| 仲直り(の手口) | ||
いつもどおりに。 目が覚めると、目覚ましの鳴る1分前。 ああ、なんでどういう精神状態の時であれ、身体という奴は覚えた通りに動くんだろう。 とはいえ、だからといって、この世の終わりまでぐずぐずと寝ている訳にはもちろんいかないので、自分の習性というヤツに、 でもやっぱり少し感謝もしながら、起きた。 昨日、ほとんど寝られなかったせいか、今日は恥ずかしながら、熟睡していた。 熟睡して、その上習性どおりに目覚めたために、気分とはなんの関係も無く、爽快な目覚めだった。 天気も良かった。 悪いのは、自分の気分と三上の機嫌だけという訳か。 実際、気分が悪い、というか、自己嫌悪のあまり死にたかった。 昨日。 三上は、完璧な無視をしてくれた。 まあ、当たり前だろうな、と思ったので、かける言葉も無かった。 半径1m近辺に近づくだけでも緊張状態が感じられるほどだったので、笑えることに自分の机にも座れなかったくらいだ。 隣の机から、何とも言えない、緊張感と居住まいの悪さがひしひしと伝わってくるのに、渋沢のほうも音を上げてしまった訳だ。 たまりかねて「コーヒーでも入れようか」といいかけたら、「コ」と言った時点で「いいから!」と叫ばれた。 叫んだ三上のほうが、自分の声にびっくりしたような顔をしていた。 それから、少しきまり悪そうに「・・・・今は欲しくないんだ」と独り言のように言って、向こうを向いてしまった。 そっぽを向いた横顔を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。 向けられた横顔は、自分の言葉をすべて拒否していて、そして自分はそれに対して、反論するべき言葉を持たなかった。 このまま一生口もきいてもらえなくても、多分諾々として受け入れるしかないほどに。 でも、相変わらず自分は、彼のことが好きで、っていうか、更に好きで、本当にどうしようもないくらいに好きでいることを 否応無く思い知らされてしまった。 好きだからこそ、しばらく顔を合わせたくないなあ、とも思った。(人はそれを、「合わせる顔が無い」とも言う) ・・・・・・ちょっとばっかり泣けた。(気分が) そして、一夜明けて。 切ない一日が、また始まる。 ちょっと、くしゃくしゃと、自分の頭をかき回し。 えいやと起き上がり。 それからいつもの習性に従い、洗面道具をそろえ、新しいタオルを出し、それから三上のほうに軽く視線を投げかけて、部屋を出る。 少しだけ、視線が切なくなったのは致し方あるまい。 こういう時、同室っていうのは逃げ場が無いもんだなあ。 ため息をつきつき、廊下に出た。 いつか、せめて元どおりとは言わないまでも、普通にしゃべれるくらいには戻れるんだろうか。 ・・・・・・・・渋沢克朗だって、途方にくれたりすることだって、ある。 ぼんやりと物思いにふけりながら(でも外見的には割といつもどおり)歯を磨き、ほてほてと部屋に帰りながら、渋沢はしばし考え込んでいた。 三上をどうやって起こしたものか。 普段の通り、普通に起こしてもかまわないだろうか。 多分そうしたほうがいいような。自分の精神力が耐えられるならば。 ・・・・できなくはないかな、と、いろいろ検討した結果、そう判断を下してみた。 しんどいことはしんどいが、自分の心だけで耐性を試すなら、わりとがんばれる自信は少しならある。(最近ちょっとアヤシかったが) とか考えながら、ドアを開けて、それからちょっと思考停止してしまった。 三上は、部屋にいなかった。 避けられてるんだな、と、ようやくそう思いついたのは、たっぷり2分くらい呆然としたあとだった。 あまりに早く起きたから。することが無い。 つまり、三上を起こして、着替えたり支度するのを待ってたりする時間が丸々浮いてしまったのだ。 