ギリシャ紀行 〜 The Last Seven Days
このページは、管理人 HIDZILLA が2000年の秋にギリシャを旅した8日間の記録です。
ギリシャ現地時間07:03、エリニコン国際空港に着く。早朝のため空港ロビーに人影はまばらで、とても静か。
ギリシャに着いた旅行者の多くがそうするように、とりあえずエクスプレス・バスに乗ってアテネ市街の中心地、シンタグマ広場へと向かう。空港から市内へと向かう道は広く、両脇にはヨーロッパ諸国や日本、韓国などの自動車メーカーのディーラーが数多く立ち並ぶ。広場へと近づくにつれて車の数が多くなり、次第に渋滞の様相が見えはじめる。赤信号が青に替わった途端、前にいる車に向かってクラクションを鳴らす車が増えてくる。僕の乗っているバスの運転手も例に漏れず、信号が青に変わりそうになるとハンドルの真ん中に手をもっていき、青い光が見えたかと思ったらすぐさまクラクションを鳴らす。まるでクイズの解答者のような早ワザだ。その車の列を縫うようにして仕事先へと急ぐ人たちがバイクですり抜けていく。もちろんノーヘル。安全性に対する感覚が日本とは少し違う。
ところで僕がギリシャ旅行を思い立ったのは、エーゲ海に浮かぶアモルゴス島の修道院を訪れたかったからだ。その島がたまたまギリシャにあったというだけで、ギリシャに行きたいという気持ちが先立ったわけじゃない。むしろアテネなどの有名地は避けて入国したかった。もしもイスタンブール経由でトルコから島伝いにアモルゴス島にたどり着くことが出来ればそうしただろう。しかし旅行を決めたのが1ヶ月ほど前だったので、あいにくイスタンブール行きの航空券が取れず仕方なくアテネから入国することになった。
にもかかわらず、僕がアテネでバスを降りて、まずはじめに向かったのはパルテノン神殿があるアクロポリスの丘だった。
自分でもなぜそんな観光地へと向っているのか分からないまま、ひとけのない急な坂道を歩く。でもそのノーアイデアぶりが今回の旅行のすべてのような気もする。案の定、考古学に無知な僕にはほとんどなんの興味も感慨も湧かなかったアクロポリスの丘を降り、昔ながらの町並みが保存されたプラカ地区を散歩する。
ここではカフェニオン(喫茶店)やタベルナ(レストラン)が無数に軒を並べており、独特の風情を楽しむことができる。まだ時間が早いのでひとけは少なく、朝の空気がすがすがしい。野良猫たちがタベルナの軒先に並べられたテーブルのまわりで遊ぶ風景が絵になる。
屋上にテラスのある洒落たカフェニオンを見つけたので、その店に入ってフラッペを飲む。コーヒーを泡立てて飲むギリシャ風のアイスコーヒーだ。少し苦味があって美味しい。市街へと降りていき、”GALAXY”という名の船のチケットを専門に扱うツーリストで、当夜発アモルゴス行きフェリーのチケットを買う。アテネの外港ピレウスからアモルゴス島へ行くフェリーは、週に1便しか出ていない。所要時間は約9時間とのこと。
時間つぶしにシンタグマ広場周辺を歩いていると、一人のギリシャ人に声を掛けられる。年齢は30代半ばぐらいの男。「どこから来た?」「なにか困ったことはないか?」アテネ名物の悪徳バーの勧誘だ。まだ昼過ぎだというのに仕事をしている。質問はつづき、「俺は一度日本へ行ったことがある。どこに住んでる?東京?大阪?」どこでもいいじゃないか。「君といろいろ話がしたいな。友だちのバーが近くにあるんだけど、一緒に行かない?」お断り。なぜなら、さっきから君のうしろで一人の警官がじっとこっちを見ている。着いたその日からいざこざは御免だ。いまは暇だけど、今晩のフェリーを逃すわけにはいかないからね。
そこで、「あんまり時間がないんだ。また今度の機会に」と言って、「ところでピレウスに行きたいんだけど、駅はどこ?」と尋ねる。男は少し残念そうに「あっちだ」と教えてくれる。男が指差したメインストリートに沿ってまっすぐに駅へとは向かわず、横道にそれて行くと徐々に市民の日常的な生活風景が見えてくる。庶民の台所のような市場に出ると、食肉店ばかりが軒を連ねた通りがあり、僕はそこで初めて豚の頭やラムの全身が店先に吊るされて売られているのを見た。行ったことはないけど、まるで香港かどこかにあるアジアの市場のような雰囲気だ。
モナスティラキ駅は周辺が工事中でとても分かりにくい。おまけにすごくほこりっぽくてあまり好きな場所ではない。さっさと電車に乗ってピレウス港へと向かう。
フェリーは時間変更や欠航が多いと聞いていたので港に着くとまず、早いうちに時間どおりの出航を確認しておこうと、乗船予定のエクスプレス・アルテミス号を探す。船はすでに停泊していたのですぐに見つかり、乗船口にいた乗組員に確認してみる。
「さあ、どうかなあ。今日はいろいろあるからなあ。海も荒れてるし」どこが荒れてるんだ?僕にはとても穏やかな海に見えるけど。「まあ、まだよく分からないから、2時間後にもう一度来てよ」と言う。なにやら奥歯にモノがはさまったような言い方だ。ピレウス港に面したカフェニオンでボーッと海を眺めて待つこと2時間。決してこの空き時間を使ってピレウス見物をしようなんて気は起こらない。昼寝でもしたいくらいだ。お、この感覚、僕にもシエスタ(昼の1時から4時頃まで仕事を休み、昼寝をしたりして寛ぐ習慣)を身につける素質があるんじゃないのか?
