GROUP-B
表は上段が左から標題・作者・出版社・点数(10点満点)、下段が感想となっております。
|
| 「殺戮にいたる病」 | 我孫子武丸 |
講談社文庫 | 7点 |
いきなり、犯人逮捕のシーンからはじまる物語ってのも珍しいと思う。
でも、この犯人というのが曲者なのであった。
素直な読者の私としては、すっかり騙されてしまい、続けざまに読み返す羽目になってしまったくらいなのだから。
これには、往きの電車で全てを読んでしまい、帰りの車中手持ち無沙汰であったという事情もあるのは間違いないのだけれど。
しかし、騙すテクニック−叙述トリックの完成度の高さだけで、この作品を評価しているわけでは無い。
蒲生稔という犯人の性質が、その書き込みが際立っているのである。
私的には、完璧に感情移入できましたし、非常に共感をおぼえることができました。
とは言え相手は猟奇殺人犯ですから、誰もが共感できるとは思いませんけど。
とりあえず、久しぶりに「塀の内側に安住する羊と、外側でしか生きれない狼」という言葉・感覚を思い出しました。
「平和に家庭と子どもを設けて、孫に囲まれて布団の上で死んでいく」ってのが、全ての人が描く人生の理想像ってわけでは無いってことです。
何時までも「何かが違う、このままじゃ駄目だ」って思っている私のような人間は、決して長生きはできないのでしょうけど。
|
|
| 「チグリスとユーフラテス」 | 新井素子 |
集英社 | 8点 |
久々の新井素子なSFです。
この人が書く滅びの物語って好きなんです。
本書も、彼女らしく、一個人の視点で、淡々と描かれる喪失の物語です。
なんのために世界はあるの?なんのために生きているの?生きていくって何?
あなたが求めるのは、子孫繁栄?愛?名誉?それとも…
そして、あなたは幸せだったの?
そういう問いかけが心に響きます。
本書なりの結論は書かれているのですが、私としての結論には未だいたっておりません。
考えさせられることの多い一冊でした。
という、難しいことを抜きにして、滅びの雰囲気だけを味わうという読み方でも結構良い本です。
ただ…
わたしも歳取ったせいか、新井素子のあの文体にはかなりの違和感を感じて、なかなかすんなりと入り込めませんでした。
素子さんって、ずっとあの文体でいくつもりなのでしょうかねぇ?
|
|
| 「Jの神話」 | 乾くるみ |
講談社ノベルス | 5点 |
第4回メフィスト賞受賞作です。
帯には大森望の推薦文で「98年度ミステリ裏ベストワン」とか書いてあります。
この裏ってのが曲者で...(--;
話としては全寮制の名門女子校で起こった不可解な死亡事故(一応病死)とその被害者の姉が夫と
ともに殺された(と思われてる...しかも犯人はその姉自身とされている)事件の真相を「黒猫」な
る女探偵が探るというものです。
これだけ書いたら、ちょっと怪しげな雰囲気が入った本格推理物って感じもするかもしれませんが
、そういう話を期待して読むと本書は駄作・愚作以外の何者でもありません。
途中で鬱陶しく展開される染色体に関する理論が実は本作の柱なのです。
これ以上書くとネタばれになるので書きませんけど...
しかし、本書の結末には驚かされます。
それも「鮮やか!」ってのでは無く、「そんなの有り?」って驚かされかたです。
この辺で本格推理やハードボイルドを期待して読んだ人はコケルと思います。
私はSFも好きなので別に構いやしなかったですけどね。(^^;
#半分ネタばれやなぁ。
決着がついたと思われたあとの、最後の一ひねりにはとどめ刺されたなぁ。
この作者の次作がどんな作風、ワザでくるのか、半分期待をこめて楽しみにしてます。
|
|
| 「クラインの壷」 | 岡嶋二人 |
新潮文庫 | 7点 |
バーチャルリアリティなゲームの原作者にしてテストゲーマーになった
主人公が体験する奇妙な世界。
どこが現実でどこが仮想現実なのか…
結論から言えば読者にもその本当のところはわかりません。
(なんとなく想像はつくのですけど)
前半の幸せな青春生活、微笑ましい恋愛から急転直下で引きずり込まれる奇妙な仮想現実
の世界。
思わず感情移入して、憤りやどうしようもないじれったさを感じてしまいます。
とにかく、冷静になるととんでもない怖さに背筋を寒くしてしまう小説でありました。
自分の立っている地面が信用できなくなるのですから…
|
|
| 「OUT」 | 桐生夏生 |
講談社 | 3点 |
98年版「このミステリーがすごい!」誌で第一位となった本です。
話の大筋に関しては以前から色々聞いていて、是非読みたいと思っていた一冊でした。
でも、私には合わなかったです。
まず登場人物のうちで感情移入できる人が一人もいなかったこと。
登場人物を突き放したような(良く言えば客観的な)著者の語り口に馴染めなかったこと。
後半部分、話の先が結構よめるのに、実際の話が非常にまわりくどく進むこと。
この3点が私の趣味にあわなかったと言うことです。
あと、主人公の雅子については結局理解できないまま。
それで、感想をここにあげる前にしばらく自分の中で寝かせてみたんですけど、やはり理解
することはできませんでした。
鬱屈した主婦の日常、って時点で私からは縁遠い世界なので尚更理解しづらかったのかもし
れませんけど。
死体を切るシーンに「家族狩り」くらいの迫力があれば、一味違った評価もできるんですけどね。
|
|
| 「ホワイトアウト」 | 真保裕一 |
新潮文庫 | 7点 |
本文の総ページ数は621で、全5章+エピローグという構成です。
そのうち前半の4章とエピローグは70ページ程度しかありません。
第5章の「二月 奥遠和」で550ページもあるのです。
前半の4章は、主人公を取り巻く過去と事件の背景を描くためのものにしかすぎません。
で、この部分が私はあまり好きではありません。
場面の切り替わりが急で、あまりに説明的すぎるからです。
全てを時系列的に処理する必要があるのでしょうか?
