阿弥陀池

 佳人居ながらにして、名所を知るてなことをいいましてな、何でも、じいっとしてても物事がわかるてな、新聞のおかげで、新聞読まんやってな、えらい目にあいますが・・・・・・
「えゝ、こんにちは」
「あゝ、どないしてん。こっち入りィ、こっち入り。しばらく顔みなんだやないか。まァま、こっち入りィな」
「へえ、おゝきに。ほだ、あのう、派手に上ろか、陰気に上ろか。それとも、陽気に上ろか。哀れェに上ろか」
「えゝかげんにしィや、おい。よその家ィ上ンのに、そんないろいろあるかい」
「いえ、わて、いろんな上り方知ってまんねん」
「おもろいな。うちゃ、陰気なん嫌いや。うんと派手に上ってもらおか」
「よっしゃ、うんと派手にネ、イーヤッとこらさのドッコイショ、ソーレ、プーッと・・・・・・」
「なんか、いま、妙な音がしたな」
「ウッハハハ・・・・あんた、派手なほうがええちゅうさかい、ラッパひとつはりこんで」
「おかしなラッパ入れな、これ。どっから出たラッパやねん、そら。・・・・・・・・(コッコッ)おい、おまえネ、ラッパ入りで、よそのうち飛んで上ンのはともかくとしてな、よそのうち上るなり、アグラかいたりしたらいかんで」
「あッ、ジョラくんだらあきまへんか」
「失礼にあたるがな」
「さよかァ。なら、どないしまんの」
「どないしますて、よそのうち入ったらやな、ちゃんと行儀に坐らんかい」
「ハッハハハ・・・・・・そらいかんわ、あんた。行儀に坐るて、あんた、膝そろえて坐りまんねやろ。そんな失礼な」
「あ、あゝ? ええかいな、お前。膝そろえて坐って、失礼にあたったりするかい」
「さあ、あんた何も知らんさかい、そんなこといいまんねん。わたい、こないだ、膝そろえて坐ったら、えらい失礼にあたった」
「どこで」
「どこでて、あんた横町のサビダの先生とこ」
「あ、あそこは、町内でも評判のやかましうちや。あんなとこで、あぐらかいたら、怒られるで」
「さァ、あんた、ここは行儀よう坐らな怒られるなァ思うて、膝そろえて、キチンと坐ったんや。常日頃、そんなこと、したことおまへんやろ。おいどの坐りが悪いさかい、モーソモソ、モーソモソ、どないやらした拍子に仰向けにゴロンとひっくり返ったン。ひっくり返った拍子に、足がボーンとはねたもんやさかい、先生のアゴ、ボーン。・・・・先生はあっちひっくり返るわ、わたいは、こっちひっくり返るわ、足が六本天井向いて、こう・・・・・・」
「ちょ、ちょっ・・・・・・・・・・えらい勘定が合わん」
「アッハッハハ・・・・そのとき二人とも、風呂から上りたてで、ふんどししてなんだ」
「ほなアホな、コレ。よう、そんなこというてるで」
「ほた、そこへ、向うの娘はんが、お茶持って来やはったン。部屋へ入ろ思うて、ヒョッと見たら、いまいう、三本目の足が、天井向いてまっしゃろ、びっくりして、キャーッとあっち行こ思うた。畳が拭きこんだァるとこへ、足袋が新しかった。ツルッとすべってバーン・・・・・・アッハッハハ・・・・・・こんどは二本しかない」
「なにを勘定してんねん、おまい。よう、そんなアホなこというてるな、おまい。ほなこというてるさかい、先生、お前のこと、どないいうてる。『何にも知らんアホや。ナーンにも知らんアホや』て、いわれてんねんで。お前ら、何にも知れへん」
「何にも知れへんて、何が」
「何がて、そやないか。お前ら、モノ知らん過ぎるわ。広い世界いや、この日本とまではいかんが、大阪のでけ事ですら知らん、お前、アホじゃ」
「おッ、えらいきついこと、いわれまんねんな。大阪のでけ事て、大阪、何でんねん」
「大阪、何でんねんて、お前ら、この大阪にな、和光寺というお寺があんのん知ってるかい」
「何でおます」
「和光寺というお寺があんのん知ってるかちゅうねん」
「ワ、和光寺でっしゃろな。そなもん・・・・そなもん、和光寺ちゅうたら、大阪・・・・大阪の和光寺、そなもんあんた・・・・大阪、和光寺は大阪のズッと、このネ、あんた、この、あのネ、あの・・・・・・どこらへんにあると思うてる?あんた」
