食いしん坊バンザイ

(渋沢克朗編)







春。桜がはらはらと散っている。
人気の無くなった夜のグラウンドにひっそりとこっそりと座り込み、渋沢克朗(12)は憂鬱なため息をついては 散りゆく桜の花びらを見上げていた。
それは入学式から一週間。
寮生活が始まってやっぱり一週間。
日に日に憂鬱さが水位を増してくる彼は、立派なホームシックだった。


それは彼の育ちに問題があったと言える。
12歳渋沢少年の実家は割合裕福な家だった。
まあ上流階級ではないが、中の上か上の下と言うところでまあまあ一般的に言って「いいとこのぼく」。
渋沢夫人は料理が上手で研究熱心な女性でもあった。
長く和食の勉強も続けており、月に一度は講習会にも通い、学んできた知識は存分に家で披露した。
そして、そんな渋沢夫人の持論として「子供の頃からきちんとした味覚を身につけないと、大人になってしまってからでは 遅すぎる。そういう感覚や感性は身につかない」というのがあった。
だから、克朗少年はほんの小さな頃から大変高度な食生活を送っていた。
もちろん高度と言ったって、毎日フカヒレとかアワビとかを食べているわけじゃなく、もっと普通な高度な物。
例1:出汁は毎日夜の内に利尻昆布をポットいっぱい漬けておく。それが1日分として使い切り。(汁ものの際はこれと鰹の一番出汁を併用)
例2:肉を煎り煮した際は肉と肉汁は分けて、肉汁はすべて濾紙で濾して使用。(仕上がりが濁らず、アクが無くなり味がすっきりするから)
つまりお惣菜にかける手間の内容密度が高度だった。(もちろん食材も異常に高度だったと思われる)
確かに渋沢夫人の考えはご立派だった。
子供がずっと自宅で食事を摂り続けるならば。
大体まあ、思春期くらいまでにそういう人間の感性は完成されると言う。(ベタなギャグではない)
しかし、誰だって、人生、予定通りになんか行きゃしない。
克朗少年は世間並みより相当早く、親元を離れ、独立しなくてはならなくなった。 (厳密に言うと独立と言う訳ではないが親元を離れると言う意味ではそんなとこだ)
「かっちゃんはしっかりしてるから大丈夫ね(にっこり)」
お母さんは、自分が育て上げた最高傑作を疑う事も無く送り出した。
いや、確かにかっちゃんの精神年齢は同年代の男の子に比べていささか高すぎるようにも思えた。
かっちゃん自身だって、それは承知で、自分自身に何の不安も、それこそかけらほども抱いていなかった。
思わぬ落とし穴に足をすくわれるまでは。


