ちしゃ医者

 しばらくの間おつきあい願います。ハッタリ屋商売てなこといいまして、いろんなお商売がございますが、いちばんけっこうやなと思いますのは、医者ですな、お医者様。けっこうな商売でごぎいまして、よその娘はんでも嫁はんでも、自由に手ェ握ったり、胸はだけて、お乳ゴチョゴチョゴチョ・・・・てなことがでけるという、まことにけっこうなお商売でございます。それに我々と違いまして、あんまりペコペコしませんな。愛想、愛嬌というものを、あんまりふりまきません。おさまったものでね、「ウム、診たくないのだが、診てやろう」というようなね、そういう態度で商いができる。まことに異色の商売ですね。たいていは愛嬌がいるわけですがね、あれだけは、「診たくないのだが、診てやろう」てな調子で、おさまったもので、
「どうしました、ウン、かげんが悪いの、診てやろう。ああ、裸になんなさい・・・・裸になんなさい・・・・下は脱がなくてもいい・・・・脱いだら穿かなくてもいい。ハイ、エエー、吸って・・・・吐いて。ハイ、吸って・・・・吐いて。ハイ、吸って・・・・吸って・・・・吸って・・・・エエ、そない吸えん・・・・ああ、そう。大丈夫、大丈夫、私に任しておきなさい」
てなことを言うて、おきまってますが、まァ、医者というものは、ああ言われたほうが、こちらとしても、「先生、お願いします」てな気になります。お医者のあんまり愛想のええのは、ぐあい悪いです。
「いらっしゃァい、どうしたんですかァ、風邪引きですか、ご苦労さまです。おかげでこちらが助かります、へへへへ。なんです、ひょっとまちごうて肺灸にでもなったら・・・・そんなアホな、あんた、大層やがな、それぐらいのこと、あんた、なァんでェもォなァい」
この医者、いっべん病院へ連れて行こかしらと思いますが、おさまってるほうがええようですな。ことに外科の先生は、おさまったもんですな。おさまったというより、人間を人間として見んそうです。物体として扱う。でないと、ああいう手術なんかできないでしょうね。とにかく切ったり削ったりするわけですから、いちいち人間としての扱いをしているというと、なかなかああいうことはできません。ですから、人間を物体として扱うそうですね、ああいう先生は。ですから、入ったときから勢いが違います。人間じゃありませんからね、相手は。
「どした、ウーン、腹が痛い・・・・生意気な。ヨシッ、切ったる。横になれッ」
はじめから喧嘩腰です。
「横になれッ。どや、ここ・・・・どや、ここ・・・・ウン、痛い・・・・フンここはどや、ここはどやィ・・・・痛ない・・・・おかしィやないかィ、グゥー、と押さえたらどや、痛い・・・・あたりまえや。・・・・ここはどやここ、ここはどや、ここ痛いか・・・・ここ痛いのか・・・・ヨシッ、切るッ」
「切るんですか」
「切る。切ったほうがええ。あかんならあかんではっきりする」
「エエッ、あかんのんですか」
「あくかあかんか、わからん。切ってみよゥ」
「あのゥ、痛いことありませんやろか」
「痛くないッ。オイ、手術の用意」
患者の言うことを、人間として扱いません。物体として扱う。その処理でもって手術というもんができるんやそうでして、外科の先生がまことに人間味あふれる先生で、嘘も言わん、ハッタリも言わんほんまのことばっかり言うて、一緒になって心配されたり、なかなか手術はでけんそうです。患者のほうが心細うなって
「・・・・先生、どうですやろ」
「ああ、それやがな・・・・フーン・・・・なァ、困ってんねゃ、わしもなァ・・・・えらい体もって来てくれたなァ・・・・」
「・・・・先生・・・・あのゥ・・・・切ったほうがよろしィやろか」
「さ、さ、それが問題やなァ、それがなァ・・・・フーン・・・・。これ、切って必ず治るのならなァ、切ったほうがええけどなァ、よう切りまちがいがあんのでなァ・・・・」
