鋳掛屋

ええ、ようこそのお運び、厚くお礼申し上げておきます。相も変りません、馬鹿馬鹿しいおあそびをば一席、聞いていただきまして失礼をさしていただきます。
ええ、子供のお遊びをば一席、聞いていただきますが、子供もこの頃、昔と、ただ今とは、えらい変りまして、昔は、もう、我々、このう、話しの中にひっぱり出すような子供は、沢山といましたが、ただいま、もう話の中に、ひっぱり出すような子供は、少けのうございます。というのは、昔は、世の中が、おだやかですから、子供も穏やかあに育ちます。まあ、親が少々違ごうたこと、言うておりましても、フンフンと、よく言うことを聞いております。ただいまもう、学校で、この、教育をばいたしますから、まァ、頭が進んでおります。まあ、親がちょっとでも、違ごうたこと言うと、すぐに、理屈を言います。まあ、日が暮れて、寝さすのでも、そのとうりで、まあ、昔の子供は、おとなしい寝ました。
「坊、はよ寝えよ」
「お父さん、坊、眠むとうないが」
「そうかてお前、日が暮れたら、寝ないかん。さあ、はよ寝よはよ寝よ」
「そうかてお父さん、坊、眠とうないがな」
「そしたら、お父さんがなあ、添乳に、このう、話をして聞かしたげよか」
「で、どんなお話や」
「昔むかし、その昔、お爺さんとお婆さんがあってなあ、お爺さん、山へ芝かりに、お婆さん川で洗濯してると、大きな、このう、桃が、流れて来たん」
「で、その桃、坊がもらうのんか」
「いや、いや、最初流れて来たのは、お父さん、二つめお母さん、三つめ、坊が、貰うねんど」
「ウーウ」
おとなしい、寝ておりました。ああ、子供というものは、罪がないなあと言うてましたんは、こらまあ、五十年ほど前のことでございますけど、ただいまの子供はもうなかなか、これぐらいのことで寝まへんでェ。
「坊、はよ寝えよ」
「なんでや」
「なんでやてお前、不思議そうに言うな、阿呆。日が暮れたら寝んのは、あたりまえじゃい。はよ寝よ、ねよ」
「ほな、はよ寝よねよて、寝られんもん寝えて、そら君」
「ほんまに、親、友達みたいに思てるなあ、お前は。はよう寝え」
「はよう寝えて、へっ、そんなものごと圧制的に、いかんでえ」
「ほんまに、親が子供寝かすのに、圧制言うやつがあるか。アホ。はよう寝ェ」
「フム、叱られると、目が冴えて寝られんがな」
「うるさいガキやな、このガキャもう。ほんだら、お父さんがなあ、添乳に、このう、話しをして聞かしたげよか」
「ほっほ、そら、賛成」
「お前、どこでそんな、憎たらしい、ものの言い方ならうねん。子供は子供らしく、可愛らしく、『聞かしとくんなはれ』言え」
「フッフ ほんなあ、まあ、いっぺんやってみ」
「ほんまに、親噺家みたいに思てるなァ、お前は。『聞かしとくんなはれ』言え」
「ほんな、あの、どんな話や」
「昔、昔、その昔じゃ」
「古いこっちゃなあ」
「まあまあ、そらそうや。昔、昔やさかいに、これは、古いこっちゃ」
「ほんなら、あのう、年号は何年頃や」
「いや、あの、そ、そんなもん、どうでもええ」
「どうでもええて、人に尋ねられたら答弁がでけん。そやろ、年号、何年ごろや」
「もう、その、ね、ね年号もなんにもない時分や、それは」
「ほう、古いこっちゃなァ、そらあ、で、それからどうなってん」
「お爺さんと、お婆さんがあってなあ」
「へっ、お爺さん、いくつや」
「も、そんなもん、どうでもええやないか、お前は」
「そうかて、やっぱり、物事はついでや、そやろ、お爺さんいくつやえ」
「も、もう、そのう年もなんにもない時分じゃい、それは」
