第1章 航空路開設のメリットとリスク

 第1節 台湾から見た航空路開設のメリットとリスク

 台湾は現在中国大陸のそれとは違う別の政治主体によって統治されている。中国大陸の中華人民共和国政府及び、そこと正式の国交がある国からは正式には認められていないが、中華民国政府が台湾を実効統治している。

 中華民国政府及びその支配地域(以下台湾と呼ぶ)と中華人民共和国政府及びその支配地域(以下中国と呼ぶ)は、その歴史的経緯と、考え方の相違から、政治的には対立関係にあり、お互いに相手の正当性を認めていないが、民族的にはお互いにほとんどが中華民族で構成されており、また、公用語もおなじ北京語である。経済的には年々相互依存が高まり、現在ではお互いになくてはならないパートナーになっている。つまり、台湾は主に中国に資本と技術を提供し、中国は台湾に土地と労働力を提供して中国の国内市場と台湾を含めた海外市場に生産物を供給しているという具合である。このように経済の発展段階の違いや要素賦存の差異に基づいて比較優位資源を相互に利用しあうという共存共栄のパターンがほぼ確立している。

 しかし、政治的な問題、特に台湾側の理由から、両地域の間の直接通行は解禁されていない5)。近年、航空路においては、事実上の台湾−中国直行便が開設されたが、途中マカオを経由するため、上海を中心とする華東地域や北京を中心とする華北地域に行くには大変な遠回りになっている。また、海路では台湾の高雄港に、中国の船が立ち寄れるオフショア地区が出来たが、ここはあくまで台湾の内国ではないという設定なので、台湾各地に荷物を運ぶには、ここでいったん別の船に荷物を積み替える必要がある。このように、海空路とも、まだまだ直行のメリットを最大限に享受しているとは言い難い。また、真の直行便開設には政治的な困難が伴い、まだ当分先と見られている。経済の現実に対して、政治の建て前が付いてきておらず、そのため直接通行の禁止は、実体経済の発展にとって大きな足かせになりつつあるように見受けられる。

 そこで、沖縄の地理をもう一度良く見てみると、台湾から見て、少なくとも華東や華北に行くには、香港経由よりはるかによい位置にあることが分かる。(第1図)

 実際、海上輸送の分野においては、与那国島など先島諸島への台湾からの船の寄港が増えている。例えば、平成6年の運輸省の資料では、石垣港の外航商船の入港数は、隻数で那覇の1.9倍、総トン数で1.18倍である(第1表)。これは、台湾から中国に向かう船がいったん第三国を経由するという形をとるためである。

 但し、航空路については、この様なものがまだない。そこで、沖縄を台中間の空路の結節点にするという発想が出てくる。例えば、台北から上海に行くことを考えると、従来は香港を経由していたので、台北−香港間804km、香港−上海間1,235km、計2,039kmである。これを那覇経由にすると、台北−那覇間632km、那覇−上海間826kmであり、計1,458kmである。距離にして581km、割合にして約3割の節約になる。もちろん、那覇ではなく、石垣島や宮古島などの先島諸島経由にすれば、もっと所要距離は短くなるのだが、那覇なら既に設備の整った国際空港であり、追加の投資がほぼ不要であること、航空機の場合、多少の距離の差はそれ程大きな問題にはならないこと、また、以後詳しく述べるように、那覇を経由すること自体に大きなメリットがあることを考えれば、やはり、経由地は那覇という事になろう。

 台北−那覇については、既に日台の航空会社がほぼ毎日3便、週に計19便飛行機を飛ばしている。しかし、那覇−上海間にはまだ定期航空便がないので、これを開設することにより、台北−那覇−上海という台中間のより短く、便利な迂回経路が完成する。もっとも、「便利な」というソフトウェアの部分は、多分に結節点となる沖縄の努力に依るところが大きい。そういった、航空路開設に伴う具体的課題は、後程詳細に述べることとする。

 台湾においては、民間が中国への投資に積極的なのに対して、政府は、あまりに中国への投資の比率、ひいては貿易等における依存率が大きくなりすぎると、中国からの圧力に弱くなるなどの理由で過度の対中投資や直接交流の拡大には消極的であると言われている。もし那覇−上海航空路が実現すると、あとで詳細に述べる通り、実態としては事実上の直行便に近くなってしまう。このことが台湾が路線開設に消極的になるかもしれないリスクである。