「・・・・先生、痛いことありませんやろか」
「そら痛い、そら痛い。痛いで、そら。そのときはまだええで、麻酔、きかしてるさかいな。晩がなァ・・・・麻酔はきれてくるわ、血はどんどんどんどん流れるわ、痛みは止まらんわ・・・・なァ、オイ、それでも切るかァ」
「やめときます」
だれも切る気にならんのですね、おもしろいもんでございますが。まァま、なんのかんのといいましても、ただいまは医学というものが発達をいたしまして、けっこうな先生がたくさんにございますが昔はもうええかげんな先生があったそうですな。国家試験というものを受けるわけやなし、とにかく、「私は明日から医者になります」と、これでなれたんやそうですからね、ええかげんな先生がたくさんにあったそうですね。寿命医者、手遅れ医者、葛根湯医者。寿命医者というのは、とにかく自分の診ている病人が、よくなくなりますと、「お気の毒でございます。ご寿命でございます」と、これで突っ張ったんやそうですね。寿命やと言われたら、こっちも「そうですか」と言わなしょうがないですね。責任は閻魔さんのほうにあるわけですからね。手遅れ医者は、とにかく病人が担ぎこまれると、「なんでもっとはよ連れてこんのじゃッ、バカッ・・・・手遅れやな」と、手遅れを先ィ言うとくわけです。そうすると、あっちゃこっちゃ触わってて、治ったりなんかすると、「あの先生は手遅れを治してくれはった、えらい先生や」てなもんですし、あかなんだらあかなんだで、「やっぱり手遅れやったんやな」てなもんで、ええ言葉ですな、便利なね。けど、失敗することもあるそうです。
「先生、お願いします」
「なんでもっとはよ連れてこんのじゃ、バカッ・・・・手遅れやなァ」
「先生、これ、いま二階から落ちたとこです、これ。すぐ連れて来たんですけど、これで手遅れやったら、いつ連れて来たらよろしィんです」
「落ちる前なら・・・・」
葛根湯医者というのは、なんでもかんでも葛根湯を飲ましたそうですね。漢方薬やそうですがね。風邪薬やそうですね、葛根湯。なんでもかんでも葛根湯ですましたそうですな。
「お次の方、どうぞ。どうしたんですか」
「先生、頭が痛いんです」
「いけませんな、葛根湯を飲みなさい。お次の方、どうぞ。どうしたんですか」
「先生、私、お腹が痛いんです」
「いけませんな、葛根湯を飲みなさい。次の方、どうぞ。あなたは」
「私、あの男の連れなんです」
「いけませんな、お退屈でしょう、葛根湯を飲みなさい」

八つ過ぎと申しますから、ただいまで申しますと、午前二時でございますな。表の戸を、ドンドンドンドン叩いている人がある。
「エエ、ちょっとお開けを・・・・エエ、ちょっとお開けを・・・・、赤壁周庵先生のお宅は、こちらですかいな、エエ、ちょっとお開けを・・・・、赤壁周庵先生のお宅は、こちらですかいな」
「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ。ああ、周庵先生はうちの先生じゃが、なんじゃ」
「エエ、私、この先の在所の者でおますけども、お上に急に変がまいりましたんで、ひとつ先生にお見舞願いたいと思いまして、赤壁周庵先生のお宅は・・・・」
「ハ、ハイ、ハイ、ハイ、周庵先生のお宅はこちらじゃがな、ハァハァ・・・・エッ・・・・ハァ、お上に、変がきて、診てもらいたい、うちの先生に・・・・ハァ・・・・そら、なにかい、治さんならん病人かェ・・・・それやったら、よそへ行きなはれ、よそへ。イヤ、うちの先生、そんなんよう治さんで・・・・イヤイヤ、冗談じゃない、冗談じゃない、ほんまじゃで、ハァ。イヤイヤ、医者の恰好はしてるがな、恰好はしてるが、よう治さんで、、ハァ・・・・イヤイヤ、ほんまじゃちゅうのじゃ。ほっといたら治るやわからん病人でも、うちの先生が触わったがために、目茶苦茶になったことが、ようあんねン。そやさかいに、またそういうことを聞くと、すぐに触わりたがるのじゃ、うちの先生は。そういうことは、あんまり耳に入れんように。コレ・・・・聞こえたァんのか、コレ・・・・、ほんまに、冗談じゃありゃせんで、はやいこと帰んなはれ。はやいこと、よそ行かな、ひょっとうちの先生が目ェ覚ましたら、どないすんねン」
