短命

 一席おつき合いを願います。
落語というのは、どういたしましても、片一方に、われわれ同様という妙なやつが出て参りますけれども、昔からよく言いますが、そっち方面、われわれ同様というのはわりと色気に乏しいてなこといいまして、都々逸にもあります、古い都々逸に−
『なぞをかけるに知らないそぶり、色気ないのか、あほかいな』
てな、しゃれた都々逸があります。どうしましても、こういう手合いには色気というのは、もひとつ乏しいようですがネ。
「こんにちは。」
「おゥ、誰やと思うたがな。まァまァ、こっち上っとい・・・・・・あれ! こゥらまた、きょうはお前、紋付なんか着こんで、どないしたんや。何ごっちゃ。」
「えらいことがでけましたんや。」
「何がでけた。」
「何がでけたて、あんたあのゥ、ホレ、横町に十一屋ちゅう質屋はんがあんの知ってなはるか。」
「ほゥほゥ、十一屋はん、よう知ってるで。」
「はァ、向うの旦那はんが、また死んだ。」
「ナニを?」
「十一屋が・・・・・・旦那がまた死んだ。」
「また死んだ? ハハン、なるほど、ようあるやっちゃ、なァ。いっぺん息を引き取りはったやつが、また、息を吹き返したとか・・・・・・。」
「そんなことおまっかいな。人間、生きたり死んだりでけまっかいな。」
「そうかてお前、いま、また死んだちゅうたがな。」
「いや、そやおまへんねや。あのネ、その、あのゥ・・・・・・わけ言わなわかりまへんけどな、向うに、あの、娘はんが一人いてはりまんねや、な。で、その娘はんに、だいたい養子をとりまんねん。で、初めに来やはった養子はんが死にはって、で、二へん目の養子さんが、気の毒やって、三人目があかなんだ。」
「あゝあ、なるほど。それで“また”ちゅうたんかいな。あゝ、お前はんの話はとぶさかいヤヤコシい。順を追うて言うてくれりゃ、ようわかンねや。なるほどなァ、そうかァ。ほんで、わしとこへ何しに来たんや、そんなもん着こんで。」
「さァ、そやさかいにネ、ちょっとあんたに、そう、あのゥ、イヤミ教えてもらおう思うて。」
「ちょっと待ちィ、これ。人がお亡くなりになったとこへ、イヤミ言いに行ってどないすンねん。」
「そやかてあんた、言いまんがな、そう、あのゥ、そう、こういうときに、ホレ、ン・・・・・・何とかいうやつ。」
「それもいうなら、くやみやろ。」
「そうそうそう。それ、そのヤミや。そのヤミ、ちょっと教えてもらお思うて。」
「変ってるな、お前だけは。くやみ教えてもらお思うてて、いままでそれだけご不幸があったのに、くやみに行かなんだんかいな。」
「そんなことがおまっかいな。わたいのこっちゃ、如才のうくやみに行てるが。」
「如才のうくやみに行くやつがあるかい。で、いちばん初めに行たときは、どない言うたんや。」
「さァさァ、イ、イ、いちばん初めに行たときゃネ、わたいかてあんた、ウロがきてまんがな、どない言うてええねやわからんし、とにかく、そのゥ、『こんにちはー』ちゅうて。」
「ほゥほゥ、『こんにちはァ・・・』。」
「『こんにちはァ、この度はその、よ、よ、養子さんが・・・・・・えらいこっだしたそうで、あのゥ、まことにこらァ・・・・・・すまんこってやす』。」
「なンじゃ、そら。お前はんがあやまってどないすンねん。知らん人がきいたら、お前が殺したようにきこえるで。」
「さァ、でネ、二へん目はあんた、これにちっと、馴れがさてまっさかいにサ、へへへ・・・ちょっとカヤク放り込んだ。」
「カヤク?どんなカヤクや。」
「ヘェ、『こんにちは』、ここは一緒でんねん、ヘェ。『こんにちはァ、コ、コ、この度は養子さんが、エ、エ、えらいこっだしたそうでんなァ』。」