あまりに安っぽいTVドラマ的なのです。
この部分の処理を除けば、本書は超一流の冒険小説だと思います。
これほどのページ数なのに、描かれている内容は単純なものです。
ダム職員の富樫(主人公)が一人で、巨大ダムを占拠したテロリスト相手に、人質になった亡き友人の恋人の救出と犯人の行動阻止のため戦うというだけのものです。
舞台が、下界から閉ざされた、1km歩くだけでも大冒険になるような雪深い山中であるので、山岳冒険小説になるのです。
このシンプルな内容を、中だるみなく、一気に読ませる作者の文章力、構成力は素晴らしいと思います。
掛け値なしに面白かったです。
ただし、あくまでエンターティメントなので、特に得るものはありません。
「いやぁ、面白かったわ。この作者メッチャ上手いなぁ。」で終わる小説です。
断っておきますが、私は、何かを得るために本を読むわけではありません。
気持ちよく泣けて笑えて楽しめたら、それで良いと思っています。
だから、本書をレベルの高い小説だと評価しています。
でも、この影響で、私が雪の白山に登ったりすることは、多分、無いと思います。(^^;;;
|
|
| 「ゴーストバスターズ」 | 高橋源一郎 |
講談社 | 6点 |
今の日本では、高橋源一郎にしか書けない類の小説です。
帯書きにあるような「世界と時代を舞台にした、友情がテーマの冒険小説...」、というわけではございません。
私の解釈では、あくまで「存在」に関する物語なのです。
現実的な存在ということ、小説中での存在ということ、存在の意義、証明、危うさ。
全てに対して、肯定も否定もしない、というか意味付けをしないことがテーマだと思うのです。
元々、高橋に代表されるポストモダンは、意味の呪縛から開放されていることになっているので、ここで意味付けやテーマという書き方をするのは間違っているのですけれど。
ただし、これは決して言葉を軽んじるということではありません。
話が外れてきましたが、結論としては、この小説はかなり素敵な出来栄えでありました。
「さよならギャング達」の時の衝撃は無いですけど。
|
|
| 「バトル・ロワイアル」 | 高見広春 |
太田出版 | 7点 |
一言で紹介すると「無人島に隔離された、42人の中学生が唯一人の勝者となるために殺し合いをする話」です。
そのテーマというかシチュエーション故に某社のホラー小説大賞において、審査員各位から嫌悪され受賞はおろか、出版までも見送られた作品です。
が、作品の質の高さが口コミで伝わり、全く別の出版社から今回出版されることになったという経緯があります。
読んでみると、確かに興味深い作品です。
坂持金発という名のいかにもな名前を持つ、某TV番組の主人公をパロった先生(というか、この殺人ゲームの実行者)が出てくるのが、ちょっと作品を安っぽくしてる感があるのが残念ですけど。
テーマは「殺し合い」ではなく、ある種極限的状態での「愛と友情」だと思われました。
ラストのドンデン返しも小気味よく決まってますし、決して嫌悪感を抱くような類の小説ではありません。
42人もの生徒が登場するのですが、それぞれ(ありがちな感じではありますが)個性が描き分けられているのが、また凄いと思います。
それぞれ積極的に殺し合いをする者、狂乱状態になる者、ひたすら逃げる者、助け合い生き延びようとする者、システム側と戦おうとする者、あい乱れて高い緊張感を保ったまま話は進んでいきます。
おかげで、結構ぶ厚い本なのですが、タレることなく読み終えることができました。
ただ…
こいつら、中学生一学級とは思えないくらいに、やたらと惚れたハレタの話が多すぎですな。(笑)
と、思うのは、私がそういう事と縁遠い学生生活を送ってきたことからくる僻みなのかな?
