| 過程の二乗 | ||
高校サッカーのシーズンは冬だ。 正月そうそうからテレビばっかり見てなくてはならないので難儀だ。 その点中学サッカーなんか、夏。真夏のドさなかが真っ盛り。 だから、中学生のサッカー少年は夏休みはほぼ無いけど冬休みはゆっくりしちゃうのだ。 今年サッカーの名門中学に進学して寮に入った息子が約1名ばかりいる渋沢家でも、例外ではなく。 約1名はクリスマス前に帰宅してきた。 夏休み以来の帰宅になる息子は、やたら背が伸びていて、なんだか顔も心なしかオトナっぽくなっていて、 ちょっとうつむきかげんに「ただいま」とつぶやいた。 お母さんはにっこり笑ってまず「おかえり」と返す。 それから、前髪を払って息子の顔をつくづく確かめ、ちょっとほっぺたをなでなでし、頭のてっぺんに 手のひらを当ててどのくらい背が高くなったのかを確認した。 息子は、ちょっとばかりたまらんなあとか思いつつも、でも一応家でも優等生なのでじっとされるがままになっている。 「もう少しでお母さんも追い越されちゃうなあ」 しみじみと、つぶやく母親に、息子克朗くんも、ちょっとしんみり。 スポーツ少年は成長が早いのだ。 「学校はどう?」 大体どこの親でも聞くような一通りの質問が始まる。 「うん。友達も出来たし、毎日楽しいよ」 「クラブは?」 「大丈夫。多分春からレギュラーになると思う」 「ご飯は?ちゃんと食べてるの?」 出た。 深刻な問題が。 克朗くんはちょっとつまって、それから複雑な顔で、ナハ、と笑い顔を作った。 「・・・・まあまあですぅ」 あーあ。お母さんも、ちょっと複雑な顔で笑う。 「まあまあかあ」 複雑極まる顔を見合わせ、仕方がないからあははと笑いあう、母と息子。変な感じ。 あーあ。 こんな事になってしまうとはね。 仕様がない事とは言え。 かわいそうな事をしたかなあ。 すっかり口が贅沢な息子は、普通の寮食が不味くて口に入らないと言う。 入学1週間で、泣き付いてきた息子に、渋沢家では仰天した。 しっかりした子だった。 12歳とは思えないほどに。 その子が、耐えられない、もうだめだと音を上げてきたと言う事実は渋沢両親を動揺させるに充分だった。 幸いながら、さすがしっかりした子だけあってその後は何とか自分なりにいろいろと試行錯誤して乗りきっているらしいが、 一時は自宅通学させるしかないかと覚悟した。(不可能な距離だってば) お茶やコーヒーを家で使うのと同じようにフル装備持たせたので、それで精神的に乗り切ってもいるらしい。 嗜好品に関しては、物惜しみせず欲しいだけ送ってやってもいる。 ただね。食事ばっかりは、送ってやる訳にも行かない。 それにしても、寮の食事っていうのはそんなにまずいものなのかなあ。 などと考えるお母さんはちょっと状況を甘く見ている。 というのも、お母さんはオトナなのだ。 大人になってから訓練した口と、本気で子供の頃から純粋培養された口は、感度が根本的に違う。 お母さんは、自分の教育方針が想像以上に効果を上げていた事に気がついていなかったのだ。 実のところ、お母さんだって半ばおもしろ半分だった面がある事は否めない。 言い方は悪いけど、自分の子供を使って実験・・・・していたキライはある。 (さすがは渋沢克朗を産み育てただけはある人だった) まあ、半端な気持ちで出来る事ではなし、愛情あっての事である事もお母さんのために弁護しておくが。 所詮、本人の感覚は本人にしかわからないのだ。 実の事を言えば渋沢克朗くんの口はすでに、料理人としても大概通用する口だった。 うっかり(うっかり?!)サッカーの才能が顕著だったためにそういう可能性を試す事さえなかったが、もしもそっち方面に 進んでいてもなかなかの成果を見ただろう。(母はそっちでも別に良かった) が、空想の仮定はさて置いて。 日々の食事が満足に摂れているか。 母親としては素直に心配。 だから愛息がこういう事を言い出したからって驚くどころか、さもありなんと微笑んだだけだった。 (かえって安心したくらいだ) 「お母さん。この休み中、何か俺にも作れる料理を教えてくれない?」 まかしとけい! 自分の知識の総動員だってしてみせようではないか♪ その日はとりあえず、一緒にお台所に入って、包丁の使い方から教わる事になった。 由緒正しく箱入り息子だった克朗くんはもちろん包丁なんて持った事なかったし。 大根とジャガイモをどさっと目の前に積み上げて、まずはこれの皮をむいてみましょうね。にっこり。 「これ全部?」 「出来るならね」 ふうんと少し首をかしげて、でも別に何を思うでもなさそうにそれきり黙って大根に没頭してしまう。 