植木屋娘

エエ、一席おつきあいを願いますですが、ここにごぎいました商売は植木屋さん、名を幸右衛門と申しまして、ことし十八になる娘のお光(みつ)っちゃんと、嫁はんとの三人家内。この植木屋さん、財産のほうが地所や植木でざっとふた箱。ふた箱・・・・・・、みかん箱やおまへんで。千両箱がふた箱。なにしろ十両で首が飛んだ時分の二千両でっ、さかい、そらもう莫大なもん。近所に成相寺というお寺がございまして、ここの住職−和尚さんとはごく懇意で、ある日のこと・・・
「和尚(おつ)さん、こんにちはァ」
「おォ、だれやと思たら幸右衛門やないか、さァさ、こっちィあがんなされ」
「ヘェ、おおきに。和尚はん、ひとつまた節季よろしゅう頼んまっせ」
「なんじゃてなァ」
「ヘェ、節季よろしゅう頼んますちュうねや」
「ちょっと待ちよ、オイ、わしゃ、おまはんに金借りたおぼえはないのやがな」
「和尚さん、忘れてもうたらどもならんなァ。そやないがナ、書出し頼んますちュうのや」
「ああ、書出しのことかいな。それやったらそう言うたらええがな。入って来る早々節季頼んまっせ、ちュうさかい、わしゃおまはんにまた金借りたんかいなァと思たがナ。機会(おり)見て書いといてやるでナ、持ってきときなされ」
「和尚さん、和尚さん、もうちょっと、あの書いてくれるのはよろしいけどね、字ィ勉強してもらわな、どうない、得意のうけがわるおまっせ」
「そらまたなんでやなァ」
「なんでやて・・・・・・、和尚さんに書いてもらう字ィな、戒名の、位牌の字ィやと、こない言いよるんで」
「ああ、なるほどなァ・・・・・・。イヤイヤ、坊主のわしの書く字ィやで、そう見えるのやろ。こら、先方(さき)さんのほうが目が高いなァ。ほんならいっぺん伝吉に書かせようかな」
「伝吉っつァん・・・・・・、そら、だれに書いてもろてもよろしいけど、伝吉っつァん、あれ、字ィよう書くかァ」
「コレコレ、それがお前、いかんちュうのや。自分がよう字ィ書かんさかい、人も書けんと思たら大まちがい。わしは、口では伝吉、伝吉とえらそうに言うておりますがナ、あの男は五百石の家督を相続する身じゃ」
「ああ、さよか・・・・・・、わて、そんなむつかしいことわかれしまへんのやけどね、書いてくれんねんやったら、すぐにでも来てもろとくなはれ。そやなかったら、得意、いつ取りに来るやわからしまへんので、ヘェ。わたい、家で待ってまっさかいに、すぐに来てもろとくなはれや。ほな、待ってまっさかいナ。さいなら、ごめん」
「ちょっと、コレ、相変わらずやなァ、ほんまにもゥ・・・・・・。伝吉や、伝吉や」
「和尚さん、お呼びでございますか」
「ああ伝吉か、イヤイヤ、実は、いまもナ、植木屋く幸右衛門が来てナ、書出しを書いてくれちュうのやがナ、わしはどうしても手のはなせん用事があるンでナ、すまんが、そなた、行って書いてやってくださらんかナ」
「さようでございますか。ちょうど幸いお寺のほうに用事もございませんので、ほたら行てまいります」
「オオ、行てやってくださるか。・・・・・・伝吉、あの幸右衛門ちュう男ナ、腹はエエのやが、まことに口ごうはいな男、ひとつ、まァま、なに言われても気にせんようにナ」
「心得ております。ほたら行てまいります」
やってまいりました植木屋さん、
「あのゥ、お寺からまいりました伝吉でございますが」
「オオ、伝吉っつァん、来とくなはったァ、待ってたんだァ。はようあがっとくなはれ、あがっとくなはれ、ずうっとあがっとくなはれ、ずうっとあがって、あがって、あがって・・・・・・、あがってくれたら、一服せんとはよ書いて」
