食いしん坊バンザイ(三上亮編)

餌付けのプロセス







ぬくぬくとした秋晴れの土曜午後。
ものすごく久しぶりに部活が無かったのは、現在文化祭週間直前だからである。
が、彼、三上亮は寮の自室でのんびり小説本を広げていた。
理由←やる事が無かったから。
サッカー部員は(と、野球部員もだが)クラス企画に関わる暇が少ない。
クラス企画はたいてい夏休みをかなり拘束される。
夏休み中は一軍でびっしり活躍を余儀なくされる三上と渋沢は1学期の内にその事を告げ、丁重に役割分担からはずさせていただいていた。
体育会系が(サッカーに限らず)異常に秀でた学校だけに、それ系クラブの生徒は免除を申し出る場合が多い。
そしてクラブ企画は2年生が中心となる。ため、この時期意外にも優雅な空白期間が生まれた。
三上のルームメイト渋沢は、でかけていた。
おそらく切れたお茶とコーヒーの補充が主な目的だと思われる。
4。5、6、7、8・・・は半分として、9、10月。半ば。
指折り数えてみて、のべ半年と強くらい。
けっこうな時間が経ってるもんだな。
はじめはあんな変わったヤツと、いっしょになんてやっていけるんだろうか、とか思ったけど。
意外にも順応している。
というか、実は家にいた頃よりものびのびとしているような気がする。
なんでだろう。
自分はわりと家族や家が好きな方なので、寮生活に入る時、実はあんまり気が進まなかった。
かまわれるのもあまり好きではなかったので、なれなれしい奴だったらいやだったし、自分のペースを 守りたい方だったので、とにかく赤の他人と暮らすのがいやでユーウツだった。
ユウウツ、か。
漢字で書いたらどんなだっけ。
思わず指で空中に憂鬱、と書いてみようとして、挫折。
あー、読めるけど書けない字って、むかつくよなー。
うん。でも渋沢はあんまり憂鬱にならないで済むヤツだった。
人見知りもけっこう激しいはずの自分だが、わりと早く打ち解けられたと思うし。
それも多分渋沢だったからだろう。
人のペースに干渉はあまりしなかったし、必要以上にかまいたがったりもしなかった。
が、完全に無関心という事もなくて、どちらかというとけっこう親しくしていると思う。
一部挙動不審な点もある変わった奴ではあったけれど、それ以上にとにかくなかなかな奴だった。
初対面から、なんか普通じゃなかった。
「渋沢克朗だ。よろしく」
やたら爽やかな、マンガの主人公みたいな笑顔で、握手の手を差し出してきた。
っていうか、お前、なんか変なものでも見たのか?読んだのか!?
っていうか、それはまさか、地なのか!?
なんか自分が青春ドラマごっこをしているような気恥ずかしい思いに駆られながら、三上は仕方なく自分も手を出した。
「・・・・・三上亮」
にっこりと自分の言葉を待っている様子の渋沢に、言うべき言葉も思いつけずに「よろしくな」 とだけ逃げるようにつぶやいて引きつり笑いのみを返すにとどまった。バカにしてるみたいで気を悪く しないかな、とちょっと心が痛んだが、相手はあまり気にしなかったのか、あるいはそれを表には出さないで 丁重に見なかった事にでもしているのかもしれなかった。
そんな風に、一時が万事、オトナっぽいやつだった。
オトナっぽいんだか、決まりすぎててクサイんだか、よくわからない事もあったが。
その一方でびっくりするほどヌケた面を見せたりもする。
子供みたいに好き嫌いが多い奴だったり。(←いや、コドモ、コドモ)
お茶やコーヒーごときにオタクチックな拘りを見せたりするし。
まあ、それに関してはけっこう恩恵も被ってるからいいけど。
