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★ 瀬田の唐橋 ★
せたのからはし
最終更新日:2018 ⁄ 05 ⁄ 06

■基本情報

《住所》滋賀県大津市
       唐橋町〜瀬田1丁目・2丁目

《web》  −
《交通》京阪電車「唐橋前」駅下車。
       徒歩5分程度。


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■歴史情報

瀬田の唐橋の歴史は古く、かの『日本書紀』にも登場しているとのこと。京都宇治の“宇治橋”、 京都山崎の“山崎橋”とともに(諸説あり)「日本三名橋」とも称され、 京都へ通じる軍事、交通の要衝でもあったことから幾度も焼き落とされたという歴史を持つ。

また唐橋は近江八景「勢多夕照」として、歌川広重が描いた浮世絵にも描かれている。 なお、2012年に橋の色を従来のクリーム色から唐茶色へ塗り替えられている。


日本三名橋
瀬田の唐橋

塗り替え前後
今は唐茶色

近江八景の
唐橋


■俵藤太のムカデ退治

瀬田の唐橋には、俵藤太(たわら とうた)の「ムカデ退治伝説」がある。

平安時代の武将である俵 藤太(藤原秀郷:平貞盛と協力して940年に平将門の乱を平定)が、 瀬田川に住む龍宮の乙姫の願いを聞き、三上山に住む大ムカデを弓で退治したという話である。 橋の東のたもとには「雲住寺」があり、その秀郷の追善供養のため十五代目の子孫によって建立されたとのこと。
(大津市他webサイト/雲住寺石碑より参照)


石碑裏の
ムカデ伝説記載

「伝説」の
イメージ化

雲住寺


■歴史的偉人の唐橋にまつわる話

源頼朝・義経軍が、1184年に瀬田・宇治にて木曽義仲軍と戦っている。木曽義仲、今井兼平は戦死し、墓が大津市膳所・石山にそれぞれ立っている。

「一休さん」で有名な一休宗純が、弟子入りした謙翁宗為が1414年に死去したため、後を追おうとし唐橋より瀬田川へ入水自殺を図ろうとしたと伝えられている。

武田信玄が臨終の際に、重臣の山県昌景へ「瀬田橋に、風林火山の我旗をたてよ」と伝えたとの話がある。


義仲の供養塔
立つ義仲寺

今井兼平
の墓

一休さん像
酬恩庵にて


■唐橋公園

唐橋から琵琶湖方面を望み右側、川岸に沿って「唐橋公園」として整備されている。 もちろん(数は少ないが)遊具も備え、春には多数の桜花が、冬にはイルミネーションのイベント開催があり、市民の憩いの場となっている。

また、夏には建部大社の船幸祭で「御座船」発着場となっており、花火大会の絶好の観覧場所にもなることから、屋台も多数出店し年間で一番の賑わいとなる場所でもある。


唐橋公園
遊具も楽しい

船幸祭で
賑わう公園

春は桜満開
冬はイルミ


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