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門の外で待っていたタクシーにつくまでに老女はどうにか涙を乾かした。彼女は家までずっと笑顔でドライバーに笑いかけ世間話をした。家に着くと車椅子をひきながらまっすぐリビングルームを通り過ぎてベッドルームへ行った。そこはいまだかつて誰も入ることを許されていないところだった。
部屋は黒に塗られていた。写真が2枚壁にかけてあり、一方がダミアン・ソーンでもう一方は若い女性だった。家具はベッドとライティングデスクと椅子だけだった。本棚が2つあり、一方は聖書の解釈の手引書、もう一方はポルノグラフィーでいっぱいになっていた。彼女は本棚へ行って本にさわり、それから机の上の文鎮に手を伸ばし、それをソーンの写真に投げつけた。しかし、彼女には力がなく、文鎮は写真に当たらずドスンと床に落ち、彼女は肩で息をした。そして老女はゆっくりと立ち上がり、壁からもう一方の写真を取りびっこをひいてベッドへ行き、傷ついた虫のような動作で手を伸ばし写真を見つめた。それはまさに家を出る数ヶ月前、彼女の父が撮った自分の写真だった。それまで彼女は自分が古典的で孤独で臆病で内気だと思っていた。あの自らをベリアルとあだ名する狂った少年と会うまでは・・・混乱したのはあれからだった。
最初彼女は誘惑に抵抗した。が、いったん誘惑に負けると改宗に熱中しだした。グループは彼女を受け入れた。看護婦として彼女が外国の薬を入手できるからであった。その混乱状態は数ヶ月間続き昼夜の区別もできなかった。そしてそれからある朝、彼女は悪夢と考えていたものから目が覚め、正気になった。
彼らは彼女を犬と姦淫させ、彼女が目覚めると首のうしろから乾いた唾液をこすり付けた。そして彼女は傷痕を見つけた。それは3つの小さい6でクローバーの葉の模様だった。そして自分のベッドの上の壁に黙示録からの言葉を走り書きしたのだった。
思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。
その数字とは人間をさすものである。
そしてその数字は666である。
彼女は狼狽した。両親の所へ戻り、自分の身に起こったことを少しだけ話して許しを乞うた。しかし、彼女の両親は正義の者達だったので彼女に背を向けた。そうして、彼女は出ていく前に残りの話をして仲間の所に戻った。彼女は歓迎され、それから自分が何になったのか話したのだった。
老女は目を閉じて息をついた。ダミアン・ソーンの指令といかにして赤ん坊を殺したかを思い出した。それは簡単だった。しばらく息を止めたのだ。彼女はその子の名を思い出した。「マイケル・トーマス」。よくよく思い出してみるとこの小さき者は酸素を止める前少し太り始めていたところだった。
彼女はため息をつきまた目を閉じた・・・すると・・・ペパーミントの香りのする犬の首輪をつけた小さな男の子が笑って虫歯を見せながら、彼女の方へ身を伸ばしてきた。そして彼女を見下ろし、指でマッチの箱をかき回し、マッチを引き出し、親指の爪でパチっと火をつけた。彼女は若くなっていた。子供同然でにきびもあった。彼女は少年に近づいてみた。両親から教えられたとおり彼を神の使者として服従し信用しながら・・・。マッチの光が彼女の目をくらませた。ペパーミントの香りをかぎながら彼女は目を閉じた。彼の唇が彼女の耳元でこう言った。
「もしおまえが罪深いままなら、何が起こるかちょっと体験してもらおう」
炎が手に押し付けられ、彼女は叫び声を上げた。
「神の道を外れるな。さもないとおまえの魂は火あぶりになるだろう・・・」
彼女は再び叫び、目を開けた。
すると司祭の顔が彼女を横目で見ていた。彼の唇が彼女の頬で震えており、片手が彼女の胸にあった。
「永遠の苦悶だ。肉体は焼かれるが苦悶は消えない・・・」
汚れた手が自分をなでるのを感じ彼女はまた再び叫んで目をつぶった。そして目を開けると、目の前に若者が立っていた。彼女はそれが「マイケル・トーマス」だとわかった。彼はハンサムで自分を許して微笑んでいた。そして彼と共にもう一人、その顔はハッキリしなかったが彼女のほうに近寄ってきて、彼女の焼けた手をとって慰めた。彼の声は神に任せるようにと語った。神の国にはまだおまえの部屋があると・・・
老女は目を覚まし、ダミアン・ソーンの写真を見た。しかし、そこにはその代わりに若い顔があった。まだぼんやりとしていたが夢から彼の言葉がこだました。
「悔い改めよ。いつでもその時である」