その日は入学式と、サッカー部の初顔合わせだけだった。午前中で終了だ。
その後、寮に入り、部屋割りを聞き、届いた荷物を運び込み、ルームメイトとなる少年と顔を合わせた。
「渋沢克朗だ。よろしく」
歳不相応に身につけた、感じのいい(はずの)笑顔で手を差し出したら、相手はちょっとウサンくさげにその手を見詰めた。
「・・・・三上亮。よろしくな」
ちょっと片眉を上げるカンジのなんだか挑戦的な目つきをして、それからにやっと笑って手を握り返してきた。
第一印象、特に良くも無く悪くも無し。
まあ自分が言うのもなんだけど、少し大人びた空気を漂わせる、妙にスマートなヤツだった。
多分カッコよくあれかしと自分に課したところがあるんだろう。
大人びた空気を漂わせている事では追随を許さない克朗少年は、自分の事は棚に上がってそんな事を考えていた。
握手を済ませて、それからそそくさとお互い荷物の整理にとりかかる。
中学の寮にしては充分な広さを誇る部屋だった。
服やら本やら何やかやと備え付けの机や本棚に納めるのに、まあまあ時間がそこそこかかる。
多分本日、新入生達のどこの部屋でも同じような光景が繰り広げられているはずだ。
3年間、お世話になる(予定の)部屋。
出来れば三上亮なる少年があまり居心地の悪いやつじゃなければいいんだけどな。
さらに出来れば散らかし屋じゃなければ嬉しいんだけどな。
さらにさらに出来れば、3年間もじっくり付き合う事になるだろう同室者が馬鹿なやつじゃなければなお嬉しいんだけどな。
なんだかだんだん自分勝手な注文を増やしながら(でもまあ口に出さずに思ってるだけだから許されるだろう)、こそっと横目で 様子をうかがってみる。
三上亮は現在本棚の整理を終え、衣類のダンボールに着手中。
気楽な感じで服を引っ張り出してはたたんでいる。
こっそりとその本棚をうかがって、既に収められた教科書やなんかの下の段に小説が何冊か収められているのを見やった。
推理小説らしいラインナップを見て、頭は悪くない方なんだろうな、と仮判断を下す。
小学生で、スポーツをやってて(武蔵森で入学前テストで直接1軍合格する程度に)、なおかつ本を読んでいる。
それはたぶん自分が判断する程度に頭は悪くないと見ていいポイントだろう。
克朗少年は、バカが嫌いだった。
もちろん嫌いだからと言って、あからさまに態度に出したりはしない。
そんな事をしたって、自分がハナモチならないやつと敬遠されるだけだから。
にっこり笑って、でも実は軽蔑してたり、見下したり。
なんともけっこうやな子供だった。
でもまあ子供なので、頭の良いやつは手のひらを返したように好きだった。
あと、すごく見惚れるような才能を持ったやつ。サッカーやスポーツでなくても。
三上亮のサッカープレイは知らないのでまあ保留として、頭は悪くない、という仮判断を下せた事で とりあえず自分の中で好意的な範疇に彼を入れておく事に決めた。
何しろ学生時代の3年間は長い。
それだけの時間を四六時中、今までの家族よりも顔を突き合わせる事になる相手だ。
なるべく気に入る事の出来る要素はたくさん見つけるに越した事はない。
合理的なんだかなんかよく分からない克朗少年であった。