「探り入れてけつかる。ほなこというたって、わからへんねやろ。わからへんだら、わからへんと言え。お前と一緒にな、こないだ盆おどり観に行たとこあるやろ、堀江の」
「あゝ、あら、あんた阿弥陀池」
「そうじゃ。世間では、阿弥陀池というてるが、あれが和光寺」
「あ、さようか。アッハハ、ほな何でっか。向うの坊ンさん、みな若いさかい、和光寺か」
「いや、そうやないがな。若いさかい、和光寺やない。それに、大体な、あそこは、坊ンさんやないねん。あの和光寺というのは、あれは尼寺」
「ほなことない。ほなことない。あれは尼寺とはまっかな偽り。あれはまことは辛寺」
「おう、辛寺て何や」
「あれは、みな尼寺や尼寺やいうさかい、わては、こないだ、盆おどり観に行たときに、あの門のとこ、ベロベロとねぶってきたがな。塩辛い、塩辛い。あら、辛寺や」
「甘い、辛いの甘寺と違うねや。女の坊ンさんを尼というねや」
「あ、さよかァ。女の坊ンさん尼か」
「女の坊ンさん尼じゃ」
「ほな、男の坊ンさん、西宮か」
「電車に乗ってんやないわ、アホやな、お前は。いえナ、尼さんでもな、あの和光寺の尼さんていうのは、特別うつやかな尼さんが多い。別嬉というたかてな、姿形が美しいだけやないねんで」
「オッ、姿形が美しいだけやおまへんの」
「あゝそうじゃとも。別嬪の第一条件は、ここじゃ」
「どこじゃ」
「合わすな」
「乳の大きいのんが、やっぱり別嬪ですか」
「乳やないの。胸。心がけのええ、気だてのええ人を別嬪というねん。真の別嬪というなァ、心がけ、気だてじゃな。まァまな、言わなんだら、わからへんのやろ、お前らな。わからなんだらな、顔かたちだけでいくというのなら、まず、この、生え下りの長いのを美娘というわ」
「なるほど。ほで、髭の長いのをどじょうという」
「わからな尋ね、お前は。スカタンばかり言いやがってからに。あのな、ここの尼さん、特別うつやかな尼さんが多い。ところが、ある晩のこと、どうしても寝つくことがでけん。床の上へ起き直って、考えごとをしておられると、縁側へさして、濡れわらじをふむような足音が、ジータ、ジータ、ジータ、合いの唐紙をサラッと開けて入って来たんが、雲っくような大きな男」
「尼はん、尼はん、尼はん、アマアマアマ・・・・・・・・ビ、ビ、ビ、ビ、びっくりしたやろ」
「お前がびっくりしてんにやないか。尼はんビクともするかい。胆のすわったもんじゃ。尼はん目がけて、盗人がピストル突きつけた。『撃つなら撃て。心臓を撃て。心臓というたかて、お前たちにはわかるまい。わが夫、山本は、過ぐる大戦において、敵弾が心臓に命中して、あえない最期をとげた。同じ撃たれて死ぬんやったら、夫と同じところを撃たれて死にたい。心臓を撃て。心臓というたら、ここじゃ。』胸元をくつろげて、乳の下を盗人のほうへ向けなはった」
「ウッハハハ・・・・盗人、喜んで乳吸いにいた」
「誰が行くかい、そんなもん。盗人、この声をきくなり、三歩下って、平伏した。『あゝ、おそれ多いことを致しました。実ァ私は、大戦におきましては、山本隊の部下、徒足といたしまして、つき従うておりました。隊長の奥さんとも知らず、ピストルの銃口を向けましたわが身の罪が恐しい。ここで死んで申しわけを』ピストルをこめ
かみへ当てて、いままさに、引き金をひこうとするやつを、『しばらく待て。わが夫、山本が可愛がったほどの男なら、根からの悪人でもあるまい。ここで死ぬ命のあるなら、生きながらえて、夫、山本の回向をしてやってくれ。そなた一人の知恵で来たのではあるまい。誰ぞが行けというたんであろうがな』と、いうと、盗人がいうのには『へえ、阿弥陀が池と申しました』と、こないだ、ラジオできいた落語じゃ」
「ウ、エ、え? あのねェわたしゃあんた、ほんまやと思うさかい、手に汗握って、きいてまんにやが、あんたァ」