着替えて、窓を開けて、カーテンを開けて。 それでもう、することがあまり無くなってしまった。 意味もなく、かばんをあけて中身を確かめてみたりする。(昨夜きちんと揃えたから、別に必要がないのに) 食事に降りるにはまだかなり早いし、いわんや学校に行っても、ひょっとしてまだ門さえ開いていないかもしれない。 困ったな。 自分の机に座り、ぼんやりと窓の外を眺める。 いったい、いつもこういう時間、なにをやってたんだろう。 まったく思い出せない。不思議なことに。 なにをしているわけでもないのに、時間はいつも気がつけば過ぎていた。気がする。 確かに、あわただしいのは好きじゃないから、わりとゆとりは持っている。 でも、あれこれ支度したり、なにということなくしゃべったりしているうちに、そこそこ時間は過ぎて、朝食だの、登校だの、そのうち 他の奴らも来たりして。 時間なんて、意識したことすらなかった。 時間の「過ぎさせ方」を考えたことなんて。 でも。 ・・・・・ということは三上は、こんなに早く部屋を出て、いったい今どこにいるんだろう。 食堂も開いてない。学校も開いてない。 こんな朝早くから、あの寝ぼすけがさっさと起きて、行くところもないのに。 ・・・・そこまで深刻に避けられてるのかと思うと、またなおさら切ない。 どうしたものだろうなあ。 はあ。 ため息。 その頃の三上。 クラブハウス横、練習グラウンドの端っこの木の下のベンチに転がって。 さらさらとした、朝の風に気持ちよく包まれて。 天気もよく。 こっそり持って出てきた目覚し時計を抱いて。 熟睡していた。 もちろんこのあと、1時間目には遅刻した。 休み時間もきれいに無視り、放課後もさっさと部室に消え、部活終了後も、気がついたらすたこらいなくなっていた。 っていうか、それはいくらなんでも徹底していて、あんまりじゃないか? ちょっと涙をこらえてしまう渋沢だった。 これでは謝ることすらさせてもらえない。 食事も風呂も、ことごとくタイミングをずらせられていて、考えてみれば今日は会話どころか一度も顔すらまともに見ていない。 せめて、悪かったと、ひと言それだけでも言わないと、どうにも自分の中で何かを区切りさえつけられない気がして。 せめて。 が、風呂から帰ってきたら、机に向かっていたので、やっと、まともに顔だけはみることが出来そうだった。 「・・・三上」 ドアをパタンと閉めながら、声をかける。 三上は、机に向かってなにやらノートをひろげ、予習だか復習だかをやっている。(結局4日も休んでいたわけだからその分だった) 「お帰り」もなかった。 っていうか、返事さえもなかった。 どころか、振り返りもしなかった。 ・・・・・・でも、めげない。 「こない・・・・」 だは、まで口にする前に。 「それはまだ、今日は聞きたくない」 ぴしゃりと先手を打たれた。 「いや、今日はって・・・・・」 ちょっと、出端をくじかれて何を言っていいのか一瞬見失う。 「ちょっと、それはまだ考えたくないんだ。聞きたくないし。もう少し落ち着いたらまた話も聞くかもしれないけど。 ・・・・とにかく今は何も聞きたくないし、何も言うな」 ・・・・・・・取り付く島もないとは、まさにこのことか。 「俺は、謝ることもできないんだろうか」 ちょっと哀しい気持ちで、一応お伺いを立ててみた。 三上はやっとそこで、少しだけ、ちらりと渋沢を省みた。 「・・・・・今日は、聞きたくないんだ」 そして、そのまままた何事もなかったかのように、黙り込んでしまった。 怒りの深さが思いやられた。 翌日も。 展開的には大して変わらなかった。 ちょっと気を抜いた隙に、さっさと消えてしまうし。 ほんとにいったい、そんな早朝からどこに行ってるんだろう。 (もちろん今日もクラブハウス横のベンチで寝ていた。