三人旅浮れの尼買い

われわれ同様というやつが三人連れ、大阪ばっかり遊んでても、しょうがない、ひとつ、旅でもしょうか、他国へいてみたら面白から、『ひとつ伊勢詣りでもしょうやないか』と、デモつきの伊勢詣り。
きょう日のデモと昔のデモとはだいぶ違いますけどな、旗持って走ったり、捧持って走るちゅうようなことせえしまへん。
デモつきの伊勢詣り、伊勢詣り「でも」しょうやないかと、三人で大阪を発ちまして、三日ほどたちますと、旅なれてくる、足なれてくる。懐の金をボツポツ使いなれて、かかって参りましたが伊勢街道。
「オーイ、待った待った待った。オーイ、待ったれ待ったれ待ったれ。オーイ、清やん清やん、清やん。お前だけ、さき、行ったかてしゃあないやないかいな。喜ィ公が後から来よんのや。おくれてよんねや。ちょっと待ったって待ったって待ったって。喜ィ公、来ィよ。早よ来いはよ来いはよ来い。お前だけがグズグズしてたらどんならんさかい、はよ来い。オイ、清やん、待った待った。待ったりィな、オイ。お前だけがさきィ行たかてしゃあない。ちょっと待ったり、待ったりィちゅうねや。喜ィ公、はよ来い。清やん待ったりィちゅうねや。喜ィ公、早いことおいでちゅうねん。オイ、清やん、待ったりィちゅうねん。喜ィ公、早いことおいでちゅうねん。オイ、清やん待ったりィちゅうねん。オイ、喜ィ公、待ったりィ。清やん、早いことおいで」
「何をいうてんねん。お前は」
「アッハ・・・お前はん、どっちか、どないもせえへんさかい、ややこしなんじゃがなおい。喜ィ公、はやいこと来いはやいこと来い」
「そない、ヤイヤイ、ヤイヤイいゝないなおい、さっきから、足が痛うて、腰が痛うて・・・・・・」
「オイ、ゴジャゴジャいゝなや。足が痛いやの腰が痛いちゅうけど、まだ歩いてへんやないかい」
「いやァ、歩いて、足が痛たなったり、腰が痛なったりしたわけやないねん」
「ほう。歩いてやないいうたら、何ぞあったんかい」
「あのうね、ゆうべ泊った宿屋に、きれいな女子衆がいてたやろ」
「ゆうべ泊った宿屋にきれいな女子衆・・・・・・・・・アア、あのなかにかい、晩飯のときィ、お給仕来たやっか」
「そやそやそや、アレやアレやアレや。みなお前ら、名前覚えるの早いなァ。ちょっとアレが来ただけで、チィ、チィちゅうて名前おぼえてたように思うが、お前ら名前覚えるの早い。わいらなかなか覚えられへんが。けど別嬪だけはみたらわかるさかいな、わいかてな。そいで、あれ、あのう、ええそやそや、ウダウダウダ・・・・・・・・・・・・・・・」
「アホかお前。お前らの顔で、そんなことして、相手がウンちゅうかい」
「廊下のとこでな、袖引っ張っイーて・・・」
「妙な顔すんない。向うはキャッちゅうで」
「向うはココでバーン。あいつのココは丈夫な」
「感心してるときやないでお前。どないや」
「ほで、わいかて、腹立つさかいなァ、あいつに仕返ししたろ思うて」
「男だてら、振られて女に仕返してなことすない。ドツキ合いでもして、怪我でも・・・・・・・・・」
「いや、そんな手荒いことはせえへんけどな、朝、顔洗いに行たらな、アノ、アカのええ金だらいあったやろ。アレ、ひとつ盗んできたろ思うて・・・ほな、あれ、係りの女子衆やさかい、あいつがおこられよるやろ思うてな。ほで、金だらいひとつ、待って来たろ思うてんけど、もう荷造りした後やろ。金だらい入れるとこあらへん。どこに入れようかしらんと思うて、いろいろ考えた結果、背中ァ入れた、背中へ。着物こっから、ここ広げて。ほで、その上から合羽着てな。ほたわからへんやろ。ほで、玄関のとこでワラジの紐結んでたらな、パタペタパタと足音がして、『あァ、もうお発ちですか』ちゅうやつがいよんねん。誰やしらん思うて、、ヒョッとふり向いてみたら、さきの女子衆や。『もうお発ちどすかて、早いこといかなんだら、二人、前歩いてまんがな』『まァ、そない先ばかり急ぎやして、向ういて、ええ女子はんがいてはったら、ワテみたいなもん、忘れてしまはりまんねやろ』て、こない言いよるさかいな、『なんの、お前みたいな別嬪のいてる宿屋は、忘れてたまるかいな。帰りにまた寄るでェ。帰りにはウンちゅうてやァ』いうたら『まァ、粋なお方。忘れんと寄っとくなはれ、ほんまでっせ』て、背中、ボーン・・・・・・・・・・・・。もうちょっと、どっちかへズレてたらよかった。真ァン真ん中や。背中で金だらいボーンていよった。『まあこの人背中鳴っとおすわ』ちゅうさかいな、『わいとお前と別れが辛い。別れの鐘が鳴ったあんねん』ちゅうたったら、『わァ、粋なこといやはる。好きやわァ』いうて、ボーン、ポン、ポーン。その勢いでお前、金だらい、向うへ飛んで出て、ガンガガラのガーン。『まァ、朝から金だらいがひとつ知れんと思うたら、この人がとってはったんやわ。金だらい盗っ人!』ちゅうなり、さァ手代が出て来よる、番頭が出てきよって、踏みよるわ、蹴りよるわ、どつきよるわ、もう、足が痛うて、腰が痛うて・・・・・・・・・・・・」
「なにをさらすねん、お前。しょもないことすない。するならすると言うといてくれたら、わいら手伝いようがあんねや。オイ清やん、そういういきさつや。こいつァ、足が痛いちゅうとんねんさかい、ゆっくり歩いたってくれ」
「しかし、ナンやなァ、オイ。ゆんべ、こいつの騒ぎはともかくとして、夜中には、あっちこっちで笛がピーピー、ピーピー鳴って、人がワァワァちゅうてた、あらァ、何やったんやろな」
「ハッハハハ・・・・・・あらァ、わいや」
「ヘッ!」
「あらァ、わいや」
「わいやて、お前また何ぞやったんかい」
「ハッハハ・・・・・・ちょっとな」
「ちょっとやないで。きのうの騒ぎは。何があってん」