最初に荒肝とられてまいよって、
「あのゥ、書きますにも墨も硯も筆も・・・・・・」
「ちがいない。こっちにちゃーんと仕度してまんねン。ヘェヘ、これで全部そろてまっさかいに」
「いやあのゥ、帳面・・・・・・」
「ああ、帳面・・・・・・こ、これ、これ帳面だァ」
「ちょっと拝見させていただきます。・・・・・・あのゥ・・・・・・」
「どないぞしましたかいナ」
「この帳面、ゝ(ちょぼ)と△(さんかく)と○(まる)しか書いてございませんが」
「それでちゃんとわかんねやがナ。イヤ、わい、字ィよう書かんやろ、それでちゃんとわかることになったァんねや」
「と申しますと、このチョボは・・・・・・」
「そら、あんた、一朱やがナ」
「さんかくは・・・・・・」
「一分やがナ」
「まるは・・・・・・」
「一両やがナ、そのぐらいのこと、わからんかァ」
「そちらにはわかりましても、わたくしのほうにはいっこうに・・・・・・。で、あのゥ、名前のほうは・・・・・・」
「ア、名前はわいが心覚えにしてあるさかいナ、これから言うさかい書いてンか」
そこは手のはやいお方で、たちまちの間に百本ほどの書出し、いまでいう請求書を書きあげてしまいます。
「あのウ、できあがりました」
「書いとくなはったァ、・・・・・・、みな・・・・・・、全部・・・・・・、さよかァ・・・・・・。えらいすんまへんなァ、こないはよう書けるもんを、あのド坊主は、なんじゃかんじゃ言うて、書きさらさへんのや。カカ、伝吉っつァん、もうみな書いてやったでェ、エエ。こんなはよう書いてくれて・・・・・・。はよ出せ、出せ、はよ出して・・・・・・、持って来い、持って来い」
そこはあるとこでございまっさかいに、酒肴を出してご馳走をいたします。それが縁になりましてから、ちょいィちょい、この伝吉っつァん、幸右衛門のうちに遊びに来るようになった。来るたんびに、お父っつァん、これはああしたほうがようございましょう、あれはこうしたほうが得でございましょう、と、何かにつけて幸右衛門の手助けをするもんでっさかい、幸右衛門のほうは、伝吉っつァんを心の底から、爪の垢まで、ぞっこん惚れ込んでしまいよった。ある日のこと・・・・・・
「カカ、カカ、ちょっと来い、ちょっと来い。・・・・・・あのゥ、な」
「なんだんねや、あらたまって」
「うちの、あのゥ、お光やがな・・・・・・」
「ハァ・・・・・・」
「うちのお光、あらァことし十八や、フン・・・・・・。ほんで、ま、来年
十九になるちュう世間でもっはらの噂や」
「なに言うてなはんねン、この人は・・・・・・、あらたまって・・・・・・、あた
りまえやないか」
「あ、あたりまえやけどもナ、お前は・・・・・・、なァ、おもしろい顔してるわ」
「長年連れ添うた女房つかまえて、いまさらなんだんねン、そんなもん・・・・・、急に・・・・・・」
「イヤイヤ、そら人のことは言えんナ、わいもこうやってゲタの裏みたいな、おもろい顔をしてる・・・・・・。ところがうちのお光、あらァ美人(うつくしもん)じゃ。エエ、町内の若い衆、あれよかったら歪めよか、蹴倒そか、なんじゃ火ばしや小便たんごみたいに思てけつかる。わしゃ、カカ、歪めささんちュうねン。ええか、植木に虫がついたら、商売やさかいなんとかするで。けども娘に虫がついたとなると、わい、ようなおさん、な。そこでなァ、虫のつかん間に、あいつに養子もろてナ、わいとお前が隠居しようと思うねやが、どないやろなァ」
