| 季節が、キミ達を、変える | ||
夏が来る。 今年もきっと暑くなる。 なにしろそりゃあ、中学サッカー少年の本番は、まさにこれからなんだからさ! 三上がその朝、それに気が付いたのは、まあ考えてみれば当然だった。 当然というか、ちょっとウカツにも遅かった。 最近はすっかり気温も上がり、寝苦しい夜もありーの、朝のさわやかさも一瞬で終わりーので、まあ機嫌だってよいとは言い切れなかったわけなのだが、 寝ぼけたままで洗面所から帰ってきたら、着替えた渋沢がなんかいつもと違って見えた。 しばらくうーんと考え込んで、なんだろう、なにが違うんだろうとつらつら考え、考えながらも自分もさっさと着替えようと思い、 昨夜の内に用意しておいた自分の制服を広げてからやっと思い当たった。 っていうか、自分で用意していて忘れているあたり、ボケっぷりも重症だが。 夏服か。 ブレザーだけはとっくに暑苦しいので脱いでいるが、本日より衣替えでシャツも半袖である。 そうか。 渋沢が半袖に変わってたんか。 そうか、それでなんだかいつもと違って見えたんだな。 納得したら、なんてことでもないことだったので、三上はすみやかにその話題を自分内で終わらせてしまった。 自分もさっさと半袖に腕を通し、そうか夏服ってことはネクタイがいらねーなと思い当たり、ちょっと嬉しくなった。 なにしろ暑苦しいんだ、アレは。 秋冬はまだましなんだが、夏はいけない。 首もとがうーっとしてくる。 それも今日からしばらくはおさらばだ。 ネクタイはないわ、襟元は開襟だわで開放感あふるることこの上ない。 よしよし。 現金にも急に機嫌をよくして着替えをはじめた三上に、もちろん渋沢はさっぱり訳がわからない。 普段どおりに半分寝たまま洗面所から帰ってきて、普段どおりなら着替えて、食事に降りて、食べてる最中にようやく意識が戻ってくる くらいのペースだと言うのに、なにやら今日は突然考えこんだかと思うと、突然機嫌をよくしている。 まあ機嫌がいいのに越したことない。 機嫌よさげに鏡の前で襟元を確かめている三上を見ながら、ああ、夏服ってのもなんかサワヤカなカンジで見目いいもんだなあと考えた。 夏は目に楽しくてヨロシイ。 その後、朝食のために食堂へ降りようとして、並んで歩いている時に、やっぱり三上はまたしてもなんか違和感を感じた。 おかしいな。 なんで渋沢が、なんかいつもと違って見えるんだろう。 夏服の所為じゃなかったのかな。 しかし、それ以外の相違点が見受けられない。 別に髪をカットしてきた様子もないし(いったい俺たちのどこに部活の間を縫って知らない間に髪を切りに行くだけの余裕があるんだ)、 怪我をしている様子もない。 なんなんだろう。 なんなんだろう。 じろじろと観察をしてみる。 顔はいつもどおりだし。 服は半袖だし。 腕はそれでも部活用のトレシャツは春から半袖だったからあたりまえみたいにドカタ焼けしてて黒くなってるけど。 黒くなってる……っていうか……。 渋沢の腕ってこんなんだったかなあ? なんだかそういえば普段あんまり腕とか顔とか、改めてじっくり見る事なんてないから、よくわからないんだけど、こんなカンジだっけ? じろじろ観察などいたすので、やっぱりなんだかさっぱり訳がわからない渋沢は、妙に居心地がよろしくない。 「……なんだ?三上。なにか気になることでもあるのか?」 「………うーん………」 三上は三上で、妙になんだか気になるのだが、なにがどう気になるのかがわからないのでよけい気になる。 ただなんというか、妙に渋沢の腕が目に付いたといえば目に付いた。 いや、別に、そこは自分の意識に引っかかってこなかったから、それが「気になってる」ポイントではないらしい気がするんだが、 だったらなんで、何がそんなに違和感があるんだろう。 むー。わからん。 「なんでもねえよ」 なんでもないにしては、視線が気になるんだがなあ、と、渋沢は思ったのだが、せっかくの朝のゴキゲンが、なんだか微妙に雲行きがアヤシイ様子なので、 慎ましく「そうか」とだけ答えて黙っておいた。 まったく、夏だってのに、秋の空とか猫の目みたいに機嫌がコロコロ変わるなあ。 見てるだけなら面白いといえばおもしろいんだけど、やっぱり機嫌がいいほうがいいんだけどな、などとのん気に考える渋沢だが、 コロコロ変わるゴキゲンの議題が実は自分その人だと知ったらどういう顔になるのだか。 うーん、わからん。 