表で大きな声で、ワァワァ、ワァワァ言うてますと、出てまいりましたのがこの家の先生、赤壁周庵先生。医者というものはおさまりかえったもんで、咳払いひとつすんのんでも、我々みたいに「オホン」てなこと、いいませんな。一トン爆弾みたいな声を出して、
「ダッフゥーン、ダッフゥーン・・・・ああ、久助、どうしたんじゃ」
「アッハハハハハ、起きてきた、人殺し」
「だれが人殺しじゃい。・・・・ああ、城下からお使いの方とみえる。急病人と相みえるな。ああ、すぐに行てやろう。わしが行たら、すぐに治してやるで」
「ハッハッ、棺桶の中へ」
「なにを吐かす。ああ、表を開けて、入れてやんなはれ」
「わかってまんがな、ほんまに・・・・しかし、ほんまに、もう、親切に言うてやったんが、聞こえへんのか、ほんまに、大きな声で言うてやったのに、命冥加のないんやで、ほんまに・・・・、こっちィはいんなはれ」
「こんばんわ、先生は・・・・」
「ハイ、私が」
「アア、先生、イヤイヤ、なんでんねン、わたい、表で言うてましてん、ヘェ、むこの在所の者でんねんけど、お上に急に変がきましたんで、ひとつお見舞を願いたいと思いまして、ヘェ。イヤイヤ、かかりつけの医者が、あることはありまんねんけど、ちょっと遠いでんねン、ヘェ。で、この際、へたでもかまわん、近いほうがよかろ、言うてね、イエイエ、なんでんねン、イエ、こちらの先生、ヘェ、あの、恰好が立派や、言うてね、ヘェ、ほんでね、病人もほんあかん病人でんねン、ヘェ。どっちゃみちあかんと思いまんねんけども、とりあえず、まァ、世間体もあるし、医者の恰好したもん、枕元へ並べといたら、おもしろかろ、言うてね、ヘェ。ほいで、また、ヤブにも効能ちュうこともあるし、ひょっと治ったら、これもまたおもしろかろ、言うて、どっちゃへまわってもおもしろかろ、言うて、そいで、ヘェ、先生、かねがねおかしな先生いうこと、みんな噂してまんねんけど、この際、そのほうがかえっておもしろかろ、言うて、そういうわけですので、どうぞヤブ先生にと足労が願いたい」
「・・・・ようあれだけボロクソに言いやがんな・・・・。イヤイヤ、田舎のお方は、言葉使いがぞんざいじゃ。ああ、すぐに行てあげますでしばらくお待ちを。・・・・ああ、久助、久助、こっちィこんか、何をゲラゲラ笑とォんねン。行てやらなければいけん。なんじゃ、駕籠を用意せェ、駕籠を。だいぶにご大家らしい、駕籠を用意せェ、駕籠を」
「エヘッ、駕籠て、どの駕籠でんねン」
「イヤァ、あの駕籠じゃがな、うちにある、天井裏に吊ったァる」
「先生、あれ、あきまへん、去年の梅雨に底が抜けてまっせ」
「底、抜けたか、かめへん、そこへさして、割木五、六木渡しとけ。その上へ止まっていこ」
「先生、あんた、割り木の上へ止まっていきなはんの、ハッハッハッハッ、雀医者」
「いらんことを言うな。・・・・ほて、なんじゃ、郡内の布団を二十ほどな・・・・エ、そんなんあれへんけども、あれへんけども、表へ聞こえるように言うてんねン、大布団を四つ折りにして・・・・ハァハァ・・・・。ああ、棒の者、ああ、棒の者」
「あんた一人で、なにいちびってなはんねン、棒の者て」
「イヤ、駕籠担きを呼んどるんじゃ」
「駕籠担き、先生、やるもんやらんさかい、とうに逃げて帰りましたがな」