 しかしながら、沖縄を中国への経由地、緩衝地、投資拠点として利用する事自体は、むしろ中国返還後の香港以外に対中交流チャネルを拡大することになり、リスクを分散することにつながるとも考えられるので、必ずしも那覇−上海航空路設置が台湾にとって不利な結果をもたらすとは断言できず、直行便を求めないという条件下では、むしろ沖縄を良好なバッファーとして活用できるという点で、那覇−上海航空路の開設は台湾にとっても有利に働くと考えられるだろう。


 第2節 中国から見た航空路開設のメリットとリスク

 第2章の台湾の項で見たように、中国と台湾とは、経済的には完全に相互補完の関係にある。政治的な対立はともかく、どちらから見ても、経済的にはお互いになくてはならない存在であるということに変わりはない。したがって、那覇−上海航空路の開設が台湾と同じ意味で中国にとってもメリットが大きい点に変わりはない。

 ただ、中国と台湾とが根本的に違う点は、台湾と沖縄のあいだには既に航空路があるにもかかわらず、中国と沖縄の間にはいまだ航空路がなく、このたびの那覇−上海線が始めての中国−沖縄直行便になるという点である。このことは、すなわち、中国にとっては、台湾とのショート・カットが出来るという他に、沖縄との太いパイプが出来るというメリットが追加されるということに他ならない。

 琉球王国の時代から中国と沖縄との交流は盛んだったが、沖縄が日本に組み入れられてからは、その交流が活発だったとはあまり言えない。実際、沖縄から中国に向けての出国者数は急増しているものの、平成7年度でわずか3,793人(第2表)。全出国者数75,168人の中の5.0%にしか過ぎない。これは全国平均の5.7%(15,298,125人中865,177人)よりさらに低い割合である。中国から沖縄への訪問者数に至っては、少なすぎて独立の項目がなく、その他の項目に含められてしまっているのである(第3表)。ちなみに平成7年度の沖縄への訪問外国人118,695人中、最多を占めるのは台湾からの旅客で、その数100,327人、訪問割合の実に84.5%を占めている(第3表)。

 この実にお粗末な中国と沖縄の間の交流が、那覇−上海航空路の開設によって、劇的に変化する可能性がある。沖縄と台湾とは、経済の発展段階からいうと、割に近い所にある。沖縄国際大学商経学部の富川盛武教授の分析によると、沖縄と台湾の間では原材料・資本の構成にはあまり大きな違いは見られないという6)。もっとも、労働生産性においては両地域において特徴的な違いが見られるということだが、中国との関係においては、沖縄と台湾とはかなり近しい立場にあると言えるだろう。(第4表)

 すると、那覇−上海航空路開設に伴い、台湾と中国との間に展開されているのと同様の経済関係が沖縄と中国との間でも本格的に始まる可能性がある。すなわち、沖縄が中国に資本と技術を提供し、中国が沖縄に労働力と土地を提供するという関係である。

 前述の富川盛武教授によると、沖縄が台湾よりも労働生産性が高い分野として、鉱物、繊維、化学製品、非鉄金属、金属、機械、電気、輸送機械、建設、運輸・通信が挙げられている6)。これは本来、沖縄で作ったほうが台湾で作るよりコストが安いことを示しているが、同時に原材料と資本の構成において大きな違いが見られないという状況下では、沖縄が台湾に比べて生産に関して高い技術水準を持っていることを示しているとも考えられる。そうであるなら、最先端の生産技術を強く求めている中国にとっては、沖縄は台湾以上にいいパートナーと映るであろう。

 但し、ここで人口と経済規模を無視する訳にはいかない。台湾の人口は約2,150万人。それに対して沖縄は平成7年度で127.3万人。GDPは台湾が2,731億ドル。それに対して、沖縄は321.3億ドル。一人あたりGDPは台湾が12,700ドル。沖縄が25,240ドルである(第5表)

 沖縄は人口で台湾の約6%、経済規模で約12%に過ぎない。ゆえに、現在の所、沖縄単体の経済規模では、中国との経済交流の対象としては規模が小さすぎる感は否めない。しかし、制度を含めたインフラを整備することにより、沖縄が日本本土や台湾からの中国進出拠点としての地位を確立できれば、中国にとっての沖縄の重要性は、今よりはるかに大きなものとなろう。そして、具体的に中国進出拠点たる沖縄と、中国とを直結することになるのが、この那覇−上海航空路なのである。