「何がてな、きのう、ナンやがな。お前らがメシの前にちょっと、こんなことするちゅうさかいに、おら知っての通り、こんなことせえへんやろ。お前らのコレ、つき合うてんのも何やし、先に一人飯食うちゅうのもいかんさかいと思うてな、でェ、風呂いたんやがな」
「おお」
「そいで、先、一人で風呂いたらな、で、一人でな、風呂へ入ってたら、後の戸ガラガラッと開けよってな、『ちょっとあんた流しまひょか』て、こう夫婦気取りで声かけたやつがあるやないかい。こらァありがたい、幸いやと思うたさかいな、『よしゃ、流してんか』ちゅうて、手拭い渡しかけたんや。向うは手拭を受け取ろうとする、オレが渡そうとする、目ェと目がバタッと合うたやろ。『まァ人違いやわ。照れくさ』ちゅうて、バタバタと行てまいやがる。人違いや、照れくさて、あっちいけるやつはええで。後へ残されたわいはどないなるねんオイ。ほなもん、おもろないわな。一人でオチオチ、風呂入っとられるかい。風呂、飛んで出て、部屋へ帰ってこオ思うて、廊下歩いてると、シクシク腹やがな。シクシク腹ちゅうやっちゃ。昔からよう言うやろ。シクシク腹はナンとかの元ちゅうさかいな。こらァ、早いこと行かなんだら、どんならんと思うて、でェ、おきまりの所へ飛び込んだ。で、こう、あすこはヒマやさかいな、ジッとこう、つくばってるとな、戸ォの外で、ヒソヒソ話が聞えんねん。『まァあんたどこへいなはってん。さっき、お風呂場と思うて、わたし、お風呂場へ行って、えらい目ェおうた。恥かいてしもうたがな。あんたどこにいてなはってん』『わいかい。二階の八畳にいてたがな』『まァ、二階の八畳。あんな広いとこに、一人やったら、ネズミにひかれるえ』ちゅうて、鏡餅みたいに言われてるやつがいよるやないかい。おら、どんなやつやしらんと思うてな、どこぞ覗くとこないかいなと思うたけど、開けるわけにいけへんやろ。あっちこっち探してると、小ィちゃい節穴があったさかいに、これ幸いと覗いてみたら、女、さっきの風呂場の手拭、あの一件もんやがな。相手の男いうたら、色の白い、鼻すじの通った、目のパッチリしたええ男や。髭剃り後の濃い。ムカムカしてきたがなァ。何か、ええ情報はないかいなと、なおも、きき耳を立ててるとな、『まァ、あんな二階みたいな広い広いとこに、一人やつたらあかへんやないかいな』て、こないいうさかい、『一人やあらへんがな。わて、友だちの二人連れや』いうとる。『まァ、お連れさんの二人やったら、今晩わてが行く思うたかて行かれへんやないかいな』『心配しいな。相手の男は酒が好きや。酒汐でどうがらいためて、ボーンと寝こんだ時分に上って来たらええやないかいな』『ほなこというたかて、いつごろ寝やはるやわからへんやないか』『オッ、幸い、ここに笛があるさかいにな、二本ある。一本をお前が持ち、一本をオレが持つわ。お前が下で、仕度がでけて、これから上って行こうと思うた時分にやな、この笛をピーと吹かんかいオレの方が都合がよかったら、二階でピーと笛を吹くさかい。笛の音ェと笛の音ェが合うて逢引きするちゅうな、イキなもんやないかな。』『まァ、粋なこと忘れたらいきまへん。たしかに、これ一本、笛あずかっときまっさかいに』『忘れるかいな、晩に、なら、待ってるでェ、頼んまっせェ』て、二人が別れやがった。オレ、それきくなり飛んで出たった、ビャーッと。ほで、表いてな『番頭、この辺におもちゃ屋ないか』いうたら、『何しなはんねん』いうさかい『笛買うねん』『笛やったら買うて来てあげまっさ』ちゅうさかい、『そうか、頼むで」て、天保銭ほり出したった。向うの番頭、気の利くやっちゃ。笛一箱買うて来やがった。一本しかいらへん。一箱あってもしゃあないと思うて、ここが思案のしどころや思うてな、頭は、知恵と何とか使えちゅうやないかい。大口、百人組が泊ってたやろ、阿波の道者。あすこへ行たったんやがな。番頭みたいな顔してな、『えェ、こんにちは。お泊りさんで有難うございます。実ァ、お泊りいただきましたのは、大変有難い幸せでございますが、このへんには、ちょいちょい、怪しい胡麻の灰が徘徊いたしまして、そういう者は、当家へ泊りましても、泊りました節には、商売でございます。すぐにわかります。ご迷惑をおかけするようなことはございませんが、今夜、胡麻の灰が泊ってるてなことを皆さん方に、口でお知らせ致しますと、また、後々の崇りが恐しゅうございます。そういうときは、用心のために、手前どもの方で、笛をピーと吹きますので、お客さまの方で、起きてるでェというおしるしに笛をピーと吹いていただきとうございます。』こういうたってん。『おう、それはええ考えや。わしら、ここに百人いてんやさかい。笛、百本置いといてくれ』『へえ、かしこまりました』そこへ百本、あっち三本、こっちィ十本、五本、七本と、ズーッと宿屋中、笛くばって歩いたってん。ぬかりなく一本だけ置いといた。この一本、懐へしのばして、晩になんのん待ちかねてなァ、下のふとん部屋、隠れて待ってたってん、ジーッと。ほたらな、女子衆、二階のことが気になるとみえてな、早目にそこら片づけごとしやがってな、顔をこんなん、ぬたくりまわしやがって、ボンつくろうてな、梯子段トントントンと二、三段上りやがって、『二階の八畳いうてはったけど、二階の八畳もぎょうさんあるけど、どのお部屋かしら。そう、そ笛吹いてみよ』ピーッと吹きやがった。二階のやつら、目ェ覚しよったら、ことこわしやろ。目ェさまさん間に思うてな、オレが、下のふとん部屋でピーと吹いたるとな、『まァ、二階やと思うたら、下で鳴ったるわ。お連れさんがまだ寝ててやないさかいに、下のお部屋で待ってくれてはんのかしら』トントントンと下へ降りてきやがって『下のお部屋どこやろ』てピーと吹きやがった。