2003年東京国際女子マラソン
第25回記念市民マラソン参加記

今日はいよいよ東京国際女子マラソン第25回記念市民マラソン。 昨日の晩まで雨が降っており今日も午前中は雨予報だったのだが、 朝起きてみると何とも明るい日差しが射している。 いかにも暑そう、今まで参加した大会の中で最高の暑さになりそうだ。 東京国際のコースはタイムの出にくい難コースだと言われているが、 去年の同時期に福知山マラソンを走った時に、 余裕を持って2時間57分代で走れたこともあり、 「ま、楽しんで走って42.2kmを3時間のロング走が出来ればええわ」 という安易な考えの下でこの大会に臨むことになってしまっていた。

兄の家に前泊し、ゆっくりと朝食をとって9時前に出発。 東京霞ヶ関陸上競技場に到着し、準備が済んだ頃に走快ねっとRCの 納豆さんとみぞさんと合流。ヨッシーさんに電話をしてみたが、 繋がらないので既に荷物を預けてしまったようだ。 しかし、荷物置き場周辺をうろうろしているとヨッシーさんとも合流した。 青馬会の方にも2人ほどお会いしたのだが名前を失念(^^; なんやかんやでスタート時間が迫ってきたので並びに行った。

12時10分になり女子がスタート、暫くすると男子のスタートラインへの 移動が始まったが、スタート時間はかなり迫っている。 放送で何度も急かされながら何とか移動し終わった時には、 既にスタートは数分前に迫っていた。
いざスタート、競技場の側から神宮外苑を周って 東京国際女子マラソンと同じコースに合流する。 とにかくゆっくりという意識の下で走るが周りに抜かれまくり ながら走っても始めの1kmは4分を切っている、これはいかん。 少しペースを落としながら2km地点でタイムを確認してみると 丁度4分くらい、う〜んまだ早いなぁと思いつつ走っていると、 後ろから納豆さんとヨッシーさんが追いついてきた。

そのままヨッシーさんと併走して走り続ける。 東京のど真ん中を走るこのレールに参加して、 ヨッシーさんはちょっと興奮気味?の様子だ(笑) 5km地点通過タイムは結局19分31秒、まぁ貯金を作るのもあるし、 ここは下り坂がメインなのでこんなもんやろとは思いつつ
「ちょっと早過ぎますねぇ、ペースを落としましょう」
とヨッシーさんに声を掛けながらややペースを落とす。 ヨッシーさんは私と一緒にペースを落としたが、 納豆さんはそのまま少しずつ前方に離れていく感じだ。 そして一回目の給水地点に達した。 すると、一つめのテーブル、二つ目のテーブル、三つ目のテーブル・・・ どこにもテーブルだけで水が全然用意されていない。 いつもの何倍もの参加者なので吸水が追いついていないのだ。 ようやく最後のほうの七つ目くらいのテーブルで取れた気がする。 後で聞くと取れなかった人が大多数のいたらしい。 暫くすると、後ろから海苔さんが追い抜いてきた。 結構気合の入った感じ、目標タイムを聞いてみると50分切りだとか。
「頑張って下さい!こっちは3時間で行きますわ〜」
と後ろから声を掛けて抑え気味に走る。 まだちょっと早いなぁと何度も思いながら10km地点を通過。 5〜10kmの5kmのラップは20分22秒となった、まだちょっと早い感じだ。 相変わらずヨッシーさんと話をしながら走っていると、 沿道に兄夫婦の姿を発見した。手を振って笑顔で応える。 そして品川駅前の15km地点。この5kmは20分51秒、大分いい感じだ。 予定通り行けば16〜17km辺りでトップを行く高橋尚子とすれ違うはず、 と思いながら新八ツ山橋を越えてコースの真ん中辺りに移動する。 再び納豆さんに追いついて一緒に走って間も無く17km地点、 若しくは17km地点を越えた辺りで高橋尚子とすれ違った。 流石高橋、予定通りやんと喜んで走ってこちらも20kmに到達。 この5kmは20分59秒、ほぼばっちりなペースだ。 中間点のタイムは1時間26分代で貯金が4分程出来ている。 折り返し地点過ぎ、次第に納豆さんが落ち始める。 相も変わらずヨッシーさんと 話をしながら走っていると、沿道のおちゃんからキツい一言
「こら〜、話なんかしてないで真面目に走れ〜!」
「すんませ〜ん」と思わず謝ってしまった。 しかしこの辺りから少しずつペースが落ち掛けて来る。 何とか調整しながら走るも少しずつ1kmが遠く感じ始めた。