「わあ、古いこっちゃなあ、それは、人間に年のない時分てあったんやなあ、お父さん。で、それから、どうなってん」
「お爺さんが、山へ芝刈りにや」
「ふっふ、どこの山や」
「もう、ええっちゅな、アホやな。うるさいなあ、お前は。お前みたいに、そな、いちいち、尋ねたら、寝る間があるかァ、阿呆。おとなしい聞いてたらねられるわ。ええか。お婆さんが、川で洗濯してると、大きな、この、桃が流れてきた」
「フッフ、その手はくわんど」
「そっ、そら、なにをぬかすんじゃお前は、親に話しさしといて、お前、『その手はくわんど』は、どうやえ」
「え、そやない、最初流れてきたんは、お父さん、二つ目お母さん、三つめ、僕貰うっちゅうねやろ。そらな、それほど、親は大切にせえよという、そら、教育的お伽噺やで、お父さん、なあ。ここに、こんな話しかってあるやろ。『蟹どん蟹どん、どこいきゃる、猿の島へ仇討ち』これかてそうやで、親たるものが、非命の死をとげたら、子たるものは、仇を討たんならん、こら、教育的お伽噺やで、お父さん、なあ、お父さん、お父さん」
「ゴァー」(いびき)
「お父さん」
「ゴァームー」(いびき)
「ああ、もうお父さん寝たんか、ハッハ、あーあ、今の親は、罪がないなァ」
そら、もう、どっちがどっちや、分らしまへん、こらなァ。これだけ、このう、世の中、変ってまいります。また、このう、我々と、あんさん方と、違うというのは、あんさん方のほうは、手の多いところに、子供がすけない。我々の方は、手のすけない所に、子供が多い。金持ちには子供がすけのうて、貧乏人に子供が多い。『貧乏子沢山』とか申しますが、まさか、そんなことは、ござりますまい。しかしまァ、一方、考えてみると、ま、そうかもわかりませんなァ。あんさん方のほうは、お金が沢山あるところに、暇がある。暇があるさかいに、ついこの、表に遊びに出なはる。足の向く方はと申しますと、この色里、まァ、大阪で申しますと、北の新地に可愛いのんがあって、新町に好きなんがあって、堀江にええ仲があって、南にふかァい仲があるてなもんで。ほで、こっちに公然と、こう二号さんが囲たる。こっちにまた、こう、内緒で囲たる。表出ると、もうぐるり八方、おなごの人に、とりまかれてます。せやさかいに、うちの本妻には、子供がすけない。そら、当り前ですわな。で、たまに、子供ができてみなはれ。もう、これが男の子、跡取りとなると、もう、血筋待望ですな。一人の子供に、乳ん婆、抱乳婆、子守、女子衆、なんじゃもう、よったり、五人もかかってます。あるさかいというて、いっぺんに着物は八枚も十枚も着せるもんやさかいに、もう、着物のなかに、あんた、赤ん坊が埋んだる。これな、これ、やっぱり、おむつしかえる時には、この、前を開けます。普段包みすぎたるさかいに、もう、皮膚が弱い、前開けるとたんに、すぐに、くっしゃみしよる。
「おらおらそう、ほうら、くっしゃみでた、そう、ほんまにもう、ほんまにお前らには、もう、子供をまかしとかれへんねやなあ。医者を呼びなはれ、医者を。ええ、いえ、電話をかけなはれっちゅな、電話を。ほんまにもう。肺炎でもおこしたらどないなもん・・・・、ええ? なに? まだ朝から、屁ェこかんか。そらいかんわ。いっぺん薬飲ましてみィ」
なんじゃもう、屁こかんいうては薬飲まし、くっしゃみしたいうてはもう医者を呼び、医者や、薬や、守、女子衆でもう、一人の子供、もて遊びにするもんやさかい、もう、金持ちの子供にかぎって、しなびて、ちィこうなりやがって、