こんどの音で、二階の男目ェ覚しやがったな、二階でピーと笛吹いてけつかるねん。『まァ、下やと思うたら、やっはり二階やったんかしらん』トントントン、ピーと吹きよる。オレが下でピー、『二階や思うたら、やっぱり下かしらん』、下へトントントン。下でピー、二階でピー、下でピー、二階でピー、トントントン、ピートントンントン、ピートントントン・・・・・・・・・その音きいて、百人組が目ェ覚しよってんなァ。『オーイ、さっきから、笛がピーピーピー鳴ってるで。さては胡麻の灰が泊ってるに違いない。オイ、さっき、番頭がいうとった通り、笛吹いたろか』『吹いたれ吹いたれ』ピーピーピー、ピーピーピーピー・・・・・・・・・宿屋中の笛が鳴り出したもんやさかいにな、女子衆びっくらこきやがって、階段の上から足スベらして、ダンダンダンダン・・・・・・・・・キャーッ! さあ、みなが出てくる。どないしたどないした、おさまりはつかん。わしもしょうがないさかい、飛んで出て、まあまあの百ぺんもいうて、おさめて、さあ、寝ようと思うたら、ハッハッハッ・・・・・・・・・夜が明けた」
「いゝないな、そんなこと、オイ。おら、何やしらんと思うさかい、夜通し寝てへんねやがな。喜ィ公やみな可哀想に、火事や火事やちィやがって、ふとん担いで、あっちゃ走ったり、こっちゃ走ったりしとるがな、こいつ。あげくのはてに金だらいの始末やないかい。ちゃんと辛抱して、ゆっくり歩いたってくれ。お前、半分こいつの分かぶってんねやで、お前かて。喜ィ公、こいつかて、やってんねや。ご互いさんや。辛抱して歩き、辛抱して歩きィ。もうちょっと辛抱したらな、馬なと駕籠なと乗せたるさかいに。な、心配しいな。馬か駕籠か乗せたる」
「馬か駕籠か乗せたる?」
「乗せたる乗せたる。しかしな、このへんの馬方てなスジこいさかいな、なまはんかなことではどもならんで。ア、そや。こうしょう。馬の応待はオレに任しとけ。お前ら二人ともモノ言うない」
「いうないたかて」
「さあ、そやさかいにな、そこんとこ、道中のシャレをすんねん」
「道中のシャレて何や」
「道中のシャレ。つまりやな、お前がオシの真似せんかい」
「わい、モノ言えるが」
「いえるとこ、オシの真似すんねやないかい。で、清やん、お前、ツンボになったってェ」
「きこえるで」
「きこえるとこ、ツンボの真似すんねやないかい。ほで、応待はオレがするわ、乗り前はきまり、馬に乗ってしまう。ツンボはきこえる、オシはモノ言うちゅうようなことしてみィな、馬方びっくりしよる。あゝ、さすが大阪の人や、シャレがおもしろいな、これが道中のシャレや」
「ハハハ・・・・・・おもろいな。やろーやろ」
「そういうことになったら、お前、声が大きゅうなんねや。わかったな、モノ言いなや。ツンボやで、オシやで、わかってるな。さあ、ヒーフの三つ」
悪い相談というのは、ジキにまとまりますもんで、約束したんはそれでよろし。
こんなとこへ向うた馬方、暗剣殺に向うたようなもんですな。
もう、馬引っばって出てきたさかいたって、乗ってくれる気遣いなさそうなとこへ出てくるんでっさかいに、
「ダダダダダ・・・ドウ、コラ、ドちくしょう。長い長いドツラさらして、コラ、スネが曲っとるわい」
あないエゲツのう言わんかて、よさそなもんですけどなァ。馬つかまえて、ドちくしょうやて、ドちくしょうに決ってます。あんなん、人間の籍、入らへんねんから。長いドツラして・・・・・・あのね、わたいね、馬の丸顔ちうのは見たことない、わたい。しまいに言うことなかったら、スネが曲ってるて、おこってまんねん。スネ曲ってるさかい歩けまんねん。あれね。シャンコ、シャンコと。あんなもん、スネのべつけやってみなはれ、歩かれしまへんで、あれ。馬かて、あない言うたったら可哀想な。馬かてやさしい扱うたり。やさしいんやったら、日本で京都のご婦人がいちばんやさしいやろ。京都のご婦人に馬引っ張らしたら、馬かて喜んで歩くやろ。なかなかそうはいきまへん。京都のご婦人、第一、女の人、手綱ひとつ握るかて、そんなもん、ダーッと、こうはいけしまへんで。女の人ちゅうのは何でもこう、可愛らしいに、下からじわっとこう、『シャイシャイ、せいだいお歩きやしたらどうどすえ。おちくしょう。まあま、長い長いお顔して、見とみ、おみ足(あ)曲っとおすがな』、馬『そうどすか』・・・・・・・・・こら、具合悪い。やっばり、.馬使いますと、『ドウドウドードードウ』ていゝますと、馬歩きますが、
「オーイ、客人よ、客人よォ。そこの三人者ォ」
「あァー」
「馬ァ、どんなもんじゃなァ」
「アハ、アハ、アハ」(ツンボの真似)
「何じゃ、妙な具合じゃなァ。馬ァどんなもんじゃなちゅうてるがな」
「ハア、ハア、ハア・・・・・・、ハア」
「目ェばっかりむいとんな、あんた。耳が遠いのかなァ」
「アア、アア、・・・・・・つんぼや」
「何じゃ、いうたような気がするがなァ。あんた、ちょっともきこえんのかなァ」
「ア、ア、ア・・・・・・ちょっともきこえんツンボ」
「きこえとるじゃがな、モシ。なぶりこなしにしてもらいたいのやがァ。そっちの方、そっちの方ァ、あんたどうだっしゃろかなァ。あんたァ、馬ァどうじゃなァ」
「アア、アア、アア・・・・・・・・・」(オシの真似)
「あかんのかなァ」
「アア、アア、アア、」
「馬子さん、馬子さん、えらい気の毒なけどなこいつァ、あかんねん。モノが言われへんねん」
「ああ、そうかなァ。さっきから、おかしな具合じゃと思うとった。モノが言われんのかァ。気の毒になァ。ちょっともいわれんのかえ。」
「アウ、アウ、アウ、オシや」