「ハァ・・・・・・、そらまァユエ話だんナ」
「エエ話か・・・・・・、ああそうか、イヤイヤ、お前がそない言うてくれたら、わいも嬉しい。エエ養子見つけたァんねン。どないや、伝吉っつァんや、エ、お寺の伝吉っつァん」
「伝吉っつァん・・・・・・ハァ、そら、まァ悪いお人やおまへんけども・・・・・・、けども肝心のお光ちゃんがどない言うか・・・・・・」
「お光が・・・・・・、お、お光がイヤ言うたら、わい、お光ほり出すでェ」
「そんなことしてどないすんねンな」
「どないすねンて・・・・・・、お前・・・・・・、伝吉っつァん、お前が養子もらえ、な、ほんでふたりしてわい養え」
「そんなアホなことできまっかいナ」
「とりあえずお光に聞け、お光にナ。お光、呼べ、お光ッ・・・・・・、お、お光、ちょっ、ちょっと来い、ちょっと来い。お父っつァん、ちょっと話あんねン。そこィすわれ、そこィすわれ。なァ、お光、お前ももう年ごろや。イヤ、いまもお母はんと話してたんやけどもナ、お前に養子もろてナ、ほんでェ、お父っつァんとお母はんが隠居しょうと思うのやけど、お光、どないやろうなァ・・・・・・。ウンちュうてくれ・・・・・・、ウンか・・・・・・、ウンちュえ、ウンちュうてくれ・・・・・・、ウンか・・・・・・。カカ、ウンちィよったがな。ほんでナ、お光、エエ養子見つけたァんねン。どやろなァ、お寺の伝吉っつァんや、伝、伝吉っつァん・・・・・・。ウンちュえ・・・・・・、ウンか・・・・・・、ウン言うてくれ・・・・・・、ウンか・・・・・・、言わいでもエエ、カカ、赤い顔してうつむいてけつかんねン。ヨゥーシ、お前の気持はこれでわかった。ちょっと待っとくれ、いまから行てもろてきたる」
なんじゃ猫の子もらうようにやって来よって、
「和尚さん、こんにちはァ」
「おゥ、幸右衛門か、まァま、こっちィあがんなされ」
「へェへェへェ、おおきに。・・・・・・和尚さん、うちのお光だっけどナ」
「お光坊がどないぞしたんかいナ」
「うちのお光、あらァことし十八だァ」
「ホゥ、子供や子供やと思てたが、もうそないなるのかいなァ」
「へェ、なりまんのンで、エエ。で、まァ来年十九になるちュう世間でもっはらの噂だんねン」
「お前、なにを言いに来たんや、なにしに来たんや」
「イエイエ、まァ聞いとくなはれ、な、うちのお光、あらァ美人だァ」
「コレ、コレ、我が子ほめるはバカな親じゃと、世間の人が笑わっしゃるぞ」
「笑われようとどないしょうとかましまへン。うちのお光、あらァべっぴんだァ、エエ、町内の若い衆、あわよかったら歪めよか、蹴倒そか、和尚さん、なんか火ばしか小便たんごみたいに思てけつかんのや。わいは、和尚さん、歪めささんちュうんだァ。よろしィか、植木に虫がついたら、こらァ、わたい、商売だァ、なんとかしまっせ。けども、あんたァ、娘に虫がついたとなると、わい、ようなおさんのゃ、ハァ。そこで虫のつかん間に、あいつに養子もうて、わいとかかが隠居しよう思いまんねンけども、和尚さん、どうでっしゃろなァ」
「ホホゥ、こらァけっこうな話やなァ、幸右衛門」
「け、けっこうでっか、あァさよかァ、和尚さんにそない言うてもろたら、わたいも心強いわ。ほんで、あのねェ、エエ養子、見つけてまんねン。どうでっしゃろな、ここの伝書っつァん、で、伝吉っつァん」