老女はベッドを松葉杖でびっこをひいて机に行き、ペンと便箋に手をのばした。こぶしの中でほとんど垂直にペンをにぎり、動作に痛みでたじろぎながら彼女はゆっくりと書いた。
「神様お許し下さい。私は罪深こうございました・・・・・・」
彼女は休まず、2時間書き続けた。ペンはゆっくりとページを横切りまるでペンに命があるようだった。そうして書き終えると、彼女は封筒をとり住所録に手を伸ばした。
「デ・カルロ神父様へ」と彼女は書いた。「イタリア・サビアコ・
サンベネデット修道院行き」
彼女が告白し懺悔を申し出られる者は他にだれもいなかった。信じてくれるのは彼1人だけだろう。彼女は見上げた。夜明けだった。彼女は電話を取ってタクシーを呼んだ。
東方への旅の途中、彼女は子供の頃の思い出に背を向けて、デ・カルロが自分を許してくれるかどうか考えていた。たぶん彼は自分の懺悔を永遠の地獄の炎に対する保険策、死にもの狂いのわずかな土壇場の行動と思うだろう。彼女はショールの中のあの手紙をしっかりつかみ、再び涙が流れるのを感じた。自分に対して、自分の無駄な不信心の人生に対して、そして自分が殺した赤ん坊に対して泣いた。そうして終いには自分が目撃した忌まわしいものの誕生に涙した。
「着いたよ」運転手が言った。彼の声が彼女を現在に揺すりかえした。彼女は修道院があるオフィスビルを見上げため息をついた。しかし、そこには少なくとも郵便箱があるのだ。
「投函してあげようか?」と運転手が言ったが老女は松葉杖でやっとのことで外に出た。
「そんなら、好きにしなよ」運転手はそう言って彼女が戻ってくるまで待った。
「済んだわ。次は左に行ってちょうだい」
その教会はまだ建っていたが荒廃していた。屋根がなく骨組だけで、ルカの言った奇跡の言葉をめった打ちにし、その上に落書きがしてあった。ここは彼女が洗礼を受けた場所だった。彼女の前には父も、祖父も受けていた。
彼女は再び車から松葉杖で出て歩道に立った。近くの削岩ドリルの激震で震えた。教会の尖塔に「取り壊し」という建設者のサインが取り付けてあり、敷地内はロープで仕切っられていた。
「神聖なものは何もないのかしら」
教会のドアへと進みながら老女はつぶやいた。ロープの下に頭を下げると骨がきしんだ。彼女はちょっと振り返った。タクシーの運転手は車に戻ってどしんと座り、彼女を待ちながら居眠りをしていた。
老女はゆっくりと小道を進んだ。大きな樫のドアはなくなっていた。彼女は中に入って粉砕された屋根を通して眺めた。彼女の耳は、破壊するハンマーの音に包まれていた。ここ全体が振動するように思われ、靴を通して敷石が震えるのが感じられた。座席は剥がし取られてしまって祭壇と説教壇だけが残っていた。ゆっくりと本堂によろめきつつ近づき、崩された屋根を通して見上げた。彼女の目はほこりでひりひり痛んだ。まばたきをして彼女はキリストの顔を見詰めた。それは大きな石の彫像で、子供の頃から説教壇とほぼ同じ台石の上に立っていたのを彼女は思い出した。
そのキリストの顔は髭をはやし穏やかで、その視線は教会の本堂をまっすぐ横切り、存在しない会衆の方を向き、その手は祈るように胸の上で組まれていた。彼女はその前にひざまづき、お辞儀をして祈り始めた。うろ覚えの言葉で無言で祈った。それから彼女は讃美歌を思い出し、頭を上げて歌い始めた。
削岩機のハンマーがそれに合わせてリズムを刻んでいるように思われた。像が振動し、キリストの顔はほこりが濃く立ちのぼり薄暗くなった。
老女はやっとの思いで立ち、自分の首を触った。あの傷痕は消えていた。肌はなめらかだった。老女はすすり泣いた。しかし、今度は喜びの涙だった。
「私は救われる」彼女はつぶやいた。
老女の向こうの壁がハンマーの力で崩れ、キリスト像が台石の上で揺れた。彼女は身体をまっすぐに伸ばし両腕を像の方へ上げた。
「主よ。私をあなたの王国へ受け入れて下さいまし」
老女が最後に見たものは自分の方に倒れてくるキリストの顔だった。尖った頬髭が彼女の頭蓋骨に突き刺さり、石の指が彼女の痩せ衰えた胸を刺し貫いた。彼女の最期の叫び声は歓喜だった。
取り壊し作業員がしばらくして彼女を見つけた。叫び声を聞えたように思い、、調べに壁を上ってきてキリスト像の下の老女を見つけたのだった。彼女の両足は像の身体の周りを抱きしめ、まるで性交しているかのようだった。片足が最期の死の痙攣でピクピク動き、目は血が溢れ、キリストの肩越しに作業員を見ていた。気絶する瞬間、作業員は老女が微笑したのを見たような気がした。
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