「わかってる、大きな声出すな、表に聞こえるように言うてんねン。・・・・エエ・・・・ハァ・・・・ナニ・・・・フーン・・・・駕籠担きが二人とも、なんじゃて、二階で風邪引いて寝てる・・・・そらいかんな、医者の家で、風邪引いて寝てるやなんて・・・・、わしにちょっと言わんかィ、すぐに薬を盛ってやるで」
「命が惜しけりゃ、まぁ飲まん」
「いらんことを言うな。・・・・ああ、どうもお待ちとうさんで。イヤいまも奥で言うてたん、聞こえたじゃろ、駕籠担きが二人ながら、風邪引いて寝てるでな、ああ、かわりの者、呼びにやってもええが夜が更けてるでそうもならんねン。後棒はうちの久助に担がせますで、お前さん、先棒をな、担げてもらいたい」
「アレェ、エエッ、先生、わたい、駕籠を担きまんのんでっか、担いたことおまへんねン」
「担いたことがあってもなかっても、担いてもらわんことには、お上の苦痛を助けることはでけん」
「アハッ、さよか、わて、担かしてもらわんこともおまへんけど、へ、へたでっせ、担いだことおまへんので。担かしてもらいますけどね。ほな、久助さん、あんた、後棒いてくれなはるか、わたい、先棒いきまっさ。・・・・わたい、担いたことおまへんから、へたでっせ、じょ、じょうずやおまへんで。・・・・ウントサァ、重たいもんやなァ、こらァ。ほな、ボ、ボチボチ、ボチボチ行きまっせェ。イョーットサ、ヨーイサ、ヨイショ、コラサ、ドッコイサ、ヨーイトサヨイショ、コラサ、ドッコイショ、コーラョッと」
「ちょっと、待ったァ待ったァ、コレ。なんでこない駕籠がぐらつくねン、こんなことしてたら、むこつくまでに、わいが患いつくでわいが患うてしまうで、こんな夜更けに、患うたちゅうて、診てくれる医者、ありゃァせんで、これ。自分で患うて、自分で診んなんちュうの、イヤやで、そんなん。ちょっと、ま、待ってくれちュねン。コレ、お使いの衆、お前さん、なんとかなってやせんかい、駕籠がグラグラぐらつくねゃが」
「ハッ、ハハハハ、先生、えらいすんまへん、あわてて出て来たもんやさかい、下駄と草履片ちんばに履いて」
「そんなアホなこと、もう冗談堪忍してくれ、ほんまに。片っぽ脱いどくれ、片っぽ、じんわり行きなはれ、じんわり」
「イョーットショと、行きなはれや、ヨットサ」
「ヨイヨイ」
「ヨット・・・・」
「ちょっ、待った待った待ったァ、さいぜんよりブレが、ブレが、ひどなってるがな、これ、どっち脱いだんじゃ、エエ、草履脱いだ・・・・、そんな、もう、ほんまに冗談やめてくれ、お前」
三人の者が、ワァワァワァいいながらやってまいりますというと、むこうからやってまいりましたのが、やっぱり三人連れで、中の一人は提灯を持ちよって、
「ヨォ、芳さん、どこ行ったんじゃ、芳さん」
「芳さん、医者連れに行たんやがな」
「連れに行たて、いまさら医者連れて帰ってどうするんじゃ、お上とうに死にはったんやないかィ」
「死にはったかて、芳さん、呼びに行た」
「呼びに行たて、あんな頼ンないやつに呼びに行かさいでもええねんがな、ほんまに。だれぞ走ってやりゃァええのに。この暗い・・・・アア、ちょっとむこう見てみィ、なんじゃ駕籠を担げて、ヨタヨタヨタヨタしとんのン、芳さんと違うか、あれ」
「アア、芳さんや。オーイ、芳さん」
「ヨオ、ご苦労はん」
「ご苦労はんやないがな、何をしてんねン」
「やっと医者連れて戻ってン」
「戻ったかて、あかんあかん。お上、もう死んだはんねんがな。あかんあかん、もう死なはってん、死なはってん。ほいで、親戚に知らしに行くねン、一緒に行こ、一緒に行こ」
「一緒に行こて、医者はどうしょう、先生」
「そんなもん、どうせしょうもない医者やろ、ほっとけほっとけ、そのへんへ。一緒に行こ」
「そうか、それもそやな。ほたら、久助さん、そんな都合でっさかい、わたい、一緒に親戚行きまっさかい、先生、持って帰ってやんなはれ、頼ンまっさ。ほんで、礼は明日でも持って行きまっさかいな。イョートッショ、さいなら、ごめん」