「ン、そこも一緒や。」
「あァ、こっから違うんだ。」
「どない違うねん。」
「『二度あるちゅうことは三度あるちゅうさかい、もういっぺん、誰ぞ・・・・・・』。」
「おい、ちょっと待ちィ、これ。よう、そんなアホなこというて来たな。向うの番頭はんカンカンになって怒ったやろ。」
「なかなか、怒りまっかいな。『お前の言うこと、いちいち気にして、腹立ててたら、ほなもん、なんぼ腹立てんなんやわからへん。もうそんなこと言うてんとな、奥ィ行て、何なと食うて来い』ちゅうさかいに、ビャーッと、腹へってたさかい、台所へ走って行って、握り飯十三たべて・・・・・・。」
「化物やなァ、ほんまにお前だけは。食いぬけの底ぬけちゅうのはお前のこっちゃ。まァなァ、こんども、ええ加減なこと言うて行くつもりやってんやろけどもやな、くやみてなものは仕入れでええねや。」
「はいァ、お、お、おくやみに、仕入やの誂えちゅうのおまんの。」
「いや、別に誂えてなものはないけどもやな、まァま、差しさわり
のないとこなら、『この度は、まことにご愁傷さまでございました、いろいろとお力落しでございましょうが、ま、後々のお疲れの出ませんように』と、これぐらいのこと言うときゃええねや。」
「ア、さようか。ハッハッハ・・・・・・そんな簡単なこっでよろしいの。ヘェー、さよか。なら、おゝきに。いまから行てきま。」
「あゝ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ちィ、これ。これ、ちょっと待ちなはれ。もっぺんそこへ坐り。いやいや、まァ、くやみに行くのは、ちょっと、後で行けるがな。もっべんそこへ坐りィちゅうねん。いやいや、いまな、お前と話をしてるうちに、わしゃ、ヒョッとこのゥ、気になることがあるねやがな。さっき、お前が言うてたように、向うに養子さんが来やはって、代々、その養子さんが、早よお亡くなりになるな。ン、まァ、その原因がな、わかるような気がすンねやがァ、ちょっとお前はんに尋ねるけどもな、わしゃそのゥ、娘はんちゅうの、その娘はんの器量はどんなもんや。」
「器量はどんなもんやァてなこと、言うてるだけ、あんな手遅れや。ほなもん、綺麗の綺麗ないの、そらまァ、あれだけの別嬪、ちょっとこの界隈にいてまへんでェ。ほらもう色が抜けるほど白うてネ、ニコォッと笑うとマンホールみたいなエクボがベコォッとへこみよって、そら、たまりまへんで。」
「そうか、なるほどな。で、その、初めに来はった養子さんちゅうのは、どんな亡くなりようや。」
「さァ、これ、これネ、わたいら、みな寄って、わからんなァちゅうてたんだ。なんしネ、初めに来やはった養子さんちゅうのが、これがまた、きれェな養子さんですわ。色の白いネ、男前の、まァ、これええ似合いの夫婦やなァ、お雛はんみたいなご夫婦やなァちゅうてたん、ところがネ、養子に来やはって、ものの半年経つか経たん間に、何じゃわけのわからん病気、青う、細長うに、ヤネ裏の唐きびみたいにヒョロヒョロー、ヒョロヒョローとしてネ、で、須磨の別荘に出養生に行て、半年ほどして、ゴロンと死んでもた。」
「おゥお、気の毒にな。で、なにかい、そのときに、その、肝心の娘はんちゅうのは、どないしてはった。」
「そりゃあんた、養子さんと一緒に須磨の別荘へ行てまんが。」
「はァ・・・・・・やっぱりそうじゃな。それや。」
「なにが?。」
「いや、なにがて、わからんかい。いゝやいな、その養子さんが早よ死にはるちゅうのは娘はんが、一緒に須磨に従いて行くさかいやがな。」