実はしっかりお互いのことを考えているのだが、そのへんまったく分かり合っていない二人は、とにかくうーんともひとつ唸って、それから食堂に足を向けた。 しかし気になる。 なんで気になるのかさえわからないけど、気になる。 右隣で朝食をもそもそと食べている渋沢の、茶碗や汁椀をつかむ手をちらちらと見ながら、しつこく考え込む三上だ。 手が大きいから、茶碗が片手の中にちんまりと納まっている。 手首から、腱の筋がすっと伸びて見えるので、妙に骨ばって見えるな、と思った。 骨ばって見えるけど、別に細いわけでもなく、硬そうな上腕にはきっちりと筋肉がのっているようだった。 そうか、GKだもんな。 腕がなんだかすごく大人っぽいんだなあと思った。 大人っぽい…。 腕が? そこで、さらにもうひとつなにかに気がついた。 腕だけじゃないような。 っていうか。 「そうか」 思わず声が出た。 「え?なにが」 声に振り返り、渋沢が味噌汁から顔を上げる。 「なんでもねえってば。独り言だ」 渋沢にはめんどくさげにちょいと手を振って終わらせたが、自分内では大きく手をぽんと鳴らしている。 やっと気がついた。 渋沢は、どうもずいぶん成長している。 着やせするタイプででもあったのか、腕だけではなくて、つまり今まで長袖で隠されて見えなかったところが半袖になったことで露出して、 それで初めて気がついたのだ。 だって、去年の春、初対面の頃とは、見るからに太さも違う気がする。 肩なんかも、いやにガッチリと厚くなってる気がする。 そういえば、薄地なシャツを通して背中とかも、妙に分厚くたくましい気がする。 なるほど。 半袖になったことと、それに伴う露出で、急に成長が目に付いたんで、それで違和感があったんだな。 納得した。 納得はしたが、今度はちょっと心楽しくなかった。 オトコノコとしては、友達が自分よりたくましかったり成長が早かったりするのは、もちろんなんだか気に食わない。 別に自分が劣っているというわけではないと思うが、アカラサマに突如成長を見せ付けられるのは気分のよいものではない。 当然ここは、なんとなく右下がりに機嫌を急降下させる三上である。 なんだか口を利くのも妙に悔しくてそれからはしばらくむっすりと黙りこんでしまう。 当然さっぱりぽんと理由なんかわかるはずもない渋沢は、おかしいな、毎朝だったらそろそろ意識もハッキリしてきて機嫌も直ってくる頃合なのに、 今度はだんだん怒り出しているしなあ、ということで、ちょっとほとほとお手上げだ。 まあ、こんなときには触らぬ三上にたたりナシで、しばらく着かず離れずでほおっておいて、適当に怒りが収まるのを待つ(怒ってるのかどうかもよくわからないところだが) ので、あえて黙ってご飯に専念する。 しばらく無言で黙々と食事を片付ける。 「ごちそうさまでした」 相次いで、行儀よく両手を合わせて箸を置き、それからトレイを片付けて廊下に出たところで、更になんだか気がついてしまった。 成長してやがると思って見てみると、確かに渋沢はあちこち妙にでっかくなっている。 一番顕著なのは、実にその身長だった。 ウカツにも、毎日朝昼晩と一日中一緒にいることが多いため、日々の成長というモノに鈍感になっていた。 改めて、気にしながら見てみると、これが実に気に入らないことに、目線を大分上げないと合わないのだ。 いったいいつ頃からこんなに差がついていただろうか。 非常にムカツク。 どんどんなんだか気にいらないことに気がつき始めて、まったくもってゴキゲンは60度くらいにナナメ状態になっている。 この辺まで来てしまうと、一応学習能力もある渋沢は、あえて無粋なマネをせず、丁重に微妙な距離を保って歩くことを旨としている。 そのうちに何か納得するか飽きるかしてくれるのを待っているのである。 自分が悪いことをしたという心当たりがない以上、三上もいつまでも無意味にやつ当たったりはしないだろう。 三上は暴君ではない。 あえて隣に並ばずに、微妙に距離をつかず離れず、数歩後ろを歩いていると、三上の後ろ頭のツムジが、ひと足ごとにひょこひょこと揺れるのが目に付いた。 後ろを歩くってのも悪くないなあと考えながら、心の中でそのツムジをちょんとつついてみたりする。 (実際に今つついたりしたら、本気で激怒されてはかなわないからもちろんしない) 二人、黙ったままで、それでもなんだかつかず離れず登校する。 渋沢の予想通り、授業も終わって部活が始まる頃には三上の機嫌も戻っていた。 いったいアレはなんだったんだろう。 気にはなるが、蒸し返してまた怒られてもイヤなので、あえて聞かない。 