「コレコレ、コレ、コレ、行たらいかん、コレ・・・・四人ながら行てしまたがな。なにをすんねやな、ほんまにもう、この暗闇へ、ポイと駕籠ほり出してからに、ほんまに。・・・・ああ、ええ星さんやなァ・・・・。しかし、拍子の悪い先生やで、うちの先生は、ほんまに。暗闇へ、ポイと駕籠ほり出されて。なんにもきょうらみたいな日に、駕籠持ってこんでもええねやがな、ええかっこしょうと思て、駕籠持ってきてからに、ほんまに。底が抜けたァるさかい、割り木が五、六本も渡してあるさかい、よけ重たなったァんねンがな、ほんまにこんなん持って帰らんならん、拍子の悪い先生やで、ほんまに。・・・・中で鼾かいてるわ、のん気な先生やで、ほんまに。拍子の悪い先生や、うちの先生は、なァ、考えてみたら、別に、人にボロクソに言われるほど、人殺しやの、ヤブやの、いわれるほど、そないへたやない。もっともじょうずでもないけども、そないへたやないねけども、はじめにかかった病人が悪かった、なァ、医者五、六人ももってまわって、どことも手ェはなした病人担ぎこまれて、先生お願いします、ああ、ヨシヨシ診てやろう、エエ、そこのお嬢さんが、『お父っファんの病気、なんとか治して、やっとくなはれ』、うちの先生が診たかて、あかんちュうことはわかったァたんやけど、うちの先生、人間がええもんやさかい、お嬢さんが、『お父っファんの病気、なんとか助けて、やっとくなはれ』と、涙ボロボロ流したり、あかんとも言えず、『オオ、オオ、なんとか』ちュてなこと、言うさかいに。なんとかなる病人やあらへんがな、とうとう病人、死んでしもた。お嬢さん、いっぺんウワァと喜んだもんやさかい、頭に血がカァッとのぼってしもて、アア、この先生が殺さはってん、この先生が人殺しや、人殺しの先生や・・・・、なんにもうちの先生が殺したんやあれへん、病人がかってに死んだんやけども、お嬢さん、頭にカァッと血がのぼったもんやさかい、人殺しの先生や。その噂がウワァッと広まってしもた。とうとううちの先生、人殺し当選してしもた。医者というものは、半分以上は神経でもったァんねで、ハァ。この先生は、何人もの病人治してきはった、けっこうな先生やと、思て飲みゃこそ、薬も効くねんけど、この先生はあかん先生や、ヤブ医者や、ヘボ医者や、人殺しや、てなこと思て飲んだかて、よう効く薬かて、効きゃせんわ。だんだんだんだん病人はこんようになるわ、エエ、払うもん払わんもんやさかい、駕籠屋は逃げてしまうわ。うちの先生、貧乏な人からは、ちょっともお金とらんねんけども、むこもええようにとらんわ、あれだけ効かん薬なら、薬代はとりようがないとか、薬代もようとらんような薬、効くはずがないとか、どっちになってもてれしてれこで、拍子の悪い先生やで、ほんまにもう。そのうちに、とうとう奥さんも、逃げて行ってしまいはったがな。うちの先生、こたえへんな、そういうことな、ハァ。奥やみな、おりゃァおったでええし、おりゃァにやァ、おりゃないでよい、ちュうなこと言うて、こたえんわ、うちの先生、幸せな先生やで。それからというものは、掃除、洗濯針仕事、みんなわいがしてんねんけど、わいがすんのはええねんけど、それぐらいのことはなんとか辛抱すんねんけど、このごろ、チョイチョイ、夜中に、私のお尻、目がけて、走ってきはんねン、この先生、あれだけはやめてもらいたい、あれだけな。私も逃げて帰ったらええ、てなもんやけど、ウマが合うねんな。この先生、わい好っきゃ、この先生。安心するわ、この先生の側にいてると。何が起こっても、こたえへんだけ嬉しい。あわてんわ、この先生。わいこの先生、好っきゃ。生涯、側にいてよ。ええ先生やで。よう寝てるわ、ボチボチ起こしにかかろ。・・・・先生、起きなはらんか、コレヤブさん、雀さん、人殺し、起きなはれ」