「へェ、娘はんが、須磨へ従いて行たら、養子さん、早よ死にまんの。」
「そう、昔からよう言うがな。ホレ、『出養生、毒も一緒に連れて行き』ちゅうやっちゃがな。なるほどなるほど。ちィと合点がいたような気がするが、二人目はィ。」
「さァ、これはネ、前の人がからだが弱かった。で、とにかく丈夫な人引っ張って来い、元ネ、運動の選手かなんかしてはった人やそうですわ。見るからに体格のガッシリした人だ。これが養子に来やはった。ところが、これが、養子に来て、ものの半年経つか経たん間に、何じゃ、わけのわからん病気、青う、細長うにヒョロヒョロー、ヒョロヒョローッとして、須磨の別荘に出養生に行て、半年ほどして、ゴロッと死んでもうた。」
「ほゥ、これも気の毒に。で、なにかい、そのときに、その肝心の娘はんちゅうのはどないしてはってん。」
「そらあんた、養子さんと一緒に須廉の別荘に行てまんが。」
「やっはりそうやな。それも、出養生、毒も一緒に連れて行きちゅうこっちゃ。なるほどな、で、三人目は。」
「さァ、これですわ。三人目はネ、前の二人が、からだが弱すぎた。で、とにかく、丈夫な人を引っ張って来い、顔なんかあってもなかってもええさかい・・・・・・」
「そんなムチャ言ィな、これ。人間に顔がなかってどないすンねんな。」
「さァ、もう、そんなもんはもう二の次や。とにかく、からだの丈夫な人をォちゅうてネ、さァもう、三人目はあんた、頑丈な頑丈なもう、鉄筋のビルみたいな人ですわ。背ェの高ァいネ、そらもう、少々、棒でどついてもつぶれんでェちゅうてたんだ。ところが、これも、養子に来て半年経つか経たん間に、前のんと一緒、青う、細長うにヒョロヒョロ、ヒョロヒョロして、須磨の別荘で、出養生に行て、半年ほどして、ゴロッと死んでもた。ヘェヘ、そらァあんた、もちろん娘はんも一緒に、須磨へ行てまんが。」
「やっばりそうやな。出養生、毒も一緒に連れて行きちゅうやっちゃ。」
「ちょっと待った。あんたネ、さっきから、わたいの話きいて、独りでニコニコして、毒やなァ、毒やなァいうてなはるけど、何がそない毒ですねん。」
「わからんかァ。その娘はんが毒やがなァ。」
「ア、そう、さようかァ、ハハァ、あの娘が毒でっかァ。ヘェ、人間てわからんもんやなァ。あんなきれェな顔してて、あれ毒か。ははァ、あッ、ほた何でっか。あの娘が息すると、鼻と口から毒ガスを・・・・・・」
「もう、そんなアホな、これ。人間、なんぼ進んだかて、そんなことできそうな筈がないがな。わしがこれだけのこと言うてわからんかい。ちィと推量したらどうや、え? ン・・・まァま、わからんならわからんように、まァ、わかるように説明してやろか、な。つまりな、そのゥ、養子さんちゅうのは、別に、お店へ出て働かいでもええのか、え? ほゥほゥ。番頭はんがしっかりしてる、ふン、なおさらのこっちゃがな、え? その娘はんの守りさえしてたらええねやろがな。ウン、まァ、たとえばや、なァ、須磨の別荘へ出養生へ行てるわ、な。で、まァ、寒い時分なら、二人がまァ、おこたへでも入ってやな、世間話を、あゝでもないこうでもないとしてるうちに、ホッと、こう、何ぞの拍子に娘はんが、手ェ出すわ。養子さんが、手ェを出す、手ェと手ェと触るやろ、なァ。人情として、手許へグッと引き寄せるァ、顔と顔とが合うわ。色っぽい目もとでニコーッと笑う、えくぼがペコォッとへこむ、相手が・・・・・・別嬪やろが。・・・・・・・・・そらまァ、・・・・・・どうしても・・・・・・命が短うなるわいな、ヘッヘッヘ・・・・・・・・・わかったか。」