「なぶってもらわんようにしたいなァ。真中の方、真中の方、あんたさっきちらっと、モノ言うたなァ。あんた、ツンボやオシやいわせんでな。あんた、おん大将で、馬ァどんなもんじゃ」
「どんなもんて、そんなもんやないかい。お前、引っ張っとってわからんかい」
「い、いやァ、馬の形きいてるわけじゃないでや。あのう、馬ァ、差し上げようかないうとりますでェ」
「えらいカやなァ、オイ。それ、こう差し上げるか。アッハハ、いっぺん見してェ」
「いや、そうやないでェ馬ァ買うとくれちゅうね」
「いらんわ。これから伊勢詣りすんねやさかいなァ。買うたかて、連れて歩かれへん。かいば代だけでも高つくわ。やめとこ」
「いや、そうじゃおまへんで。馬ァ乗っとくれんかなちゅうね」
「はじめからそない言いな。乗ってくれなら乗ってくれと。でェどこまで、何ぼで行くちゅうねん」
「そうじゃなァ、きょう中に、宮川越すに越せんこともないが、それでは日が暮れるでなァ。明星の宿は三田屋三郎兵衛あたり玄関横づけとして、どうじゃな」
「あゝ、なるほどな。明星の宿は三田屋三郎兵衛、玄関横づけか。どないする」
「はあ、こわい馬やなあ。あんなこわい馬いやや」
「なんでいやや」
「なんでて、そやないかい。三田屋三郎兵衛で玄関ひょこちあげるちゅうてるわ」
「ひょこちあげるやない。玄関横づけちゅうやがなァ。なんぼやきいてみょうか。なんぼで行くねん」
「そうじゃなァ。お客様方、旅なれてられる様子やでェ、ようけなこというてもしょうがなかろうで。おん手でどうじゃな」
「おん手?おん手高いなァ、オイ。おん手高いわァ。オニ手にしてくれ」
「わしゃ、永年、馬方やっとりますが、オニ手ちゅような符牒きいたことがないがなァ。オニ手ちゅうのはなんぼじゃな」
「お前のいうとるおん手はやい」
「さっきからしてみせとりましょうが。片手をば型どりまして五百でいこかいうとりますねん」
「あ、そいつはやっばり高いわ。オニ手で行てくれ」
「オニ手ちゅうのはなんぼですえ」
「オニ手ちゅうのはなァ。オニの手は知ってるか知らんか知ってるか知らんけどね、このう、指が三本しかないねん。でェ、三百でどうや」
「五百のものを三百にはならんでェ。もちっと何とかしておくれ」
「そかァ三百はあかんか。ならなァ、ちょっとおまけして、鳥足やなァ。鳥足いこか、鳥足」
「鳥足ちゅうのは何ぼじゃ」
「指が三本のとこへ、ちょっと蹴爪がついてるやろ。三百一文でどや」
「そんなこといわんと、客人、何とかほかにないかな」
「ほかにないかなて、ほかに、お城に追手ちゅうのがあるわな、襖にひき手、お茶屋にやり手」
「旦さん乗って」
「そらまあおいて」
「なぶったらはりたおすで、このガキゃ」
「ウェー逃げ逃げ逃げー」
「痛いなァ、おい、そな、走らしないな。足が痛い腰が痛いちゅうてんのに」
「辛抱せえ辛抱せえ辛抱せえ。あんなんは、瀬踏みやないかい。あないいうたら、たいがいわかるやろ。どっからどこまで、どのくらいやと、相場があるやないかい。そいつを、こっちがきいといたら、応待がしやすいてなもんや。あとは俺に任しとき。馬ァなんぼでも来よんねん。ホレ、ホレホレ。向うの方からでも、向こうからでも、どっからでも馬ァピョコピョコピョコピョコ歩いてらあ。あんなんが来よったら何ぼでも乗ったるさかい心配しな」
「ほか、ほんまに乗ってくれるか」
「大丈夫や。俺に任しとけ」
「オイ、客人よゥ。馬ァどうじゃなァ」
「ほら、来よった来よった。なァ。あのゥ乗らんこともないけどな。きょう中に宮川越すに越せんこともないが、それでは日が暮れるでな、明星の宿泊り、三田屋三郎兵衛、玄聞横づけと、なんぼで行くねん」
「こら、客人、旅馴れてなはるなァ。ようけなこというても、そらしょうがなかろう。佐々木でどうじゃな」
「ササキ?ササキねえ。ササキ高いな。ササキ高いわ。加藤はんでいてもらおか」
「加藤はんのゥ。加藤はんちゅうのはなんぼじゃい」
「お前のいうてるササキちゅうのは何ぼじゃい」
「知らんと値切ってなはんのかな。佐々木さんの目ェは四ツでなァ、四ツ目を形どりまして、四百でどうじゃないうとりますねん」
「ホレみィ。さっきより、ちょっと下ったるやないかい。なァオーイ、それでもやっぱり高いわ。加藤はんでいてくれ」
「加藤はんちゅうのは何ぼじゃい」
「加藤はんはなァ、加藤清正、蛇ノ目の紋やろ。穴あき一枚でどないや」
「穴あき一枚!なぶったら張っ倒すぞ、このガキやィ」
「行けェー」
「いたいた、痛い。走らしなちゅうのに、オイ。乗せたるちゅうさかい・・・・・・・・・」
「黙って歩け、黙って歩け。清やんケラケラ笑うて、面白そうな顔してるやないか。お前だけや、いうてんの。だんだん、だんだん安うなるて、安なるて」
「安なる安なるちゅうけどおまい、値段が下ってんのが、わいらが走るさかい、近うなってるのと違うか」
「ほなこというない。安なったらえゝねやがなァ。馬がなんぼでも来よったら乗せたるさかい、辛抱しい」
「オーイ客人よゥ。馬ァどうじゃなァ」
「ホレ来よった、ホレ来よった。こんなもん、なんぼでも安なるて、なんぼでも。オーイ、馬乗らんこともないけどなァ、明星の宿泊りや。三田屋三郎兵衛、玄関横づけ、なんぼで行くねん」
「そうじゃなァ。ようけなこといわれはせんでなァ。そらァ、晦日でいこかな」
「晦日?晦日はあかんな、なァ、オイ。晦日はあかんわァ。あのォ十五夜でいこか」
「わしゃ、十五夜ちゅうのはきいたことがないがなァ。十五夜ちうのはなんぼじゃな」
「お前のいうてる晦日ちゅうのはなんぼやねん」
「知らんと値切っとらすかいな。晦日ちゅうのはなァあのう、三十日やで。三百でどうじゃなちゅうとりますで」
「三百?ほれみてみィ、さきよりまた安なったるやろなァ。三百高い高い。十五夜で行てもらお」