渋沢は、自分で煎れたものでないと納得が行かない性格らしく、たいていこの部屋においては そういう物を提供するのは渋沢である。
けっこう高級そうなものを使っている様子なので悪いと思い、いらないと言ってもみたのだが、 「一つも二つもそんなに変わらないし、一人で飲むより一緒に飲んだ方が美味いんだ」とか言って(それもまた たいした優等生ないい草だと思わんか?)自分の分まで用意してくれる。
煎れちゃったものはもったいないのでいただいちゃっている。
それも、もう半年か。
はじめはめちゃめちゃ苦くて飲みにくかったそのコーヒーも、最近は慣れた。
っていうか、味に慣れるのはまあ一月くらいで、だったか。
あんまり苦くなくなったな、と思って、そう言ったら、ものすごく嬉しそうに笑っていた。
「種類を変えたのか?苦くないのに」
「いや。おんなじだ。きっと三上の口が苦味に慣れたんだよ」
何でそんな事ごときでそんなに嬉しそうなんだか。
何に対してでも、いちいち嬉しそうな笑い顔をするやつでもあったけれど。
うん。あいつの笑い顔は、嫌いじゃないな。
ふと今度はそんな方向に思考が向く。
はじめはやたら作り込んだ感じで、ウソ臭さがばりばりだったけど。
まあ、そう思ったのも自分くらいみたいで、クラスでも部活でも、誰一人そんなこと思わないらしいのが、 不思議と言えば不思議だった。
そのうち、自分に向けられる笑顔だけは本物っぽい感じになってきたので、ああ、多分こいつもこいつなりの 人見知りをしてたのかもしれない、と思うようになった。
見てくれに似合わぬ、かわいいヤツめ(笑)とかも、たまに思う。
ただ、一番すごいと思うのは、何と言うか、時々ぎょっとするほど聡いところがある。
自分はまあけっこう自覚もしているのだが、ちょっときつい物言いをしてしまう事が多くて、(←ちょっとか?)人間関係が 変になってしまう事は少なくない。
半分くらいはまあいいかと思う程度だが、時々調子に乗って、やりすぎたな、と思う事も無くはない。
だからウザイ人間関係は特に苦手なのだが、この渋沢と言うやつは。
たまに人の心を読んだかのような事を言うのだ。
そんなこと、言ってない、と思う事を、でもよく考えるとまさにそう言いたかったような返事で返してくる。
マインドスキャンされているのかもしれない。(おいおい。正気にかえれ、三上(笑))
ひょっとして人間じゃないのかもしれないし、意外に超能力者なのかもしれない。
超能力者、渋沢。
想像してみて、突然笑いの発作におそわれる。
ナイナイナイ、それはいくらなんでも。
あああ、ここ2、3日、手当たり次第に本を読みすぎたからな。
頭がSFナイズされているのかも。
でも、渋沢がテレパスなんかだったら、意外に役に立つのかもしれない。
何しろGKだからな。
PKの時なんて、どこにボールが来るかわかっていれば100発100中だ。
とりとめのない妄想に一人笑いが止まらなくなった。
ああ、こんなにぬくぬくした秋の午後、日当たりの良い窓辺でのったりと物思いにふけるなんて、楽しすぎ♪
わりとインドア派な三上亮は、一人の気楽さに心行くまでひたりながら、ごろりと転がってネコみたいにううーーーんと 伸びをした。
そろそろ本の続きに戻ろうかな、と考え、いやいやその前に何か飲もうかな、と思い、転がったまま窓枠に足をかけた。
とん、とんとんとそのまま壁伝いに足を伸ばしていき、ほぼ限界のところまで伸ばして、そのまま勢いをつけて壁を蹴る。
ごろん、と逆さにでんぐり返って、体を起こすと、ちょっと首を回して、立ち上がった。
「コーヒー飲もっ♪」


