| 午睡 | ||
最近の渋沢はご機嫌だ。 朝、起きれば部屋の中には三上がいて。 ちゃんとその姿を確認できると、なんだか無意識のうちにホッとため息をついている。 とりあえず、起き上がって、洗面所に行って帰ってくると、部屋が空っぽ、というあの脱力感だけはもうカンベンなのだ。 アレは正直、堪えた。 だから、帰ってきたとき、まだちゃんと寝床に転がっている三上をみるとなんていうか、嬉しい。 ドアを開けるとつい確認してしまって、それからちょっとホッとして小さくため息をついてしまう。 三上は寝ているだけだが、その姿をみるのが嬉しい。 なんとなく無意味にニコニコしてしまう今日この頃の朝だった。(……バカっぽい(笑)) それからウキウキと起こしにかかる。 起こすことができるのも嬉しいのだ。 自分の特権なんだと思えるから。 特権というのもまた、えらいたいそうなものなんだけど、しかし、寝起きの悪い彼の、朝一番のおはようの顔はいつでも自分のものだと 言うのは恋する少年にとって特権といっていいのではなかろうか!? (っていうか、自分で自分のことを「恋する少年」とか言うのはやめてください) まあそんなこんなで昨今少々舞い上がり気味の「渋沢・恋する少年・克朗」だった。 そしてここのところ、三上に邪険にされたり、無視されたり、怒られたりしないので、また嬉しい。 なんだかささやか過ぎて笑えてくるのだが、本人はいたってマジメだ。 よっぽどコリたのだと思える。 とりあえずは幸せに、三上を起こしにかかるとしよう。 「三上。そろそろ起きろよ。遅くなるぞ」 軽く声をかけ、ちょっとだけ肩に手をかけてみる。 「………うぅ……」 ゆさゆさと揺するまでもなく、三上はなにやらイミフメイっぽくうなり、それから枕にうつぶせにうずもれたままこくこくと頷いて見せた。 「起きてるか?」 確認に問い掛けると、もう一度こくこくと首が動いていたので、おそらくなんとか覚醒しているらしい。 それからしばらく、もごもごと布団に潜ったり枕を引っかいたりひとしきり自助努力らしき様子が垣間見られ、やがてのーっと起き上がる。 まあまあ最近はぐずったりすることもなく、おとなしく起きるのは、多少まだ気にしているのかもしれない。 が、まあその辺は考えてもしようがない気がするので、とりあえずは寝起きが悪くない最近に、そこそこ機嫌を良くしている。 「おはよう」 にっこりと声をかけると、ゆっくりと首をめぐらし、何度か眠そうにしぱしぱとまばたきしてから「……おはよう……」とぼそっと返事を返す。 (渋沢の顔を見て、ちょっといわく言いがたい顔になってから、ため息をついていた) 三上が洗面所から帰ってくる頃には渋沢のほうは着替えも済んでカバンの支度も整っている。 それを見て、また少しだけ、三上は困ったような顔を見せたが、渋沢が気がつく前にさっさとその表情は消している。 ようするにアレだ。 とにかく、なんだかムダに幸せそうにニコニコしているせいか、三上もなにも言えなくなっているのだった。 無言で連れ立って食事に行っても、学校に行っても、部活に行っても、あえておとなしくしている。 ケンカ以前の日常ではあったので、そのときはさして疑問ももたずに連れ立っていたが、ケンカ中のことを思えばそのささやかなる幸せの 今ここにある喜びに、ひそかに心温める渋沢克朗である。 ささやかな幸せで充分に舞い上がれる、なかなかにお手軽且つ経済的な彼だった。 この、幸せモノめ。 そんなこんなで、朝起きて、食事して、学校に行って。 昼ご飯を食べて、部活に行ってサッカーをして。 帰ってきて食事して、部屋に帰り、寝るまで過ごす。 呼びかければ返事をしてくれる。 にこりと笑えば一応、ぎこちないながらも、笑顔も返してくれる。 時間が、早く過ぎる。 驚いたなあ。 その事に気がついたのが、自分としてはかなりの発見だ。 そうだったんだ。 あの、どうしようもないほどの、無為の時間に気がついてしまうと、一転、戻ってきた(っていうのか)日々の時間が、なるほどタイヘンに 貴重で愛しい気がする。 にこにこ。 とにかく、まあなんというか、所謂「おおむね良好」というヤツだった。 あとは、なんというか、彼が自分のことをどう思っているのかなー、とか、出来たらやっぱり彼にとっての特別だったら嬉しいなー、とか、 まあまあ思うところはあるものの、やはりそこは一足飛びなことをするとあとが痛い目に遭うことも充分学習したため、あえてそこはこらえて にっこりと現状に甘んじる彼だった。 甘んじるというか、とにかく彼にとっては今、充分に満足な毎日である。 何しろ「好きでいること」に関しての、容認を頂いているのである。 