やたら図体ばかり大きくなったぼくちゃんが、パイプ椅子に座って、背中を丸めて一心不乱に慣れない包丁を 動かす姿を見ていると、お母さんはなんか嬉しくおかしい。 大根はまず4つに切ってカツラ剥き。 基本中の基本だけど、これをキレイに出来るようになれば包丁使いはかなり楽になる。 やはり、キレイに切る事は和食においては相当大事な要素だから。 まあ、細かく丁寧に切れる事で50%近くの仕事は成功と言って良いだろう。 うちのかっちゃんは割と器用な方であるみたいだから、おそらく冬休み中にはクリアーできるだろう。 例え今はぶっちぶちのがたがたであったとしても。 あー、なんか女の子がいなくっても、一緒に台所仕事を楽しめる子供がいるなんて、なんて嬉しい。贅沢な。 「お母さん。大根もっとちょうだい」 ・・・・っていうか、ホントに真面目と言うか、やりはじめたら徹底的と言うか、いろいろ思うところある子供だわ。 1本の、既に半分がコマ切れになっていたので、さらにもう4分の1本を渡して、ちょっとお母さんは考える。 ところでこの大根で、いったい今日は何のメニューにしたものか。 むむむむむ。 本日のメニュー。 当然の如く、メインに大根の和風サラダ。(サラダのくせにメイン。しかも超巨大盛り) 大根ご飯。(人参、油揚げと一緒にみじん切りにしてじゃこと一緒に出汁でご飯を炊く) 豚汁。(ただし豚肉よりも大根とジャガイモが多かった) 小鉢。(蕪のかわりに大根で。きゅうりとトマトと長芋を加減酢で和えたもの) ありあわせ。(大根と生姜をいためてごま油で風味をつけたもの。) もちろん家族全員なんかがっくり来た事は当然だろう。 翌日も、昼から台所にこもる2人。 嫁入り前でもないのに、熱心な事だな、となんか変な感心をするお母さんだった。 よっぽど寮食に気に入らない事が多いのかな。 さて、クリスマスなので(季節外れなネタですみませんが(汗))今日のメインはローストチキンだ。 あと、昨日の課題の続きのジャガイモで、何を作ろうか。 鶏モモに下味をつけて、仕込みなどしながら、ぼんやりメニューを組み立てる。 かっちゃんも、レシピとにらめっこで、ボールにオイルなどを調合している。 「かっちゃん、人参をシャトーにして。グラッセするから」 シャトー。また耳慣れない言葉が。 4、5cmの長さにきり、6つ割くらいにして面取りをするのだ。 やっぱりかわいく不揃いになった人参を小なべに入れて、たっぷり目のお湯で茹でた後、バターと砂糖と塩と水で グラッセにする。 「砂糖はこんなに入れないといけない?」 「そりゃグラッセだから。つやも出ないでしょう」 あんまり甘いのはなあ、とかぶつぶついうのをふと耳に留める。 「かっちゃん、甘いの好きじゃない」 ぴた。 不自然に息子の手が止まる。 ん? 「・・・・・甘くない方がいいんだ」 にこ。 それきり息子は笑顔を貼り付けたまま、人参を甘炒めしはじめた。 やけに上機嫌。 ハナウタとか出たりして。 「かっちゃん、ケーキはどうする?焼いとく?やめとく?」 「やる」 甘いもの、好きじゃない。 んんんんーーー? 本日のメニュー。 ローストチキン。(レモン汁、カレー粉、ガーリック、パプリカ、塩、醤油で漬けたものをオーブンでロースト) つけあわせ。フライドポテト。人参のグラッセ。ブロッコリーのソテー。 マッシュルームのスープ。 ジャガイモのパンケーキ。 えびと野菜のグラタン。 チョコレートのロールケーキ。(ブッシュドノエルとも言う) 不揃いなりしも、形そのものは悪くなし。 かっちゃん、じわじわと上達中か。 かっちゃんの味付けのセンスは悪くない。 かなりシビアな目で見ても。 お母さんはそう判断を下す。 というか、初心者とは思えないほどに絶妙なところで測り取る。 それは料理そのものは初めてで初心者であっても、口が覚えている味覚の柱がしっかりしているからだ。 むむむ。 これは真剣に、料理人を目指させた方が良かったかな。 ちょっとオヤバカ全開なお母さんだ。 レシピはきちんと用意してあるが、何しろ家庭料理なので、それは味見しながら好きなように調整する。 かっちゃんの味付けは実に良い感じだ。 やはり英才教育がきいている。 おしいなあ。 なんでもっと早く、覚えたいと言い出さなかったんだろう。 夏休みだって後半には帰ってきてたのに。 散々まずいまずいと嘆きつつも、1年近くもガマンしていた。 ガマン強い子だったから? 「・・・何?お母さん」 なんかシゲシゲ眺めていたらしい。 「うーん・・・。かっちゃん、何で急に料理覚えたいって言い出したのかなって思ってね」 息子はきょとんとして手を止めた。 その手元には、かなり手慣れてきた包丁と蕪がある。 今日のメインは蕪蒸しの予定だ。 