「さてと」
ある程度、無機質だった空き部屋が、仮の住処となってきた頃、三上が声を掛けてきた。
「そろそろ飯食いに行かねえ?」
確かに窓の外は薄暗く、そろそろ空腹も覚える時間だった。
「そうだな」
ほぼ終了していた片づけの手も切り上げて、立ち上がる。
連れ立って階下に降りると、食堂はなかなかの盛況ぶりだった。
トレイを持ってカウンターに並び、おばちゃんから皿や茶碗を受け取る。
「・・・・・・(なにこれ?)」
不審な顔をなるべく表面に出さないように努めながら、克朗少年はしばし固まった。
ご飯と味噌汁と、おかず(副菜アリ、2皿)。
一見何の変哲も無い寮食。
三上は何の疑問も抱かず、受け取ったトレイを持ってすたすたと行ってしまう。
気を取り直し、その背中を追った克朗だったが、どうもなんだか・・・・気がくじけている。
少しその辺を見回していた三上はというと、副カウンターを見つけてさっさと移動。 (箸立てと給湯機と、漬物類のタッパーと、調味料、やかんなどなどが並んでいるアレ)
そこで克朗少年、再度思考停止。
何・・・・・これ?
まあ、箸はいいとして。
ものすごいサイズのボトルで置いてあるソースや醤油もまああ、いいとして。
この気持ち悪いピンクや黄色や紫の物体は・・・・・食べ物だろうか。(桜漬け、沢庵、柴漬けとも言う)
そしてこの巨大なやかんの用途は?
試合中でもないのに命の水など置いてあるのはさすがサッカー部の寮だから?
渋沢克朗、12年と8ヶ月生きてきて、こんなにも理解不能な事態に陥ったのは珍しい事だった。
三上はもちろん何の不審も抱かず、というか、どこに不審点があるのかも分からなかったので、そもそも ほとんど当たり前の事として行動していたので、妙に立ち居振舞いにワンテンポの後れが見え始めた同室者を どうかしたのかと振り返った。
そして、なんとも妙な顔をした。
なにハトが豆鉄砲食らったような顔してるんだ?こいつ。
ハトが豆鉄砲なんて食らうんだろうか、とか頭のはしっこで変な突っ込みを入れつつ、三上はこっちも 変な間で立ち止まってしまった。
三上がまじまじと自分を見る視線でようやく我に返った克朗は、白々しくも「何だ?」と、にっこり笑ってみせた。
なんだじゃないだろう、と、双方思いつつも、まあいいさ。
変なやつ、とちょっと思いながら三上はプラスチックの粗末な湯飲みにやかんの番茶を注いでトレイに置いた。
あっ。
そうだったのか。
多分トレイを持ってなかったら手をぽんとやっていただろう。
これはお茶だったのだ。
って言うか、このうっすーい茶色い液体が・・・・・・お茶・・・・って・・・・。
ちょっと一瞬激しくいやあな気分が湧き上がったのを無理矢理押さえて自分もトレイを置き、粗末な湯飲みを置いた。
多分三上の表情から見ると、かなり不審な行動を自分はとっているのだろう。
が、世間知らずとは思われたくない。
自分が相手を観察したりするのはせいぜいするくせに、人にいろいろ推察されたり、見くびられたりするのは ガマンならない12歳だ。
いかにもそんなことは当たり前だろうみたいな顔をして、当たり前にやかんからお茶を注いだ。
湯気も立たない謎な液体に、ますます気はくじけるが、なにくそ。
これは、お茶であって、正体不明の液体とか、宇宙から来たスライムとかではない。 (とか考えているあたりがちょっとかなり動転しているいい証拠だ)
「ど、こか席あいてるかな」
動揺を押し隠し、当たり障りの無い言葉など発しつつ、克朗は自分では綻びの無いつもりの笑顔を作った。
「そこでいいじゃん」
目の前に空いてる席にあっさりトレイを置く三上からすれば、いちいち変なヤツ。
だって、彼、いわゆる普段の渋沢なんてまだ知らないから。
けっこうデキルヤツかと思ってみたのに、第一印象修正した方がいいんじゃねーかな。
2人、トレイを置いて席に就き、しばし無言。
無意識に手を合わせ、ふと隣をうかがうと、そっちも手を合わせている。(家庭のしつけがいい2人)
「いただきます」
そして箸を動かし始めたのは・・・・・三上亮だけだった。
「なにお前、魚嫌い?」
「・・・・あ・・・え・・・いや・・・」
好き嫌い以前に、それが何なのかが分からないのだよ(涙)。
魚・・・・魚は好きだ。
って言うか、そうか、これ魚だったんか。
なんか正体不明のカツ(らしきもの)は、どうやら白身魚のフライらしい。
正体さえ分かれば大丈夫。
克朗少年、けっこうな勇気を出してそれに食いついた。
「・・・・・・・」
「・・・・嫌いなら残せば?」
「え、いや、そんなことは」
三上はちょっと上目遣いに、でも(彼にしては)優しげに勧めてみる。
ああ、好き嫌いの多そうなやつと思われている・・・。
ちょっとかなり屈辱的な克朗は必死の思いで嚥下した。
なにか紙粘土みたいな味がするフライが喉につかえる気がして、手が湯飲みを探した。
ひとくち。
「・・・・・・げほっ・・・・!」
な、な、なんだこれ?
もはやポーズを作る事すら忘れて克朗は呆然と自分の手の中のものを見つめた。
「・・・・・むせた?」
こいつ、ひょっとして病気かしらんと、だんだん心配になってきた三上は、ちょっと気遣わしげに覗き込む。
が、克朗、ショックのあまり、返事すら出来ない。
お茶・・・・お茶って・・・・・・お茶っていうか、なんだコリャ。
焦げたぬるま湯の味がするんだ。
お茶なんて、口に入れる時は80度だろうが。
っていうか、お茶の味と香りなんて無いじゃないか。カルキの味とカルキの香りしかないぞ。
こんな物を、何で誰も変に思わない・・・・・・・・。
「えーと、渋沢?大丈夫か?」
しばらくの茫然自失の後、不意に三上の声で我に返った。
うつろな目の克朗は、それでもうつろな笑顔を華やかに浮かべた。
「・・・・・大丈夫だよ。ありがとう。何でもない。俺ちょっと先に部屋に帰るな」
「えっえっ、ちょっと?渋沢!?」
後に残された三上は当然ながら何がなんだか分からない。
なんか変なやつと同室になっちまって・・・・と、暗澹たる気分になってしまったり。