「ヒーン」
ぬかしてけつかる。その点、我々の方は、達者でんなァ。ほんでまた、子供は、ぎょうさんでけるわけや。遊びに行くも暇がない。暇があっても金がない。外へ出るっちゅう間がないわ。ほんで、うちにいてて、あんた、一人のカカを、守ってんねんさかい、そら、でけるでける。そらもう、そらもう、いやっちゅうほどでけますわな。たいがいのうちは、あんた、ひとダースぐらいおまっせ。多い家なってみなはれ。あとの半ダースにかかってます。
「ええ、なにい、武やんとこ、子供がでけた? 男の子。結構やなあ。ええ、なに? またあしたもかえ。毎日産んでけつかる」
ほうらもう、一人の母親が、もう、一ダースほどの子供育てま。ほら、なかなか、手がいきとどきまへん。上り口からもう子供がころこんで落ちて、もう、ギャアギャア泣いてても、母親、それ見ていて、この拾おてやろともしまへんわ。拾たかわり、こっち二つ三つ、ころこんで落ちとるが、ほら、放っとかなしょがない。しかし、まァ、放っといても心配おまへん。捨て育ち、達者ですなァ。達ァッ者、達者。こんなもん。あんた、ぶち殺したって死ねしまへん。これな、そのかわりに、二つとええことないわ。ご飯でも食べててみなはれ。もう、そこら、ゴソゴソゴソゴソ這いよるし、もう、お膳持ってつたえ歩きしよる。お櫃の中のご飯は手でつかんで食べよる。よそたァるおかずは、手でつかんで食べよる。口から出して、おひつの中へ入れよる。それでも、もう、母親知らん顔や。へ。お膳持ったなり、ジインワリ、あんた、おひつの中、入ってけつかる。これな、ほなまた、うっかりしててみなはれ。おひつの中で、立ったなり、チャーチャー、小便してけつかんねん。それでも、なかなか、ここらの母親は驚きまへんわ。ほで、また、ズボラなもんや。そのご飯よそォて、茶漬けで食べとゥる。
これ、ほうら、ほんまに、こんなことで、子供の教育はでけしまへん。そらな、けどまあ、さて教育となると、まあ親には、重大な責任がございますから、あんさん方のほうは、昼間、学校へお上げあそばす。相当な教育なさいます。帰って来ては、家庭の教育、あるうちは、家庭教師呼んで教育なさいますから、十分に、このいきとどきます。けど、我々のほうは、なかなかそうは行きまへん。昼間、おんなじように、学校で教育してもらうけども、帰ってくると、あんた、おやじが、あぐらかいて、飯食うてるさかい、子供もおんなじように、あぐらかいて、飯食てま。
「おい、こりゃ、こらこら、そこへ、ちゃんと座れ。ちゃんと座れっちゅうねんや」
「そうかってなあ、お父っつあんかて、あぐらかいてるがな」
「お父っつァんなったら、かまへんわ、阿呆。子供が、あぐらかいて飯食うててみ。人が来たら笑うがな。ちゃんと座れ」
「へっへ、きのう、お母ンかて、あぐらかいて、飯食てた」
母親が、あんた、あぐらかいて、飯食とんねや。ほんなもん、子供の教育でけしまへん。ほんでまた、こんなことして育った子供が、ぎょうさん寄ってみなはれ。そら、ほんまにもう、大人もそこのけ。そらもう、仕事もなんにもさしよらんさかい。
「ほおーい、七ちゃん、梅やん、竹やん、松ちゃん、ほい、皆来い。皆来い皆来い、皆来い。いや、向うの、鋳掛屋のおっさん、仕事しとるやろ。向う行って遊べや、向う行って。なに言うてんねんなあ、お前。わいがいてたら大丈夫や。イ、イ、行こ行こ。皆おいで、皆おいで」
「鋳掛屋のおったーん」
