■ PHOTO GARALY ■

石碑と唐橋。

唐橋の袂より望む。

桜をバックに夕日と唐橋を・・・雰囲気イマイチ。

現在の唐橋は多くの車が走る生活道。

俵藤太の大ムカデ退治の図。

新たに設けられた大ムカデ退治の図。

建立された雲住寺。

【おまけ】工事現場のキャラクター。
瀬田の唐橋(せたのからはし)
〜2003年4月/2005年4月訪問〜

【住所】滋賀県大津市唐橋町〜瀬田1丁目/2丁目
【ホームページ】 −
【交通】京阪電車「唐橋前」駅下車。徒歩5分程度。


■ 歴史 ■
瀬田の唐橋の歴史は古く、かの『日本書紀』にも登場しているようです。
京都宇治の“宇治橋”、京都山崎の“山崎橋”とともに、「日本三名橋」
とも称されたといわれます。京都へ通じる軍事、交通の要衝でもあった
ことから、幾度も焼き落とされたという歴史を持ちます。

■ 瀬田の夕照 ■
また唐橋は旧の東海道にあたり、「東海道五十三次」を出した
安藤広重が、「近江八景」を描いた中で『瀬田の夕照(せきしょう)』
として取り上げられています。その「瀬田の夕照」から、唐橋東端で交差
する瀬田川東岸を走る県道が、『夕照の道』と名付けられています。

■ 俵藤太のムカデ退治 ■
瀬田の唐橋には、俵藤太(たわら とうた)の「ムカデ退治伝説」があります。
平安時代の武将である俵 藤太(藤原秀郷:平貞盛と協力して940年に
平将門の乱を平定)が、瀬田川に住む龍宮の乙姫の願いを聞き、
三上山に住む大ムカデを弓で退治したという話です。
橋の東のたもとには「雲住寺」があり、その秀郷の追善供養のため
十五代目の子孫によって建立されたそうです。
(大津市ならびに栃木県佐野市のホームページ/雲住寺石碑より参照)

“せたりば”トップページへ戻る