渋沢克朗、、記憶に残るうちで数回くらいの事なのだが・・・・・お残しをしてしまったのだった。
がーん・・・・・・・・・。





小さい頃からきちんとした物を食べさせられていた克朗少年は有り体に言えば口贅沢だった。
人間、食べる物に関してはランクを上げた時にはそうそう気がつかないが、ランクを下げた時に愕然と気づく事が有る。
「こんなまずいもの、食えやしねえ」
克朗少年は、割と古風な教育を受けていたので、食べ物を粗末にする事は出来なかった。
食べ物を残したりするのは良くない事だと教えられていたし、そういう事をするのは恥ずかしい事だとも。
だけれども、いかんせん、突然のものすごいレベルダウンに頭では理解しようとしてみても、身体が、というか 口がついてきてくれなかった。
残したりするのは屈辱的だ。
だけど、本当に口に合わないのだ。
何を食べても紙みたいな味に感じる。
時々ひどい時には腐ってるみたいな味にさえ感じてしまう。
これは難儀な事だった。
何しろ、サッカー部である。
中学生なんである。
育ち盛り、食べ盛り、なのに走りたおして帰ってきて、ほとんど食べ物が喉を通らないのには参った。
いや、それでもまだ食べ物は徐々にガマンする方向に近づいている。
やっぱり育ち盛りの食べ盛りなので、多少(いや、気分としては多多多多多少くらいの割合だが)口に合わないのは 目をつぶって、文字通り目をつぶって飲み込んだりする事で前向きに。
だって食べなきゃ持たないし。
食堂のおばちゃんだって気を遣ってくれている。
どうも激しく好き嫌いの激しい子がいると受け取られてしまった様子で(屈辱。号泣)。
それに栄養バランスとかなんとかかんとか。
「渋沢くんは、何が好きなのかな?(にっこり)」
ああああああああ。(涙)
嫌いなものなんて、ないんです。無かったんです、今までは。
ああ、でも言えない、そんなこと。
「あなたの食事が不味いんです」なんて・・・・・。
こんな思いもかけないところで絶望的なまでの挫折を味わう事になろうとは、ホントにホントに人生なんて 12歳の子供の予測できる範疇になんて無かったんだよ、お母さーん・・・・・。
今更のように母の偉大さ、ありがたさをかみしめる克朗少年だった。
あー・・・・マザコンになっちゃいそうだ・・・・なんて考えるあたりやっぱり子供らしくない彼だったが。

ともあれ、切実な空腹感に負けて、食事に関しては少しずつ(飲み込む事で)前向きに対処しつつある克朗だったが 我慢できないのは嗜好品だった。
お茶、コーヒー、紅茶。
これだけはどうしてもどうしても、我慢する事が不可能なほど不味かった。
だってそれもそのはず、渋沢家ではお茶といえば柳桜苑か一保堂。(京都本店から通販で直接取り寄せ)
コーヒーは豆を冷凍しておいて、煎れるたびに手動ミルでコロコロ挽く。 (実家ではコーヒー豆を挽くのはかっちゃんの役目だ)
紅茶は各自好きな物を買うが、母親の趣味でいったいうちは何屋だと思うくらいのお茶があった。 (かっちゃんは個人的にはマリアージュフレールのマルコポーロが好きだ←少女クサイ好みだ)
お三時にはたまに抹茶を飲む事もある。(和菓子好きの由縁)
これはさすがに略式で、ポットから入れたお湯で稽古落ちの茶筅(もちろん母の)を使う程度だったが。
でもお薄はやっぱり珠の白だな、とか考えていた。(つくづく生意気な子供だ)
生意気でしょうがないのだが、だってでも他の家庭はいざ知らず、渋沢家ではそれは当たり前の事だった。
ご飯はお箸で食べるもの、とか、水はコップで飲むもの、とかそういうレベルの当たり前さだった。
だから内容が高級でイヤミが鼻についてもちょっとそれは目をつぶってください。(笑)
嗜好品は、嗜好するから嗜好品なのであって、マニアワセでは嗜めないのだ。
衝撃的な初日の夕食を2口で切り上げてしまった克朗少年は翌日、こっそりと自由時間にスーパーで 小さな急須と雁が音緑茶のパックを買ってきた。
本当はそんなお茶でも家なら飲まないのだが、ないよりマシという物だ。
その日から、食事時には自分の前にひっそりと、自分専用のお茶を入れる事にした。
三上はやっぱり意味不明、という顔をしていたが、彼は「まあ世の中にはそういう人間もいるんだろう」 と、あまり気にもしてないようだった。
人は人、自分は自分。
人の習慣なんかに無理に関わらないところなど、やはり頭は悪くないらしかった。(ただのクールな人だったのかもしれないが)
いちいち突っ込まれたりすると、タルくてしょうがない。
とりあえず、そのお茶のおかげで「目をつぶって丸呑み大作戦」の決行が可能となった訳だ。
「なあ、お前って変な食べ方するよな」
一度だけ、三上はそう言った。
答えようも無かったので、克朗は小さくうん、ともああ、ともつかない声を発した。
「ちゃんと噛まないと、体に良くないと思うけど」と言って、三上はその話を打ち切ってくれた。
多分、今までの自分なら、そういう奴を見つけたら自分がそういうセリフをはいただろう。
「人には人の都合と理由がある」
また一つ、オトナの論理を身につけた克朗だった。
ともあれ、それで話を打ち切ってくれた三上のさりげない思いやり(と感じられるもの)がちょっぴりありがたかった。




