大阪市鶴見区 鶴見緑地(自然体験観察園)
アミメアリ
Pristomyrmex punctatus Smith, 1860
アミメアリは一風変わったアリです。しょっちゅう引っ越しするのです。ですから、サナギをくわえたアミメアリが木の幹を登っていく光景も、珍しくはありません。 たいていのアリは、巣が暴かれるようなことがあっても、おいそれとは立ち退きません。幼虫やサナギは巣の奥に避難させ、巣を死守します。巣を守るというより、巣の奥にいる女王アリを命がけで守ろうとするのでしょう。 ふつう、ひとつのアリの巣には1匹の女王アリしかいません。卵を産めるのは女王アリだけなので、女王アリがいなくなると次の世代は生まれてきません。女王を失ったアリの巣は滅びるしかないのです。 アリが巣を移すことは大きな危険が伴います。移動中にどんな危険が待ち受けているか、どんな捕食者がねらっているかわかりません。女王アリが襲われるようなことがあれば、一族が滅亡してしまいます。 では、アミメアリはなぜ引っ越し好きなのでしょうか。それは、アミメアリの社会には女王がいないからです。働きアリが単為生殖で卵を産むのです。当然オスアリもいりません。アミメアリの社会は働きアリだけで成り立っているのです。 守るべき女王アリがいないので、巣は堅牢な要塞である必要はありません。石の下や木の幹などにできた、ちょっとした隙間で十分です。危険や気に入らないことがあれば、別の隙間を探して引っ越せばいいのです。移動中にクモなどの捕食者に襲われても、大型の動物に踏みつぶされるようなことがあっても、卵を産める働きアリはたくさんいます。仲間に犠牲が出ても、相応な数の次の世代を産み、育てればいいのです。 働きアリばかりのアミメアリの社会にも、ごくまれにオスアリが生まれるそうです。オスの誕生はまったくの無駄に終わるとはいうものの、これは理解しやすいことです。 ハチやアリは、受精卵からはメスが生まれ、未受精卵からはオスが生まれるという、性の決定機構をもっています。交尾の機会も与えられず、身体の構造上からも交尾できない働きアリが産むのは未受精卵ですから、生まれてくるのはすべてオスアリになって当然です。 働きアリはすべてメスです。アミメアリ以外のアリでも、もともとメスである働きアリが卵を産めるようになることはあり得るでしょう。ただ、前述のように生まれるのはオスであって働きアリではあり得ません。そのあり得ないようなことを成し遂げたのがアミメアリです。 いえ、成し遂げるという言葉は当たらないかもしれません。その言葉には、長い過程を経て到達したという意味合いがあると思うのです。アミメアリの場合は、働きアリが自己を複製し続けているだけのことです。あるとき、突然変異的に、自己を複製できる能力を得た1匹の働きアリが、自分と全く同じ遺伝子を持った個体を複製しているだけなのかもしれません。 そこには遺伝子の多様性はありません。今後変化する可能性も、有性生殖をする種とは比較にならないほど少ないはずです。アミメアリは未来への可能性を捨ててしまったアリだともいえるでしょう。 唯一、アミメアリの持つ可能性は、間違えて生まれてくる無駄な存在とされるオスでしょう。まかり間違って、近縁種の女王と交尾して子孫を残せる可能性もなきにしもあらずです。 堅牢な巣を築き、その奥にかくまった女王を命を張って守ろうとするアリは、1匹の女王を守っているのではありません。一族の未来の可能性を命がけで守っているのです。 (2010.G.5) |