「伝吉・・・・・・、えらいこと考えつきよったなァ・・・・・・、こらァ幸右衛門、あかんわ。さァさ、いつぞやも言うたやろ、あの男は五百石の家督を相続する身じゃ。こらなる話やないなァ」
「ほんなこと言わんとゥ、和尚きん、おくんなはれなァァ・・・・・・。なァ、伝吉っつァん、エエ男や。うちの娘、べっぴんだァ。ふたり、交合(けあわ)してみなはれ、そらエエー子がとれまっせェ」
「兎みたいに言うとんねやなァ」
「和尚さァん、あんたもなァ、死んだもんの世話ばっかりしてんと、たまには生きたもんの世話も・・・・・・」
「おかしなものの言い方しィないナ・・・・・・。なんと言われても、幸右衛門、こら、あかんわ」
「あきまへんかァ」
「あァさよか、あァさよか・・・・・・。フン、いらんわ、ほんまにもゥ・・・・・・。さいならッ、ごめんッ・・・・・・。あのド坊主だけは、ここ一番なんじゃァかんじゃァ言いくさんねン。ほんまにもゥ・・・・・・ムカムカするなァ・・・・・・。カカ、いま戻ったッ」
「どやってんや」
「あかへんねやァ・・・・・・、あのド坊主がなんじゃかんじゃ言うてくれさらさへンねや、ほんまにもゥ・・・・・・」
「そうでっしゃろ、あんたがひとりでやいやいやいやい言うたはんねやないか」
「しかしなァ、カカ、わい、思うねゃがナ、なんじゃかんじゃ言いながら、伝吉っつァん、うちィ遊びに来るというのは、こらァお光のことなんとか思やこそやと、わしは思う、な。いっべん、今度ナ、伝吉っつァん、うちィ来るやろ・・・・・・、ほんなら、お前、すぐに酒肴、ぱァッと出せ、な。ほんで、お前ェ、どこィなと行け。どこでもエエ、風呂ィなとどこィでも行け。ほんで、わいも、アッ、得意に植木、持っていかんならン、えらいすいまへんナ、これからちょっと時間かかりまんねン、ちュうてポイと外へ出るわ、な。ふたりっきりや・・・・・・。ほんで、ま、伝吉っつァんが酔うた勢いで、お光の手ェでも握ったとせんかィ。わい、裏へグルッと廻ってナ、焼板のとこへたしか節穴があった、あっこから中ァ覗いてるがナ、な、手ェでも握ろうもんなら、わしゃそこへポイと出て行って、伝吉っつァん、うちの大事な娘になにしなはんねン、・・・・・・こらまァ、お父っつァん、失礼を、・・・・・・失礼でことがすみまっか、・・・・・・ほたらどないしたらよろしい、・・・・・・うちの養子においなはれ・・・・・・て、これでどないや」
「そんなうまいこといきまっしゃろか」
「イヤイヤ、いくに違いない。わい、やってこましたるさかいに」
もうお父っつァん、メチャクチャ言い出しよって、そんなこと知らん伝吉っつァんは、暗剣殺に向こたようなもんで・・・・・・
「お父っつァん、こんにちは」
「ああ、伝吉っつァん、来とくなはった・・・・・・、カカ、伝吉っつァん、来はったで。すぐに用意せェ、は、はよ出さんかィ、酒肴。は、は、はよう出せェ。まァまァすわっとくなはれ、ヘェ。ゆ、ゆっくりしとくなはれ・・・・・・。あ、あのゥ、ほんでェ、お、お光、どこ行た、お光・・・・・・、お光、呼べ。お光ゥ・・・・・・、お光ゥ・・・・・・、あ、ちょ、ちょっと来い、こっち来いこっち来い、こっちィ来いちュうねや・・・・・・。そんなお前、暗いところで顔赤ゥすな、バカ。色黒ゥ見えるわ、アホ。こっち来いこっち来い・・・・・・、ここィすわれ、伝吉っつァんの横ィすわれ・・・・・・。かか、お前、あのゥ、どっか行け、な、行てこい」
「どこィ行くねや」
「どこィ行くねやて・・・・・・、お前・・・・・・、行ったらええやないか、エエ。あッ、あのゥ、ふ、風呂行け、風呂」