食事に関する事以外では、克朗はそうそうぼろを出していたとは思わない。・・・・・自分では。
多少空腹のため部活動に個人的には差し障りを感じていたが、多分誰にも知られてはいないだろう。
三上亮はさすがに日々の食事風景を見ているだけに、なんか変だなと思っている様子だったがなにしろ それ以前の「通常の」克朗を知らないので「そういう奴なのかな」とあえて黙認している様子である。
・・・・というより、克朗は三上に関してはその(これはこれで衝撃的な)寝起きの悪さで気を取られている。
それは彼なりのウィークポイントであったらしく、それを知られた克朗に「お互い様」の空気を感じているらしかった。
「変なやつ」はお互い様なのだ。
が、初日初対面で感じた頭のよさは多分本物で、部活が始まってそのプレイを見て、納得した。
クレバーなサッカーは、大変克朗の好みに合った。
こいつの後ろで守るのは、多分かなり楽しいだろうな、と考えて、彼の自分の中での位置を「好意的な範疇」から 「かなり友好的なランク」にまで修正してやった。
克朗は自分の周りの人間の格付けランクになかなかシビアな子供でもあったので、例えば「友達」と「知り合い」の間なんかが、かなり ハードルが高い。
「友達」と言ってもいい人間なんて、ほんの数人で結構さ、と考えているわけだ。つくづくヤラシイ子供だった。
でもそういう意味では三上はかなりの高ランクにじりじり位置しつつあると思える。・・・・自分の中ではね。(向こうは知らないが)
実際のとこ、かなり強気で横柄な発言が目立つ彼は、一部ではちょっと煙たがられてもいる様子。
もうちょっと、マイルドな言い回しもあるだろうになあ、と思うところも多々あるが、自分は気にならないのでまあいいか。
多分、照れ屋なんだろうな、と大まかな結論をつける。
それに、ちょっとひねった言い回しが好きみたいだ。
少し考えなければ真意を読みにくいような。
頭のいい人間にありがちな、パズル的要素を持った性格と言えよう。
面白い。
自分も頭がいいと思っている克朗は、そういう人間が実はかなり好きだ。
っていうか、「何でそれがわかんないかなあ」と思うと、かえって周りがみんなバカに見えてしまう。
「こいつが言ってるのは普通に受け止めるならこう聞こえるかもしれないけど、ほんとはこういう意味なんだろうな」・・・・とか。そういう。
こいつのこういう面白さとか良さを分かるのって俺くらいじゃねーの?なんてね。(←危険的思想の発露が見え隠れ。もちろん自覚などまだまだ)
ちょっとハラヘリで体力消耗中だと言うのに、のんきに人物観察など行う克朗だった。
「・・・・なんか?」
さり気に視線が気になった三上が、ぐるん、と椅子を回して振り返った。
「いや、ちょっと考え事」
ふうん、と鼻を鳴らして、それからふと三上は立ち上がった。
「コーヒー飲むけど、お前もいる?」
小さな戸棚から、ネスカフェのビンを取り出した。
三上は、それはそれで普通の感覚の少年だったので、これは彼の年にしてはけっこう気が利いている。
が、とたんに克朗は今までのんきに繰り広げていた思考の波をザブンとひっくり返してしまった。
ネスカフェ。(それもエクセラ)
どこをどう見てもインスタントコーヒー。
飲んだ事の無い代物だが、ここ数日の立て続けの体験が苦く切なく蘇る。
「・・・・・そうだな」
哀しいかな、だけどまだ克朗は、好意を持っている相手の好意的な行動をすげなく断るほどの神経は持っていない。
三上はもう一つカップを出し、二つのカップにスプーン2杯のコーヒーを無造作に入れた。
「ブライトと砂糖どうすんの?」
ブライト?
三上の手元には白いクリームパウダーのビンがある。
「あー・・・・・いらない。何も無しで」
せめてもコーヒーだけのが小マシそうだ。
三上は、これは一つにだけ、パウダーミルクをやはり2杯ぶち込み、スティックシュガーも1本ぶち込んで、 持ち込んでる私物のポットからお湯を注いでかき混ぜた。
「おら、ブラック」
「ああ、サンキュ」
悪気無く入れてくれたコーヒーを一口飲んで、やっぱり克朗は泣きたくなった。
コーヒー特有の香りはなく、焦げたお湯の味がした。
心の涙を押しかくし、ゆっくりと顔を上げた克朗に三上はなんともおかしそうな顔をした。
「すっげえ顔」
一瞬虚を衝かれて笑顔(のつもりの顔)が空白になる。
しかめたりしたつもりはなかったのに。
「ブラックなんかで飲むからだろ」
にゃはは、と笑って自分はミルク砂糖たっぷり入りのマグカップに、楽しそうに口をつけた。
・・・・・まあそういう事にしておいたほうがいい。
いらぬ気遣いや、せっかく仲良くやっていけそうなルームメイトとのしこりを作らずにすむだろうと思って 黙って苦笑いを見せておいた。
心の中で鼻をつまんでありがたいコーヒーを何とか飲み干した後、ちょっとコンビニへ行くと言って部屋を出た。
ああ。
なんともかんとも、切なかった。
自分がこんな事でへこたれる事になるなんて、思わなかった。
・・・・っていうか、それが挫折なのかどうかも分からないあたりがなお哀しかった。
何の失敗もした訳ではなく、どちらかと言えばわずか1週間で周囲は自分を認めだしている空気がある。
ルームメイトも割合気に入った。
なのに、耐えられないほどにいてもたってもいられずにつらいのは、食に関する事なんて。
ここはいったいどこだ。外国に来た訳じゃないんだぞ。
俺は、食べるものの事ごときでこんなにダメージを受けるほど口の卑しい人間か。
彼はこっそり独りになれる場所でひざを抱えた。
はらはらと、散り落ちる桜がひざに、肩に振りつもる。
渋沢克朗、誰にも言えなかったが、涼しい顔の下で実は猛烈なホームシックにかかっていた中学1年の春だった。(泣)
お茶・・・・・・飲みてぇ・・・・・・・・・・・・(涙)