「十五夜ちゅうのは何ぼじゃ」
「十五夜ちゅうたら、たいがいお月夜やろ。月夜に釜ぬくちゅうさかい、釜ぬかれたと思うて、タダで行け」
「タダで行けるかい、このガキャ。張り倒すでー」
「そーれ逃げー」
「痛いちゅうのにもう。あんなんばっかりやがなオイ。どないなったんねん」
「心配しな心配しな。乗せたる乗せたる。なんぼでも出て来よんねん。あゝいう、ほんまもんというたらおかしいが、商売にしてる馬方ちゅうな、高こついてどんならん。ここらへんの百姓が片手間に、馬引っ張って出て来よる。馬に、豆を積んだりしてな、在所へ運んだ、帰り馬ちゅうのがある。そういうのに乗ったら、そういうのは安い」
「ほなもん、どないしてわかんねん」
「そういうやつは、ウマといよらん。オマ、オマちィよるさかいな、言葉でわかんねん」
「そうか。そんなん来たら乗ったるか」
「乗ったる乗ったる。なァ、清やん、そないしょうやないか、な。もう少し、辛抱しィ、辛抱しィ」
「オーイ、客人よゥ。オマァどうじゃなァ」
「ホレ、来よったやろが。あゝいうのがええねや。オーイ、乗る乗る。きょう中に宮川越すに越せんこともないがな、それでは日が暮れるさかい、三田屋三郎兵衛、玄関横づけと、明星の宿どまり、何ぼで行く」
「そうじゃなァ。まァ、おらも商売でやってるではないでがんす。いまも、あっちの宿場までな、豆の粕運んだ帰りがんすで、行きは豆の粕積んで行ったで、帰りは人間の粕積んで帰るべえかと・・・・・・・・・・・・」
「えらいほげたやなァ、おい。えげつない言いかたしやがんねん。でェ、何ぼで行くねん」
「そうじゃなァ、地場銭ももらうかい」
「襦袢やいうとるでェ。こんどは俺に応待さしてェ。お前いうたら、また走らすやろ。ちょっとわいに応待さして。オーイ、襦袢高い。パッチで行ってくれ」
「かわった人が出たなァ。パッチちゅうのは何ぼじゃ」
「パッチちゅうのはなァ、二本の足つっ込むさかいなァ二百で行けちゅうてんねん」
「おゝ、二百かな、ようがす、行きますでな」
「二百で行きますて」
「アホかお前。ようがす、行きますて、パッチちゅうのはええわいな。向うの襦袢ちゅうのは、何ぼやきいてへんやないかい」
「アッハハ・・・・・・オイ、襦袢ちゅうのは何ぼやァ」
「ややこしいこといいなはんな、おまえはん。ええ?襦袢じゃあらせんですが、ジバセンと申しましてな、土地の言葉で、二百のこんでがんす」
「ちょっとも値切ってへんがな。値段決めたんやさかい、乗らなしゃあないがな。オイ、すまんすまん。こいつァな、おかしげな男やねん。値段応待した以上は、乗してもらうでェ。三人行けるかいな」
「ええ、え、三方荒神頼んます。背ェの高いお方、あんた、真中へ乗っておくれ。でェそっちのちょっと小さいお方、横へぶら下ってもらうでなァ・・・・・・・・・」
「やめや、おらあ。そらァね、大阪にいてたらね、色の黒いのと、背ェの低いのは、よう言われるで、そら、諦めてるで、おれかて。諦めてるけど、何も旅ィ来てまでな、横へへばりついて、何でやねん、お前。ほんで、大阪へ帰ったら、みんな『オイ、喜ィ公、馬へ乗ったかい』『そやァ、源さんは乗りよったけど、オラ、横へへばりついてた』そんなんいえるかい、お前。俺やめや」
「何やいな。三方荒神いうてな、横へぶら下るちゅうのは、向うの敬語や。つまり、乗れるようにしてくれんねや、フゴで」
「あ、そうか。ほな、それでもええわ」
「あゝ、客人、話がまとまったら、乗っとくれ。背の高いお方、あんたからな、こっち、さあさ、さ。ケツ押しますでな、乗っておくれや。イョッとショッと・・・・・・・・・」
「わァ、これやっぱり、喜ィ公のいうとおりや。この馬やめといた方がよかった、オイ。こらァ具合悪いわな」
「具合悪いかな」
「具合悪いてなもんやないでオイ。この馬、頭ないが」
「アッハッハッ・・・・・・客人、そら後向けに乗っとるんじゃ」
「後向けか、これは。道理で、こらおかしいな思うた。この首筋から屁ェこくのかいな思うたがな、おら。こら具合悪い。なら、どないしょう」
「どないしょうて、客人、乗りなおしとくれ」
「乗りなおしてなこと、でけへんが。なら、こうしょう。ケツ持ち上げるさかいな、下で馬まわしてくれ」
「同じことやがな、そんなことしたかて。乗りなおしとくれ」
「イョッとサッと、アッハハ・・・・・・・・・こんどは首があった」
「あらいでかいな、モシィ。はたのお二人さん乗ってくれたかいな。ハイ、ハイ。やりますでなァハイー、ハイー、ハイー」
「オイ、えらいけったいな馬やで。この馬、何や知らん、ガッタンコンコン、ガッタンコンコンと、こら・・・・・・・・・こらこわいぞ、おい。おじぎばっかりしてんならん。こないおじぎしてたら、前から来る人に失礼がのうてええやろけどネ。こら、具合悪いぞ、こらァ。何でこないなんねん」
「ああ、客人、かんべんしたってくれ。この馬、片一方、足が短いんじゃ」
「片一方、足が短いのんか、これ。えらい馬乗ったなァこら。そらまあ、辛抱せんこともないけどね。なにかい、この馬、はすかいにはすかいに歩いて行くでこれ、斜になったんどないなるねん」
「あゝ客人、この馬ァな、片一方、目が悪いんでがんす」
「片目で片足か。丹下左前みたいな馬に乗ったな。しかし、何じゃろね、こないして、片一方、目が悪うて、片一方足が悪いときたら、この馬、温和しいやろね」
「ハハハハ・・・・・・お陰さまで、温和しいことはこの上ないでがんす。ときどき、物驚きはするがのう」
「ほう、モノにびっくりするのかい」