「・・・・寮の食事がまずいから」 別に何の不思議も無い理由を口にして剥き終わった蕪をボールに盛り上げ、ハカリのスイッチを入れる。 「計ったらおろし金で摺っちゃってね」 「全部?」 「うん。全部ね」 壁にかかったおろし金を渡して、ついでに冷蔵庫の鶏肉を出すように指示。 「でもほらかっちゃん、今まで不味い不味いって言ってた割に覚えたいとは言わなかったでしょ」 冷蔵庫から鶏肉のパックを引っ張り出して、かっちゃんはやっとこちらを不思議そうな顔で見た。 「・・・・そう言えばそうだけど」 「なんでかなって」 「さあ・・・・なんでだろう。なんとなく」 「・・・・だから、さては好きな人でもできたかなと思って」 ぼた。(鶏肉のパックを落とした音) 「・・・・・・・・・は?」 何か、信じられないものを見たような顔で、かっちゃんは止まってしまった。 いわゆる「ハトが豆鉄砲食らった」状態? 「・・・・・・なに・・・言ってんの?お母さん」 っていうか、お母さんだってびっくりだ。 このいい加減鉄面皮の息子がこんだけ呆然としたところを見せたのはいったいいつ以来? (寮で一回やってますけどね) 「なにって・・・・あら」 あらあ?これは。 もしや図星? それともどうやら本人無自覚? それともそれとも? しぃーーーーーーん。 なんとなく、気まずく黙り込むかっちゃんとママ。 「・・・・・・違うよ」 しばらくしてやっとこかっちゃんはそうつぶやくと、パックを拾って(ふた開けてなくてよかったよかった) 何事も無かったかのように蕪をおろし始めた。 ふううううーーーーん。 って、どう見ても「違う」ようにも思えないんですけどお。 でもまあ、いたずらに混乱させるのもかわいそうなのでこの話題はもう少しお預けにしておいてやるか。 「じゃあ、全部おろしたら水気切ってもう一度計ってね」 まだなんとなくぼんやりとしているかっちゃんに、何事も無かったかのように次の指示を出すと、 お母さんは小さく何度かうなずいた。 モリジョの子、とかかなあ。(武蔵森女子。オリ設定) 本日のメニュー。 メイン。蕪蒸し。(大好き♪) 鶏モモと小松菜とカボチャの炊き合わせ。 胡麻豆腐のお汁。 春菊の白和え。 ご飯。 カボチャの飾り包丁が絶品なり。 そんなこんなでかっちゃんは確実に上達する。 飲込みの良い子なので、教えた事を理解するのが早い。 スポーツ選手にしちゃうのは惜しいのに、とこっそり思いつつ、嬉しがっていろいろ教え込むお母さんだった。 でも、スポーツ選手ってのは自己管理としての食事管理も大切な仕事だと言うしね♪ そして、当然年末なのでお節なんかも挟みつつ、お母さんのお料理講座は回数を数える。 かっちゃんは、急激に上達した。中1らしくはなかった。 一応お母さんと一緒に、ではあるが、さすがにお節をクリアーしたのはちょっとコワかった。 (もちろん当たり障りのないものからだが) 来年はもう少し高度な事をさせても良いな、とお母さんが思ったくらいだ。 実際のとこ、上に女の子がいない渋沢家では中1程度の女の子ならどのくらい料理をするものかがよく分からなかった。 でも、研究熱心で凝り性で頭の良い息子があまりにもやすやすと、まるで砂漠に水を撒くかのように技術を習得していくので 世間一般の標準なんて、どうでもいいじゃない、と思ったのもある。 息子は確かに何に対してでもすぐ熱心に取り組むほうではあるけれど、いったい何のためにそこまで打ち込んでいるのかまでは 分かりはしなかった。 子供はだんだん秘密を増やしていくものだから。 どうでもいいけど冬休みの宿題なんか、したのかしらとお母さんはちょっと心配だったが、あきれるくらいの優等生の息子は その辺も抜かりなんか無かった様子だ。 さて、とうとう寮に帰る日、お母さんは心尽くしの松花堂などを持たせてやった。(メニュー・・・いる?) 「お友達とでも食べたら?」 実のところ、息子が「好きな人」でも誘えばいいかなあと思って持たせてみた訳だが、結局それは図星だったのか それともホントに違ったから呆気に取られていたのか、どっちかは分からない。 (当たってると思ったんだけどなあ) 息子本人は「じゃあ部屋のやつと食べる」とだけ言っていた。 幸いにも、お友達には恵まれているようだった。 次に帰ってくる時は、多分背も追い越されているだろうな、などと考えて、ちょっぴりさみしいお母さんは、 愛弟子の背中をどんと叩いた。 「行ってらっしゃい。がんばってね」 それに答えて、親指を立ててにやっと笑った息子の顔が、なんだか知らない人みたいにオトナっぽく見えて、 渋沢ママはなんだかまた一つ、苦笑をするのだった。 多分、もう親離れしちゃってるんだろうな。 =Fin= |