そして。
こんな身体に誰がした、とちょっぴり母親を恨みつつ、帰宅可能日をじりじりいらいらと指折り数え待つ克朗だった。
もうなんでもいいから早く家に帰りたい。
帰ったら揃えてもらう物も、リストアップして家に電話を掛けておいた。
ついでに家で食べたいメニューも。
スーパーで買う雁が音緑茶は既に3袋目に入っている。
学校では「いい奴なんだがちょっとカルシウムでも不足してるのか」という哀しい噂も立ちつつある。
これ以上、せっかく作り上げるつもりの渋沢克朗が崩れる前に、早く、早く。






新学期が始まって、既に2週間ほどが過ぎた、日曜、夕方。
三上亮は寮内放送で玄関に呼び出された。
いや、正確には呼び出されたのは三上ではなかったが。
帰宅可能日(部活はなし)だったが別に慌てて帰る用も無く、独りで優雅に過ごしていた午後だった。
(例の)コーヒーなど入れて、最近ぜんぜん読めなかったからいっぱい出てた新刊の推理小説も買い込んで。
ルームメイト(変な奴)は、どうやらホームシックらしく(そんな奴にも見えなかったのにな(笑))昨日学校から 帰るなり、ワンツーで出ていってしまった。
おかげで今日の朝なんか、朝食を食いっぱぐれてしまった。
変な奴だけど、確実に恩恵は被っていたんだよな。(←まだ彼にとってはただの6個目の目覚ましなんだな(笑))
変な奴だけど、いいヤツだし。
変な奴だけど、・・・・すごいヤツみたいだし。
変な奴だけど・・・・・・・
「渋沢くん、渋沢克朗君。至急玄関管理室まで来てください。繰り返します・・・・・」
渋沢?呼ばれてるじゃん。いないけど。
どうしようかな。
とりあえずオレ関係ないし。ほっておこうか。
三上はぜんぜん読み進んでいなかった小説に目を戻そうとした。
・・・・・が・・・・・・。
あー、もう、めんどくせーな。
気がつくと、ぜんぜん読んでいなかった小説をとりあえずベッドの上に投げておいて、三上は玄関に向かっていた。
「あら、三上くん。どうしたの。渋沢くんは?」
「渋沢はまだ帰ってません。昨日から自宅に帰ってます」
「あらあ・・・」
寮母さんは困ったように頬に手を当てた。
「何だったんですか?」
「渋沢くん宛てにおうちから荷物が来てるのよ。だけど・・・・・・」
ははあ。
根はいい奴な三上亮、たった今考えていた渋沢の事をしばし頭に浮かべる。
まあ、恩恵も被ってるんだし。いいヤツだし。すごいヤツだし。えーとそれから・・・・。
「いいですよ。僕、運んどきます。どうせ同室だし」
「ごめんねえ。いつもだったら私持っていってあげてもいいんだけど」
寮母のおばちゃんはなんだかなにか言いたそうに言いにくそうに、三上を管理室に招き入れた。
「持てるかしら?」
「・・・・・・・・」
なんだコリャ。
宅急便にして2箱(160サイズ)のダンボール。
手をかけてみると、妙にずっしりと重い。
これを持っていくのかあ。ちぇー。(珍しくお人好しな事言わなきゃよかった)
でもやるといったからにはついやってしまう三上であった。
うんせと持ち上げると、おい、ほんとに重いよ。その上割れ物シールとか貼ってあってめっちゃむかつく。