さすがに今日は遅刻はしなかったが) もちろん夜も似たようなもので、その日にいたっては、ひと言も口さえ聞かず、さっさと休んでしまって、さらにものすごく念入りに 布団を身体の下にまで敷きこんで、セルフ布団蒸し状態になって寝ていたので、違う意味でなんだか傷ついた。 っていうか、「信頼を徹底的に無くしたんだなあ」という事実を、まざまざと見せ付けられた気がしたわけだ。 「もうしないよ」なんて言ってみたところで、まったく信憑性がないらしい。 これは、はっきり言って、こたえた。 信用されない。 自業自得とはいえ、それがこんなにも痛いこととは思わなかった。 もう、なんていうか、好きとかなんとか言う以前に、その空気がやりきれない。 だけど、決定的に「絶交だ」とかそういう言葉を言い出すわけでなく、そのままほったらかされている。 そんなどっちつかずがたまらなくて辛い。 切り捨てるならそれならそれで、はっきりしてくれないと、どうにもたまらない。 どうしろっていうんだ。 どうしろっていうんだ。 っていうのは、もちろん三上も同じだった。 っていうか、むしろこっちの方が深刻だった。・・・・・といえなくも無い。 三上は三上で途方に暮れていた。 もうそれはもう、情けないくらい。 ムシムシ大作戦(っていうか・・・・そのネーミングはどうだろう)も、途方に暮れたあげくの苦肉の策、というか、ぶっちゃけていえばそれ以外 どうしようもなかっただけだった。 だって。 口を利けば、話し合わなくてはいけない。 だって。 ほおっておけるモンダイじゃ、ない。ジブン的に。 でも。 ホントのことを言うと、あのときのことは、思い出したくない。 っていうか、あまり覚えていない・・・・・・・というのもちょっと(・・・・・かなり)ある。 連日の無茶な走り込みで、体調を崩し、疲労から熱を出していた。ところに、薬を飲んでボーっとしていた。 ・・・・・・・ところに、さらに、なんだかあまりといえばあまりの事態に脳みそが事態の把握を拒否した・・・・・っていうか。まあそんなカンジ。 思い出したくないせいかあまり覚えていない・・・・・っていうか、とにかく思い出しそうになるたび頭を抱えてうわーっと叫んで 走り出したくなってしまうような。 なんていうのか、腹の底からむずむずとすっぱいカンジ? もう、全部記憶も過去も事実も消しゴムかなんかで消したい。 でも、話し合うとしたら、その事もちゃんと見なきゃなんないし。 あああ、考えたくない。 考えたく、ないいいい(泣) そして。 話し合うとなると。 なにかしらの結果というモノを出さざるをえなくなる。 多分渋沢は謝ると、思う。 謝りたそうにしているのもわかってるし、現に何度かそれを口にしかけた。 でもさ。 謝られちゃうと、それに対してリアクションを決めなくてはならない。 「許す」か「許さない」か。 仲直りする、ということは、許してやる、ということだ。 許さない、というのなら、絶交だ。 それが「結果」というものだ。 でも。 結果を出すとなれば。 ・・・・・・・・・渋沢のことを切り捨てることがどうしても出来ない自分に気がついていた。 だって。 だって・・・・。 なんか。うーん。 ・・・・・・・・でも、なんか簡単に許してやるにはなんか割り切れないし、やっぱりなんか腹が立つし。 っていうか、頭にくるし。 っていうか、っていうか、やっぱりなんか、なんかなんか。うー。なんか。 どうしていいのか、わかんねーんだよう! それに。 もう、自分がなにに対して怒ってるのかがよくわかんなくなってくるし。 いや、怒ってるのは、間違いなく怒ってるんだけど。 じゃあどの点が気に入らなくて怒っているのかを考えたりするとだな。 そうすると、その、だんだん混乱してきてしまってみたりしてみたり。