 中国にとってのリスクは、沖縄を中継地とした台中の最短ルートが出来れば、せっかく手中にした香港の繁栄が脅かされるのではないかという懸念が生じることであろう。確かに台湾から華東や華北への旅客の多くが沖縄経由に流れるであろうから、短期的には香港の航空業や観光業に打撃を与えるかもしれない。

 1995年、台湾から香港を通じて中国に入境した人の数は約150万人である。(第6表)同年、香港に入境した訪問者数は1020万人であり、台湾から香港経由で中国にいく人のシェアは、約15%である。(第7表)したがって、仮に台湾から中国に向かう人の1/3が沖縄経由になったとすれば、訪問客5%減となる訳であり、決して無視できるほど小さいとは言えないかもしれない。しかし、資料を子細に見れば、1994年の香港訪問者数は679.5万人、1996年の訪問者数は1170.3万人。1995年との差はそれぞれ340.5万人、150.3万人である。このように本来変動の激しいなかにあっては、たとえ台湾からの旅客が50万人程度減ったとしても、非常に大きい影響があるとは言えないだろう。

 一方、将来この那覇−上海航空路の開設を皮切りに、沖縄が香港的な自由貿易港として発展すれば、香港の繁栄にとって脅威となるとの懸念の方が中長期的には大きいかもしれない。しかし、これまで自由貿易港としての長年の蓄積のある香港に比べ、沖縄の自由貿易港としての歴史は、これから始まるところといって差し支えない。そのうえ、沖縄の人口規模、経済規模は、それぞれ香港の1/5程度である。質量ともにすぐに香港の繁栄を脅かす存在になるとは考えにくい(第5表)

 さらに、中国は、香港とならんで上海を中国における一大金融・貿易・経済センターとして育成する方針を固めており、沖縄経由の台湾−上海航空路が成立することは、台湾から上海への投資をさらに活発化する方向に働き、中国政府の方針に沿うものとして歓迎される可能性も大きい。

 中国は非常に大きな国土を持つ国であり、経済センターが複数あることは問題にならないどころか、むしろ望ましいことであろう。中国は歴史的に沖縄を非常に親しい存在として見ており、この沖縄との交流のパイプが直行便によって格段に太くなり、かつ自由貿易港としての沖縄を中国への準窓口として活用することには別段戸惑いを感じないであろう。

 以上のことを考えあわせれば、那覇−上海直行便の開設がトータルとして中国に不利になるとは言えず、むしろ有利になると判断するのではないだろうか。


 第3節 日本から見た航空路開設のメリットとリスク

 日本には従来から沖縄を東アジア海上における一大交流拠点、地域のハブにしようという考えがある。那覇−上海航空路の開設は、この構想に沿うものであり、実施に伴う日本側の障害はないはずである。また、航空路開設にともない人的交流や投資が活発化し、沖縄の経済が自立の方向に向かえば、それだけ沖縄に対する財政支出が抑えられることになる。これは、地方自治体への中央の拠出金比率の平均が5割程度であるのに対し、沖縄へのそれが7割にも及ぶ現状、及び、財政再建を果たすのが政策の再優先課題になっている現状を鑑みれば誠に望ましいものといえるだろう。

 ただし、これまでの全国一律の画一的な行政の延長線上で単に那覇−上海航空路を開設するだけでは、画期的な効果が得られないのは明らかである。航空路開設という物的インフラ整備に伴って、全県FTZ開設やノービザ渡航、那覇において各国のビザが迅速に入手できる等のソフト面でのインフラ整備も入念に行なうことによって、始めて効果を最大限に発揮することが可能になるのである。

 しかしながら、あくまで全国一律の制度適用を固持しようとする日本の中央政府は、このように沖縄だけを特別扱いすることに極めて消極的なように見える。地方自治体間に不平等が生じるのはまずいというのがその理由である。

 だが、これまで沖縄のたどってきた経緯を子細に眺めて見ると、むしろこの全国一律の規制を沖縄にも強引に当てはめることが、どれだけ沖縄の独自の発展の可能性を閉ざしてきたかを考えざるを得ない。本来、沖縄と本土の各県とは、初期の条件が全く違い、また、その置かれた環境も全く違うのであるから、そのような条件下で一律に扱うのは、むしろ実質的に不平等の扱いをしていることになるという反省が必要なのではないだろうか。

 もし、これからも沖縄の置かれた特殊な条件を無視し続け、これまで同様に他府県と同じ扱いをすることにより実質的に沖縄独自の発展を阻害するような状況が続けば、沖縄住民の自律と自助努力による独自の経済発展への願望を抑え続けることは不可能になってくるだろう。