「あゝこないだもな、前を犬が、道横切りました。それに驚いたか、手綱ふり離してつっ走りましたがな、わしも、追っかけはしましたがな、向うは四本足で、こっちは二本足で、追いかけても、間に合わんで。ウチィ帰って昼寝しとりました。しばらくすると、ポックリ、ポックリ、ポックリ、己のウチゃ知っとりますで・・・・・・」
「なるほどねェ、馬も、ちゃんと己のウチゃ知ってるて、可愛らしいもんやねえ。しかし、そのときゃ、都合よう、お客さんが乗ってなかったわけやな」
「いやあ、客人は乗せとりました」
「乗せてたんか。ほいじゃア何か、お客さんも乗せたまま、帰って来たんかえ」
「いやあ、馬の背中みると、客人は乗っとらんのでなァ、どうしたんじゃろと思うて、探しに行きましたら、向うの谷ィはまって、死んどりました」
「ええかいな、オイ。こーら、ぶっそうな馬やな。けど、そんなことは、タマにしかないやろねェ」
「そうじゃ、タマじゃ。日ィにいっぺんずつかなァ」
「ほでなにかい、その、日にいっぺんずつて、きょうはもう済んでるか」
「そうじゃなァ、このお天気さまの按配じゃ、ボツボツ始まる・・・」
「降してくれ、降してくれ降してくれ」
「アッハハハ・・・・・・冗談じゃ。冗談じゃ。いやァ、こんなこというてますと、思わん旅のはかどるもんでがすだァ。退屈しのぎでがす。やります、やります、ハイー、ハイーハイー(ブルブルブルー)ハイー(ブルブルブルー)・・・・・・・・・ドウ、ドウ、ドウ、こんちくしょう、さっきの立て場で、ちょっと豆ようけ食うたと思うたら、ブーブーブーブー、どべたれさらして、気ィつけさらせえ。客人の前じゃい。客人、相手は畜生じゃ、堪忍したっておくれな」
「へへーなにを怒ってんの」
「何をてなァ、馬が屁ェこきさらすちゅて怒っとりますんじァ」
「なるほど、馬が屁ェこいたて怒ってんの。フフーそらあ、馬が可哀想なわ」
「可哀想なか」
「可哀想ななんて、いまの屁ェはオレや」
「客人よゥ、大きな屁じゃのう。ええ加減にしておくれよ。ハイー(ブー)ハイー(ブー)。客人よゥ、ええ加減にしてくれんかいのう」
「アッハハ・・・・・・こんどのは馬や」
「どっちじゃわからせんがなァ。客人よゥ、ええ加減に頼まんとな・・・・・・ハイー、ハイー、ハイー、・・・・・・」
「しかしなァ、オイ、馬子、こないして、乗して貰うてんのは有難いけども、前見てをと、ぎょうさん、あないして、阿波の道者か、百人組か、笠ぎょうさん並べて行きよんなァ。でェ、あゝいうのが、やっぱり、旅ィようしよると、馬も儲かるやろな」
「ところが、客人、そんなもんではねえでがんすなァ。あゝやって、歌うとうて、賑やかに行きますで、あれにつられて歩く人が大勢でがんす」
「はあ、そうかいなァ。そういうと、そんなもんかわからんなァ。そうなってくると、あの阿波の道者、百人組てな、お前らにとっては、仇みたいなもんやな」
「仇というては、まあ、大層なが、そんなもんでがんしょうなァ」
「オイ、ほすと何か、あの、道者の百人組てな、仇同様と、お前ら、そない思うてるわけやな。おもろい。この馬、向ういく道者ン中へ、バーッと走りこまそやないかい」
「そしたら、客人、怪我人が出るで」
「出るもんかい。勢いよう行ったら、かえって向うがよけるやないか。おもろいおもろい。いこいこ、行こ。やってみィやってみィ」
「そらあ、やってみりゃァ、おもしれえか知れんがのう、おらも業腹心で、ひとつやるか」
「やろやろ」
「ほうかな。ほだら、わし、かけ声かけて走りますで。客人に、この鞭渡しますでな、これで、馬の尻ぺた叩いてくれるか」
「よしゃ、心得た。その鞭、こっち貸しィ。いくで、いくでェ」
「ハイヨー」
(下座)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホラホラーどいたどいたどいたァ・・・・・・・・・・・・
「客人よァ・・・・・・ヘェー・・・・・・こんな揺れてる馬の上で煙草吸うちゅうのは無茶じゃ。火ィがここんところへ入った」
「アッハッハッハ・・・・・・えらい目ェに合わしてすまなんだ。しかし、おもろかったなァ。こないすると思わん道がはかどる」
「はかどるどころじゃないで、客人よ。ホウラ、しかし、まあま、何じゃかんじゃいうとりますうちに、明星の宿じゃ、ホレ、そこが三田屋三郎兵衛でがんす」
「あ、ここが三田屋三郎兵衛か。ここで降してもらお。結構おもろかった。駄賃は余分に渡すさかい頼むで。オーイ三田屋三郎兵衛!泊ったるぞゥ」
「賑やかなお客様で、へえへ。へえ、どうもへえ、どうも。お泊り有難さんでございます。どうぞお通りを、どうぞお通りを、何人さんで」
「何人さんちいわれると辛い。始終三人や」
「ホウ、さようでございますか。オイ、オイ、ボヤボヤしてんねやあらへん。ボヤボヤしてんねやあらへんがな。ぎょうさん、大勢さんでお泊りやがな。四十三人さん。へい、あの風呂、ナニして、さかなも余分に買うて、メ、メシすぐ炊くように・・・・・・。有難さんで。早速、広間あけさせます。で、お笠をあずからしていただきまひょうか」
「ええ?何や」
「いや、お笠をあずからさしていただきまして、笠を表へつらしていただきます。あとから来る人の目印に」
「後から?後からて、ほんなもん、誰も来ィへんで」
「へ?あんさん方、そこに三人さん」
「そやそや、三人さん」
「で、あんさん方、三人さんは宿とりさんでございまして、あとから、四十人さんが・・・・・・」
「あとから四十人?知らん」
「知らんて、あんさん方いま、四十三人やと」
「違うがなァ。わしとな、こいつと、その向うと、どこ行くのも三人。オイ、風呂行こか、三人。おい旅行こか、三人。おい、便所行こか、三人。始終、三人」