「アッアッアアー、ああ、久助、もう先方さんのお宅かェ」
「先生、なにいちびってなはんねン、先方さんのお宅かえて。もう先方の病人、とうに死にましたんやで」
「なんでェ死んだんじゃ」
「知らんがな、なんで死んだて。ま、むこうん病人が、思いよったんでっしゃろかいな、しょうもない医者にかかって死ぬより、先イ手回しよう死んどけてなもんで」
「そんなことあるじゃろか・・・・。ほな、むこう行っても、しゃァないのじゃないか。ほな駕籠、戻せ、戻せ」
「戻せ言うたかて、戻せまへんのやがな」
「どうしてじゃ」
「どうしてて、あんな、親戚に知らせに行くちュうて一緒に行ってしまいましたがな。ほんまに、きょうら駕籠もってこんでもええのに」
「どうするのじゃ」
「どうするもこうするも、しょうがおまへんがな、先生、あんた出て担きなはれ」
「ジャラジャラした、そんな・・・・、医者が駕籠担くやなんて・・・・」
「そないせな、しょうがおまへんがな、あんた。この駕籠かて、つぶれたァるけど、駕籠の恰好したァんねや、な、またなんぞのとき役に立ってなもんや、エエ。駕籠の格好したもんに、医者の恰好した先生が乗ったら、ちょうどつろくがとれたァんねン。出なはれ、出なはれ」
「そないボロクソに・・・・」
「なんでもかめへん、出なはれッ、ほんまにもう」
「ボロクソに言いよんなァ、ほんまに。持って帰らなしゃァないなァ。・・・・これ、わしはじょうずやないで、へた、へたじゃで、わしは。いっぺん担いてみようか・・・・ヨーイトショと・・・・久助、なんじゃな、さいぜんの人は、なんじゃ重たいちュうてたが、わりあい軽いな」
「・・・・あんた、アホか、あんたは・・・・。あんたが出てんねんがな、あんたが」
「なァるほど」
「なにを言うてなはんねン、ボチボチ行きなはれッ」
「ボチボチ行こか。ヨッサ、ヨイトサ、ヨッサのヨイヨイ・・・・ハッハッハッハッ、駕籠担くて、わりあいおもしろいもんじゃなァ。明日から医者やめて、駕籠担きになろかしら。こらおもしろいな。・・・・しかし、なんじゃなァ、隣近所の者が見たら、笑いよるやろな、久助、はやいこと去なないかんなァ、おもしろいもんじゃ、しかし。・・・・ああ、久助、えらいもんじゃなァ、東の空が、じィんわり白いできたがな」
のん気な先生もあったもんで、ごじゃごじゃ、ごじゃこじゃ言いながらやってまいりますというと、お百姓、お百姓というもんは、まことに朝の早いもんで、ご近所までおシッコをあけに来てなはったんで、
「イヤッ、先生」
「オオ、お肥汲屋さんかィ」
「お肥汲屋さんかィやおまへんがな、あんた、やっばり先生でしたんかいな。イーエ、わたい、さっきから立ってましてね、見てたんでんねン、ヘェ、上品な駕籠屋が来るなと思て、見てましたんでんねン、ヘェ。紋付きの羽織着て、袴穿いて、こーら上品な駕籠屋やな思て、ひょっとして、駕籠屋同士の婚礼でもあんのかしらと思て見てましたんやが、やっぱり先生でしたんかいな、なにをしてなはんねン、先生、いちびって」
「いちびって、ちュうわけゃないがな、ここまで来たら、先方の病人が死んだちュうて、駕籠ほっといて行きよったんじゃ。久助一人で担かりゃせんがな、しゃァないさかい、わしが担いてる、てなこってな」
「そんなジャラジャラしたこと、言いなはんな、先生が、そんなもん、駕籠担いたりして隣近所のもんが見たら、笑いよりまっせ。大事、大事おまへん、大事おまへん、イヤァ、わたいがなんとか、なんとかしたげまひょ、そこへいっぺん、駕籠おろしなはれ。エエ・・・・桶も持ってまっけど、桶も持ってまっけど、なんとかしたげます、先生。先生が駕籠担くゃなんて、そんなジャラジャラしたこと、ほんまに。いっぺん駕籠へ乗んなはれ、駕籠へ乗んなはれ、わたいがなんとかしま。ずっと、なるべく奥へ、なるべく奥・・・・ずうっと、ずうっと入って入って・・・・、ほんで、足、こう二つに割って・・・・よろしィか、エエ。イエイエ、イーエ、駕籠担くか桶担くか、両方できせへんのや。イヤイヤ、片っぼの桶は空ですけどね、片っぽ、これ、七、八分入ってまんねン、これ。・・・・これね、先生、足と足の間へ、こういわさしてもうて・・・・」