 したがって、日本としては、航空路開設とともに、すみやかにそれを支え、るべく沖縄が独自の施策を整備するのを支持すべきであり、決して邪魔立てすべきではない。そのようにして沖縄が経済的に自立することが、ひいては日本にとっても大きなメリットとなって返ってくることを胆に命じるべきである。


 第4節 沖縄から見た航空路開設のメリットとリスク

 沖縄はかつて琉球王国といい、れっきとした独立国だった。もっとも、中国に朝貢したり、島津の侵略を受けて事実上服属していたりしたので、純粋な独立国とは言いがたい面もあるのだが、それでも独自の政府を持ち、貿易を主ななりわいにして東アジアの海上を縦横無尽に行きかい、独自の文化を育んできた歴史は、無視できない事実である。

 その沖縄も、「琉球処分」と日清戦争における日本の勝利によって日本への併合が確定して以来、「沖縄県からの国税の徴収額に比べ、沖縄県への施策の投資が過小であった」7)苦しい時代の後に太平洋戦争で当時の人口の1/3にも及ぶ20万人もの犠牲者を出した。戦後は長く米軍の軍政下に置かれたが、熱心な祖国復帰運動が実り、1972年、日本に復帰した。

 復帰後は本土からの巨額の財政投入等により、本土との経済格差は次第に縮まったが、反面、巨大土木事業による環境破壊、全国一律の規制導入により、沖縄の独自性が薄まってきたという負の遺産も残した。近年は、米軍兵士による少女暴行事件を皮切りに、米軍基地問題に関する積年の鬱積した感情が爆発し、日本への復帰がはたして最良の選択だったのかといった、歴史の再考察につながる問題提起もなされてきている。

 このような流れの中で、那覇−上海航空路開設の持つ意味合いは大きい。これまでの台湾・中国の議論、あるいは次章での具体的な旅客需要予測から明らかなように、この航空路開設により、相当に大量の外国人の流れが起こることが予測される。むろん、短期的にはこの人の流れを観光収入の増加に結び付けることは可能であるし、それは積極的に行なわれるべきであるが、長期的にはこの流れを単に観光客や通過客の増加にとどめず、自由貿易港としての従来の地位を回復するために、積極的に活用する姿勢が求められるだろう。

 具体的には、沖縄全県FTZの早期導入、県内へのノービザ渡航の解禁、本土に比べて格段に優遇された税制等の導入によって、本土からのみならず、華人資本をも誘致し、金融・貿易センターとして復活する。お互いに交流が自由とは言い難い台湾と中国の当局者に会談の場を提供する。ベンチャー育成のための制度を整備し、トロピカルリゾートのなかでのびのびとベンチャーにチャレンジできる環境を整える等、沖縄の自然環境、地理的優位性、独自性を生かした産業政策を同時に発動することが必要となるだろう。

 沖縄にとってのリスクは、これらの独自の施策が、本土の中央政府に容易には受け入れられないかもしれないということであろう。

 しかし、那覇−上海航空路開設を呼び水にした国際交流拠点作り、それに伴って、本土の画一的制度から一定の距離を置き、沖縄の特性に適応した、大胆な制度改革を断行するといった、抜本的な経済改革なしには沖縄の真の経済的自立はありえない。

 真の経済的自立のためには、この事実を本土の中央政府に粘り強く説得するとともに、もし理解が得られないならば、独自の判断に基づき独自の道を歩まざるを得なくなるであろうと表明する位の強い意思を持つ必要があろう。

 さらに、沖縄にとってのもう一つのリスクは、治安悪化の懸念である。沖縄の活力を増大させ、国際貿易拠点として復活するためには、不要な規制を撤廃し、政府に対する市民の負担を減らし、人の交流に出来るだけ制限を加えず、自由に経済活動を展開できる環境を作り上げることが求められる。しかし、こういった自由化は、一般論として、治安の悪化とトレードオフである。むろん、自由になればなるほど治安が悪化するとは言わないが、自由になるほど、治安の維持が難しくなり、コストがかかるようになるのは事実である。

 以上の様なコストを負担してまで東アジアの中で自由で活力あふれた経済拠点として復活する道を選ぶのか、それとも、補助金づけで自由もなく、活力もないが、平穏無事な日本の方田舎として存在し続ける道を選ぶのか、どちらを選ぶかは結局県民の総意に掛かっていると言えよう。

目次へ  はじめにへ  第2章へ  資料