光林寺
嵯峨天皇の御代、弘仁年間810年頃、高僧弘法大師空海上人が交野地方に来られた折り、普見山獅子窟寺吉祥院の獅子の宝窟に入り、秘法を唱えられると天上から七曜の星(北斗七星)が、光林寺境内の星の森、妙見山山頂、星田傍示川沿いの高岡山の東の星の森に分かれて地上に落ちた。
以来、この三ヶ所を星の霊場とされ、この三ヶ所のそれぞれの距離が約八丁(900m)であるので、八丁三所と呼ばれている。
これらの石は神仏が姿を替えてあらわれた影向石(ようこうせき)として、その後信仰されるようになったと言われている。
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