20〜25kmは21分38秒、予定よりちょっと落ちている。 暑さはそれほど感じないが、いかんせん風がキツい。 ゆっくり走って保たれていたペースが、ちょっと力を入れて 走らないと保てなくなってきた。そんなこんなで30km地点に到着。 この5kmは21分42秒まだそれ程貯金は使わずに来ている。 う〜ん、このままじゃなんかいかんなぁと思い、 ちょっと気合を入れて走ることにした。 しかし、だんだんと1kmが遠く感じてくる。 横に居るヨッシーさんはまだまだ余裕そうだ。 途中で伊奈いいさんの声援を受けたお陰か30km〜35kmの タイムは21分30秒、なんとか落とさずに走れている。 この前後で沿道で走快の旗を持った人を見付け声をかける (後で、かとうさんとMEGさんだと分かりました)。 残り時間を見てもこのまま行けば問題無く3時間は切れそうだと 思いながらも、ここからがこのコースの難しいところなのだ。 じわりじわりとランナーを苦しめ始める地獄の長い上り坂。 更には風がほんまに強い、舞いまくっている感じ。 なんとか気合いで坂を上っていくが、とうとうペースが落ち始めた。 スタミナ切れのようだ。 しかし、ヨッシーさんは相変わらずのペースで快調そう、 少しずつじわじわと離され始める。 ここは気合で追いついておくべきかと思ったがそこまでの気力は湧かず、 「ヨッシーさんよさらば、お達者で〜」という感じになって 蛍光黄色の帽子は前方に離れていった。 このままずるずるといってははいかんと思っていたら、 丁度後ろからおっちゃんが抜いてきた。 この人に付いていこうと思い、その人の足下を見ながら くっついていくことにした。すると自分で走るよりかなり楽に走れる。 そのお陰もあってか35〜40kmのタイムは何とか22分44秒、 遅いのは遅いがこのままだと3時間切りは大丈夫そうだ。 何とか前方にヨッシーさんの帽子が見える位置をキープはしていたが、 その差が縮まることはない。そうしていざ競技場に足を踏み入れる 時がやってきた。すると、さっき抜いたはずの女性ランナーが猛スパートで 抜き返してくるでは無いか。しかし、3時間切れるという安心感の下で その子を追いかける気力は残っておらす、競技場のトラックを それ程楽しむ余裕も残ってはいなかった・・・ トラックを周って何とか3時間59分11秒でゴール! いやぁほんまにキツかった。ゴール後の人工芝?の上で 寝転がっていた人が居たので、同じように寝転がってみると めっちゃ気持ちいい。ほんまに疲れた〜。

こうして記念大会は終った。なかなか走れないコースなので 参加して良かったという気持ちと、いい練習になったという気持ちと、 こんなんじゃいかんなという様々な気持ちが入り交じった大会だった。 走った後で競技場で待っていてくれた兄夫婦を会話をし、 サービスのパスタを食した。
途中から左足の裏がちょっと痛いなとは思っていたが、 靴を抜いてみると血豆が割れて靴下が赤く染まっていた。 靴をよく見てみると靴にも血が染み出ており、靴底のゴムの サイドの部分に血が流れた跡があってちょっとビックリ。 何度か血豆が割れたことはあったが、これ程血が出ていたのは 初めて。ほんま、噂に違わず厳しいコースでした。

トラの格好で走った大阪シティハーフを除いては ヨッシーさんに初の完敗となってしまったが、 悔しさは全然湧いて来なかった。 しかし、次からは負けないように頑張らねば。




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