「風呂・・・・・・、いま行て帰ってきたとこ」
「もういっぺん行けや、アホンダラ、ほんまにもゥ・・・・・・。はよ行け、はよゥ。な、なんなと持って行ったらええやないか・・・・・・。ゆっくり入ってこいよゥ、なんやったら帰りに髪結いさんも寄ってこい・・・・・・。伝吉っつァん、かか、いまどうしても風呂に行くちュうて、行きよったんで、ヘェ。・・・・・・ころっと忘れてました、わてねェ、得意へ、これから植木持って行かなあきまへんねン、へェ。きょう中にどうしても持ってきてくれちュうの、ころっと忘れてた・・・・・・。こら、ちょっと離れてまんのんで、へェ、ちょっとかかりそうだんねン、えらいすんまへん、ど、どうしてもきょう中に行かなあきまへんので、へェ。カカねェ、あいつの風呂は長いんだァ・・・・・・。わたい、これから・・・・・・ちょっと離れてまんので、へェ、ちょっとかかりまんのんで・・・・・・。エエ、伝吉っつァん、お光とふたりだけ。あんたやさかいにまかしまんねんでェ・・・・・・。ヒィーッ、ドゥワァーッオオウーッ」
お父っつァん、ひとり喜んで、裏へグルッと廻っていきよって、
「ええと、焼板のところへたしかに節穴が・・・・・・。節穴、節穴があった、あった・・・・・・、ア、あったみった。・・・・・・きれいなァ、こうして見たらなァ・・・・・・エエ、雛はんの夫婦やなァ・・・・・・。な、なんや言うとるナ、ナニ、ハァ、伝吉っつァん、おひとついかがです・・・・・・、お、お光、うまいこと言いよンなァ・・・・・・。ナ、ナニ、アン、お光っつァん、あんたもおひとつどうですか・・・・・・、ウッ、伝吉っつァんもやるなァ・・・・・・。エ、わて、不調法でよう飲まん・・・・・・。そんなこと言うたらいかん。お光、お前も飲め、飲んでくれ。な、こういうことはふたりとも飲んでないかんねン。飲めッ、お光ッ、いっぱいでええから飲んでくれ・・・・・・、飲まないかんねン、飲んでくれ・・・・・・、お光、頼むさかい飲めッ」
お父っつァん、一生懸命なって焼板のとこへ顔をこすりつけるもんでっさかい、顔半分まっ黒けになってまいよって、
「ほどのうお父っつァんもお帰りでございましょう。わたしもお寺のほうにちょっと用事がございますので、きょうはこのへんで失礼・・・・・・」
「そら、なにをぬかすねン、なにを言うねや。なんにもならんがな、ほんまにもゥ・・・・・・。コラッお光」
「まァお父っつァん、おもろい顔・・・・・・」
「おもろい顔・・・・・・、親はおもろい顔でも、子ォはエエ子ォ生んであんのんじゃッ」
「そやないがな、お父っつァん、いっぺん、鏡、見とう」
「か、鏡・・・・・・、このクソ忙しいときに・・・・・・、ほ、ほら見てみィ、ほら見てみィ、なァ、親は子のことにかけては顔までクロウ(苦労)しとるわ、ほんまに・・・・・・。そんなことはどうでもええねやないか、お光、お前も飲まなあかんやないか」
「ほんでも、お父っつァん、わて、よう飲まんもン」
「よう飲まん、て・・・・・・、お前もちょっと飲んで、お前ェ・・・・・・いかんかイ」
「どこィ行くねや」
「ど、どこ行く・・・・・・、そやないがな、ちょっと飲んで、お前・・・・・・せんかイ」
「なにすんねや」
「なにするねや・・・・・・、そ、そんなこと親の口から言えるかァ・・・・・・。ほんまにもゥドッ不器用な・・・・・・。このクソ忙しいときに、カカ、どこに行きやがったんやろ、ほんまにもうッ」
「ただいまァ」
