ」と名を改めた玉の辞世の句があります。

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」

その「細川ガラシャ」が長岡京にあった勝龍寺城へ輿入したことから、その行列を模した「輿入行列」
を中心に行われているのが、今回紹介する『長岡京ガラシャ祭』となっているわけです。
「玉」を始めとするキャストは、一般公募から選ばれた方たちで構成されています。
また「明智光秀」役には、一部の開催を除いて外部からゲストを招いています。
このページでは、1999年〜2001年の祭の様子を、そのゲストをメインに紹介いたします。

(本文章作成には、ガラシャ祭のパンフレット等を参考にしました)



細川忠興と玉(ガラシャ)の像

ガラシャ祭は長岡京市で一番大きな祭


1999年の「長岡京ガラシャ祭」は、11月14日に行われました。
「明智光秀」役には、俳優の三田村邦彦さんがなっていました。
行列では待ち構えたまわりの皆さんが、手を振ったり写真を撮ったりしています。
三田村さんはやっぱりプロの芸能人だけあって、まわりの皆さんに対してにこやかに手を振って
応えていました。このとき裏では、芸能ネタでお疲れだったのでしょうけど・・・

2000年の「明智光秀」役は、ウルトラマンや仮面ライダー等でおなじみ藤岡 弘さんでした。
沿道では「ウルトラマンの人」やら「仮面ライダー」とか声が飛んでいました。「ウルトラマン」と言う人と、
「仮面ライダー」と言う人とでは、年齢層が違ってるように見えたのは気のせいでしょうか?
いつもこの役の方がそうされるように、藤岡 弘さんも
ニコニコしながら沿道のみなさんの声援に応えていました。
藤岡さんはバイクに乗る姿もかっこ良かったですが、馬に乗っている姿もすごくかっこいいと思いました。

2001年のガラシャ祭は“21世紀はじめて”という他に、平成4年の第1回開催から10回目という
記念すべきものであるという。そのため今までとは違う予定が組まれていました。
「今までと違う」というののひとつが、輿入行列を例年(文化会館→市役所前
→勝竜寺公園)の逆(勝竜寺→市役所前→文化会館)にしたというものでした。
ガラシャ祭での名物、明智光秀役のゲスト・・・と思ったら、今回はこれも違った!
明智光秀役は一般の方で、細川忠興役がゲストの方でした。
そしてそのゲストは俳優の『川野太郎さん』。馬にまたがり登場の川野さんに、
行列回りのみなさんが名前を呼ばれてました。



1999年の三田村邦彦さん

2000年の藤岡 弘さん

2001年の川野太郎さん


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