「ほうら、来やがった。ほんまに、ここらの小倅は、ほんまもう、どいつもこいつも、ほんまに、悪い奴ばっかり揃てけつかんねんさかいなあ、ほんまに。このガキら、迂闊にモノ言うたら、仕事も、なあーんにも、さしやがらへんねんさかいに、ほんまにもう。おい、こらこら、こら、そっち行け、そっち行け、そっち行けっちゅうのや、うるさいなあ、もう。おっさんなあ、きょうは、お前らに相手なってられへんねん。ええか、仕事が、ぎょうさんつかえたある。向う行き、向う行きっちゅうね、うるさいなあ。ああ、こらこら、こら、おい、そこの小さいの、お前や、そ、そこへ座ったらいかん。いや、そこへ座ったらいかんちゅうねん。ほんまに、ド憎たらしいな、このガキゃ、ほんまにもう。そこへ座ったらいかん言うたら、ニタアッて笑ろて座りやがんねん、阿呆。おーい、座んねんやったら、前のボタン掛け。かいらしいの首出してるわ、阿呆やなあ。はっはっはっはっはっ、あっち行け、あっち行け」
「おっさん、あんたえらい、ご精が出まんなァ」
「チェッ、悪い奴いてへんて、後ろへまわってけつかる。あほんだら、えらい、ご精が出ますなあて、お前、精出さな、どんならんやないけい」
「そら、そうでござりまんなァ、おったん。この世の中なァ、働らいた上にも働らかなんこんにちでござりまっけどなあ。なんぼ、働らかんなん言うたかって、体が弱かったら、働らかれしまへんがなァ、おったん。それで、おったんら体がお達者やさかい、結構でござりまんなァ、おったん」
「よう喋るなあ、お前は、ほんまにもう。一こと言うたら、あれで、ひっかかってきやがんねんさかい、ほんまにもう。ほんまに、このガキら迂瀾にモノ言えんなァ、こら」
「おっさん、おっさん、あんた、そこで、火、ブーブーやってるが、そら、どういう目的や」
「どういう目的? 大層にぬかすなあ、このガキは、ほんまにもう。どういう目的て、お前、ただただ金を湯に沸かしてんのじゃ」
「ただただ、金、湯に沸かしてるて、おっさんとこは、造幣局やおますまい」
「そ、ぎょうさんそうにぬかすな、あほんだら。造幣局やなかったら、お前、金、湯に沸されんかい」
「そらそやなあ、おったん」
「ふっ、小さい柄しやがって、フッ、人の話、横手から『そらそやな』って、なにが、そらそや」
「おったん、造幣局やなかったら金、湯に沸かされん、ほなことあらへんな、おったん。造船所かて、金、湯に沸ってるがなあ、おったん。鉄工所かて、金、湯に沸ってるがなあ、おったん。鋳物屋かて、金、湯に沸ってるがな、おったん。ほた、おったんとこ、それ、造船所のほうか」
「ほうら、ジイワリなぶってけっかるあほんだら。こんな小さな、造船所があるか、お前は。ほうら、あっち行け、あっち、あっち、あっち行け。あっちいけっちゅうな、あっちィー」
「あ、あ、あの、あのおった、おった・・・・おったん、おったあ、ああ」
「ちょっと、ちょっと待て、待て、待った。ああ、あかん、あかん、あかへん。ほんまうるさいなあ、ほんまもう。お前はな、ほかの子とおんなじように喋られへんがな、お前は。舌がまわらんとこへさして、お前は、どもりやろが。いい、いいたい、いいたい、言いたいことあったら、ゆっくり、ゆっくり・・・・ええ? ああ、あわてんでもかまへん。なあ、おっさん、仕事やめて、聞いたげよ、ゆっくり言うてみ、ゆっくり」
「ててや、ててやが わて・・・・いっ・・・・わて・・・・いう・・・・言う言うてるがなおったん。なあ、おったん。ほで、あの・・・・あのおったん・・・・おったん、あんたとこ、あんたとこでこの湯・・・・湯ーうー、ふて、ふてなはんなるやろ、おったんなあ。ほな・・・・ほな・・・・ほな・・・・あんた、その釜の、釜の中・・・・中から、この、あー、あー青い・・・・青い、このイヒィ、火、火、火が出てまんなあ、おったん」