思えば自分でコーヒーを入れるのは久しぶりだ。
だいたいいつも、飲もうかな、と思うより先に渋沢が煎れちゃうから。
って言うより、部屋にいると渋沢は四六時中なんかしら飲んでいる。
コーヒーの時が多いけれど、紅茶の時もある。(やたらニオイがする)
食事から帰ってすぐだと日本茶だったりもする。
そしてどれにしてもたいてい自分もお相伴にあずかっている。
したがって改めて自分では作ったりしない。
このままじゃ持ち込んできた自分のコーヒーの賞味期限が切れてしまう。
たまにはこいつも消費してやらないと。
久しぶりのネスカフェを取り出して、自分のマグカップに、スプーン2杯、ブライト2杯、スティックシュガー1本。
そういえば最近飲む時は、砂糖もミルクも入れてもらえなかったので、ブライトも古い。
ちょっと固まりかけている。
まあ、慣れたから無しでもよかったんだけどさ。
自分で作る時はつい習慣でそれだけを入れてしまう。
ポットからお湯を注いで、かき混ぜた。
「・・・・・・?」
なんだか香りがおかしい気がした。
開けてから半年以上放っておいたから、腐ったかな?
いや、粉だし、そんなに急には腐ったりしないだろう。
家にあったコーヒーだって、余裕で1年くらい経ってたけど、おかしくもなかったみたいだし。
ま、いいか。
三上はマグを持って窓際に座り込み、本をひざに置いた。
さっきより少しだけ、傾いた日差しが、首に優しく当たるのを感じて、しばし、幸せ気分。
オレの幸せって安上がりだなー、などと嬉しくなる。
生まれ変わったら次は猫になってみるのも良いかもしれない。
またしても、猫の事などとりとめもなく思考を広げながら、三上はマグカップを両手に包むようにして口をつけた。
「・・・・・・・・うっ・・・・!?」
・・・・・・・すんでのところで吹き出してしまうのをふみとどまり、無理矢理飲み込んだ。
おえっと、エズキが上がってくるのを胸をさすって押しとどめる。
なんと。
飲めない。
甘すぎて。
というか、それ以前にもなんかあるような気がするけど、とりあえず、甘い。
さ、砂糖、入れすぎちゃったかな?でも、前と同じだけど。
最近、砂糖無しに慣れてたから、口が甘みに縁遠かったからかな。
やばい。これはだめだ。
ほんの1分前までの幸せ気分もどこへやら、三上はしょんぼりと部屋を出て、流しにコーヒーを捨ててきた。
うぇ〜〜〜、吐き気がする。
甘さがたまらなく口と胃に残って、むかむかむか。
カップを洗うついでに口をゆすいでみても、むかつきが収まらない。
しようがないので、歯を磨き出してしまう。
なんでまたこんな中途半端な時間に。
通りすがる幾人かがいぶかしげな顔でちらちらと自分を見ていく。
口は何とかさっぱりしたが、やっぱり胃がむかむかしている。
吐こうかな。吐けるかな。吐いてみようか。
しばらくシンクに両手を突いて俯き、深刻に考え込む。
次にむかむかの波が来た時、エズキのはしっこを捕らえて思いきり力を込めてみた。
「・・・・・・・ぐっ・・・・ぅえぇぇっ・・・・・」
そうそう上手くはいかないようだった。
喉が痛んで涙がにじむ。
やっぱ、やめとこ。
もう5回くらいうがいだけした後、とぼとぼと部屋に帰ってベッドに転がった。
所詮安上がりに手に入れたチープな幸せなんて、たわいもなく崩れるのさ。
そんな事を考えて、ちぇーと口をトンがらかす。
どっかで読んだようなフレーズだ。多分ここ3日以内くらいに読んだどこかで。
でもこういう時にはそんな既製の言葉で充分だ。
むかむかがイライラを呼んで、言葉を考えるのがめんどくさいから。
気分が悪いのでフテてごろごろしていたら、そのうちひょいとドアがあいた。
「ただいま・・・・・どうしたんだ?」
当然渋沢だった。
一応のろのろとおきあがり、ベッドの上であぐらをかく。
「べー、つー、にー。気分ワリーから転がってた」