「魚、買いな。ナニ?もう買うた。米の・・・・・・もう洗うた、風呂・・・・・・わかした。常日頃すること遅い遅いのに、こんなときだけ早い・・・・・・えらい損や。三人さんでおますか」
「えらい妙な顔したな。三人で悪かったら他所行こか」
「待っとくなはれ、トホホホ・・・・・・三人さん結構でおます。結構でおます。この上、他所いて泊られてたまりますかいな、あんた。どうぞどうぞお泊りを。有難うございます、どうぞこちらへ」
「エーイ、伊勢が・・・・・・」
「大きな声、どうぞお静かに」
「オイ、妙なこと言いなや、どうぞお静かにて、静かにするぐらいなら、なんで泊るかい。何言うてけつかんねん。部屋どこや、部屋」
「どうぞこちらへ、どうぞこちらへ」
「結構々々、結構々々。気にしいなや。こいつら、みんな、ちょっとぐらいパーやさかいな。いやいや結構々々。で、あのう何や、ようけは飲まへんのや。膳の上でな、ちょっとこんなことするさかい・・・・・・ア、一人か、あいつほよう飲まへん、あいつはよう飲みよらへん。よんべもあいつだけは、先、風呂入りよったぐらいやさかい、あいつはよう飲みよらへん。お膳二本ほどで結構。二本ほどつけといて。ヂキに持って来てくれるか。結構々々」
「ウエー、ほこりまみれや。風呂入ろ、風呂へ」
「風呂、すぐにわかしとります。で、もう、入れるとは存じますが・・・・・・」
「あ、そうか。なら、わい、さきに風呂入らしてもらお」
「そうか。さき、風呂入るか。そやけど、あんだけ暴れまわってきたんや、腹へってるで」
「そやなァ。そういうと腹へってるなァ。風呂やめ、ままさき」
「へ、へ、では、お膳をすぐに運ばして・・・・・・」
「やっぱり汚れてるなァ。風呂入った後で、シュッとこう、食たほうがうまいように思うな」
「とー、お風呂のほう先・・・・・・」
「腹へってたら、風呂へつかったとき、浮くかもわからんなァ」
「とー、やっぱり、お膳のほうを先に」
「こうしよう。あのな、風呂行くわ、とにかく。でェ、風呂場へお膳持って来て。で、あのう、風呂場へお膳浮かして、ほいで食お」
「ほんなこと、できはしませんので」
「でけんかァ。ド無器用な宿屋やなァ。ならァ、こうしよう。めし、先にしよう。で、ここでメシ食うの。で、あのう、風呂桶をここに持って来てもらお。で、頭から、ガボッとかぶして・・・」
「そんなことできはしませんで」
「ほうか、でけんか。なら、しゃあないな。どうする。お前ら、やっぱり飲むのんか。なら、俺、先に風呂行くわ。で、お前らチビチビ飲んでて。そのうち、風呂から上って来たら、三人一緒にママ食たらええ甘ないか。ヘッヘッヘッ・・・・・・きのうと同じ段取りや。そっくりそのままやな。番頭はん、そういう都合や。よろしゅ頼んまっせ。なら、風呂行って来るなァ」
「あいつ、一人だけ飲まへんというのはなァ、段取り悪い。一人だけあんなんがまじってるだけで、しんどうてかなんやがな。同じように、ちょっとやってくれるとな、都合がええねやけども、ええ?そやないかいな」
「ウァー」
「どないしてん」
「ク、クビ、クビ、首ついてるか、首ついてるかァ」
「ついてるかて、おまい、声が出るくらいやったら、首ついたァんねやないかい。どないしてん」
「そやかておまい、びっくりした、びっくりしたがなァ。風呂行こ思うて、下行ったやろ。ほたらな、下の廊下のとこにな、こんだけ隙間のあいたる、フ、フ、襖の隙があいたるねやがな、ほ、ほ、ほれで、何の気なしに、人間気になるもんやろ、細い隙間ちゅうのは、ガラッとあいてるかァと思うと、覗くちゅう気もせんしな、ピシャッと閉っとると、あけてまで覗こちゅうのは気になるわ。覗いてみりゃ、サムライ、侍や。若い侍や。それがなァ、綺麗なおなごネキ坐らしてな、『一夜たりとも妻は妻、もそっとこれへ』こら、おもろい段取りなったな、前へ乗り出そうと思うたら、襖がバサッとこけて、なか、ころこんで入ったがな。『たとえ一夜なりとも、借り受けたれば、武士の城郭。それへ何ぞや、無断で入るとは、言語道断。それへ直れ。手打に致す』ちゅうさかいに、ファーッと飛んで逃げて来た。あら、どういう都合になったァんねん」
「どういう都合になったんねんて、わいらにきいたって知るかいな。そやけどなんやな、一夜なりとも、妻は妻。ハハァ、こらおまい、浮かれ目ちゅうようなもん買うてんねな」
「何やそれ」
「浮れ目、おじゃれというてな、一夜の伽をしてくれる女がいてんねや」
「わいらも、それ買おう。そんなもん、わい買うで、わいわァ。もう風呂もやめ、めしもやめ。それ買う」
「変ってるで、お前は。しかし、まあ、そういわれてみると、ここしばらくと無沙汰やなァ。あの点ではなァ。いやいや、いっぺん番頭呼んで、応待してみよう。(ポンポン)番頭はん!(ボンボン)番頭はん!」
「お呼びでおますかいな」
「お呼びや、お呼びや。大変にお呼びやねん。いや、こいつがなァ、どうてこたないねんけどもなァ、そのう、うあ、ウア、うあ・・・・・・いてるかァ」
「ヘッヘッヘ・・・・・・お若うございます。お若うございますなァ。いえいえいえ、えー、早速調べますが、少々お待ちを・・・・・・・・・ええ、申しました、ヘイ。申しつけましたんですが、誠に不調法なことに、ええ・・・・・・今宵は道者百人組の方がお泊りとかで、えー・・・・・・手狭になっとりますで、へえ。一人もというわけではございませんで、えー、お三人さんはちょっと回りかねると・・・」
「三人、あかんの?三人あかんの?三人さんはあかんというと、何人かはいけるわけ?」
「エッへへへ・・・・・・えゝ、何でおます、三人さん揃わんこともござりませんねんけどもな、あのう・・・・・・一人だけ・・・・・・ご婦人が・・・・・・何でおますなァ、あこのお二人さん、お比丘さんでご辛抱願いましたらァ、ありがたいんでございますがな」
