8.2.2004

Football as Culture

サッカーとは文化である。
いや、文化としてのサッカーとは何であろうか。
人間の営みの積み重なりが歴史なら、その目に見える見えないに関わらずにある事象として定義されるのが文化だと思う。つまり、日本という国家の中で行われる様々な事柄は全て歴史と文化であり、その事柄は歴史と文化の影響を必ずや受けている訳である。スポーツも例外ではなく、フットボールがイングランド生まれであろうとも、ボールを蹴り合うのが日本人である時点でそれは日本文化の影響を受けるし、それ自体が日本文化である。
小難しい理論を振りかざしているが、要は先日のインテル戦を見ていて思ったことがあるのだ。埼スタに足を運んだ方は分かるだろうが、あの試合で青黒の一団がいた。何でガンビーノかBBがいるんかねと思ったら、何と日本人インテリスタだという。ほう、確かに俺も昔は外国のクラブユニを買っていた時期があったけなと郷愁に浸る間もなく、奇妙な違和感を覚えた。本当に彼らはそれでいいのか?
大きなお世話だと自分でも分かってはいるが、どうしても理解できない点は一つ。彼らはどうしても克服できない距離を持っている。日本とイタリアという両国間の距離だ。絶望的に長いこの距離を、彼らはどの様に克服しているのだろうか。いや、彼らは本当に心の底からインテリスタなのでは無いと思う。つまり、その「インテリスタ」達は明らかに自国のフットボールを見下している気がするのだ。「あんなのサッカーじゃない」「日本のサッカーはつまらない」と常日頃から自縛呪文を唱えている気がする。
自分もそうだった。日本にはプロサッカーリーグも無く、欧州リーグやワールドカップはフットボールの甘美な誘いだった。いつかあのフットボールに生で触れたいと切望した。それを達成した時、足元を見つめなおす事こそ必要と感じた。そんな時、わが町にクラブが誕生する幸運に恵まれた。以来、浦和レッズに費やした資金と時間は幾ばくか…。しかし、それは正に自分にとっての「文化」なのである。
浦和を愛し、応援し、追いかけ、語らい、そしてまた愛す。これらの行動全てが浦和と言う街を作り上げている。是非、試合のある日に一日この街を体感して欲しい。こんなにも報われない愛があるのだろうかと、きっと感じていただけると思う。
遠きミラノという都市のクラブを好きになっても、「愛する」と胸を張れる人はいないと思う。浦和を体感したら…。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home