(←混乱中) 例えばだ、思い出したくもないのを我慢して、その、ナニだ、動けないのをいいことにさ、さ、さ、さわりまくられたことは。(ううううう) コレはもう、どう考えても自分は怒ってもいいはずだ。 では次に。 ぬきうちで、突然××(単語を形にして浮かべるのがイヤ)されちゃった事。 ・・・・・ま、とりあえず、怒る、ほうにいれることにしておこうか。 いや、はじめはその、そこまでは怒るところまで入れてなかったような・・・・いやしかし、やっぱりとりあえず怒るほうに分類。 じゃあ、その時に・・・・・・す、す、す、酢・・・・・いや、す、好き、とか、その、言われちゃった事は? それは、怒る、ところなんだろうか? これがなんというか。 微妙にその後にかかわってくる。 コレに対して怒っていいなら、後のは全部怒るところ。 もちろんもう、今後は国交断絶。絶交コースだ。 でも、それは出来ないんだって。 なんで。 ・・・・・・・でも仲直りするのも、なんかちょっとまだ納得できない。 ・・・・・っていうか、でもだって、それは出来ないんだし。 じゃあ、あんな事までされて、それをなかったことにして、忘れてすごす? ・・・・・のも、なんか出来ない。 でもそれなら、怒るべきところを一番初めに挙げた点に限定するとして。 あとはすべてなかったことに? だって喧嘩なんかしているのもしんどいし。 っていうか、それはじゃあ、その他の点は、怒るところではなかったということにしてしまうってこと? ・・・・って言うのは、なんかそれはちょっと、なんかだぞ? では、どうしたらいい。 と。言うところで、三上の思考は止まってしまう。 そこから先を考える前に、勝手に思考は何かに遮断されてしまう。 そこから先に、なんかとても考えたらイケナイものが、ありそうな、なんか困った予感がして、どうしても。 要するに。 逃げ回っていたのだ。結局のところ。 困ったもんだ。うん。 さらに翌日。 やはり起床後の洗顔中に三上は消えていて。 それ以降も、前日と似たような展開を続けて。 部活終了後も、一目散に消えていたのに気がついた時点で。 渋沢はとうとう、心を決めた。 今日という今日は、もう決着をつけてしまおう。 なんでもいいから、つかまえてしまわないと。 つかまえてみないと、どうにもこうにも、前にも後ろにも動けない。 例えどういう結果が待っていたとしても。 少なくとも、このままよりは、きっと。 きっと、マシだ。 ドアの前で、ちょっと立ち止まって、深呼吸を3回ばかりして、力をためて。 だって、無視しつづけるのだって、けっこう大変。 だって、この空気の中、平然とした顔を作っとくのだって、けっこう大変。 よし。心の準備、オーケー。 それからいつものように、何事もなかったかのようにドアを開ける。 あ。 今日は、帰ってる。 やだな。 なるべく、視線をそっちにやらないようにして、ささっと自分の机のほうに歩き出した。 ところを。 「三上」 ぐわしっ!と。 なにか思いもよらない方向から重力をかけられて、つんのめった。 「う、わ!」 「あ、ごめん」 転びそうになるところを、つかまれた腕にさらに力が加わって引っ張り戻された。 っていうか、つまり渋沢に腕をつかまれていた。 一瞬、身体が硬直する。 のを渋沢も認識したようで。 「あ、ごめん」 もう一度、同じ言葉をつぶやいて、手を放した。 あ。びっくりした。 あ。まだちょっとびっくりしてる。 妙な間ができる。 「・・・・・・なんだよ」 言いながらも、なんだかこんな距離で口を利くのがものすごく久しぶりなのが、自分でもわかった。 「そろそろ。頼むから話をしてくれないか」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 ちょっと。 これは観念するしかないかもしれない。 そんな気が、ホントはそろそろしてた。 