「それが、お前が何にも知らんさかい、こんなウソに引っかかんにゃ。アホやさかいやがな。何にも知らんさかいやがな。東の辻、田中屋の米屋のおっさん、ゆうべ、強盗に殺されたん、知らんやろ」
「お!田中屋の米屋のおっさんちゅうたら、あの、セ、背ェの低い、色の黒い、ズングリムックリした、あの露の五郎によう似た・・・・」
「ゆうべ殺された」
「ほんまでっかいな」
「あゝ、朝から、みな町内のもんが集まったり、新聞読んだりして、みなワァワァワァワァいうてるがな。お前ら、新聞のひとつでも目ェ通したこともないさかい、わからへんねやがな」
「お!わたしらしたことないわ。ほであんた、新聞に目ェ通すてなあんた、わて、針に糸通したことはおますけどネ、新聞に目ェ通すちゅうようなことは・・・・・・」
「そんな手品みたいなことできるかいな、アホやな、お前。新聞にな、目を通すちゅうたら、新聞を見ィちゅうねや」
「あ、さよかァ。ハハハハ・・・・新聞見ィなら新聞見ィいうてくれたらええのにあんた、新聞に目ェ通せちゅようなこというさかい。一時はどうなることかと・・・・・・」
「ほなアホなこというてるで」
「わたい、新聞好きやねんで、そやけど」
「新聞好さやて、お前、新聞みてるの」
「ええ。わたい、一日に一回新聞みなんだら、腹の具合悪い」
「ほう、えらい好きやねんな。で、あのう、どんな新聞みてんねん」
「わて、あんた、朝日に毎日に読売にサンケイと」
「おう、えらいぎょうさん見てんねんな。どんなとこ見ンねん」
「どんなとこてネ、いちばんに見ンのはネ、真珠湾の攻撃」
「オイ、ちょっと待て、ちょっと待て、おい。そなもんが、きょう日の新聞に載ってるかい」
「いや、のってるか降りてるか知らんが。あのネ、あんた知らんやろ、訳言わな。うちら、便所の壁がえらいいたんでまんねや。ほで、うちのおじんが生きてる時分にネ、これ、掃除すんのんかなんさかいて、ズッとこう、便所の壁、新聞貼っときよった。上から、朝日、毎日、読売、サンケイとこう、わたいが、ちょうどつくぼると、目ェの前へ、真珠湾の攻撃とこう、ヘヘヘヘ・・・・」
「何を喜んでんねや、アホな。そら、朝聞見ンねやあらへんやん。それやったら、お前、便所へ入んねや」
「そやさかい、いうてまっしゃろ。日にいっぺん新聞みなんだら、腹具合が悪いと」
「ようそんなこというてるで、お前は。そんなこというてるさかい、あかへんねやがな。新聞に出てるがな。お前知らんやろ」
「知りまへん。東の辻、田中屋の米屋のおっさん」
「あゝ、ゆうべ、あすこへ強盗が入った。田中屋へ入つた強盗、抜身をひっ下げて、強盗入りよった。おっさん目がけて斬ってかかった。ところが、むこうのおっさん、ちょっと柔術をかじってるやろ。世間でよう言うな。『生兵法ほ大怪我の元』。盗人が斬ってかかるやつを、おっさんヒラッと体をかわした。空を切ってトントントン、流れる利き腕をつかんで、庭ヘズデンドン。盗人が仰向へひっくり返ったとこへ、おっさん出つ這いに這うて行て、馬乗りになって盗人へ縄をかけようと思うた。ところが、盗人もなかなかぬかりがない。隠し持ったあいロを取り出すなり、おっさんの心臓をブツッ。おっさん、朱に染ってひっくり返るやつを、ムクムクッと起き直った盗人が、おっさんの首、ポーンと落して、米屋のこっちゃ、ネキにあった糠の箱へこの首放りこんで、シュッと逃げた。いまだに行く方がわからん。こんなんきいたか」
「きかん」
「きかんはずや、糠にクビや」
「え、えゝ?」
「きかんはずや、糠にクビィ」
「糠にク・・・・糠にク・・・・いや、あんた、そら、糠にクギや、それはあんた。よう、そんなアホな」
「お前が何も知らんさかい、こんなウソに引っかかんねや。新聞みィ、アホやな、お前。裏の八百屋へ盗人が入ってな・・・・・・」
「もうええ、もうええ、もうええ、そなもん。そなもんきいてたら、一日中だまされてんならん。ほだら、帰らしてもらいまっさ。さいなら、ごめん」