もしものことを考えて今晩のホテルでも探しておかなくては、とは思いつつもやっぱりボーッとしてしまう。土地の磁場には逆らえないのだ。つい今しがた7人連れの警察官もこのカフェニオンにサボリに来た。職業上の使命感すら抗し難いのだろうか、このユルい磁場には?それにしてもアテネにしろピレウスにしろ警官の姿をやたらに見かける。まるでN.Y.のよう。
ボーッとしているあいだには、野良犬がなにか食べ物はないかと物色しに寄ってきたり、あやしいオッサンがこれまたあやしい腕時計を売りにきたり、小さな子供がポケットティッシュを売りにきたり、流しのミュージシャンがやってきたりと、それなりに世間は動いてるんだぞと控えめに主張する。テーブルの間をくまなくまわる彼ら自身にも切羽詰った様子はなく、この土地の風物としてやってるかのように穏やかだ。そろそろ2時間が経過したので、ふたたび乗船口に行ってみると誰も居ない。そこで、ズカズカと船の中に入っていくと、さっきとは別の乗務員が奥のほうからあわてて出てきて、「降りて降りて」という。「時間どおりに出航できる?」と尋ねると、彼は無言でロープを張って乗船口をふさいでしまった。
イヤな予感が走り、港にあった船会社の出張所に掛け合ってみることにする。仮設小屋のようなところで一人忙しく働いていた女性に「何か起こったの?」と尋ねると、早口の英語で「ええ、ちょっと問題がありまして...(不明)...ストライキに入る可能性があります」ななんと!ストライキとは...ツイてないなあ。と思いながら、とりあえずアテネに戻ってチケットを買った”GALAXY”で確認することにする。
”GALAXY”に居たボスは船会社に電話を掛けて確認してくれたが、まだストライキに入るかどうかは分からないので、出航時間まで待ってみてくれと言う。万が一、時間どおりに出航しなければ全額返金してもらうことを約束し、ふたたびピレウスへと向かう。
出航時間の30分ほど前に人が集まり始め、アルテミス号の乗船口付近が混雑してくる。アモルゴス島なんてローカルな島に行く外国人観光客は少ないので、ほとんどはギリシャの人のようだ。出航時間が過ぎる頃になると事態が見えないことに対する皆の不満がつのり始め、そしてついに誰が口火を切ったのかは知らないが、港に抗議の嵐が吹き荒れる。
乗船口の上で乗組員を取り囲み、数十人が代わる代わる抗議の演説を始める。さすがはギリシャ。ディモクラティアの国だ。決して脅しかけるような議論の仕方はしないし、もみ合いにも至らない。誰かが朗々と演説を続けているあいだは、ふむふむと意見を聞き、その人が話し終えると次の人が演説を始める。自分が置かれている状況すらも忘れて見入ってしまうほど、この場景は興味深かった。たまたま現場に居合わせた(?)テレビ局のクルーもカメラを回しだすくらいだ。
1時間ほどこの繰り返しを見物したあと、アテネへと引き返す。プラカ地区を中心に、10件ほどのホテルをあたるが空き部屋が見つからない。フロント係に「じゃあ、空いてそうなホテルはどこ?」と聞き尋ねて順番に周るが、どこもいっぱい。島では野宿も覚悟していたので寝袋を持参してるけど、まさか街中でいきなり使う羽目になるとは思わなかった。こんなとこで寝てたら、まるで浮浪者じゃないか。おまけにギリシャ人の車の運転ときたらお世辞にも丁寧とは言えないし、通れさえすればどんな狭い道にでも車が入ってくる。街路では、十中八苦ひき殺されてしまう。もし泊まるとしたら公園だ。
そう思って部屋探しは諦めてシンタグマ広場に向かって歩いていたら、まだ尋ねてないホテルが見つかった。観光者にとって便利な場所にあったので徒労に終わることは目に見えていたが、ダメ元で入ってみることにした。案の定、部屋はいっぱい。でも、ここのフロント係は「オモニア広場周辺のホテルならきっと空いてるはず」と教えてくれた。ホテルを出てオモニア広場へと向かう。20分ほど歩くと広場に出た。ここは麻薬の売買などで知られるアテネの暗部らしい。当然、部屋が空いている可能性は高い。
車通りの多いメインストリートに面したホテルが見つかり、無愛想な年配のフロント係の男に空き部屋を尋ねると「ある」という。まず部屋を確認するべきだが、もうかなり疲れていたので、即答して今晩はここに泊まることにした。あまり清潔な感じのしない部屋だが、いまの僕にはどんな豪華な部屋でも空いてなければ意味がなく、「空いている」だけで最高の部屋なのだ。荷物を置いて食事に出掛ける。街は深夜近くだというのに騒々しい。夕食はファーストフードで適当に済ませて部屋に戻る。シャワーを浴びたあと、僕はいつのまにか眠っていた。