「あれだけ言うのに、汗かいてけつからァ、あほんだら。ホッホッホッ、舌がまわらんだけで、言うことは可愛らしいわな、青い火が出てまんなあ、きれえなやろが」
「ほた、ほた、ほた、幽霊でまっか」
「ほんまに、舌もまわらんの、おんなじように、なぶってけつからァ、あほんだら。こんなとこから、幽霊出たりするか、あほやなァ」
「とら、とやなあ、おったん」
「うるさいなあ、このガっキゃ、ほんまにもう、ちっさい柄しやがって。人の話横手から『そらそやなァ、そらそやなァ』って、ほんまにもう、わら、だいぶん、もの知ってるとみえるなあ」
「わいら、なァんでも知ってるが、弁護士なったろか」
「フム、もう迂闊に誉めることもでけへんな、このガキらほんまにもう。そや、そや、そや、大きなったらなあ、弁護士になんねん、弁護士に」
「そやろ、おったん、こいつら、なァーんにも知らんすぎるがなおったん。こんなとっから、幽れん出たりするかい。よしんば出た所で、釜の中から出る幽れんやさかい、こら、五右衛門の幽れんやな、おったん」
「うっ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、なるほど、ようもの知ってけつかんな。釜の中から出る幽霊で五右衛門の幽霊。えらいおもろいなあ。そや、そや、そや、五右衝門の幽霊や。五右衛門の幽霊や」
「おっさん、あんたあの妻君ごわすか」
「おい、こら、こら、チェッ、ほんまに、おのれみたいな、ちっさい柄しやがってから、ほんまに。人のカカまで心配てたら大きいなられへんで、あほんだら。妻君ごわすかて、鋳掛屋かて、カカのうてかい」
「とらとやなあ、おったん」
「ほな、また、このガキやろ、ほんまにもう。なにがそらそや」
「とらとやおったん、この世の中捨てる、お女中もなし、捨てる殿方もなし、やっぱり、鍋釜屋、鍋釜屋みたいなもんどうし、つるぶわなあ」
「つるむゥ? ほうら、毒性にぬかしやがったなあ、このガキら、ほんまにもう。あーあ、鋳掛屋、人間のように思とらんねんやな、このガキらほんまにもう。そや、そや、そや、もう、つるむ、つるむ」
「ほったら、おったん、あんた、あの、お子さんごわすか」
「も、うるさいなあ、ほんまにもう。あのな、お前らなあ、そう、とっかけ、ひっかけこう相手なるやろ。おっさん、仕事をする間がない、なあ。お子さんごわすかて、カカあったら、子供できんのんあたり前じゃ」
「ほな、おったん、そのお子さん、和子さんでっか、姫子でやっか」
「ほんまに、ドツくで、この阿呆。鋳掛屋の子つかまえやがって、和子さんや姫子て、けったいな、ものの言い方をすな、馬鹿やろう。男の子じゃ」
「あっ、おっさん、男の子でっか。結構でんなァ。いや、男の子でないといけまへんでえ、おったん。男の子なァ、学校へ行きまっしゃろ。専門学校ずっと出まっしゃろ。後がなァ、自分の頭の働きようで、何千万円、何億万円財産残しま。あんた鍋釜屋で出世せんかてな、子が出世したら、親の名義も出まっしゃろ。ほな、親は子のこと思い、子は親のこと思い、恩愛の情愛ておっさん、おかしいもんなあ、おったん。ほで、男の子はなァ、おったん、女子の子とちごてなあ、肩がはって産みにくいということ、わたくしが、母からもう、かねがねうけたまわってます」