まあ、何日か経って、忘れた頃に覚えてるようなら聞いてみようと結論付けて、さっさと柔軟などをはじめる。 最近は、身長が合わなくなって来たから、辰巳と組んだりすることが多い。 腕や背筋などをあちこち引っ張りあったり伸ばしたり捻ったりしながら、ほぐしていく。 少し離れたところでは、三上が近藤と組んで、やはり背中を押したり腕を伸ばしたりしている。 なんとはなしに視線をやっていると、辰巳も気がついたようにそちらに目をやった。 「またケンカでもしてたのか?今日は」 思わず目を戻して辰巳の顔を見た。 辰巳はまだ三上のほうを眺めている。 「いや、ケンカというわけでもないと思うんだが」 「じゃあなんか怒らせたのか?」 「いや、それもよくわからないんだが。ケンカしてるように見えるか?」 「だって今日、朝からまったくしゃべってなかっただろう」 「……うーん」 おそらく辰巳が目ざといというよりも、よっぽど目立っていたということなんだろう。 「いや、でもさっき部活前には普通にしてたから、もう機嫌は直ったみたいだったんだけどな」 それから渋沢は、あいたたた、と、少し顔をしかめた。 「悪い、強すぎたか?」 辰巳は申し訳なさそうに背中を押す手の力を緩め、渋沢の肩を引き起こした。 「いや、そういうわけじゃないんだが。最近関節が痛むんだ」 三上に言ったら「ジジィかよ」とか言われそうだったので、あまり言ってないのだが、実は最近時々痛む。 膝やひじなどが、だるいような、力が入らないような、妙な痛み方をするのだ。 だいたい一晩寝ればウソのように痛みは消えるので、多分疲れてでもいるのかな、と思っている。 しかしそれにしても、今日なんか、部活はまさに今から始まるところだし、疲れるような心当たりもないんだが? 「……成長痛なんじゃないか?それ」 「成長痛………」 そう言われれば、思い当たる節は多々ある。 「最近ずいぶん背も伸びてるだろう?」 「そうだなあ」 妙に鈍痛を訴える膝を片手でマッサージしながら考える。 確かに言われてみれば、そうかもしれない。 大して疲れてるはずのない時に節々が痛んだりするのも、一晩寝れば原因不明のまま完治したりするのも説明がつく。 そうか、そうかもしれない。 っていうか、きっとそうだ。 ってことは、今日もこんな風に痛むのは今まさに体が成長しているところなのかもしれない。 「じゃああんまり押すのは止めておこう。交代するか」 「そうだな」 よっと立ちあがろうとして。 「あっ」 片足を立てたあたりで、それこそずきーんとエライ勢いで鈍痛が膝を駆け抜けていった。 思わずバランスを崩して転がる。 「渋沢!?」 辰巳が焦ったように叫んだ声は、思ったより大きくあたりに響いた。 オーバーな。転んだだけだと言うのに。 と、思った時にはときすでに遅く、コーチやら先パイやらその他わらわらと大勢の視線がいっせいに集中した。 三上が、ものすごい勢いでさっと顔色を変えたのが、目の端に映ったが、それを確認する前に、一番近くにいたコーチが駆け寄ってきて三上を視界から 隠してしまった。 別に怪我でも病気でもないのに。 ちょっと不本意な気持ちだ。 さすがに走り抜けていく鈍痛が一通りめぐりめぐって治まるまで、立ち上がれずにいたところ、さっさと保健室に引っ張っていかれてしまった。 痛みの波さえ治まれば、なんら支障はないのに、と考えていたのだが、「病気や怪我でないからこそ意味のない無理はしてはいけません」と お説教されて、本日の部活停止を言い渡されてしまったのだ。 部活停止どころか「部屋に帰って寝ていること」とまで言い渡されてしまい、うざったいことこの上なし。 病気でもないのに寝ててもなあ。 っていうか、痛みが治まってる間は、まったく正常、通常状態なんだから、こんな明るいうちから寝ていられるわけがない。 というわけで起きだしてみるが、起きていると、またぶわーんと痛みが帰ってきたりする。 まあ、確かにどうもそうやって断続的に、痛みの波はくるので部活はちょっとまずいかもしれない。 起きたりまた横になったり、とうとうどっちつかずに決めかねて、渋沢は自分のベッドサイドにベロンとへたり込んでクラゲのように脱力してしまった。 にしても、今までもこの手の痛みはあったのだが、今日のはまたずいぶんヒドイ。 成長には個人差があるというが、個人の中ででも成長には日によって度合いが違うのか。 しかしなんというか。 痛いと言うか、痛だるいと言うか、なんとも妙に力の入らない痛みだ。 