なんとかかんとか1個を部屋まで持って上がって、ぜー。
もう一度玄関に来た時に当の渋沢が帰ってきた。
「あれ。なんだ、もう着いたのか」
「お前ー。なんだよ、これ。めっちゃめちゃ重いぞ」
「え。持ってってくれたのか」
「とりあえず1個な。後は自分で持っていけ」
感謝感謝、とつぶやきながら渋沢は大事そうに荷物を抱えて部屋に帰った。 (で、結局持って帰ってきたかばんなどを持ってやる羽目に)
「で、何また引っ越しでもすんの?」
『なになに何持ってきたんだ、見せて♪』と、頭の中に対訳を付けながら(笑) 興味津々といったところの三上にも見えるように箱を開ける。
「・・・・・お前・・・何持ってきてんの?」
ちょっと素になってしまった三上だが、出るわ出るわの謎深き物体達。
曰く、茶筒、急須、小盆、湯飲み、コーヒーミル付ドリッパー(簡易浄水機能付。これが一番かさばっていたモノ)、 ビーンズポット、ペーパーフィルター、コーヒーポット、ティーサーバー、カップ&ソーサー(ウェッジウッド フロレンティーンターコイズ←母のシュミ)、そして結構な量の茶葉とコーヒー豆。
ああ、待ち望んだ物たちよ。
もうせめても嗜好品だけでもまともなものを口に出来る。
「これで・・・・・」
なんか感無量で言葉にならない渋沢に、三上はやっぱり『変な奴・・・・・』と、ちょっとコワクなってしまった。(笑)
ちょっと不覚にも涙ぐみそうになった克朗だったが(そんなだから変な奴とか思われちゃうんだ)、気を取り直してとりあえず ドリッパーをキャビネットの上にセットする。
「コーヒー煎れるけど、飲むか?」
振り返った克朗の顔を見て三上はちょっと引きつった。
「う・・・嬉しそうだなあ、お前・・・・」
「なんでわかる?」
「なんでわかんないと思うんだよ。バカじゃないの?」
『その顔を見ればいやでもわかります』と聞こえるので多分よっぽど全開で笑っていたのだろう。(あるいは全壊で)
「あははは。もうホントに嬉しくて。そっかー、見てわかるくらい嬉しそうなのか、俺」
「・・・・・俺がお前と会って以来見た事無いほど土砂崩れ起こしてるぞ」
「いーからいーから。飲むよな、三上」
ブルマンブレンド6にマンデリン4の渋沢家式ブレンド豆を3サジ。(克朗は一度煎れたら2杯は飲む)
ミル起動。
ああ。馨しい芳香。涙が出そう。
克朗はしばし、ぼんやりとドリップされる琥珀色の雫を眺めていた。
「・・・・・バッカじゃねーの?」
三上がぽつりとあっち向いてつぶやいた。表情が柔らかい。
その顔と口調と態度を考え合わせるとおそらく『元気出て良かったじゃん』と言われているらしい。(多分間違ってないと思うんだけど)
なのでいろいろ考えた末に、自分的には感謝の意を込めた笑顔で言った。
「ありがとう」
「・・・・・・は?」
・・・・・・・どうも、唐突だったらしい。
やっぱ、勝手に翻訳して返事するのは止めたほうが良いかな、と判断する。
三上はしばらくぶつぶつと口ごもったあげくにとうとう笑い出した。
「バカだっつってんだよ?」
そう聞こえないんだよ、と言おうかどうしようか迷ったがやめておいた。
へーんなヤツ、と小さくつぶやくのが聞こえた。