彼に隠しておく必要がない。 のが、とにかく楽だった。 おおっぴらに「好きでいてもイイ」というのは、なんていいことなんだろう。 自分の心の中に、深く押し込めておかなくてはいけない日々というのは、タイヘンにきつい。 もちろん忍耐力にはわりと自信はある。ある程度ならば。 でもやはり、人間なので、できることならばあまり無理して忍耐しているのはできることならば遠慮したい。 笑いかけたときには、笑い返して欲しいのだ。 ああ、幸せ。 渋沢、この世の春だった。 読者の皆様の期待を裏切って、その春はまだまだタイヘン控えめなところで満開していた。 とはいえ、必要以上にかまいたがってしまうのはしかたがないところ。 「好きでいること」を容認してもらえているのをいいことに、やたらコマコマと世話を焼いたりしてしまう。 意外に尽くすタイプの男なのかもしれない。 一方の三上だが、それに対してなんというかなにかいいたげな顔はするものの、あえて飲み込んで甘受している様子。 のはやはり、三上的にも整合しきれない感情の故かもしれない。 っていうか、やっぱりあまりにもウレシそうな渋沢に、言う言葉も見つからない可能性もある。 やれやれ。 まま、そんなこんなで最近三上は、お風呂にだけは食事が済み次第、さっさか1人で行ってしまう。 本来2年生の入浴時間はもう少しあとなのだが、どうやら最近、かわいがってくれている3年生達と一緒に入っているらしい。 イケナイことをやらかした所為で少々気がとがめるため、割とこればかりはアカラサマに避けられているのはわかるものの、あえて 気がつかないフリをする。 気がつかないフリというか、三上が、たぶんこれは向こうも「避けていること」を、ちょっと気にしている様子なので、なんというか、 「スムーズに避けられて」みている。 それくらいには、まあちょっと、気にしている。 お互いに(たぶん)。 まあ、こちらもその事にはあまりまだ、触れたくないのもある。 ちょっとその辺のアレはまあ………なんというか、スッパイ。 あまり深く思い出すと、なんというか、とても気持ちがスッパくなる………のでなるべくそっと触れずに、見ないフリをしてみる。 自分の中でも。 ので、丁重に、その辺の時間には何かしらと雑用を入れている。 こちらも不自然にならない程度に。 自分の内部も、もう少し整理をつけておきたいところだよな。 ほけほけと、こちらはこちらで辰巳や近藤らと湯船につかりながら(どうにもむさくるしい光景ですネ)、そんなことなどぼんやりと思う。 あんまりこう、この幸せが行き過ぎたらどうなってしまうんだろうなあ……とか、なんとなく不安な気持ちもあるんだ。 今が満ち足りすぎているからかもしれない。 どこかでいつか、手痛いしっぺ返しとか、そんなモノがきそうな気がして。 ぶくぶくと顎までつかりながら、つらつらと考えていたら、近藤があきれたように声をかけた。 「俺たちもう上がるぞ。のぼせるなよ」 「ああ。俺も上がる」 声をかけられなかったらいつまでも入っていたかもしれない。 「お前、ホントに長湯だな」 「そうかなあ」 たまたま今日ぼんやりとつかっていただけじゃないかとも思うのだが(自覚なし)、とりあえずそれは個人の主観による。 近藤こそ、たいがいいつもカラスの行水じゃないか……と考えるあたりで、やっぱりそういう単語を持ち出すあたりがおばはんくさいことに気がついてはいない。 とりあえず、ほこほことあったまって、部屋に帰ってきた。 「ただいま」 声をかけてドアを閉めたが、返事がない。 「三上?」 あわてて振り返り、部屋を見回す……までもなく。 三上は自分の机の上、広げたノートに突っ伏して、眠っていた。 「………珍しい」 思わず、呟いた。 ちょっと微笑みがこぼれてしまった。 最近には、確かに珍しかった。 最近、いつも帰ってくると、ここで何かしら予習なり復習なりしているか、先日より机の住人に加わったノートパソコンを探索していたりしていて、 ただいまと言えば、おかえりと返事をくれていたのだ。 返事を聞けなかったことで、なんかこう、物足りないような気がして、そうか、だからなんか珍しい気がしてしまったんだ。 考えてみれば、三上が居眠りをしているのは、珍しくもないじゃないか。 なんで珍しいなんて考えてしまったんだろう。 ヘンだな。 朝ではないので、いちおうあまり物音を立て過ぎないように、ひそやかにお風呂セットを片付けて、いつもの習慣となっているのでコーヒーを準備する。 夜なのでちょっと少なめ、ちょっと薄め。 夜なのでちょっぴりミルク。 健康的なカンジのカフェオレを用意して、ことりとデスクに置いた。 