「待ち待ち、待ちィ。いま、お茶入れる」
「もうええ。何ぬかしてけつかんねん、あのガキ。ようあんなこと言いやがったな。ヘッヘッヘヘ、こんなんきいたか、きかん、きかんはずや、糠にクビや。誰ぞが行けいうたやろ、阿弥陀がイケや。誰かて、ほんまやと思うが、あのガキ。けど、腹立つなァ。このまま、家へ帰って、うどん食て寝るちゅうな、気がいかんなァ。どこぞ行って、この通り、ポンポンとかましたろのこんなんきいたか、きかん、きかんはずや、糠にクビや、さいなら、家帰って、ゴロツと庇ェこいて寝たんねん。あんなとこで、竹、仕事してけつかる。あいつ、かましたろ。おい、竹ェ!竹ェ!」
「おゝ、めずらしいな。こっち入れ」
「こっち入れてあるかい、お前ら、何も知らんアホじゃ」
「おう? いきなり、人つかまえて、アホとは何じゃい」
「そやないかい。お前ら、何も知らんアホじゃ。東の辻、田中屋の米屋のおっさん、ゆうべ、強盗に殺された一件、知らんやろ」
「ほんまかい。田中屋のおっさんちゅうたら、色の黒い、背ェのちっちゃい・・・・」
「そうやがな。ゆうべ強盗に殺されてんぞ。むこうへ入りよった盗人な、あわてもんの盗人や。ふんどしせんと来よってん」
「けったいな盗人やなァ」
「そうら何でもネ、抜き身ぶら下げて来たちゅうさかい」
「抜き身が違うわ、それは」
「ほれであんた、そめ抜き身でネ、おっさん目がけて斬ってかかった。ほだあんた、むこうのおっさんネ、ちょっと、ぎゅうチチねぶってはった」
「何を」
「ギュウチチねぶってはった」
「何で」
「何でて、あの、なんか、柔らかいもんがええねんちゅうて、ほいであんた、世界でいうやろ、あの生びょうたん青びょうたん。あの生どうふ、焼きどうふ、アハハ・・・・・・生麦生米生卵」
「何をいうてんねや、アホ。それもいうなら生兵法は大怪我の元やろ」
「ウッハハ、その元、そのもと」
「そのもとちゅうやつがあるかい。それがどないしてん」
「ほいで、あのネ、盗人がおっさん目がけてプアッと斬ってきた。ほいで、おっさんは、あのネ、あの、あの、盗人、斬ってきたやろ。ほで、おっさんは・・・・・・・・盗人斬ってきた。あゝっちゅうて、おっさん、じっとしてたら危い」
「そら危いがな」
「そ、そやさかい、おっさん、かまそかいはってん」
「かまそかて、何かましはんの」
「何かましはったて、ホレみィ、知らへんやろ。ザマみやがれ。お、お、おっさん、魚かましはったんやないかい」
「魚?」
「そうや。盗人、パーンと斬って来たさかい、おっさんパーンとヒラメ・・・・いやヒラメ違うわ。あのグチがタコ、あの、クジラ、チリメンジャコ・・・・アハハ・・・・あんた、西宮知つてるか」
「西宮ちゅたら、小さい子ォでも知ってるが」
「そら、あの西宮にまつったる神さんあるやろ」
「西宮にまつったる神さん、戎さんや」
「そう、そうそう、そうそう。それ、戎さんのな、戎さん持ってはるやろ」
「戎さん持ってはるて、戎さんの持ってはんのは釣竿やないかい」
「そや、そやそや。おっさん、パーッと釣竿かわ・・・・いや、その釣竿の先や」
「釣竿の先やおまい、糸やないかい」
「そや。おっさんパーッと糸かわ・・・・いや、その糸の先ィ」
「テグスか」
「あ、そやそや。おっさんピャーッとテグスかわ・・・・いや、テグスの先」
「針やないかい」
「おっさんピャーッと針かわ・・・・あ、あゝ、もう喉まで出かかってんねやけどな。ちょっとのぞいて」
「のぞいたかてわかるかい、アホ。そこまでいったら、たいがいのことほわかってらァ。針に食いついてる魚、鯛やろ」
「そうそう。おっさんパーンと、タイをかわした」
「たいそうなやつじゃな、オイ。それいうのに、いっぺん西宮まで引っ張っていたんか。汗拭け、汗を。アホやな。それがどないやねん」
「おっさん、体かわしはったん。ほたあんた盗人、空をきってトントントン、流れた。流れた、流れた、流れたらいかんさかい、ちょっと利上げしようか」