「ほんまに、ど憎たらしいなあ、このガキゃほんまにもう。うちの死んだ婆さんと、おんなじようにぬかしてけつかる。このガキは」
こう言うとりましても、ぼんと言われると、一寸、この義理だてしよんのが、かわいらしい。
「おい、ぼんぼん、ぼん、へっへっ、お前や、お前や、お前や。えらい、おとなしいなァ。あんた、どこの子や」
「おっさん、わたいなあ、むこうの、紙屋の子」
「フム、なるほど、氏より育ち、おんなじようにお母ちゃんの腹いためて、ホギャーと出んねやが、教育の仕方で、これだけ違う。こいつら、どこぞ長屋の小倅ばっかり、ほんまにもう、鼻垂しやがって、悪い奴ばァっかり揃てけつかるわいなあ。こない、ぎょうさん居るなかで、ぼん、あんたが一番おとなしいなァ」
「へえ、わたい病人」
「ふっ、ちょっとおとなしいと思たら、病人やろ。こいつは、えらい、散髪がきれいに刈ったる。どこで、刈ってもらいなはってん」
「横町の、たんぱっ屋の、おったんに」
「ほっ、さよか。散髪屋のおっさん、なかなか上手でんな」
「へぇ、向う、商売」
「フム、確かな病人やな、このガキゃ、ほんまにもう。ほんまに、おのれも達者やからテゴにあわんやろ、ほんまにもう。どいつもこいつも、ほんまに悪い奴ばァっかり揃て、・・・・、ほうらまた、向うから悪そな奴一人来やがった」
「こうら、おやじ」
「こうら、おやじ? こら、そういう、モノの言い方すんねやないわ、阿呆。子供は、子供らしく、可愛らしく、『おっちゃん、おっさん』とぬかさんかい」
「何をぬかしてけつかる、このヘタ」
「ヘタ? 人間に真中や、ヘタあるか、あほんだら。なんぞ用事かい」
「か、か、金槌貸してくれ、カラ槌」
「おうおう、舌もまわらんの、ほっ、『カラ槌貸してくれェ』もっと、はっきりモノぬかせ、あほんだら。こんなもん借って何すんのじゃい」
「石掘ってくんのじゃい、バカヤロー」
「ツァ、金槌というたら、鋳掛屋で一番大事な道具じゃ、あほんだら、こんなもんで、石掘ってこられてたまるか。貸して欲しかったら、貸したら、貸したら。そのかわり家へ帰ってなあ、鍋や釜の底を、ボエーン、ボエンと、穴あけてこい」
「いや、そんなことしたらなあ、おとったん、お母あん、こわいわい」
「ふっ、お父っつあん、お母ァんこわいで、一人前の悪さになれるか、あほんだら。おっさんら、ちっさい時分、こんなん持ったらなあ、鍋や釜の底を、ブエーソ、ブエソと穴あけたもんじゃ」
「はは、それで大きなって、直しにまわってんのか、それで・・・・」
「ほんまもう、ほんまにくちの達者なガキやな、このガキは。貸せへん貸せへん」
「貸さなんだら、前の火消すぞ」
「おっ、おっさんが一生懸命いこした火、なんで消すねん」
「へっへ、小便で消したろか」
「小便? ぬかしやがったな、このガキゃ。こら、この火が小便で消せたら消してみ」
「消ったろか、なんでもないこっちゃ、そんなもん。おい、金ちゃん、武やん、みな、松ちゃん、皆一緒にやったろか。えっやったれやったれ、そうら、ハッハッハ、ジュ、ジュ、ジュ、ウジュ、ジュ、ジュ、ウジュ、ジュ、ジュ、ウ」
「ああ、ほんまに消しやがった。こら」
「わあい、鋳掛屋泣いてけつかる。ざまあみやがれ、あほんだら。おえーっ、皆来い、みな来い、みな来い。向うの辻の角で、うなぎ屋のおっさん、うなぎ開いとるやろ、うなぎ開いたら、うなぎン喉から針が出んねん、針出たら貰おか」
皆来い来いの来い来い来い、悪い奴ばァつかり寄りまして、またぞろ、うなぎ屋を泣します。お馴染みの鋳掛屋という馬鹿馬鹿しい、おはなしでございます。
(完)