ともあれ、ウツクしいコーヒー(笑)が出来上がる。
ほぅ・・・・・・と、深いためいきとともに、至福の表情で湯気をあごにあてている克朗と対照的に、三上はなんとも言うにいわれぬ顔をしていた。
「美味くないか?」
「え・・・・いや・・・・・」
なんとも不得要領な歯切れの悪さ。
でもしきりに首をひねっているのであまり気に入ったと言うわけではないらしい。
「・・・・・あのさあ・・・」
ようやっと何かコメントを述べてくれるらしい。
「なんか、よくわからない。こんなのなんだっておんなじじゃん」
この答えには、克朗、ちょっとガーン。
「・・・・おんなじか?」
「苦い」
・・・・・・あ、そ。
苦みっていうのは、生まれつきには持たない感覚なの。
経験によって作り上げられる感覚であって、だから何度も口にして初めて美味さを感じるようになる味覚なのよ。
なるほど。
母の言葉の意味をやっと体感として知った克朗だった。
わかった。
それなら三上。
絶対これを美味いと思わせてやるさ。
あんな情けないコーヒーが口に出来なくなるように。
変なところで持ち前の対抗心と挑戦根性を発揮してしまった克朗は、多分その時どう考えてもハイに舞い上がっていた。
(やっぱり変なヤツ)
三上亮はためいきをついてやたら苦いコーヒーを飲み干した。



=Fin=






  ◇コメント◇

ここからすべてが始まった、シリーズ1作目。
今読んでみても、なんだか異常な情熱を、確かに感じました。
この頃に頭の中でえがいていた彼らとは微妙に今人物像がずれてきているのはやはり致し方の無いことです。
・・・・けっこうこの頃まだ三上さんがつかみ切れていませんでした。割とまだカッコイイじゃん、とか思いました(笑)
が、この頃の方がカッコよかったような気もします。・・・だんだん「カワイイ」系になっていくし・・・・・(しーん)
渋キャプは「こんなに変なキャプ書いて大丈夫かいな」と当時はヒヤヒヤしたものでしたが、この頃から私の傾向は さり気に露呈していました。・・・・・・情けないですね。べそかいてるし(笑)
かっちゃんの食傾向に関してはいろいろ感想頂きましたが、意外に共感される方が多かったのが思い出に残っております。



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