「質屋か、おい」
「流れた利き腕。流れた利き腕つかんで、庭ヘズデンドンと、盗人、仰向けにゴロソとひっくり返ったとこへ、おっさん夜這いに這うていた。アッハハ・・・・・・四つ這いう、四つ這い、ご安心ください」
「誰が心配するかい」
「おっさん、四つ這いに這うていて、盗人に馬乗りになった。ほいであんた、縄かけようと思うた。盗人もなかなかぬかなか、なかなか、あのネ、おっさん、盗人に縄かけようと思うた。ほた、あんた、盗人もなかぬかなか、あのネ、盗人もなかなかぬかなか、なかなか、うあうあ・・・・・・あかんで」
「何があかんねんおまい」
「いうてまっしゃろな。おっさん、盗人に縄かけよう思うた。ほた、盗人もなかなかぬかなか、あのネ、盗人もなかなかぬかなか・・・・あのネ、つまり、この、早い話が」
「ちよっとも早よないがな。それもいうなら、盗人もなかなかぬかりがないや」
「そやさかい、いうてまっしゃろがな。盗人もなかなかぬかなか、盗人もなかなかぬかなか、あのネ、あんたちょっと手伝うて」
「なんで、わしが手伝わんならん。そこはわかった。そのさき行け」
「それがなかった。ほいで、隠し持ったガマ口、いや、ガマと違うわ。あの吸い口、いや吸い口はパイプや。匕首、あいくち。隠し持ったる匕首で、おっさんのしんねこを・・・・」
「ちょっと待て、ちょっと待て、オイ。シンネコて何や」
「いや、あの、シンネコは四畳半がええねん。あの、ネコの大きなんや」
「猫の大きなん・・・・虎か」
「そうじゃ。おっさんのシントラ・・・・てあるか。あのネ、あの、もっと長いの、長いの」
「長いの? キリンか」
「あ、そや。おっさんのシンキリン・・・・いや違うが。あのネ.鼻長い、鼻長い」
「鼻の長いの、天狗やな」
「そやそや。おっさんのシンテング・・・・いやあのネ、動物園、動物園にいてまっしゃろ、動物園。あの、からだ大きい、耳大きい目ェちっちゃアい、あの鼻ブーランブーラン、ブーランブーラン、あのじゃがいもと藁と食うてる」
「そら、象やろ」
「そうそう、そうそう、シンゾウ、シンゾウアッハハ・・・・・・ああ、レンゾー」
「きいてるほうがしんどいわい。それがどないや。そのおっさんの心臓をブツッと。おっさん朱に染ってゴロッとひっくり返った。盗人、ムクムクと起き上って、おっさんの首、ポン落して、米屋のこっちゃ、ネキにあった糠の箱へ、この首放りこんで、シュッと逃げて、いまだに行く方がわからんねん。どや、こんなんきいたか」
「いま、お前にきいたがな」
「きい・・・・ええ? あのネ、按配きいててや。あの、おっさんの首、ボーン落してネ、ネキにあった糠の箱へ、この首放りこんでシュッと逃げて、いまだに行く方がわからんて、どや、こんなんきいたかちゅうねん」
「そやさかい、おまえにいまきいたちゅうてるやないかい」
「きいたらクー・・・・きいたらクー・・・・・・きいたらあかんやないかい。ウヘヘ・・・・・・さいなら」
「何しに来よってん。あいつは」
「あっハハ・・・・この近所みな俺のアホ知ってるさかいあかんわ、あんなもん。はじめから、用心してかかってけつかんねん。こんなんきいたかいうたら、きいた言よる。きいたら、しゃべり損や、わいら。この近所あかんわ。どこぞ遠いとこいったろ。あ、そうや。吉マとこやったら、だいぶ離れとるわ。あいつとこ行ってびっくりさしたろ。このへんから走って行たほうがほんまらしい。ウェー吉マ」
「なんや」
「なんやてあるかい。えらい、えらいこっちゃ。何にも知らんやろ。東の辻、田中屋ちゅう米屋あるやろ」
「ない」
「えらい・・・・えらいことしたなこら。遠いとこまで来過ぎた。あのウ・・・・このへんに米屋ないか」
「米屋探しに来たんかい。裏ンちよに、伊勢屋ちゅうのがあるわ」
「そうそう そうそう、それ、伊勢屋へ盗人が入ったやろ」
「ほんまかい」