お互いそろそろ、こんな状態に耐え切れなくなっている、のも。 三上は、もうひとつ、特大の深呼吸をして、その場に座り込んだ。 「とにかく」 渋沢も、そこに座り込みながら、なんて切り出そうか、という顔を少しだけして。 っていうか、これっていわゆる、「ひざ詰め談判」というやつなのかなあ、などとぼんやり考えてみたりする。 なんか、古典的なカンジだな。 「すまなかった。悪かったと思っている。ホントに」 床に座り込んだのに、そのまま両手をついちゃったわけだから。 そりゃ、土下座だよ。 なんか、信じられないようなものを見た気分になる。 渋沢克朗の、土下座。 なにやってんだ? その場とかでなく、椅子にでも座ってればこういう姿勢にはならなかったのかな。とか、頭の隅っこでちょっと考えてみる。 いや、この勢いなら、椅子から降りてでも手をついたのかもしれない。 「いや、アレに関してはホントに悪かったと思ってるんだが、いや、ホントは許してもほしいが、いやでも、許してもらえなくても しようがないんでそれはいいんだが、とにかくまずは謝らないと気がすまないんで、すまん。悪かった」 と、ここでもういっぺん手をついたまま頭を下げる。 ・・・・・なに言ってんだ? なんだか一気に早口でまくし立てられたので、ちょっと理解が追いつかなかった。 ので、とりあえず、三上、無言。 えーと、なんて? しかし、その三上の無言は、当然渋沢には違う意味に取られているので、次のせりふもそのまま渋沢の番。 「徒に信頼を損なったのは本当に辛いが、お前が怒るのももっともだ。もちろん俺にも俺の理由はあるが、許してほしいという前に、 とにかく謝りたかった。とりあえず、謝らせてくれて、礼を言う。ありがとう」 「・・・・はあ」 なんだか理にかなっているような、よくわからないような論理だ。 「・・・・・・・・・・」 それで、しばらく、ちょっとお互い黙り込んだ。 「・・・・・・・三上」 遠慮がちに、渋沢がもう一度、口を開いた。 「ホントに許せないというのなら、部屋も・・・・・替わるよ」 「・・・・・・え?」 思わぬ申し出に、ちょっと目を見張る。 「俺だって、それなりに、このままじゃやりきれないんだ。悪いのはこっちだとはわかってても、やっぱりこう避けられるとなかなかこたえる。 顔も見たくないと言うんなら、今からでも、なんとか部屋の交換とか、申し出てみようと思う」 「・・・・・・・・・・」 それは、と、言いかける言葉が、出てこない。 「今のままではどうしていいか、俺にだってわからないから」 「・・・・・・・・・・」 そんなこと言われても。 三上は唇をかんで、うつむいた。 そんなこと言われても、どうしていいかなんて、それこそ自分にだってわからない。 まだ、どうしていいのか、決めきれていない。 なのに、そんなふうにどうしようもない決断を、そういうふうに突きつけられるなんて。 困る。 ものすごく、困る。 なんだか、唐突に追い詰められてしまった気分だ。 でも。 なんか。なんか言わないと、いけない。 なんて。 でも、なんて。 ちょっと、泣きそうな気分。 顔が上げられない。 「三上?」 あああ。促されるし。 「・・・・・・・・・・別に・・・・・それは」 混乱したまま、とっちらかった自分の中から言葉を拾い始める。 「べつに・・・・顔も見たくないなんて言ってない」 といいながらも目線も合わせずうつむいたまま。 「じゃあ、せめて目を見て話してくれないか」 「それはまだ出来ない」 渋沢は、小さく1つ、ため息をついたようだった。 「・・・・じゃあ部屋は?」 「・・・・・それは・・・・・・別に替わったりなんて・・・・・・しなくてもいい」 そこでまた、ひとしきり沈黙。 「・・・・・・・・俺はどうしたらいいんだ。どうしたら、気が済む?」 