「ただいま?・・・・・・、どこイ行ってたんじゃッ」
「どこ行ってた?・・・・・・、ようそんなアホなこと言うたなァ、風呂イ行てたんやないか」
「ふ、風呂・・・・・・、世帯人が一日になんべん風呂イ行きさらすねンッ」
「そんなアホなこと言うなァ。あんたが行けちュうたんやないか、ほんまにもう・・・・・・。あかなんだやろ、あかなんだやろ。あかんのに決まったァんねン。あんたひとりやいやい言うてはんのやないか、な、どうぞもうこの話はなかったと思うて、諦めてとう」
「イヤァ、わしゃ諦めんぞゥ」
そのことがありましてから、植木屋の娘は男嫌いやという評判がたってしまいます。そうこうするある日のこと、嫁はん、風呂から戻って来るなり、
「ちょっと、あんたッ、あんたッ、ちょっと、あんたッ」
「な、な、なんやッ」
「あんた、あんた・・・・・・、お光っちゃん、いてへんか、いてへんか・・・・・・・・。あてナ、いまナ、風呂行てナ、横町のおばさんに聞いたんやけどもナ・・・・・・」
「フン」
「うちのお光、お光な・・・・・」
「お光がどないぞしたんかイッ」
「うちのお光、乳の色も変ってりゃ、腹帯もせないかん、お腹が大きい、と、こない言うやないか」
「ナニッ、腹が大きイ・・・・・・、腹が大きイ・・・・・・、こらいかん、これはお前がいかんぞゥ」
「なんと言われようと私がわるおますの、このとおりあやまります」
「そやさかい、言うてるやないか、お前・・・・・・、どうがらばっかり大きなって、なんじゃかんじゃ言うてもまだ子供やさかい、めし食うときによそいだれよちュうのに、お前、おひつあてごうさかい、食い過ぎて腹大きィなったンやろ」
「なに言うてはんの、この人は・・・・・・、アホとちがうか・・・・・・。ちがうやないか、チクチクと大きィなったんやないか」
「チクチク・・・・・・、腸満か」
「まだあんなこと言うてるわ・・・・・・、ヤヤができたんやないかッ」
「エッ、お光に・・・・・・、あの男嫌いのお光にあか・・・・・・、だ、だれの子や」
「そんなん、まだわかれへんやないか。いま横町のおばはんに聞いてきたとこ」
「はよ聞け、はよ聞けッ、すぐに聞けッ」
「まァあんた、そんなこわい顔したら、お光っちゃん、こわがってなにも言わへんやないか・・・・・・。そのうちにナ、わてがまた聞ィとくさかいに」
「ちょっと待て、ちょっと待て。わてが聞ィとく・・・・・・。オイ、ふたりして苦労して大きイしたんやぞ。そんなエエとこ、お前だけが聞いて、わしに聞かしてくれんて・・・・・・、わしにちょっとご聴聞を・・・・・・」
「お説教みたいに言うてるな」
「ほ、ほなこうしょう、こうしょう。あのな、お光が、言いにくかったらナ、わい、あのゥ、これから二階イあがっとくわ、な。ほんで、段梯子の真ァ下でお光に聞け。だれの子やちュうことがわかったら、二階めがけて大ォきな声で言うてくれ、エエなァ、わい、二階イあがるさかい、すぐに聞けよ。・・・・・・そうかァ、ヒィーッ、あの男嫌いのお光が・・・・・・エエ、腹大きィなったんやて・・・・・・。ほんまに・・・・・・。ア、めでたいナ、ア、めでたいなァ、めでたい、めでたい、めでたいなァ・・・・・・」
「お光っちゃん、お光っちゃん・・・・・・、ちょっと来なはれ、ちょっと来なはれ。・・・・・・あのゥ、お母はん、ちょっと話あんねン」
「お母はん、話やったら座敷のほうで・・・・・・」