「なにをすんのじゃい、これ・・・・。ほな、わしは、お肥汲と合乗りかエ」
「そんなおかしな、お肥汲と合乗りてなこと言わんと、なんなとせなしょうがおまへんが。イヤ、戸ォ閉めといたら大事おまへん、戸ォ閉めといたら大事おまへん。・・・・この、空のやつは、前へ、こうくくりつけといて、なァ、柄は、こういうふうに、帯の間へはさんどいて・・・・、これで大丈夫だ、これで大丈夫だ。行きまっさかいな、ボチボチ行きまっさかいな・・・・イョートサッと」・・・・チャポン
「ウワァー、お肥汲屋さァん、お肥汲屋さァん」
「大事おまへん、大事おまへん、ボチボチ行きまっさかい、ボチボチ行きまっさかい。行きまっせ、ヨッサ、ヨイトサ、ヨノサのヨイョィ、ヨッサと、ヨイショと・・・・。ちょっと、ちょっと、久助はん、ちょっとおろしねェ、ちょっとおろしねェ、ここでもう一杯、小便あけに行くさかい」
「ちょ、ちょっと、そんなね、そんなアホなことせんと、早いこと連れて帰ったんなはれな。先生、中で半分泣きかかってまんねやないか」
「大丈夫、大丈夫。イーエ、先刻から、なんじゃ、グゥグゥクゥグゥ鼾の声が聞こえたァる。先生、寝たはるらしい。チャポン、チャポンいうてたけど、寝てるらしい。大丈夫。もう一杯だけ汲んできまっさかい、ちょっと待ってとくなはれや」
お百姓が、桶を担いで中へ入っていこうと思いますと、出てまいりましたのが、ここのおばぁさんで、
「お肥汲屋さんかェ」
「ああ、おばァん、ちょっとあけるで」
「ああ、おおきに、はばかりさん。そりゃかまゃせんがな、ご近所には、菜ゃ大根持って来て、うちには何も持って来てくれやせんがきょうは何を持って来たんじゃ」
「エエ・・・・ああ、路地口の駕籠かいな、ありゃいしゃやがな」
「あ、そしたら、それ、ちょっと置いて行ってくれんか」
「なにがいな」
「イヤ、そのちしゃを」
「ちしゃやないがな、いしゃやがな」
と、お百姓も味善う言うてゃりゃァよかったんですが、「いしゃがな」ちュうなり、中へ入ってしもたんで、おばあさん、「いしゃ」ちュうのと「ちしゃ」を聞きまちごうて、ちしゃ菜、日本レタスやそうですがね、晩のおかずにでもしょうというので、笊を持って来て、「ちしゃはどこかいな」と、出てまいりましたが、夜の引き明け、薄暗い。そこへもってきて、おばぁさん、目が疎い。「ちしゃ菜はどこに入ったァんのかいな」と、駕籠の戸ォ開けて、中へ手を突っ込んだんですが、いまも申しましたように、お肥汲桶が入ってます。これへペチャペチャペェチャ、先生の顔を二、三べん、シュシュシューッ。先生もたまったもんゃない。ダーンと足を突き出しますというと、拍子の悪い。これがおばぁさんの胸板、ドーンと蹴った。おばぁさん、ウ、ウーム。これ聞いて、飛んで来ましたのが、ここの息子で、
「コレ、おばァん、どないしたんじゃ」
「兄かいな、駕籠の中に乗っとるやつが、わしの胸板、ボーンと蹴りよったで、息が弾んでものが言えん・・・・」
「なにィッ、おばァんを足蹴にしたやつは、どのガキやッ、このガキやッ、このガキやッ」
「痛い痛い、なにをしゃんす」
「しゃんす・・・・、なにがしゃんすじゃ、ほんまに・・・・。そこの若いの、なにゲラゲラ笑てんねや」
「拍ゥ子の悪い先生や、またボンボンボンボンどつかれて。兄さん、兄さん、おこんなはんな、先生の足にかかったさかい、運がよろしい。うちの先生の手にかかったら、命があぶない」
(完)