|
|
| 「大誘拐」 | 天童真 |
角川文庫 | 7点 |
壮大なスケールで展開される大娯楽作品。
とにかく大掛かりで想像を絶するトリック(と言ってよいのかな?)に
目をまわしつつ楽しめる作品です。
ま、こういう作品相手に多くを語る必要は無いでしょう。
とにかく読むべし!です。
絶対楽しめますから。
|
|
| 「6月19日の花嫁」 | 乃南アサ |
新潮文庫 | 4点 |
6月12日にはじまり6月18日に終わる6月19日に結婚をひかえた女性の物語。
話は日に日に急展開していき、最後冒頭を思わせるシーンで終わる。
物語の構成としては奇麗なんだけど、展開の仕方がちょっと急過ぎて馴染めない。
急すぎてというより、私には唐突すぎてという感じなのである。
話の進め方も少々強引な気がする。
なんか作中世界に没入することができなかったのである。
このスピード感(って言うのかなぁ?)に馴染める人には面白い作品だと思います。
話自体は(ラストシーン以外は)良くできてますから。
あと、この手の小説だと女性主人公に対して騎士的存在の男性が居るのが常なんですが、本書の
場合それらしき人物が居るには居ますが、彼はなにも手を出さず(出せず)すべて主人公(女性
)一人で解決していくという形になっています。
これはなかなか面白かったと思います。
でも、主人公の人物像が見えてこないんだけどね。
|
|
| 「秘密」 | 東野圭吾 |
文藝春秋 | 8点 |
東野は好きですけど、1900円も出すほどではありませんでした。(笑)
でも、えらく評判が良いので、買ってみました。
結論から言えば大当たりでした。
まず、本書を手に取ったら、その地味なカバーを外して見てください。
カバーと中身の落差に笑ってしまうはずです。
でも、読後にこのカバーの内側を見ると、泣けてくるのです。
その理由はネタばれになるので、書けませんけど、このカバー部分の構成には、ベスト装丁賞を差し上げたいくらいです。
文庫では、このワザは使えないと思うので、本書はハードカバーで買うのが絶対に正しいと思います。
皆がどう思うかはわかりませんが、わたしにとっては、本書はハードカバーでなければならないのです。
内容は、バスの事故により「妻の体と娘の心」を失った男の物語です。
妻の意識を持つことになった小学5年生の娘が結婚するまでの物語です。
著者の作品らしく、登場人物はかなり少ないですが、その分主人公と娘に関する書き込みは濃くなってます。
夫婦から紆余曲折を経て親娘にいたる、その二人のありかたが健気で哀しい。
そして、最後に残された謎とその答。
いや、答と言っていけないのだ。
なぜなら、それは決して明かしてはならない、そう、秘密というものだから。
最後に。
クライマックスに差し掛かる413頁に誤植があるのはいただけません。
一気に「泣き」へと盛り上がるとろこで、苦笑しながらツッコミを入れなきゃならいのは、困ります。
早急に訂正するように!>文藝春秋社
|
|
| 「林檎の木の道」 | 樋口有介 |
中公文庫 | 7点 |
この作者の持ち味である、「えぇ格好しぃ」というか「ハードボイルド風味」の主人公が登場します。
もちろん、世の中を斜めに見るような感じの、屈折した性格の持ち主です。
# そうでなくっちゃ、この作者らしくないですしね。(^^;
私のお気に入りである、デビュー作の「ぼくとぼくらの夏」によく似た作風です。
今回のこの作品も結構気に入ってたりします。
17歳の高校生である主人公が、自殺した(と思われている)元恋人の死の真相を調べるという、推理小説です。
が、推理小説である以前に青春小説的な内容となっております。
登場人物は一風変わった個性の強い人たちばかりです。
主人公の行動、会話を追うだけでも凄く面白い小説ですが、推理小説としてのレベルも決して低くはありません。
ネタばれになるので、ここには書きませんが、最後に主人公が辿り着く結末はかなり意外なものです。
でも、やっぱ、この本は推理小説として論理を追っかけるよりも、青春小説として主人公のすぐ隣に居るような気分で読んだ方が面白いと思います。
|
|
| 「尾崎翠」 | 群ようこ |
文春新書 | 5点 |
1920年代に活躍?した作家、尾崎翠へのことを、綴った本です。
33歳の時に「第七官界彷徨」を書き、その数年後には壊れてしまい、筆を置くことになったので、あまり作品の数は多くないのですが、私の中では昭和前半期を代表する作家の一人に位置づけられている人です。
群ようこ自身も「ひかれてやまない」と述べています。
翠の作品は、非常に優れた感性から作られた、女性っぽい印象がありました。
が、本書を読むと、実は理知的で計算に基づき、作品を書いていたということが明らかになります。
「第七官界彷徨」執筆前には、設計図のようなものまで引かれていたようです。
座談会で、当時流行の自然主義を批判するところなどを見ると、かなり頭の良い人でもあったようです。
あと少しだけで良いから環境に恵まれていて、壊れることなく作品を書き続けていてくれたら。
多分、日本の文学は変わっていたに違いないとまで、私は思っています。
あらためて、翠とその作品の魅力を感じることができた一冊でした。
まだ、入手不可能な作品が沢山あるので、この本を機に尾崎翠ブームがおこることを、かすかに祈ってます。(^^)
|