「イイエ。きょうはほかの話やおまへん、大事な話、こっちィ来なはれ。うちは先祖代々な、大事な話はこの段梯子の下ですることになったァんねん。・・・・・・お光っちゃん、お母はんナ、いま風呂イ行て横町のおばはんに聞いたんやけど、あんた、乳の色も変わってりゃ、腹帯もせないかん、お腹が大きイ、言うやないか・・・・・・。だれェ、あんたのお腹大きイしてやったんは、いったいだれエ」
「・・・・・・あて、お父っつァんにしかられる」
「ううん、お父っつァんのほうはナ、お母はんのほうからちゃんと話をするさかい、言イなァれ、あんたのお腹大きイしてやったんは、いったいだれや」
「あてのお腹大きイしてやったんは・・・・・・、お寺の伝吉っつァん」
お母はんのほうも、まさかと思えた伝吉っつァんという一言を聞いて、なんとかこのことを二階のお父っつァんにはやいこと知らさなあかんもんでっさかい、ウロきてまいよって、
「ほ、た、ら、なにかァ、おまえのゥ、おなかァ、おォきィしてやったんはァ、お寺の伝吉っつァんかいなァァーッ」
お父っつァん、それを聞くなり二階からころんで落ってきよって、
「お父っつァん、こわい・・・・・・」
「こわないッ、こわないッ。よう捕ったァ、よう捕ってくれたァ・・・・・・。あの捕りにくい伝吉っつァんを、よう−ッ捕ったァーッ。カカ、かつおかいて、煮干のしたれ」
なんや猫がねずみ捕ったみたいに言うとる。
「こないなったら、あのド坊主がなんと言おうと、わいがもろて来たるさかい待っとれ、なんと言おうと−ッ」
「ちょっと待ちなはれ、ちょっと待ちなはれ、どっちにしても儀式のうちのひとつやないか、羽織の一枚も引っかけていきなはれ」
「よう言うた、よう言うた、よう言うたァー」
「なにをきばってなァんねン」
「はよ持って来い、はよ持って来い、羽織・・・・・・、この羽織は、ひも、どこにあんねン」
「そらわての腰巻やないか」
「ややこしいとこイ腰巻、置いとくなイ。なんでもエエわェーツ」
お父っつァん、頭から腰巻かぶったままお寺へやって来よって、
「和尚さァァん、伝吉っつァんを養子にいただきまひょ、ア、もらいまひょ」
「手ェ出してどないすんねン。懲りん男じゃなァ・・・・・・。なんと言われようとも、あの男は五百石の家督を相続する身じゃッ」
「そらあかん。そらあかん、そらあかん、なんぼ言うてもあかんわァ、和尚さん。うちのお光は、ボテレンじゃいッ。さァ、いただきまひょ、もらいまひょ」
「すると、なにか・・・・・・、妊娠か・・・・・」
「鰊も捧鱈も数の子もあるかァッ。うちのお光は、ボテレンじゃイ。さ、いただきまひょ、もらいまひょ」
「そうなったもんなら、しかたがあるまい・・・・・・。ゆっくり伝吉とも話をしましてナ・・・・・・、いずれまた返事にあがりますで」
「それでは困りま。アッ、ほんならこうしまひょ、ネ、いますぐやなかってもよろし。わたい、家で待ってまっさかい、きょう中、きょう中、よろしイか。きょう中に色よい返事を聞かしとくなはれ・・・・・・。もしその返事がきょう中にもらえんときには、わたい、この風向き見て、本堂に火ィつけまっさかいな・・・・・・。家で待ってまっさかいな、さいなら、ごめんッ」
「えらいこと言い出しよったなァ・・・・・・、本堂に火イつける・・・・・・、あの男やったらやりかねんな・・・・・・。伝吉ッ、伝吉はおりませぬか」
「和尚さん、お呼びでごぎいますか」
「お呼びではないぞ、伝吉。そなた、口と腹とは表裏なお方じゃな、あの植木屋の娘をば・・・・・・」