突っ伏してすぴすぴと寝息を立てる三上に、ちょっとほんのりと微笑んで。 「三上。コーヒーはいったぞ」 そっと控えめに髪をなでてみた。 そう言えば、直接手を触れるのは久しぶりかもしれないと思いながら。 とたんに。 びくんと目に見えるほど肩を震わせて三上は飛び起きた。 「………あ」 思わず固まってしまった渋沢を見て、三上はしまったという顔をした。 「三上?」 渋沢はきょとんと三上を見つめる。 「そんなにびっくりしなくても……」 「ちっ、ちげーよ!」 妙に焦った顔で、思わず三上が早口に言い訳をする。 「別にびっくりしたわけじゃ…。だって急に触ったりすっから!」 それがびっくりしたって事じゃないのかな、などと、双方こっそり心の中でツッコンで、しかし三上もなんとも引っ込みがつかない。 「……いや、うん、悪かったよ。次からはちゃんと声をかける」 それはちょっとなんだか本末転倒かな、と思わないでもなかったが、三上は一応キマリ悪げに「うん、まあ俺も悪かった…」などとぶつぶつ呟いた。 確かになんだかなんとも、双方キマリが悪い空気が流れた。 「と、とりあえず、コーヒー、飲むか?」 「あ、うん。もらう」 慌てて取り繕うような会話で、なにごとも無かったかににこりと笑いあった。 そして再び普段の空気が戻った。 もちろん、なんというか、渋沢の心には妙な引っ掛かりは残った。 そう言えば、最近あまり三上は部屋でうたた寝をしないな。 前はしょっちゅうごろごろぐうぐう転がっていたような気がするのに。 最近、たいてい部屋にいる時間は起きていて、なにかとかまってくれたり、話し相手になってくれたりしてたから、嬉しくてあまり気にかけてなかったけど。 だって三上が寝てたらやっぱりちょっと退屈だし。 起きててくれるのが嬉しかったから、気がつかなかった。 そういえば最近、眠る顔をあんまり見かけなくなっていた。 嬉しかったから。 気がつかなかった。 些細に見えて、実は大きな変化なんだとようやっと思い至った。 あ。いた。 目指す人影を見つけて、やっぱりとタメイキ。 5限の自習時間に、気がついたらいつのまにかいなくなっていたのを探しに来てみたら。 もしやというか、やはりというか、図書室の一番奥の部屋の隅っこの机に突っ伏して熟睡しているのを見つけた。 ちょびっと肩をすくめてから、気配を押さえて歩み寄り、音を押さえて隣の椅子をひいてそっと腰掛けた。 片肘をつき、しみじみと寝顔を眺める。 熟睡、している。 かすかに上下する肩と、ほんの少し開いた唇が、眠りの深さを思わせた。 こうなると、ちょっとやそっとでは三上は目を覚まさない。 まあベッドに入っているわけではないからそこまでひどくはないだろうが、おそらく多少の物音くらいなら気にもしないで寝続けることだろう。 朝もぐずらないでちゃんと起きてるから、多少改善されたのかと思っていた。 違う。 ようするにだ。 自分と同じ部屋で熟睡できなくなっていたのだ。 そういうことだったんだな。 なんとなく、もしかしてそうかも、とは思っていたわけだが、こうやって口には出されない事実を目の前に突きつけられると、つくづくと何か考え込まざるを得ない。 信頼を失くすと言うこと。 それも、本質的、深層心理的なところで。 三上は何も言わない。 自分の想いを黙認してくれていると、本人も認めている。 が、それでもこうして身体は正直に答えを出してしまっている。 |
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とりあえず、どうしようかな。 ここに座っている今この時に、もしも三上の目が覚めたら、やっぱりあまり具合がよくないんだろうな。 っていうか、こう考えてみると、このあとにでも自分が起こすのは、どうもためらわれるところがある。 しかし、気が済むまで寝かせてやるには、自習時間は限りがある。 どうしたものかな。 どうしようかな。 最悪、部活の時間までには起きてもらわないとなんだけどな。 うーん。 ま、しようがない。 とりあえず、今起こすのには忍びないので、渋沢は自分の腕時計をはずし、アラームをセットして三上の顔の近くに滑り込ませた。 これでちゃんと、目が覚めてくれよと思いながら、ため息をついて立ち上がる。 やっぱりまだ警戒されているんだなあ……。しみじみ。 まるでそれって、せっかく懐いた猫が、かまい過ぎたら怒って背中の毛を立ててふーふー警戒してるところみたいだよなあ。 ……などとふと思い、こんな時だと言うのに、ちょっと笑ってしまった渋沢だった。 深刻さが足りませんよ? =Fin= |