いっそ、殴りつけて、それで全部無かったことにしようか。 一瞬、そう思った。 思ったとたんに、ふっと血が昇った。 「そんなの、こっちが聞きたいよ。・・・・・なんだよ。お前はどうしたいんだよ。なんだよ。人のこと、なんだと思ってるんだ。こないだだって こっちが動けないのをイイコトに、さっ、触りまくったりしてさ。俺っ・・・・・俺が・・・俺の・・・」 ・・・・っていうか、俺の・・・・・何? 何を言おうとしていたのか、見失ってまたしても混乱。 それきり黙り込んだ。 「・・・・・好きなヤツに、触りたいと思ったんだから、仕方ないだろう」 「・・・・・は?」 突然の開き直り発言に、目が点。 「俺は。そういう事したいと思ったんだから、しようがない。そういう風に好きなんだから。だから、それがイヤならはっきりそう言ってくれ。 そうしたら、本当にもう二度としないから」 「・・・・そ・・・・・・・・」 唖然として言葉も無い三上。 「お前はどうしたい、というから。・・・・・・・・・・で。どうだろうか?」 「そ、そ、そ・・・・・・」 そういうことを聞いたわけでは、なかった気が? っていうか。 「そんなこと、答えられるわけがないだろう。さ、さ、触わりたいとか、そんなこと、許可できるわけ無いじゃないか!!」 「答えられないって。いやだったらいやだといってくれていいんだぞ」 「・・・・・え・・・・・」 なんだか、虚を衝かれたような顔で、ぽかんと渋沢の顔を見詰める三上。 「・・・・・・それとも、いやって訳じゃないのか?」 「・・・・え?え?・・・・ちょっと待て。え?え?え?」 混乱して、頭を抱える。 「そ、そりゃイヤだよ。ダメだよ。それは、困る。うん。困るって。俺」 ふと、渋沢は、何かを思うように首をかしげた。 微妙に、何かがおかしいほうに流れている気がする。 「じゃあ俺が好きだっていうのは?それも困る?それはかまわない?」 「・・・・・・・・・え・・・・・・・って・・・・・」 またしても、混乱。 「・・・・好きって・・・・えっ・・・と・・・」 「三上のことが、好きなんだ」 改めて、もう一度口にする。 今度こそ、三上はなんだか脳天にボールでもぶつけられたような顔をして、ぽかんと口を開けたまま渋沢の顔をまじまじと見た。 しばらくして、言葉の意味がはっきり脳に到達した。 かあっと、耳まで赤くなった。 「・・・・そんな恥ずかしいこと、何度も言うなっ!!」 「でも言わないと、お前ぜんぜん分からないじゃないか」 「だからって・・・・」 でも確かにその通りでもある。 でも返事なんて。出来ない。 でもダメとは言えない。 なぜか。 でも、ダメとは言えない。 なんで。 でも、その理由をどうしても、考えることを頭が拒否する。 でも。でもでも。 「・・・・・それもダメか?」 渋沢が、少し首をかしげるように、もう一度重ねて訊いた。 ここで拒否をしたら、このまままったくの赤の他人になるのかな。 いや、多分渋沢のことだから、本当にそれもダメと言ったら、ちゃんとそうするだろう。 本当に、それもダメか。 けれど。渋沢と、赤の他人に。 ただの、チームメイト、同級生。 ただの。 「それだけはいやだ」と、その時、自分でも驚くくらいに強く思った。 赤の他人の、渋沢 それを想像したとき。 一瞬、呼吸困難になる。 想像しただけなのに。 それは。ヤだ。 何度か。 口を開いて、逡巡して、閉じて、固く目を閉じて、それから、開いて。 「・・・・・・・・・・・・・・・ダメ、じゃ、ない・・・・・・」 やっとの思いで。 それだけ。しぼりだすように、つぶやいた。 「ダメ、じゃ、ないから」 お前は、俺にとって、どう考えても。 「特別」だから。 もう、それはどうしようもないくらい。 無くすことは、出来ない。したくない。困ったことに。