VSOLJニュース(350) 大規模な可視光変動を示すX線連星ASASSN-18ey(MAXI J1820+070) 著者:磯貝桂介(京都大学) 連絡先:isogai@kusastro.kyoto-u.ac.jp 2018年3月11日、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に 搭載された全天X線監視装置MAXIが、X線で徐々に増光する天体を見つけまし た。可視光やX線を使った追観測によれば、この天体の正体はブラックホール を主星に持つX線連星である可能性が高いとのことです。増光から3ヶ月以上 たった現在、このX線連星が可視光で大規模な変動を示しています。 X線連星とは、その名の通りX線で明るくなる連星のことです。突発的 に明るくなるためX線「新星」とも呼ばれていますが、いわゆる新星爆発とは 別の現象です。主星はブラックホールや中性子星のような非常に重たい星で、 伴星は通常の恒星です。連星間距離が十分小さいため、伴星表面のガスが主星 へと流れ込み、降着円盤を形成します。降着円盤にガスが十分蓄積されると、 円盤不安定性によって円盤は突然明るくなり、大量のガスが主星へと落ちて いきます。ししおどしに例えられるこの理論によって、円盤は明るい状態と 暗い状態を遷移します。基本的には矮新星(白色矮星を主星に持つ連星)の アウトバーストと同様ですが、X線連星の方が主星が重いため、解放する重力 エネルギーも大きく、X線で明るく輝きます。しかし、アウトバーストの詳細な 振る舞いについては未だに謎多き天体です。例えば、2015年にアウトバーストを 起こしたX線連星、はくちょう座V404星の観測では、未知の円盤不安定性の存在 が示唆されました。 今回増光した天体は、発見したX線観測装置MAXIの名前を取って MAXI J1820+070と名付けられました。しかし、X線で明るくなる5日前には既に 可視光で明るくなっていたことが分かりました。そのため、一番最初に増光を 捕らえていたサーベイプロジェクトASAS-SNが付けた名前、ASASSN-18eyで呼ぶ 研究者もいます(本稿ではこちらの名前を使用します)。X線と可視光での増光の タイムラグは、増光が円盤外側から始まったことを示唆しています。X線は、 重力ポテンシャルが深い(=ブラックホールに近い)円盤内側で生成されるため、 このような差が生まれたと考えられます。 アウトバーストを起こす前のASASSN-18eyは、可視光で19.4等(g等級) の暗い天体でしたが、増光開始から20日ほど経った3月24日には11.7等(V等級) まで増光しました。これは、これまでアウトバーストを起こしたX線連星の中で 5番目に明るい数字です。明るいということは、より詳細な観測が可能という ことを意味するため、世界中から注目が集まりました。その後、ASASSN-18eyは 大規模な変動を見せることなくゆっくりと減光していきましたが、5月下旬から 次第に小さな可視光変動を見せ始めました。その変動は徐々に大きくなり、 6月4日には周期17時間、振幅0.3等のはっきりとした振動になりました。 この可視光変動の正体は、今のところ「スーパーハンプ」だと考え られています。スーパーハンプとは、降着円盤が伴星の重力に振り回され、 楕円変形することで発生する光度変動です。周期は連星の軌道周期より少し 長い程度です。矮新星ではよく知られた現象で、一部のX線連星でも同様の現象 が観測されています。スーパーハンプが発生すると、一時的に天体の平均光度 が上昇することが知られています。今回の天体でも、実際に光度の上昇が確認 されたため、この変動がスーパーハンプであると解釈されました。 しかし、これまでのX線連星のスーパーハンプとは大きく異なる点が あります。それは変動の大きさです。これまでX線連星で観測されてきたスー パーハンプは、振幅が0.1〜0.2等程度でした。対して、ASASSN-18eyのスーパー ハンプの振幅は、6月29日時点で、最大0.7等にまで成長しました。「等」で 聞いてもピンとこないかもしれませんが、0.2等とは1.2倍、0.7等とは1.9倍の 増光を意味します。これは、あまりに大きな差です。なぜ、これほど大きな スーパーハンプが観測されているのか、理由は不明です。もちろん、スーパー ハンプとは全く別の現象である可能性もあります。いずれにせよ、この大規模な 変動現象の詳細な観測は、ブラックホール周辺での物理現象の解明に繋がること でしょう。 6月29日時点で、このX線連星は13.4〜12.7等(V等級)の間を大きく振動 しています。これは20cm程度の望遠鏡であれば眼視観測が可能な数字です。是非 この機会に、ブラックホール周辺での大規模変動を目撃しておきたいところです。  今回紹介した天体の座標は以下の通りです。 赤経  18時20分21.9秒 赤緯 +07度11分07.3秒 (2000.0年分点) 2018年5月22日 参考文献 Shappee et al. (2014), ASAS-SN transients Kawamuro et al. (2018), Atel #11399 Denisenko. (2018), Atel #11400 Baglio et al. (2018), Atel #11418 Uttley et al. (2018), Atel #11423 Sako et al. (2018), Atel #11426 Patterson et al. (2018), Atel #11756 vsnet-alert 21991, 21994, 22254, 22264, 22268 Ichikawa et al. (1994), ApJ, 453, 748-755 大島誠人, VSOLJ news 320