「何かあったのか?」
「いや、なんも」
実際何もない。
コーヒーが甘くて、マズかっただけだ。
渋沢は持っていた荷物を床において、ベッドの横にかがみこんた。
「顔色悪くないか?」
「・・・・・さあ。気分がちっと悪いからな」
「さっきまではなんともなさそうだったのにな」
ちょっと首をかしげて額に手を伸ばしたりする。
「熱なんてねーよ。まずいもんで気分が悪くなっただけだから」
渋沢は、ちょっと驚いたように目を丸くして、それからにこっとして立ち上がった。
「じゃあ、口直しに。今コーヒー買って来たから煎れよう」
「待った!」
すばやく反論を入れて止める。
「今日はそれは飲みたくない」
「・・・・・・なんで?」
「・・・・・・・・・・・・・」
ちょっと言いたくない。
っていうか、なんかムショウに悔しい。
「今日だけ?だったらお茶にしとくか?」
「・・・・・そうだな」
渋沢はポットに残ったお湯の量を確かめた。
少し少ない。
「お湯沸かしてくるな」
そう言って出ていった。
マメなやつ。
三上はごろんと転がると、うにうにうに、と這いずってベッドから降りた。
床に置きっぱなしだった袋をなにげに手に取る。
渋沢の買って来た袋には、コーヒー豆と緑茶が入っていた。
どこまで行ったのやら、見た事もない店の名前が書かれた袋はかなり大振りで、消費速度をまざまざと見る感じ。
ジッパーになっているコーヒー袋をちょっと開けてのぞいてみたところ、豆の状態だというのに強烈な芳香が 鼻をうった。
脳天に突き抜けるかと思うような香りに、飲みたいな、と反射的に思って、そう思った自分に驚いた。
今?
コーヒーなんか当分絶対飲むものかと思っているはずじゃなかったのか?
・・・・でも、これなら行けそうな。
砂糖さえ入れなきゃ大丈夫そうな。
うーーーーん。
しばらく固まってしまっているところに、渋沢、ポットとやかんを持って再登場。
「お待たせ。何にする?」
つくづくマメな男だな。
ちょっとオカシくなって、見上げたら、渋沢はその手の中のコーヒー豆を見てあれ?と首をかしげた。
「わりい、やっぱコーヒーもらうわ」
「なんだ。気が変わった?」
「ああ。これスッゲ良いニオイすんのな」
「・・・・・へぇ・・・・・・・わかるようになったんだ」
渋沢はなんとも形容しがたい微笑みを浮かべた。
「・・・・・カンジわりーな。何その顔」
「あ。すまん。だってお前、前は何だっておんなじとか言ってたじゃないか」
「・・・・・そうだっけ?でもこれなら飲めそうだしさ」
「これなら?」
あ。
いちいち言葉じりを捕まえるヤツめ。
「・・・・・・さっき、コーヒー飲んだら不味かったんだよ」
三上が自分でレギュラーコーヒーを入れるわけはない。
「・・・・・ネスカフェ?」
「そ」
それを聞いて、今度こそ渋沢はものすごく失礼にも嬉しそうに笑った。
「・・・・・よっし。封切りのめっちゃめちゃ美味いやつを煎れてやる。楽しみにしろ」
「とりあえず、甘くなけりゃいいよ」
「任せろ。絶対美味いから」
・・・・・・・・・・なんか、なんか、なーんか、めっちゃめちゃ悔しいのは何でなんでしょうか?
渋沢に、すごーく、してやられた気分になってしまうのは、何でなんでしょうね?






だって、渋沢くん、ウマウマと目標達成しちゃってるんだもの♪




=Fin=






  ◇コメント◇

もはや「カワイイ」系に傾きかけてます。
あきちゃんはいつもひなたでゴロけている仔猫をイメージしているみたいです。
これは「三上亮、甘いものキライ」を引っかけて書いてみました。
このくらいの理由でキライになったんだったらケーキやクッキーくらい食べてくれそうです。



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