「恥ずかしながら・・・・・・、たった一度だけ・・・・・・」
「さァさァ、その一度がいかん。妊娠じゃと言うぞ・・・・・・。そなた、行てやって下さるか」
「はい・・・・・・、身不肖なるわたくしを、かようまでおおせ下さいますのはありがとうございますが、わたくしは五百石の家督を租続せねばならぬ身・・・・・」
「さァさ、それを言うと本堂があぶないねや・・・・・・。伝吉、行てやってくだされ」
「行くわけにはまいりません」
「そなた、なぜ植木屋へ行てやってくださらんのじゃ」
「はい。商売が植木屋、・・・・・・、根は、こしらえ物かと存じます」
(完)

解説

「春蝶さん、こんばんは」
「こんばんは」
「今夜はどんなお話をして下さるんですか」
「『植木屋』、『植木屋娘』という話なんですけどね」
「どっちもいうんですか」
「そうねェ、正式には「植木屋娘」でしょうかね」
「どんな内容ですか」
「娘が男に惚れてね、この娘が財産家の一人娘で、嫁入りすることがでけんというので、どうしても養子がほしい。
で、惚れた男というのは家督を相続せなあかんという息子で、ま、いえば悲恋物ですかね」
「お古いのですか」
「そうでしょうねェ。背景はやっぱり江戸時代末期でしょうね」
「春蝶さんはどなたに教わらはったんですか」
「小文枝師匠です」
「いつごろ」
「そうね・・・・・・、教わったのはかれこれ五年ほど前ですけどね、どの話でも大体百回ぐらい、お客さんの前でかけなあかん言われてますが、そういう面では憶えたてでしょうね。やってる回数は非常に少ないですから」
「あんまり伺いませんね」
「まぁ、あんまりやさしい話はないけれども、特にこの話も、考えればむずかしい話で・・・・・・」
「一年のうち何回ぐらいなさるんですか」
「そうねェ・・・・・・、勘定したことはないからわからんけど、ほんでもようやったなあと思う年でも四、五回。まるっきり、ことし一回もやらなんだないう年もありましたし・・・・・・」
「好き嫌いで分けて、お好きなほうですか」
「落語家が何百あるという噺の中から憶える噺というのは、大体好きやから憶えるんやけどもね、ただ自分がやってみて、ものすご落たんするわけね」
「どうして」
「だれかの高座、見るでしょう。エエな、この話おほえたいナと思て、とりあえずそこの師匠なり兄さんに稽古つけてもろうて、自分がやってみて、その違いがあまりにもみじめで、自己嫌悪に落ちいったときには、その話から遠ざかる揚合があるわけです」
「このお話のどこにポイントを置かれたんでしょうね」
「そう・・・・・・、いまも昔も男は女に惚れ、女は男に惚れ、というのにかわりはないけどもね、娘が妊娠するんです。だれの子かお母はんに聞かれて、何にも言わんと、ただ第一声が『うち、お父ちゃんにしかられる』という、そのへんが、いまフリーセックスとかなんかで、だんだんなくなってきつつある、十八ぐらいの女の子のういういしさ、恥じらい、いじらしさみたいなものがあって・・・・・・、そこの一言が好きになって噺をおぼえるいうのは多いね。三十分ぐらいの話でも、その一言が言いたさに、その話をやりたいな、というのがね」
「内容を伺っていると、春蝶さん自身が身につまされるようなお話でございますね」
「・・・・・・ですね」
「それじゃ自信をもって・・・・・・」
「ひとつきょうは懺悔のつもりでやらせていただきたいと思います」
「では皆さま、お楽しみにお聞きいただきたいと思います」

(高座前のインタビューより)