「おビクさん?おビクさんて何や」
「へえ、あのう、比丘尼と申します、ヘェ。えゝ、つむりを丸めておられまして・・・・・・・・・」
「尼はんか?・・・・・・ハハン・・・・・・一人だけあるわけ。オイ、一人あんねん。あとコレや。どや」
「いこか」
「買え・・・・・・買え」
「いくか?ハァ・・・・・・なら、番頭はん、これでもええちゅうてるわ」
「恐れ入りやすヘッヘッヘ・・・・・・けど何でやす、どちらさんがどちらさんということになりましてもいきませんし。クジというのもあとで恨みつらみがあるといきまへん。こういたしまひょうか」
「そうしょ、そうしょ」
「いや、まだ言うとりゃしませんので」
「はよ言うて、はよ言うて。どないすんねん」
「えゝ、下で仕度が整いますと、ただいまから上げますと、下から声をかけますで、上の方で、行燈を消していただきまして、真暗ななかで、一人ずつ上げます。お客様方の方も、どれが当った、これが当ったと、お思いにならずに、そのまま、手を引っ張って、おひけになって頂く。あけの朝までは、どなたがどなたとどうなったかわからんと、これなら恨みつらみなしに・・・」
「オッとおもろい。それしょうか、わかった。よし。なら、こういうことにきめるさかいに、早いこと段取りしてや。早いこと頼むで」
待つや焦れております。下の方では仕度が整うたとみえて、
「お二階のゥ、ボツボツ上りますでなァ」
「よしゃ、心得た。行燈消すでェ。フーッ」
(下座)
「こっちですよ。こっちですよ。暗いですから、気ィつけてや。こっちこっちこっちィ、ヘヘ、こっち、私、あたし、どうぞどうぞどうぞ・・・・・・へへ、エエ、大変にネ、失礼なことをするようですが、ちょっとだけ(頭を撫でるしぐさ)・・・・・・・・・・・・」
「一人だけ片づいたな、いまの具合では、どうもあれは・・・・・・(頭を撫でるしぐさ)これやったような気がすんねがなァ・・・・・・・・・」
「こんだこっち!こんだこっち!わたし。・・・・・・・・・大きな女やなァ」
「二人とも音無しのかまえやな。ということは、俺とこは・・・・・・ありそうな・・・・・・・・・」
ガラッと夜が明けました。
「アアーア、あほらしなってきた。清やん、清やん、お前とこえらい、ゆっくりやったなァ。毛ェがあんねやろ。あんねやろ」
「あるかい。お前とこはい」
「あったら、こない早よから起るかい」
「ないの?」
「ない」
「ほたら何か、喜ィ公やなァ。俺もお前もないとすると、喜ィ公があんねんで、あいつ。うまいこといきやがったなァ。喜ィ公!喜ィ公!」
「ウアー」
「毛ェあったか」
「ない!」
「ないて、オイ、みな寄れ、みな寄れ、オイ」
「ないネェ」
「うまいこといきやがったなァ。暗がりにせえ、暗がりにせえ、向うの作戦やでェ。三人とも坊主抱かしやがんねやがなァ。こゥら腹立つなァ。けど、しゃあないがなァ。一晩中お世話になったんや」
「ちょっと待って、ちょっと待って。わいなあ、こういう行動に移ったきっかけになった、あの下の侍、あいつどないしてんねやろ、見てこォ」
「いらんことすな、いらんことしいな。こんどおかしなことになったら、首とば・・・・・・・・・」
「気になるさかい見てくる。ちょっと待っててや。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行てきた。侍、落ち着いとるでェ。あいつとこはなァ、うまいこといったとみえてなァ、女がな、髪なでつけて、前へ坐るのを待ちかねたようにな、何かこう、紙に包んだもん出してな、『些少なれども、かんざしなと買うてくりゃれ』いうことが違うな、『些少なれども、かんざしなと買うてくりゃれ』オレもムカつくさかい、あの通り真似したろと思うねん。金、わいに払わしてェ」
「誰が払うたかて、かめへんけどもや、お前払うの?なら、お前に、ひとまとめにするけども・・・・・・」
「よっしゃ、紙にこう包んで・・・・・・オイ、そこへ三人並んでくれ。俺が払うねんさかい、俺が。エヘン、オホン、一夜たりとも妻は妻、いうてるやろ、なァ。些少なれども、かんざしなと買うてくりゃれ」
「あのう、折角でっけど、お客さん、かんざし買うても・・・・・・・・・」
「油なと買うてくりゃれ」
「油買うたかて、つけるとこがあらしまへんがな」
「お燈明なとあげてくれ」
(完)

解鋭

 この「三人旅浮れの尼買い」を全編通して演ずるというのは、いまではほとんどなくなりました。
 特に、若い方々には、初めてきくという人が多いのではないかと思います。
 なにしろ長いはなしです。この長丁場を、お客さんの耳をこちらにひきつけながら続けるというのは、大変難しいことです。
 いまの「三人旅」では、足が痛くなるくだりなど、なぜ足が痛くなったかの原因は明らかにしません。
 そういう意味では、「三人旅」の完全版といえます。どうしたわけか、「東の旅」シリーズのなかでは、喜六、清八の二人が主人公ですが、この「三人旅」では、この二人のほかに源兵衛という男が加わります。
 この三人の男が、大阪から奈良へ出まして、榛原の追分から、左へ飛び、名張、伊勢路、青山峠を越えて、街道へぬけます。
 そして、そこから、小川、六軒、松坂、櫛田と続いて、斎宮から明星へかかります。
 あとは、明星で一泊して、宮川を渡りますと、伊勢の山田。伊勢参宮もあがりに近い。目標も目の前という浮れた三人、それでいて疲れた三人のおもしろさ、ここが、このはなしの演じどころです。
 「三人旅」の妙味は、ここにつきます。
1973.1.14 露の五郎

(追記)
「三用屋三郎兵衛」といり宿屋は実在したものだそうです。