「さっぱりわからん。あのネ、普段、あんたわたいのことどない言うてなはる。アホやアホや言うてなはんねや。そのゥ、もっとネ、わたいにでも、その、わかりやすいように。」
「こんなことが、わかりやすいようにクダいて言えるかいなァ。たいてい、そのゥ、察したらどうやろなァ。ならまァ、たとえばや、あゝいうこたァな、昔からもうその気になりゃァ、時、所、場所を選ばずとしたァるさかいな。ほな、まァ、ご飯食べるときや、ええか。まァ、二人きりやわな、で、お茶碗にご飯をよそうてやな、娘
はんが養子さんに渡そうとするゥ、受け取ろうとするゥ、手ェと手ェが触るがな、なァ。人情として、茶碗を置いて、手許へ引き寄せる、顔と顔とが合うわ。色っぽい目もとで、ニコォッと笑う、えくぼがベコーンとへっこむ、相手が別嬪やろがな。そらもう、どうしても、命が短うなるわいな。わかったかァ。」
「ちょっと待って。いや、旦さん、わかりかけてきたけど、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って。考える、考えるがな。考えるがな。ヤイヤイ言いなはんな。そら、わたいかて、考えることぐらいでけまんねんさかい、ちょっと待ってなはれ。ナ、ナンでっしゃろ。お茶碗にご飯をよそうてやな、養子さんに渡そうとする、受け取ろうとする、手ェと手ェが触ると、こらわかんねや。なァ、で、人情として、茶碗を置いて、手許へ引き寄せるゥ、顔と顔とが合うわ、色っぽい目もとでニコォッと笑う、えくぼがベコーッとへっこむ、相手が別嬪で、命が短・・・・・・・・・ウフフ・・・・・・・・・ウフゥ・・・・・・・・・」
「ほな、妙な笑い方しィないな。わかったんか。」
「ヘェ、わかりました。おゝきに、さいなら。」
「これ、もうちょっとゆっくりしていきィ。いま、お茶なと容れさすがな。」
「ヘェ、おゝきにィ。イッヒャッハハ・・・・・・・・・え? しかし、なンやなァ。年寄りちゅうのはンまいこと言よるなァ。手ェと手ェとが触るときやがンねや、ウッホッホ・・・・・・・・・おォい、カカ!」
「まァ、カカやおまへんがな。いつまでウロウロしてなはんねんな。この忙しいのに。はよ十一屋はん、おくやみに行きなはらんか。」
「さァさァ、いまから行くねん。ちょっと腹へってるさかい、飯食わして。」
「きょうらみたいな、忙しいのに、帰ってからゆっくり食べなはれ。」
「ほなこと言わんと、ちょっと腹へってんねん、飯食わして。」
「もう難儀やなァ。人が忙しいのん見ててからに、グズグズグズグズ・・・・・・あのな、そこにブブ漬けの仕度がでけたァんねん。ガサガサとかっこんで、はよ行きなはれ。」
「コラ、コラ、ガサガサっとかっこんで、はよ行きなはれてお前、何ちゅうこと言うねん。お前、俺の何やねん。カカやろ。カカならカカらしゅう、ちょっと茶碗によそえ。」
「ええ年して甘えなはんな。」
「甘えてるわけやないねん。いろいろ都合があんねん。ちょっ、ちょっと茶碗によそおえ。」
「もう、うるさいな、ほんまにもう、文句のありったけ言うのやわ、ほんまにもう。
さァ、はよ取んなはれ。」
「受け取ろうとする・・・・・・・・・」
「何を寝言みたいなこと言うてなはんねな。はよ取んなはれ。」
「手ェと手ェと触るか。なァ、人情として、茶碗を置いて、手許へ引き寄せる、顔と顔とが合うわ。色っぼい白もとでニコーッと笑う、えくほがベコーツとへっこむ、相手が別・・・・・・ケッ! えらい顔しとんなァ。はァ、人三化け七ちゅうけど、こら人なし化け十の□やなァ。けど、ありがたい。わしゃ長生きするわい。」
(完)