絶対に。 「だから、部屋替わるとかは、言うなよ」 沈黙が、落ちていた。 どのくらいか、わからない。 ずいぶん長いことだったような気もするし、ほんの数秒のことかもしれない。 なんで渋沢は何も言わないのかな、と思った。 少し、待ってみたが、やっぱり辺りはしんとしている。 間が持てない。 どうしようもなくなって、三上は、そろそろと目線を上げてみた。 死ぬほど気力を振り絞って、やっと渋沢の顔を、見た。 なんだか、妙な顔をしていた。 初めて見るような、なんとも表現しようも無い表情だった。 「・・・・なんだよ。なんか文句でもあんのかよ」 居心地わるくて、突っかかるように聞いてみた。 「・・・・・・気が抜けたよ」 渋沢は、ぼそりとそう言って、うつむいた。 それから、小さく一度、頭を振って、顔を上げた。 とんでもなく、嬉しそうに、晴れやかに、笑ってみせた。 その笑顔を見て、うかつにも「ヨカッタな」と言いそうになった。 その笑顔を見て、うかつにも、心臓が、つかまれたような気がした。 なんて、うかつな。 でも。 「・・・・バッカじゃねーの?」 それでも、気がついたら口をついて出てきた言葉は、それだった。 もう一度、渋沢が、心底幸せそうに、笑ってみせた。 「・・・・・コーヒー」 「え?」 「いれようか?」 そう言えば、ずいぶん長いこと、飲んでいなかった。 そういう気分じゃなかったから。 けど、なんだか、確かに今、不本意ながらも自分の中で、一つ区切りがついたようなカンジで、そうしたら確かになんか、コーヒーが欲しかった。 「・・・・もらう」 多分渋沢も、そういう気分だったんだろう。 よいしょ、と立ち上がって、手早く水と豆をセットしながら、なんとなく肩の荷を下ろしたような顔をしていた。 しばらくすると、強烈な芳香が部屋中に立ち込める。 一瞬、くらりとめまいにも似た感覚を覚えて、目を細めた。 「居るべきところに、帰ってきた」感覚が、した。 感覚に訴えるのは、ダイレクトでヤバイよな、などとひとしきり考えてみたりする。 思考を越えて、感情がそう感じ取ってしまうんだもんな。うん。 「三上」 渋沢が、マグを2つ持って、1つを差し出した。 「あ。サンキュ」 なにげもなく、いつもどおりに受け取った。 「・・・・側に寄っても、怒らないんで、嬉しいよ」 ・・・・・・・なにを言い出すやら。 「バッカじゃねーの?」 ふふん、と、笑ってやる。 「半径1mにも寄らせてもらえなかったからな」 よっぽど懲りたらしい。 「・・・・でもっ。やっぱり、もうあんな事、勝手にすんなよ。ホントにシツレーにも程ってもんがあるぞ」 びし!と指を指して断りを入れておく。 一応、きつく釘をさしておくに越したことはない。 そればっかりは、やっぱりなんか、やっぱり今でもどうにも引っかかっているのだ。 簡単に許してやるには、どうにもなんだか納得できない。 もう、死んでしまいたいくらい、恥ずかしかったし、頭にキタんだ。 渋沢は、素直に頭を下げた。 「・・・確かに、やり過ぎた。反省してる。あの時、俺はどうかしてた。本当に、悪かった。二度と勝手に、許可なしにあんな事はしない」 「・・・・・・・本当に、しないだろうな・・・・・・・許可なし?」 つんと、エラソウに確認しかけて、ワンフレーズに引っかかってそこまで戻る。 許可無し? 思わずまたしても、ぽかんと、渋沢の顔を見詰める。 「そう」 ぬけぬけと言い放つ、渋沢のしれっとした態度に、三上は言葉を失った。 「早く、許可出してくれな?」 「お、お、お、お前!!誰がそんな許可なんか出すか!!バカヤロウっ!!」 ・・・・ちょっと、許してやるのも、早まったのかもしれない。 っていうか。 何をどこまで許したことになっているんだろう? ちらりとそんなことなど思ったり。ああ。ためいき。 =Fin= |