「ほんまや。伊勢屋へ盗人が入ってな。ほいで、あんた、抜き身持って入りよった。おっさん目がけて斬ってかかった。むこうのおっさん、手ェ利いてるやろ」
「利いてへん。三年前から中風で寝てるが」
「あのう、むこう、息子いてるやろ」
「息子、いてるいてる」
「よういてくれた。その息子強いやろ」
「今年三つや」
「あのなァ、おい、そこの米屋、誰ぞ強そうな奴いてへんか」
「強そうな奴いうたら、丹波から出て来た態公ちゅうのがいてるわ」
「こいつや、こいつや。こいつが強い。その熊公目がけて、盗人が、パーッと斬ってきた。熊公、ヒラッと体をかわした。盗人、空を斬ってトントントン、流れる利き腕をつかんで、庭へズデンドーン、盗人、仰向けにひっくり返ったとこを、熊公、四ツ這いで這うて行って、盗人に馬乗りになって、縄かけようと思うた。ところが、盗人も、ナーカ、ナーカ、ヌ、カ、リ、ガ、ないと、ざまァみされ、こんどは言えた」
「なにを言うてるねや、お前は」
「いや、それ、ヌカ・・・・それがなかった。それであんた、隠し持った匕首出して、この熊公の心臓をブツーン、熊公、朱に染まってゴローンとひっくり返るやつを、盗人、ムクムクッと起き上って、熊公の首ポーン」
「ほんまかい。よう知らしてくれた。友だちなりゃこそやないかい。おさき、おさき、おさき、出てこい、出てこい、あほんだら。そやさかい、わしがいうてるやろ。熊公が、国から出て来たときに、どこぞ、呉服屋かなんかおとなしいとこへ奉公させちゅうてるのに、お前が米屋がええ、米屋がええて、米屋へ連れて行くさかいに、みてみィ。盗人に殺されてんにゃ、熊公が。よう知らしてくれた。誰も近所いうてくれへんにゃがな。お前だけや、ほなこと知らしてくれたん。実ァ、その熊公ちゅうのはなァ、丹波のおっさんからあずかってる甥や、たった一人の。そんなん殺されて、俺は監督不行届きやがな。いまから警察いてくるさかい、オイ、おさき、おさき!丹波のおっさん、電報打て。それから、堺のおっさんとこ電話かけて、じきに、来てもらうように。すまんけどな、二人とも出歩くさかい、お前、ちょっと留守番頼むで。行てくるさかい」
「待ったァ、待ったァ」
「待ってられへんがな、お前。熊公のドテッ腹へ風穴あいてんねやろ」
「あいた、あいた、あいた。あいたけども、じきにトタンで塞いだ」
「ネズミ穴みたいに言うな。行てくるさかい」
「待ったァ、待ったァー、ウホホホ・・・・行ったらいかん、行ったらいかん。ウァ、えらいことになったぞ。ウソやうそやウソや」
「うそ? 何や」
「ウソや、うそや。いまの、みな嘘や。わい朝から、こんなん言いに歩いてんねん」
「言いに歩いてる? はハァ、こら喜ィ公、われの知恵やないな、誰ぞが行けちィよったんやろ」
「ふん、アミダがイケーいよってん」
(完)

解説

 阿弥陀池は、西区北堀江上通四丁目、蓮山和光寺(浄土宗尼寺)の境内にある池で、信濃・善光寺の如来出現の池とされています。そのために、和光寺そのものよりも、その池のほうが有名になりました。
 この噺は、日露戦争直後に作られたもので、桂文屋という人の作品です。いわば、当時のニュース落語、時事落語ともいうべきものです。
 文屋の作による文屋の演しもので有名になった噺かといえば、そうではありません。文屋の「阿弥陀池」を、初代春団治が作りかえ、大爆笑編に改作しました。これが、“春団治の「阿弥陀池」”ということで、一世を風靡したわけです。そして、二代目・春団治が、これを完成したものに作り上げました。ですから、初代から二代目にわたって完成した噺です。われわれ春団治系列の噺家にとってはお家芸です。
 噺自体は、笑いの多いものですから、演じるほうとしては楽なところもありますが、それだけに、俗にいうドンデンで、同じところのくり返しになりますので、そのテクニックが逆に難しい噺です。おもしろく、かつ、大変難しい噺です。

1978.5.27 露の五郎