まさにこの瞬間、骨が伸びているということか。 骨が成長するのに、筋肉がついていけずに引っ張られる痛みだと、校医さんが言っていた。 体育会系クラブのトレーナーも兼ねる保健室だから、そんな子供には慣れているよ、とも言っていた。 先生は慣れてるのかもしれないが、俺は慣れてないし、痛いじゃないか…。 ぶつぶつ考え事をしているうちに、痛かったりなんだったりしながらも、うとうととし始めた。 しまった、ベッドにあがらないとな……などと、考えたりしたときには半分以上眠りの国に足を踏み込んでしまっていた。 そういうわけで、三上が部屋に帰ってきたとき、部屋の中には巨大なクラゲオトコが中途半端な場所でのびていた。 思わず自分でもイミフメイな大きなため息が漏れる。 三上はコーチと校医に呼ばれて渋沢の薬を預かっていた。 一応病気ではないので心配はないが、成長痛もバカにはできない。 夜中に発熱するかもしれないので、同室者は注意をしておくこと。 それから発熱した時用の頓服を渡された。 心配しながら帰ってきてみれば、果たしてどうやら発熱しているらしく、寝てると言うか意識が朦朧としている様子だ。 「渋沢」 しゃがみこんでそっと額の髪をかきあげて手をあてる。 じっとりと汗で湿った感触がした。 三上の手の感触に、意識を刺激されたのか、渋沢がゆっくりと目を開いた。 「渋沢。具合はどんな感じだ?」 なんとなく、声をひそめて聞いてやる。 「あー……うん…三上か……」 普段からは考えられないようなへろへろった声が、三上に届いた。 「具合どうなんだ。起きられそうにないのか?ベッドあがれるか?」 「う………」 渋沢は、しばらく立ち上がろうと両腕に力を入れたりしていた様子だったが、なにしろどうやら両膝が力が入らず立てなくなっているため、 いつまでたってももそもそとしているばかりである。 見かねた三上は手を伸ばした。 「ほら、渋沢。あせんなよ」 「三上……今日……何を怒ってたんだ…?俺、また何か怒らせたかなあ……?」 「は?」 思わず伸ばした手が引っ込みそうになる三上だ。 突然何を言い出す!? ……と、思ったのだが、渋沢は、からかったりしている様子ではなく、なんだか不安そうな、ただ焦点が合ってないだけのような、 不安そうな面持ちでぼんやりと伸ばされた三上の手のひらを見ている。 熱で、気にしてたことがポロリとこぼれ出てしまったという様子だった。 なんだか、何を怒っていたのかとか、そんなこともものすごくどうでもいいような気分になって、三上はまたひとつ大きくため息をついて、 伸ばした手をそのまま渋沢の髪に触れた。 渋沢は、さすがにぼんやりなっているだけあって、よくわかってないらしく、そのままじっとしている。 ので、調子に乗って、そのまま上体をぐいと引き寄せて頭をヨシヨシとなでてやった。 「なんも怒ってねーからさあ、お前はさっさと寝てろ」 ぐったりとなった渋沢の身体は、腕の中でとても熱かった。 ゆっくりとぽん、ぽん、と背中を叩いてやると、安心したようにふっと力を抜いてもたれかかってくる。 弟や妹もそういえばもう少し小さかった頃、別に熱は出してなかったときでもこんな風に身体を寄せると熱かったよな、と思った。 渋沢も、なんだか小さい子供みたいな気がしてしまって、かわいそうになあ、としんみりしてしまった。 もちろん渋沢は小さい子供なんかではない。 翌朝。 熱も痛みも引いてナニゴトもなく起き上がった渋沢は、幸いながらどうやら朦朧としていた間の記憶はあやふやで、思わず三上は胸をなでおろした。 何であんなコトをしようと思ったのかさえも、今となっては「気の迷い」としか理由のつけようがなかったからだ。 とたんに今度は昨夜抱きしめた肩や背中の感触のほうが思い出される。 なんかちょっと、にわかにまた好きの感情の意味とかを考えてしまったりしてこっそり心の中で焦ってみたりする三上だったが、 そんなことには気がつく様子もなく、すっきりサワヤカな顔で、あー、治った治ったとアッサリ起き上がって立ち上がった渋沢が、 あまりにもロコツに肩の位置を上げているのに気がついて、三上はなんともいいようのない顔をした。 さすが発熱するほどの成長痛。 異様に成長しているじゃないか。 なんだかこうも目に見えるほど成長されると、フシギな気がする。 渋沢じゃないような気がする。 なんだか整合しにくい感情をもてあまして、微妙に困ってしまう三上だった。 でもま、ドサクサで抱きしめてやったことは当然トップシークレットだ。 =Fin= |